辨解
昼休み、俺の周囲はいつも通り静かだ。
しかし、いつも通りでない事がある。
見てくるのだ、上梨が。
俺は、目という物が嫌いだ。
じっと見つめられると、俺が悪いような気がして仕方がなくなる。
所謂、トラウマというアレだ。
ああ、思い出したくない事が頭に溢れる……最悪だな。
上梨め、話しかけるなら早くしろ。
他人らしく接してやるから。
この観察されている様な、話しかけるタイミングを伺われている様な、そんな奇妙な時間が長引くほど、俺と上梨の関係性が変化したと見せつけられているようで、酷く不愉快だ。
だいたい、近寄る人間全てを言葉のナイフで刺し殺していた上梨が、何を躊躇しているんだ?
近寄ってくる人間を攻撃するのと、自分から攻撃するのは違うとでも言いたいのか?
「ねえ、ちょっと」
来た。
「な、なんだよ」
「あの小学生が死にたい理由を、教えてほしいの」
「……いや、知らないけど」
「っ! 何か、あの小学生にも事情があって、それを知っているから、自殺に協力しているんじゃないの?」
昨日、あいつの只ならぬ様子を見て、俺にも何か真っ当な理由があって、怪物探しを手伝っていると考えたのか……まあ、そんなものは無いが。
「違うけど」
「貴方が、そんな善性を備えている訳が無い、か。私はまだ、貴方を見くびっていたみたいね」
その台詞を吐きながら安心した様な笑みを浮かべるな。
本当にとんでもない女だ。
「あいつの自殺の理由を知りたいなら、あいつと仲良くなってから教えてもらえよ」
上梨は、羨む様な目で俺を見つめる。
「仲良くは、無理ね」
「……そうか」
つまり、上梨とガキの仲を取り持とうなんて、完全に余計なお世話だった訳だ。
危なかった、昨日思い留まらなかったら、こいつの意見と真逆の行動をこいつの為にする奴になるところだった。
「今日は、余り饒舌じゃないのね……」
「昨日が喋り過ぎだったんだよ。俺とお前は他人なんだ、このくらいで丁度良い」
「そう、ね」
上梨は、下唇を噛み締めて俯く。
他人って言ったくらいで、そんな顔するなよ。
寂しがり屋さんか?
俺じゃなくて、昨日の乳と尻のでかい馬鹿とか友好的に接したら、他人以上の関係になんて、いくらでもなれるだろ……。
そのまま、俺達の会話は終了した。
実にボッチ同士らしい会話だったな。
上梨はオカルト本を開き、俺はそそくさと教室をあとにする。
昼休み終わるまで、どこで時間潰そ。
+++++
ようやく学校は終わり、俺はガキに会うために公園へと歩みを進める。
俺の後ろには、そろりそろりと上梨が後をつけて来ている。
昼休みに他人だって言った事を、気にしているのだろう……数日で上梨の印象が、だいぶ変わったな。
恐らく上梨は、人と関わるのが好きだ。
分からないのは、何故話しかけてくる人間を邪険に扱うのか?
という点だ。
コミュニケーションが下手だから友達がいないというよりは、人と関わりを持たないことに固執しているように感じる。
まあ、それはそうとしてコミュニケーションは下手だが。
「ねえ、ちょっと」
ずっとこそこそしていた上梨が話しかけてくる。
「私、やっぱり小学生の自殺なんて見過ごせないの。でも、止めるには、私はあの子の事を知らなさすぎる」
泣きそうな、焦ったような、そんな表情で俺を見るな。
「どうすれば、良いの……教えて、下さい」
消え入る様な上梨の言葉は、上梨の心内環境を良く表現していた。
上梨は、どうすれば良いのか?
その問いの答えを持っているのは、上梨かガキのどちらかだろう。
少なくとも、俺では無い。
「……あいつと仲良くは、出来ないんだろ?」
上梨は俺の問いに、無言でうなずき返した。
俺に聞くなと言いたいところだが、俺も昨日叔父さんに似たような質問をした。
俺は、自分の出来ない事を人に強要しない主義だ。
今から上梨に助言するのは、あくまで俺の主義を守る為の行動だ。
上梨が他人だという事実は変わらない、大丈夫だ。
そう自分に言い聞かせながら、ゆっくりと口を開く。
「俺が、あのガキと仲良くする。その時のガキの様子でも観察したら、何か分かるんじゃないか?」
上梨の顔が、露骨に明るくなった。
「……ありがとう」
予想外に素直で、とても嬉しそうな、そんな感謝の言葉が返ってくる。
そんな事も、言えるのか……。
俺が、少し照れ臭いような、温かいような、そんな気持ちに浸っていると、上梨は何かノートを取り出す。
『加賀山君専用嫌なところノート』だった。
「おい、何で今のタイミングでそれを取り出した? しかも、俺の前で、それをじっくりと読み込むな」
最悪の気分だ。
「じゃあ、読み込む代わりに書き込むから、何か面白いことを言って」
「俺が面白いことを言ったら、嫌な所が見えてくるのかよ」
「それは、貴方次第ね」
……抱腹絶倒させてやる。
「じゃあ、俺をストーキングする奴が沢山いるとするだろ?」
「話の出だしとしては、最悪ね」
「まあ聞け。それで、ストーカーが沢山いるんだから、俺の部屋にはストーカーごとの盗聴用マイクが沢山仕掛けてある訳だ」
「え、ええ」
引くな。お前が掘らせた墓穴だぞ。
「そのマイクが、めちゃめちゃハウリングしてたら、面白くね?」
どうだ! 俺の渾身のシュールギャグ!
「その発想には恐怖しか湧かないし、ハウリングはマイクとスピーカーが近くに置いてあって初めて発生する現象だから、その状況は起こり得ないわ」
「…………確かに」
冷静に考えたら分かったはずだ。
悔しい。
完璧に俺の落ち度なのが、自尊心を急激に蒸発させてくる。
「嫌なところノートには、ユーモアの詰めが甘いところ、と書き込むことにするから」
「挽回の、チャンスを、くれ……」
「残念だけど、人生はやり直せないの」
「……はい」
こんなタイミングで、人生の厳しさを実感したくなかった。
「今日は、醜くごねないのね?」
「……これで勝ったと思うなよ」
「ふっ」
鼻で笑われた。
屈辱に悶え死にそうだ。
あーあ、ガキの馬鹿さが恋しいよ。
まあいい、どうせ上梨は、公園でガキにボコボコに凹まされるだろ。
せいぜい束の間の勝利に酔っているがいいさ。
くはははは。