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悪人

 上梨と、目が合った。

 

 先ほどから、何度も上梨の様子を伺ってたのだから当然と言えば当然の結果だ。


「ちょっと」


 声かけられちゃった、どうしよう。


「え。あ、なんすか」

 俺は反射的に、間の抜けた返事をする事に成功した。


「それ、私の台詞。さっきからチラチラこっち見てるけど、何なの」


 怖い。ちょっと見られたくらいで、人はここまで怒りを露わに出来るのか?

 沸点絶対零度なのか? 

 ビタミンが足りていないのか? 



 だが、あちらから声をかけてきたのなら好都合だ。

 無視される可能性が潰えたのは、でかい。


「いや、何かこの町のオカルト情報知らないかな? と思いまして、はい」


「駅前の神隠し交差点、センユウマートの幽霊屋敷、魔法使いの描き込む地元掲示板、あと……いえ、そのくらいね」


「マジか。えっと……せんゆう様の落とし子って、聞いたことない? ですか」


 上梨が、目を見開く。


「っ……それを聞いて、どうするの」


「いや、知り合いの小学生が、そいつを自殺に利用したいらしくて……へへっ」

 焦って言わなくていい事を馬鹿正直に言った気がする。


「貴方、最悪ね」


「どこが?」


「どこがって……貴方ね、人の命が失われようとしているのよ? 貴方は、それを見過ごすどころか、手伝っているの。それを最悪と形容されて、貴方は疑問を覚えるの?」


 気色悪い善人意識だ。

 本人がやりたがっているんだから、別に良いだろ。

 まあ、そんな本音を口に出すつもりは無いけれど。

 

 であれば何を口に出すのか? 

 無論、建前だ。


「いやいや、俺だって一度はちゃんと通報しましたよ? 慈愛の心を両腕に抱えて! 聖母の精神で!」

 

「その時は通報したのに、何で今は止めようとしていないの」


「え? まあ、怪物に喰われるなら、最悪近所で死なれても死臭はしないだろうし」

 適当な理由をでっちあげる。

 こういうどうでも良い所で、性格の悪い事をいうのが、善良から遠のく第一歩だ。


「貴方、まさか死臭が嫌だから通報したの」


「いや、言い方が悪い。本来は自殺を止めるなんてこと、何も知らない他人がやっちゃいけないんだよ。それをお前、『自分の都合だけで生きてる奴』みたいな、身も蓋も無い言い方されたら俺はどうすりゃいいんだよ?」


「貴方が自分の都合だけで生きているから、仕方が無いんじゃないの?」


「あーあ、そういうこと言っちゃうのね? 怒っちゃいましたよ。俺は、もう帰らせてもらいます。さようなら!」

 俺は、プンプンと肩を怒らせ帰路に就いた……とは、いかない。

 なんか既視感。


 結局、話し合いと問答の末に、俺は上梨をあのガキと会わせることになった。

 いつもは他人に冷たく当たっている癖に、自殺しそうなガキ一匹に釣られて善人ぶるとは、気持ち悪い女だ。




+++++




 上梨と共に、ガキと会う為に、公園へ向かう。

 道中は気まずいものになるかと思ったが、なかなかどうして俺と上梨は饒舌であった。


「……つまりさ、真の悪とは、自らを善と信じてやまない量産式思考回路を妄信する有象無象の事なんだよ」


 価値観と洗脳の闇について語り終えた俺に対して、上梨は安心した様な笑みを浮かべながら言葉のナイフを突き出してくる。


「貴方って、本当に性格が悪いのね。絶対に好きにはなれないタイプ。十数分で、嫌なところノートに書く項目が十三点発見された人は初めてね」


 ニコニコ笑顔で、最悪のノートの肥やしにすると報告されてしまった……最悪の気分だ。


「嫌なところノートって……お前、そんなもん書いてんのか? そういう奴が、性格最悪コンクールの県特選に輝くんだよ。あーやだやだ、そんなノートに書かれる所なんて、俺には一つも無いってのに」


 それを聞くと上梨は自慢げに笑みを深め、口を開いた。


「目を合わせないところ、自己中心的なところ、下を見て安心するところ、面倒になると話を逸らそうとするところ、すぐに嫌そうな顔をするところ、他人の不幸を喜ぶところ、道徳観念が未成熟なところ、他人を見下しているところ、すぐに慢心するところ、家族を軽視しているところ、いちいち理由を付けないと善行を積めないところ、過度に自分で選ぶ事を優先するところ、すぐに言い訳をするところ」


 つらつらと、十三個しっかり言い切りやがった。

 よくもまあ、そんだけ見つけて噛まずに論ったものだ。


 上梨さんときたら、どうだ! とでも言いたげな顔で俺を見つめてくる。


「おい、言っておくが、それらは全部俺の美点だぞ? 上梨がひねくれているから、そんな風に見えるんだ」


「嫌なところノートに、すぐに適当な事を言うところ、も追加して欲しいようね」


「ずいぶんと皮肉な言い回しだな」

 ちょっと好感度上がっちゃったじゃないか。


「下を見て安心するところって、どう美点になるの」


 適当言った訳では無いなら、説明してみろと? 

 そういう事でいいんだな? 

 しゃーねえなあ! 

 俺のお口マシンガン、フルバーストさせちゃいますか!


「そうだな……最初に幸福ってのは、人間の主観で決まる。で、物事の善悪は、ほとんどの場合が幸福の最大化か、不幸の最小化を基準として決まる。さあ、ここでモデルを用意しよう。一万円を落とした人間と、百万円を落とした人間がいたとする。そんで、お金を落とした奴が二人いるだけだから、普通ならこの状況では不幸しか発生しない。しかし、一万円だけ落とした奴が『下を見て安心する』という思考をしたらどうだ? そう、百万円落とした奴を見て安心するから、少なからず幸福が発生する訳だ。ここで幸福の最大化を図るのなら、下を見て安心した方が良いことになる。つまり、下を見て安心するという行為は、美点と言える! どうだ? 思い知ったか!」


「話が長いところ、も嫌なところノートに書き加えて欲しいのね?」


 小首をかしげるな! 

 ちょっとかわいいから。


 しかし、きれいに俺のマシンガントークがスルーされたな。

 頑張ってパッと考えたのに……。


 さすがの俺も怒髪天ですよ。

 怒りの意を示すべく、俺は再び口を開いた。


「お前……まじで……『絶対に許さないノート』ってタイトルの、最初のページに上梨 美沙とだけ書かれた異様なノートを俺の本棚に収めてやるからな」


「そう。なら、私も加賀山君専用の嫌なところノートを作ることにするから」


「呪いじみた特別感を演出するな。あと、俺の名前は鏡島だ」


「私、人の名前は覚えないようにしてるから、ごめんなさいね。まあ、覚えたとしても貴方の事は好きになれないから、名前で呼ぶことも無いとだけ覚えておいて」


 やはり安心した様な笑顔で、上梨はそう嘯くのだ。


「そうかい、俺はお前のことを名前で呼ぶけどな」


 そうして話の区切りはつき、俺たちは公園にもついたのだ。


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