独善
まだかな?
私はたかしの家の前でしゃがみこみ、手に持った目覚まし時計を見る。
十時まであと、一、二、三分と十二秒だ。
もうすぐ十時だし、チャイムおしちゃダメかな?
いや、やっぱりやめておこう。
もし約束をやぶって、たかしに午後からしか来ちゃダメって言われたらいやだ。
時計をじっと見ていても、なかなか時間が進まない。
遊ぶ時はいっつも一時間も二時間もすぐに終わっちゃうのに、おかしい。
もしかしたら、時計が壊れているのかもしれない。
スマホをカバンの底から引っ張り出し、時間を見る。
9時57分38秒だから……えっと…………三分? ……じゃなくて。
うーん……? 三十八秒で……一分は? 百秒? えーと、ちがう。
……あ! 十時まであと、二分二十二秒!
すごい! おんなじ数字がならんでる!
私はたかしにこのとこを教えてあげようと、すぐにチャイムをおした。
あ! どうしよう! もう十時だっけ?
いそいでスマホの電源を入れる。
10時1分27秒だ。良かった。
私が安心して一息ついていると、ガチャッとドアが開いた。
中からは、たかしのおじさんが出てくる。
「おじさん! こんにちは! たかしは、まだ寝てるの?」
「こんにちは、明日香さん。貴志君は、今日は珍しく起きてますよ」
「えー、起こしたかった」
たかしの部屋に行って起こすのがちょっと家族っぽくて、最近の楽しみだったのに。
私の顔を見て、おじさんは優しく笑う。
「貴志君はまだ部屋にいますから、もしかしたら二度寝しているかもしれません。まだ起こせる可能性はありますよ」
「分かった! 頑張る!」
おじさんの言葉に少し元気をもらって、私は勢いよくスニーカーをぬぐ。
「おじゃまします!」
「どうぞ」
そう言いながら招き入れてくれるおじさんの笑顔は、やっぱり優しそうだ。
でも、ちょっとさみしそうでもある。
「おじさん!」
「なんですか?」
「さっき時計見たら! 十時まで、ちょうど二分二十二秒だった! ほんとは、たかしにだけ言うつもりだったけど! 教えてあげる!」
「おお、そうでしたか。ありがとうございます」
「じゃあね!」
私はそのまま階段を上った。
階段を上りながら、さっきのおじさんの顔を思い出す。
私が本当にさみしかったときと、おんなじ顔だった。
やっぱり、おじさんは、ほんとは子どもを生き返らせたかったんだ。
ずっとさみしそうなのは、ダメだ。
かみなしさんが死んじゃうのはダメだから邪魔しちゃったけど……生き返らせる方法、やっぱり私が探さないと。
来週のとなりの町に行くやつの目的、たかしには、かみなしさんのためって言ったけど、ほんとはおじさんのためだったりする。
ほんとのこと、言った方が良いかな? たぶん、たかしはそれでも来てくれるし。
でも、たかしはおじさんの問題に口出ししたくなさそうだし、やりたくないこと、させたくないな。
やっぱり一人で行こっかな?
うー、でも一人でとなりの町に行くのは……お母さんの会社もあるし。
たまたまお母さんに会ったとき、一人で話しかけられるか自信ない。
階段を上り切って、たかしの部屋の前につく。
……やっぱ、おじさんのことも目的なのは秘密にしとこ。
私は、しんちょうに、ゆっくりと、ドアを開ける。
たかしが二度寝してても、ドアを開けた音で起きちゃったら意味が無いからだ。
たかしは、ベッドに座ってゲームをしていた。
「たかし! 今日はなんで起きてるの!」
たかしのひざの上にとび乗る。
「昨日から徹夜でゲームしてんだよ。あと、ひざの上に乗るな。俺の骨が複雑骨折するぞ?」
「牛乳、とってきてあげよっか?」
たかしの骨がかたくなったら、いつでもひざの上に乗れる!
こんなにすぐに思いつくとは、私、天才かも?
「あー、コーラのが良いかな」
「コーラ飲んだら、骨溶けちゃうんだよ?」
「いや、溶けねえよ。小学生だという事実を差し引いても、その無知さは愚かだぞ?」
「でも、先生が言ってたもん!」
「え? マジで?」
「うん! 歯みがきの勉強のときに言ってた!」
「マジか……まあ、実は俺も知ってましたけどね!」
「絶対うそ! たかしの方が、おろか!」
やった! 勝った!
たかしは、いつも頭が良さそうなことを言っているのに、たまに子どもっぽい。
それとも、私が大人なのかな?
もしかしたら、今日の私は天才の日だからかも!
たかしの顔を見上げて、勝ったぞ! と笑って見せる。
するとたかしも、私の顔を見かえしてニヤリと笑った。
「いや、明日香ちゃん? 俺、本当に知ってたからな? 冷静になって思い出してみろ、俺は最初に複雑骨折するって言ったよな?」
「……うん」
「そして、俺はコーラをお前に頼んだ」
「う、うん」
たかしが、勝ち誇ったように笑う。
「溶けた骨は? 骨折するか?」
……あ!
「とけてたら、折れない!」
「そうだ。大きな力を加えたら鉄の棒が折れ、スライムは折れないという事実が存在する以上、牛乳を飲んで骨を硬くする事は明らかな悪手! 俺が毎日コーラを飲んでいたのは、健康の為だったんだよ!」
「なるほど……!」
たかしは、やっぱり頭が良い。
骨はとけてた方が健康に良いなんて、先生も気づいてなかった。
「じゃあ! 速く骨とかすために、コーラ持ってくる!」
「お、おう」
私はたかしのひざから降り、部屋を出る。
そのとき、たかしはゲームのキャラが負けていることに気がついて、悲しそうにベッドにたおれこんだ。
たかし、敵にやられてるの気づいてなかったんだ……。
階段を降り、おじさんにコーラを持っていって良いか聞きに行く。
おじさんは勝手に持って行って良いよって言ってくれるけど、私はいつもおじさんの部屋に許可をもらいに行く。
おじさんの部屋は、かみなしさんの部屋と同じくらい魔法の変な道具があっておもしろいからだ。
でも、部屋のおくにある指のネックレスは、こわい。
あれだけは、あんまり見たくない。
指のネックレス見ないように横を向きながら、おじさんの部屋のドアを開けようとしていると、部屋の中から話し声が聞こえてきた。
「———ええ、最近になって『せんゆうさまの落とし子』に関する古い文献が見つかったんです」
……立ち聞きは良くない。
でも、かみなしさんの怪物について話してる。
怪物については、かみなしさんもおじさんも私に話してくれない。
私は、かみなしさんの友達なのに。
かみなしさんを助けるヒントのためだから、ちょっとだけ、ちょっとだけなら、だいじょうぶ。
私は、ドアにそっと耳をあてた。
「———はい、東小石町の蜘蛛大岩伝説の、ええ、はい、そうです」
たぶん、話し相手はかみなしさんだ。
……あ、そういえば東小石町って私が来週行くとこだ!
ぐうぜん!
そのまま話を聞いていると、急におじさんの声がすごく真剣になる。
「———落ち着いて聞いてくださいね、恐らくこれから貴女の捕食行動が沈静化する可能性が高いです。ええ、ええ、そう考えてもらって構いません。ですが、まだ文献は解読中ですからそこは覚えておいて下さい———」
心臓のドキドキが、すごく速くなる。
かみなしさんの怪物のやつがなおるってこと?!
私は、思わずバランスをくずして足音を立ててしまった。
ドアが開き、中からおじさんが出てくる。
「ああ、明日香さん。何か御用ですか?」
どうしよう! どうしよう!
「えっと、えっと、コーラ! もらって良いか聞きにきた!」
「ああ、そうでしたか。良いですよ、冷蔵庫のいつもの場所に入っています」
「ありがとう、ございます!」
良かった。おじさんにも、かみなしさんにも、たぶん立ち聞きしてたのバレてない。
二人とも私のこと、子どもだと思ってるから。
たかしが相手だったら、たぶんバレてた。
たかしは結構、子どもが子どもらしくないこと、知ってるから。
私は心臓のドキドキが落ち着くまで待ってから、冷蔵庫のコーラを取って、階段を上る。
かみなしさんと、たかしと、三人でゆうえんち、また行けるのかな?
どういうことなのかちゃんと知りたいし、来週のとなりの町のやつは、ちゃんとやろう!
……うう、コーラ、おっきいペットボトルのやつだから、重い。
牛乳なら、私でも持っていけるのに。
私はあきらめてコーラを階段に置いて、たかしを呼びに階段をかけ上った。




