関係
「わー! このお肉おいしい!」
スーパーで買ってきたフライドチキンを頬張ると、明日香ちゃんは嬉しそうに声を上げた。
私も釣られて、フライドチキンに手を伸ばす。
一口食べてみる。
少し硬い衣と、パサパサの肉、至って普通の安いフライドチキンだった。
だが、本当に美味しそうに食べている明日香ちゃんを見ていると、なんとなく自分も楽しくなってくる。
「かみなしさん! これね! おすすめ!」
明日香ちゃんは、一緒に作ったポトフを指さしている。
さっきまでフライドチキンを食べていたのに、随分と目まぐるしい。
期待する様な目で、明日香ちゃんが私を見てくる。
私は、ゆっくりとポトフに口をつけた。
「……あ、美味しい」
「でしょー? わたしの、星のニンジンもあったよ!」
明日香ちゃんはそう言ってニッコリ笑うと、次の食べ物に手を付け始めた。
薄い反応しか返せない自分が、なんとなく申し訳なくなる。
私は感想を言いやすそうな食べ物を探し、ケーキに目をつけた。
ケーキを自分の皿に乗せ、フォークで切って口に運ぶ。
咀嚼し、味に集中する。
安いスポンジと、大量のフルーツをコーティングする、これまた安いホイップクリーム。
標準的な、手作りケーキの味がした。
……駄目だ、どうしてこうもパッとしない感想しか出ないのだろう?
別に不味い訳では無いのに、味覚情報を言語化すると不味そうになってしまう。
自分でも、どんどん無表情になっていくのが分かる。
何か言おうとして、口に出すほどの事では無い気がして、このループの繰り返しが私から表情を奪うのだ。
結局、私はただ黙々と食事を続けていた。
もう明日香ちゃんと知り合って長いのに、たびたび私は今の様になる。
せっかく明日香ちゃんが来てくれているのに、何か、何か話題は?
どうしよう、私達の共通の話題?
次第に焦りが強くなっていく。
やっぱり料理について言及するのが自然だ。
でも、上手くコメントできる気がしない。
他には……魔法についてとか?
いや、流石に唐突過ぎる。
気がついたら、もう皿の上のケーキを半分ほど食べてしまっていた。
どうしよう、どうしよう?
私の焦りがいよいよ限界に達そうとした時、お寿司を食べていた明日香ちゃんが不意に私のケーキを見る。
「かみなしさん、ケーキおいしい?」
「ええ、美味しいわ。明日香ちゃんのお皿にも取り分ける?」
……助かった。
あと少し無言が続いていたら変な事を口走っていた気がする。
「ありがとう!」
明日香ちゃんは自分の皿を差し出す。
私は大皿に乗っているケーキを、慎重に明日香ちゃんの皿に移動させた。
「なんか、たんじょうびっぽい!」
皿の上のケーキを、明日香ちゃんは楽しそうに見つめる。
「そういえば、かみなしさんの、たんじょうびっていつ?」
「十一月十三日よ」
私の答えを聞いた瞬間、明日香ちゃんの表情が少し揺らいだ。
「そっか……みんなで、お祝いできると良いね」
明日香ちゃんが、なんとも言えない声音でそう呟く。
どうしたのだろう?
私は少し考え、すぐにそれらしい答えに辿り着く。
……明日香ちゃんは、誰かと誕生日を祝った事がないのかもしれない。
私がどんな言葉を掛けようか必死に思考を巡らせているうちに、明日香ちゃんは陰った表情を誤魔化す様に笑った。
「……あ、でも、たんじょうびは、たかしと二人っきりの方がいっか。恋人だもんね?」
その大人びた表情に胸が苦しくなって、私は思わず口を開いた。
「お、お祝いしましょう、三人で! 私、もうずっと誰かに誕生日を祝われた事なんてないから、だから、あの、明日香ちゃんにも祝って欲しいの。その、明日香ちゃんが嫌でなければ、だけど……」
言っている途中で余計なお世話だったのではないかと不安になり、言葉が尻すぼみに消える。
明日香ちゃんは私の言葉に驚いたように目を見開いてた。
そして、真っ直ぐに私を見てくる。
「したい。私、お祝いしたいよ、かみなしさん」
「っ……ええ! しましょう。ふふ、楽しみね」
自然と笑みがこぼれる。
それに釣られたのか、明日香ちゃんも、ふにゃりと笑った。
+++++
私達は一緒にお風呂に入った後、寝巻に着替えていた。
明日香ちゃんは私の寝巻を見て、目を輝かせる。
「わー! かみなしさんのパジャマ、かわいい!」
「そう? 別に普通だと思うけど」
私は自分の寝巻の裾をつまみ、全体を軽く眺める。
薄紫のワンピースタイプの寝巻は、確かに私も可愛いと思って買った。
だが、このシンプルな寝巻では、もこもこでピンクの明日香ちゃんに比べると少々見劣りする。
「にあってて、大人っぽい!」
「明日香ちゃんのウサギ耳の方が可愛いと思うけど……」
「えへー、このフードね、良いでしょ! ぬいぐるみみたいで!」
そう言うと、明日香ちゃんは寝巻のフードを被ってピョンピョンして見せる。
随分と気に入っているようだ。
だが、これではフードの内側が濡れてしまう。
「明日香ちゃん、まずは髪を拭かないと。ほら、こっちに来て?」
「はーい」
明日香ちゃんが、私の膝の上に座る。
私は明日香ちゃんの髪を手に取り、タオルで包み込むように優しく拭く。
明日香ちゃんの濡れた髪はくったりと頭から背中に流れ、まるで高級な布の様だ。
これだけ長い髪なのにどこも痛んでいないのは、明日香ちゃんが小学生だからだろうか?
「綺麗な髪ね」
「えへぇ、ありがと」
髪を拭きながら、和やかな時間が流れる。
今まで普通に遊んだ時には無かった空気感だ。
気が早いけれど、またこうやって泊りがけで遊びたいな。
髪の水分を概ね拭き取ったタイミングで、明日香ちゃんが声をかけてくる。
「私も、かみなしさんの髪、ふいてあげる!」
「じゃあ、お願いするわ」
私がそう言うと、さっそく明日香ちゃんは私の後ろに回り込んだ。
「かみなしさん、髪長いねえ」
「そう? 毛量が多いだけで、長さは明日香ちゃんとそんなに変わらないと思うけど」
「私も、けっこう長いからね!」
明日香ちゃんは、どこか自慢げだった。
気分が乗ってきたのか、明日香ちゃんが楽し気に鼻歌を歌い出す。
「……それは何の歌なの?」
「んー、ゲームの曲! 主人公が水族館でデートする時にながれるの」
「へえ、明日香ちゃんはそういうゲームもするのね」
明日香ちゃんはアニメや漫画がすきだから、言われてみると特に違和感は無い。
「うん! そういえば、かみなしさんは、たかしとデートに行きたいとこってあるの?」
「え? ええと……」
急に問われて、言葉に詰まる。
別に、何も思いつかなかったから言葉に詰まった訳ではない。
デートスポットに関する考察は、既に何度も鏡山君ノートに書いている。
だが、パッとどこに行きたいのかと問われると、分からない。
今まで何となく鏡島貴志に誘われる前提で考えていたから、いざ自分で誘うとなると急に気恥ずかしくなるのだ。
「その……買い物、とか? ほら、遊園地ばかりで、センユウマートのモールの方は一緒に行った事が無かったでしょう?」
結果、無難な答えと言い訳がましい理由を、私は小さく絞り出した。
「良いね! お買い物、楽しそう! いつ行くの?」
「え、いえ、いつというか、その、彼がどんな店が好きか分からないし……」
妙に乗り気な明日香ちゃんに気圧されて、思わず弱音が漏れる。
「ふーん、じゃあ、ほかには?」
「他? ええと……あ、家に呼びたい、かも、しれない」
今度はもっと真剣に考えようとして、今日の昼に明日香ちゃんが来る前に考えていた事を思い出した。
「でも、急に家に呼ぶのは……」
私がすぐに取り消そうと言葉を紡ぎ始めると、明日香ちゃんに遮られる。
「じゃあ! お買い物の後に、しぜんに呼ぼ!」
「え、いや、それは」
まだ、ごねようとする私に、明日香ちゃんは優しく話しかける。
「ね、かみなしさん。きっと楽しいから、ちゃんとデートしよう? 不安なら、私が一回たかしの好きそうなとこ調べるから、ね?」
「あ、ええ……分かったわ」
なんだか、少し会わない内に明日香ちゃんも随分と大人びている気がする。
私の返事に、明日香ちゃんは満足そうに頷いてから携帯を取り出した。
「じゃあ、写真とるよ!」
唐突に始まった撮影会に、私は訳も分からずピースを作る。
撮影音と共に、撮影が完了する。
「ほら! かわいい!」
明日香ちゃんに写真を見せてもらう。
なるほど、確かに自然な程度に肌は白くなっており、いつもより二割増しくらいで可愛く見えた。
もっとも、自分のぎこちない笑顔とピースも相まって、あまり意味は無いような気もするが。
「急に写真を撮ったけれど、それはどうするの?」
「たかしに送って、既読がついたら電話して、デートのやくそくするの!」
明日香ちゃんは、あっけらかんと言い切った。
写真は、五回撮りなおした。




