端緒
ガキは公園のベンチで足をぶらぶらさせて待っていた。
こんなガキが自殺志願者とは、世も末だな。
「よう」
「その人も、来たの?」
ガキは、上梨を露骨に警戒している。
「見ているだけだから、許してほしい」
上梨は、真剣な目でガキを見つめながら、そう告げる。
にしても、もう少し上手い言い方は無かったのだろうか?
その言い方では、まるで市民プールに巨乳の女を鑑賞しに来たおっさんの言い訳ではないか。
「別に、話しかけても、いいけど」
ガキは、探るような眼を上梨に向けながらも、そう口にする。
いや、話しかけても良いのかよ。
昨日あんなに泣かされてたのに、最近のガキは復讐心が足りてない。
「おい、いいのか? もっとガキらしく『一生ゆるさん!』とか言った方が良くないか?」
「良いの。正しいのは、この人だから」
悟ったような顔のガキを見て、無性に腹が立つ。
なんだ、こいつ。
正しさを他に見出しやがって……まあ、こいつが良いなら良いか。
「ところで、怪物探しに何か進展はあったのか?」
「……ない」
「そうか。まあ、俺の叔父さんも探してるっぽいし、その内見つかるだろ」
俺がそうまとめると、上梨が思わずといった調子で意見してきた。
「そんな迷子の犬探しみたいな調子で、見つかる訳が無いでしょう」
「じゃあ、どうやって探すんだよ?」
「そ、それは……オカルトスポット巡り、とか……?」
それを聞いたガキが、ピシっと手を挙げる。
「ゆうえんち、行きたい! です!」
自殺(未遂)配信経験者の癖に、嫌に子供らしいお願いだな。
「おい、怪物探しを手伝うとは言ったが、子守りをするとは約束してないぞ」
「センユウマートの屋上にある遊園地のお化け屋敷は、本物の幽霊屋敷として有名なの」
俺の意見の正当性は、上梨によってあっさりと覆された。
オカルトマニアめ。
日常生活で糞の役にも立たない情報を披露できてそんなに嬉しいのか?
……あ、糞の役にも立たない情報で思い出した。
センユウマート屋上の遊園地って、叔父さんオススメの仲直りスポットじゃん。
嫌な因果だな、こいつらだけで勝手に行ってくれないかな?
「かんらんしゃ、のりたい」
「私はコーヒーカップに乗りたいわ」
「俺はベッドに乗っていたい」
遊園地になど行かなくても、幸せなんて家にあるのだ。それを分からんとは、愚か者共め。
ガキがドキドキした顔をしている……こっち見んな。
「私の家に、あるよ! ベッド!」
「へー」
どうやら俺の捻ったユーモアは、馬鹿には伝わらなかったようだ。
「のせてあげても、良いよ!」
「嫌だよ……お前が自殺配信してた部屋の奴だろ?」
「私の、ぬいぐるみさんたちも、使っていいから!」
めちゃくちゃ食い下がるな。なんだ、こいつ?
どんだけベッド使わせたいんだよ……怖い。
まあ、普通に考えて俺を自分のベッドに寝かせたいとか意味不明が過ぎるし、何か目的があると考えた方が自然だろう。
「おい、ガキ。お前の目的は何だ? 吐け」
「…………私も、いっしょに寝たい」
素直に吐いたな……まあ、寝ないけど。
子供の体温は高くて鬱陶しそうだし、何よりベッドの上が狭くなるのがいただけない。
俺は、眠るときくらい窮屈な現実から離れて、のびのびとしたいのだ。
「誰かと一緒に寝たいなら、お前の親に頼めよ」
「……無理だもん」
無理なのか……まあ、この年齢で自殺しようとする奴が、まともな家庭環境で育っている方が稀だろう。
であれば、こいつの目的は俺との家族ごっこか?
気色悪い。
俺とガキのやり取りを見て、上梨がここぞとばかりに会話に入ってくる。
「怪物探しが終わったら、私と一緒に寝てみない?」
こざかしいな。
上梨の狙いは、おそらく未来の予定を見つけることで、自殺を止めようとかそんな感じだろう。
ガキにも、上梨の狙いが分かったのだろうか?
噛みつくように上梨に言葉を投げつける。
「仲良くしたくないなら! 優しい気に! なるな!」
「っ……ごめんなさい」
あーあー、ガキの良く分からんキレ方で、また上梨がションボリちゃった。
こいつら、譲れない部分の摩擦が強すぎる。
なんで俺が間にいるんだ?
こいつらとの関係性は、他人のはずだろ……帰りたい。
とりあえず今は一時的にでも距離を置いて、落ち着く事が上策だろう。
「土曜日の昼の二時に、遊園地の入り口集合。解散!」
「いっしょに、寝るやつ、しないの?」
服の裾を掴むな、解散って言ったろ……聞き分けの悪いガキだ。
しょうがない……。
「遊園地で、休憩する時に俺はベンチで寝る。そのときに隣で勝手に寝ろ」
「いっしょじゃないと、やだ」
勝手に隣で寝るのは、『一緒に寝る』に含まれないらしい……面倒だな。
「じゃあ、俺が休憩したいときに問答無用でお前も休憩させるぞ」
「うん! それでいい」
良いのか……愛に飢えすぎだろ。
気持ち悪いガキだ。
俺とガキがハートフルストーリーを展開している隣で、上梨は『加賀山君専用嫌なところノート』にご執心だった。
狂ってんのか?
「じゃあまあ、そういう感じで。解散!」
今度こそ、俺の掛け声と共に、怪物を探す会はお開きとなった。
……せっかくの休日に、面倒な予定作っちゃったな。
+++++
金曜の放課後は、皆いつもより少し浮足立っている。
騒がしい人間を見る度に、心内環境を大豪雨へと変えてきた俺も、今日ばかりは奴らと心を共にしている。なんせ、今日は一週間ぶりの花の金曜日なのだから。
いや、一週間なんて生ぬるいものではない。
百六十八時間ぶりの花の金曜日なのだから!
花の金曜日。
俺の『金とつく好きな言葉ランキング』の三位に食い込む強豪ワードだ。
ちなみに一位は、『金』だ。
平日の朝が速く進むのなら、金曜の放課後は休日丸一日分くらいある。最高。
しかし、これは土曜日が休日として機能する場合に限り発生する特殊現象だという事を忘れてはならない。
要するに、明日の遊園地に行く予定が面倒くさすぎる。
くそう、ガキと上梨のギスギスな空気が嫌になったからって、雑に予定を立てるんじゃなかった。
上梨に全部ぶん投げられないかな……。
でも、ガキと一緒に遊園地で寝る約束しちゃったしな……。
よし、気持ちを切り替えて明日はどうにかして楽しむぞ!
えいえいおー……なんつって。
というか、上梨がもう少しガキの地雷を踏まない様に気をつければ済む話しだろ。
まあ、何か譲れない所があるんだろうが。
隣の席を横目に見る。
上梨は本越しに、俺を凝視していた。
気づかなきゃ良かった……。
あいつ、俺が気づいた事に気づいていないのか?
上梨は、一向に目を逸らす気配がない。
嫌だあ。見られてると、何となく体を動かし辛い。
首が微妙な角度で辛いけど……なんか、すごい動かし辛いよ。
目え逸らせ!
くそ、俺から話しかけないと、ずっとこの状態が続くのか?
俺は、上梨の方に向き直る。
「おい、なに見てんだよ」
「っ! え、あ、ああ。見てなんか無い、けど」
目が泳ぎまくっている。
ここまであからさまに目を泳がせられると、逆に、本当に見ていなかったのではないか? という疑念に駆られる。
「で、でも、ちょうどいいから聞きたいことがあるのだけど」
「……何だよ」
「貴方って…………実は、性格最悪男じゃなくて、良い人なの?」
何だこいつ? 実はとか、性格最悪男とか、端々からこいつの失礼さが滲み出る、実にナイスな文章だ。
「実は、とかじゃなく普通に俺は良い人だが?」
「そういうのは、今は止めて」
上梨の表情は、いつになく真剣だ。
俺が善い人かどうか、そんな分かり切った事が、上梨にとっては重要な意味を持つのだろう。
……さて、どう言葉を紡ごうか?