怪物
確かに、ガキの手からは比較的に炎なモノが蠢いていた。
でも、なんか、こう、キモい。端的に言うと、キモい。
ウニョウニョしてるし……ヘドロみたいな色してるし。
「お前、手品で出すにしても、さ? もうちょっと、ね?」
「手品じゃない、たかしもできる」
「マジ?」
「まじ」
マジらしいので、少し説明を聞くことにした。
こいつの説明は相変わらず下手だったが、とりあえずやり方は分かった。
【るぇゑ、ぇるぇ、ゑぇる】
ガキの時とは少し違った音が、俺の手から鳴りだして、数秒の時が流れる。
出た。
なんか色々な色の絵の具を混ぜて作った黒みたいな色だけど、
口とか触手とかついてるけど、手のひらを上にして、
ぬんってしたら……炎、出ちゃった。
「ね、本当だったでしょ」
「おう、疑っててごめんな」
「怪物さがし、手伝ってくれたら、ゆるす」
手伝うことになった。アイスは溶けた。
+++++
ガキの怪物探しを手伝うにあたって、俺は手近な人間を頼ることにした。
俺の周囲に、オカルトに詳しい人間は二人いる。
一人目は俺の保護者であり恩人でもある叔父さん。
二人目は隣の席の上梨だ。
上梨には明日の学校で怪物について聞くとして、今日はとりあえず叔父さんに話を聞くとしよう。
叔父さんの仕事部屋に入る。
『死者蘇生』だとか『生贄』とかいう文字が、ずらりと並ぶこの書斎を、俺はどうにも好きになれない。
暗くて、狭いこの空間が、数ある俺の不快な記憶を刺激するのだ。
まあ、そんなことはどうでもいい。
今は怪物探しだ。
「叔父さん、オカルト詳しかったっすよね?」
俺がそう声をかけると、叔父さんは『傀儡の歴史』をパタンと閉じ、くるりと椅子を回転させて振り返る。
いや、『傀儡の歴史』て……悪趣味が過ぎる。
「貴志君がオカルトに興味を持つなんて珍しいですね? 何か聞きたいことでもあるのですか?」
「まあ、なんというか、千雄町の人喰いの怪物について、なにか知ってたら教えて欲しいんすけど」
「ああ、せんゆう様の落とし子のことですか?」
「あー、多分それのことかな? そいつって何処にいるんすか?」
「いやー、私もずっと追っているのですが、なかなか見つからないんです。見つけたら貴志君も呼ばせてもらいますよ。手伝ってもらいたいこともありますし」
「じゃあ、そう言う感じで、お願いします」
叔父さんが探しているのなら、俺はそこまで頑張って怪物探しを手伝わなくて良いかな。
素人の努力より玄人の片手間って、昔の偉い人も言ってたと思うし
……たぶん言ってない。
俺が書斎を後にしようとすると、叔父さんが引き出しから何かアクセサリを取り出した。
「貴志君には、これを渡しておきましょう」
肌身離さず着けておくように、と言いながら、叔父さんは妙な形のネックレスを、俺に手渡してくる。
趣味が悪いネックレスだ。
まあ、こういうセンスの差っていうのは、世代によって変わるものだ。
叔父さんをセンスが悪いと責めるのは、お門違いというものだろう。
俺は、ニコニコと曖昧な笑みを浮かべながら書斎をあとにした。
ネックレスは、俺の机の引き出しに適当に放り込んだ。
+++++
窓から清々しい太陽の光が差し込む。
俺はこの朝という時間が嫌いだ。
というか、実際のところ多くの人間は、この時間が嫌いなのではないだろうか?
朝に使える時間というのは、とても短い。
だというのに、朝にやることと言えば、着替え、洗顔、歯磨き、朝食、登校、等々てんこ盛りだ。
であれば、遅刻する事は最早道理であると言えよう。
しかし、悲しいかな、根っから真面目な質である俺は、今日も今日とて時間通りに家を出るのだ。
いや、俺も少しは反骨精神を育てた方が良いことは分かっている。
しかし、昨日の俺を見れば分かるだろう?
困っている子供を見過ごせない優しき性が、俺を正道から逸れる事が無いよう見張っているのだ。
……あ、あのガキからスポーツ飲料の金を回収するの忘れてた。
まあいい、今日もあいつに会う予定がある。
その時に利子をつけて回収しよう。
徒然なるままに、そんな思考を巡らせながら通学路をてくてく歩いていると、もう校門前だ。
やはり、朝は時間の進みが速い。
騒々しく人型の野生動物が入り乱れる廊下を超え、音の反響が無限に繰り返えされる教室に入り、席に着く。
今までは、少しでも暇な時間ができると騒がしくなるこの教室に、泥の様な不快感を募らせていたが、最近は幾分か俺の周囲だけ静かになった。
理由は単純で、俺と、隣の席の上梨に近寄る人間がいないからだ。
有り体に言うと、俺と上梨には友達がいなかった。
上梨は、基本的にいつも胡散臭いオカルト本を静かに読んでいる変わり者だが、顔は良い。
そんな美人に何故友達がいないのか?
この理由もやっぱり単純で、性格が悪いからだ。
話しかけてきた奴には冷めた対応を返す上に、少しでも踏み込んできた人間は、刺々しい言葉でめった刺しにする。
そんなことを繰り返して約半年、気づけば奴の周りには誰もいなかった。
俺に友達がいない理由?
いや、高校生って怖くね?
なんか上手く話せないし。
隅で団子みたいに固まってる連中とは話せるけど、あいつらとは友達になりたくない。
……そんな俺が上梨と話せるのか?
まあ、たぶん話せるだろ。
ただのオカルトオタク相手に何を恐れるというのか。
うん、大丈夫だ。話せるはずだ。
でも、話しかけるのは放課後にしよう。
別にビビった訳ではない。
ほら、朝って時間の進み速いし……ゆっくり話したいから、ね。
今日に限って体感時間は急速に進み、遂に放課後になってしまった……。
おかしい。さっきまで朝のホームルームで、教師の挨拶を聞いていたのに。
チラリと上梨を横目に見る。
『図で分かる! 土地の呪い』奴が凝視する本のタイトルだ。
ポップな字体で、おどろおどろしいタイトルを誤魔化そうという姿勢は好感を持てるが、タイトルを変えるという選択肢は無かったのだろうか?
俺、あんな本読んでる奴と話すのか……帰ろうかな?
でも、ガキと手伝うって約束したしな、最低限は自分のあたれる人脈を、あたるべきだよな……嫌だな……。
チラリと上梨を横目で見る。
相変わらず、熱心に呪いについて学んでいる。
ご苦労なことだ……あ、近くで騒いでいた乳のでかい馬鹿と髪が茶色い馬鹿が上梨の机にでかい尻をぶつけた!
むに、と馬鹿の尻が歪むのと同時に、上梨の顔が強張る。
「あは~ごめんね、上梨さん!」
あわてたように乳と尻がでかい馬鹿がへらへらとあやまる。
「…………」
さすが上梨、無視を決め込むとはな。
その様子を見た馬鹿二人は、とことこと、その場をあとにした。
俺としては、愚かな人間同士の醜い争いを期待していたのだが、腐っても高校生ということか……悲しい。
チラリと上梨を横目で見る。
奴は、意外にも馬鹿二人の背を羨ましそうに見つめていた。
恨めしそうにではない、羨ましそうに、である。
女としてあの乳を羨んでいるのだろうか?
ちょっと笑える。
少し気が楽になったが、すぐにテンションが降下する。
乳と尻の馬鹿が無視されたという事は、俺も無視される可能性が高い……はあ、怪物のこと聞くの止めようかな。
俺は憂鬱な心持ちで、もう一度チラリと上梨を横目で見た。
……帰りたい。