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他人

 公園では、すでにガキがベンチの上で足をぶらぶらさせながら待っていた。


「おーす、待った?」


「びっくりした」


 びっくりされた。

 もしかして、女連れだという事実に驚いたのだろうか? 

 まあ、俺レベルになると、女の一人や二人口説くなんて造作もないがな! 


 ……空し。


「たかし、五分前こうどう、できたんだ」


 想像していたよりも、基本的な所に驚かれていた。


「お前にも出来てるのに、俺に出来ない訳ないだろうが」


「たかし、えらい」


「へへっ」

 褒められちゃった。


「素直に嬉しそうな貴方を私に見せないで……」

 上梨が心底嫌そうに暴言を繰り出す。


 ガキと違って、こいつは実に辛辣だ。

 もっと俺のように、優しく気高く生きることができないのだろうか?

 

 ともかく、上梨に何か言い返してやろうと口を開きかけた所で、ふとガキの様子が目に入る。

 ガキは、訝しげに上梨を見つめていた。

 上梨もその視線を受け止め、両者は睨み合っている。


 そういえば、こいつら初対面だったな。


 気まずい時間が流れる。

 結局、最初に沈黙を破ったのは上梨だった。


「ねえ、もしかして貴方が自殺したがっている小学生?」


「うん」


 ……こいつらの初会話、これで良かったのだろうか? 


「人が死んだら、残された人は悲しいの。そういうこと考えたこと、ある?」

 上梨は、噛み締めるように、ゆっくりと、言葉を紡いだ。


「……ずっと、考えてたもん」


 ずっと考えてる。

 売り言葉に買い言葉ではないと、確かにそう感じさせるガキの声音に、上梨はたじろぐ。


「じゃあっ……駄目だって、分かるでしょ?」


「ダメって! 言うな! 私に! なんにも! 興味ないくせに!」

 顔を真っ赤にしたガキは、それだけ言うと泣き出した。


 良く分からんキレ方だな……根が深そうだ。

 泣いている子供にどう対応するのか、上梨の様子を伺う。

 ……いや、何でお前も目が死んでるんだよ。


 あの良く分からんキレ方が刺さったのか?


「ねえ……どうして。死んじゃったら、もう会えないんだよ……」

 そう言うと、上梨も茫然自失といった様子でへたりこんでしまった。


 こいつら、コミュニケーション下手だなあ。

 開始三分も経たずに、他人は知り得ない互いの過去で殴りあって共倒れしやがった。


 初対面でここまで感情を露わにできるのは、素直に凄いと言わざるを得ない。

 でもまあ、お互いの事を全く何も知らない状況で出来る話では無かった、というのが今回の結論だろう。


 うーん、泣いている女子小学生と、へたり込む女子高校生……実に居辛い空間だ。

 


 俺は、帰宅した。



+++++



 さて、どうしようか? 

 俺は、ベッドの上で意味もなく魔法っぽいウニョウニョを、手から出し入れしていた。


【るぇゑ、ぇるっ】


 やっぱり、奴らを会わせなければ良かったのだろうか? 

 というか、上梨のコミュニケーションの下手さが異常すぎる。

 俺に、あいつらの間に介入する事が出来るのか?


【るぇゑっ】


 ガキのことも、上梨のことも、ちょっとだけ気に入っているから、何とかしてえな……。


 別に、俺がちょろいとか、女好きだとか、そういう理由で関わったばかりのあいつらを好ましく思っている訳では無い。


 俺は、しっかりとした思想を持っている人間が好きなだけだ。

 そう、俺に言い聞かせる。


【るぇゑ、ぇっ】


 あー、ガキ泣いてたよな。上梨も顔死んでたしな。

 あいつら、仲良くなんないかな……。


【るぇゑ、えぇぇ】


 あ、魔法的ウニョウニョの触手が、へたれてきた。


 一度思考を打ち切る。


 一人で考える事に限界を感じた俺は、叔父さんを頼る事にした。


 最近の叔父さんは、基本的に書斎に籠りっきりだ。

 仕事が波に乗っているのだろうか? 

 尤も、叔父さんの仕事が何なのかを俺は知らないのだが。


「叔父さん、少し相談したいことが有るんすけど」


「どうしたんです? 私にできる事なら、できる限り努力しますよ」


「他人の仲って、どう介入すれば上手いこと取り持てるんすかね?」


「なるほど、お友達が喧嘩してしまったのですか?」


「いや、友達じゃないっす。他人っす」

 他人だよな? 昨日の今日に関わり始めた相手だし……うん、他人だ。


「他人か、貴志君は人間関係に手厳しいですね」


「人の関係なんて、そうそう変わらないっすよ」


「はは、そうですね。さて、人の仲を取り持つ方法でしたか?」


「まあ、はい」


「そうですね、まだ妻と娘が亡くなる前には、よく三人でセンユウマートの屋上にある遊園地に行きました。なかなか楽しいものですよ? 妻と知り合った場所でもありますし、皆さんで行ってみたらどうです?」


「あ、ああ。なるほど」

 センユウマートの屋上にある遊園地って、あのしょぼい場所のことか……。


 叔父さんのセンスって、やっぱり悪いな。

 擁護のしようがない。

 糞の役にも立たんアドバイスだ。


 そのまま、延々と叔父さんの娘の思い出話を聞かされ続けた。

 俺の中で、人に頼るという行動の有用性が揺らぐ。

 やはり、何事も自分で選ぶのが一番だ。


「ああ、話し過ぎてしまいましたね。ともあれ、貴志君の後悔が無いようにして下さい。人は思っていたよりも、すぐに遠くへ行ってしまいますから。そこから連れ戻すのは……なかなか難しい」


 ……重い。それに、噛み合わない。

 人と話す時に、度々感じる感覚だ。


「まあ、俺なりに頑張ります」

 曖昧な言葉で、お茶を濁した。


「それでいいんです」

 俺の返事に、叔父さんは満足そうに笑った後、すっと真剣な表情を作る。


「ところで、君の母に会うつもりは、まだ無いですか?」


「はっ、それこそ会ったら後悔しますよ」


「そうですか……」

 叔父さんが、何とも言えない表情で笑う。

 

 何か、母の事を思い出して頭が冷えたな。

 何が仲を取り持つだ。調子に乗るな。


 人がすぐ遠くへ行くというのなら、やはり他人との関係性は、他人のままで良いのだろう。

 大体、あいつらの問題に、俺が介入するのはお門違いというものだ。


 介入される事をあいつらが望んだか? 

 頼られたら動けば良い。

 人の望む事なんて、誰にも分からないんだから……。


 俺は、解決のしようが無い不快感を抱えたまま、只々記憶を反芻してその日を終えた。

 別に珍しくも無い、最悪な一日だ。


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