餓鬼
「ねえ、怪物さがし……手伝って!」
聞こえていないと思ったのか、謎の幼女がさっきより大きな声を出してきた。
うるさいガキだ……。
「いや、俺、知らない人に付いて行っちゃダメって叔父さんに言われてるので……」
俺の返答に、幼女は眉を吊り上げた。
「知らなくないでしょ! 子供だからって、甘く見ないで!」
甘く見ないで!って……こいつ、めちゃめちゃイラついてる。
唐突にキレるし……怖い。
もう、どっからどう見ても野生動物だろ。
誰か早急に保健所に通報してくれ。
などと現実逃避していても始まらない事は、俺も流石にわきまえている。
そろそろ返事をしないと、三度目の鳴き声が聞こえてきそうだ。
「なんで無視するの! 甘く見ないでって言ったでしょ!」
「いや、甘く見てないから、真剣だよ? むしろ君の方が、最近の若者の他人への興味の無さを甘くみている」
「っ! 自分が! 通報した人に! きょうみない! わけ! ないでしょ!」
こいつ、今にも泣きだしそうだ。
子供は情緒不安定だから困る。
もっとサンショウウオみたいに、ぬぼーっと生きろ。
というか、通報した? 俺が? 幼女を? 普通は逆だろう。
いや、別に通報されるようなことしてないけれども……。
しかし、これだけキレてるということは、本当に知り合いの可能性も…………あ、思い出した。
「もしかして、二週間くらい前に自殺配信してた?」
瞬間、ガキの表情がパッと明るくなる。
「そう! 良かった! ちゃんと興味あった!」
「おう! 興味津々だったわ! ありがとうな。じゃあ、また」
「うん!」
こうして俺達は、話し合いと歩み寄りの大切さを学び、ニコニコと手を振りあいながら別々の帰路に就いた。
……とは、いかない。
最近のガキも、そこまで馬鹿ではないらしい。
俺とガキは、少しの間おいかけっこに興じた。
だが、いかんせん体力が無かった。
いや、俺の体力の話ではない。
もちろん、俺も体力が多い方では無いが……それ以上にガキが酷かった。
数分間走っただけで倒れやがったのだ。
そのまま逃げようかとも思ったが、顔を知られている相手とは、あまり禍根は残したくない。
俺はしかたなく、ガキを公園の日陰に運び、スポーツ飲料を飲ませた。
「んく、んく、はぁ。ありがとう……ジュースくれて」
「何を言っているんだ? 金は貰うぞ」
「え」
「いや、当然だろ。昔の偉い人も、『奢られる事なかれ』とか言ってるぞ」
……たぶん。
「それだったら、『おごれる人も久しからず』って言ってる人も、いるし!」
「へー、それはどういう意味なんだ?」
「え? あ、えーと……お、おごったら久しぶりって言わないで良いくらい気が合う友達ができるよ? ……みたいな」
「ふっ」
教養のないガキだ。
「馬鹿にしないで! たかしだって知らないでしょ!」
「俺は知ってますが?」
お前と一緒にするな、俺は超絶インテリボーイなんだ……ん? こいつ、さっき俺の名前呼んだよな?
「おい、なんで俺の名前を知ってる?」
「だれが、つうほうしたの? って聞いたら、おまわりさんが、教えてくれた」
情報管理ガバガバかよ、ありえねぇ。
まあバレた物は仕方が無い、大切なのはこれからどうするのかって事だ。
人間関係っていうモノは、上下関係からはじまる。
そこの所を、大人としてしっかりとこのガキに教えてやろう。
まあ、俺も高校生という子供のカテゴリに属している訳だが……少なくとも、小学生よりは大人だと言えるから、今回は良しとする。
「おい、ガキ。貴志じゃなくて、鏡島さんと呼べ」
「ガキじゃなくてファントムさまって呼んでくれたら、そう呼んであげる」
このガキ! 大人に向かって交換条件だと?
ちっ、今から現実でハンドルネームを名乗る事の痛さを自覚させてやる!
「おい、よくもまあ自殺配信してたアカウントのハンドルネームをリアルで名乗ろうと思ったな。恥ずかしくないのか?」
「かっこいいでしょ? ファントムって、幽霊って意味なんだけどね。これから自殺して、幽霊になる私が、幽霊って、自分のこと言ってるの!」
思ってたより凝った皮肉がきいていた。見込み有るな、こいつ。
「予想外に良いネーミングセンスだな」
「そうでしょ。たかしにも名前、つけてあげる」
「ああ、頼む」
ちょっとわくわくしてきた。
やべえ、厨二心が久しぶりに疼いてきた。
良いよな、こういう二つ名って。
ゲームでキャラの異名を決めるサイコロを延々と振っていたのを思い出す。
数少ない俺の楽しい記憶の一つだ。
「じゃあ……コープスにする」
「なんか間抜けな字面だな。どういう理由で名付けたんだ?」
「アニメのキャラからとった」
「……そうか」
ちょっとショックだ。
なんか萎えた。
こいつも、もう元気そうだから帰るか。
「じゃあな、ファントムちゃん。あんまり無理しないで帰れよ」
「まって、私も、わすれてたけど、本題わすれないでよ」
「本題? ああ、『驕れる者も久しからず』の意味か」
「ちがう! 怪物さがしのこと!」
「ああ、なんか最初に言ってたやつね。お断りします」
「なんでよ!」
「いや、知らない人に付いて行っちゃダメって叔父さんに言われてるし……」
「それ、さっきも聞いた」
あ、そう。
貴重な休日を無駄にはしたくないが、このままでは埒が明かない。
「とりあえず話は聞いてやるよ。怪物さがしってのは、何をするんだ?」
その後は、小学生特有のまとまっていない説明が長々と続いた。
なぜ休日に暑い中ガキのお守りをしているんだ?
虚無感に襲われつつも、なんとか最後まで聞き終わる。
こいつが言うには、俺達の住む千雄町に、好きになった奴を食べる怪物がいるんだそうだ。
そして、ガキはそいつに喰われたいから、怪物探しを手伝えとのことらしい。
このガキは、どうやら包丁よりもエキセントリックな自殺アイテムを発見したらしい。
死にたいなんて、俺には理解できんな。
まあ、本人が望んでいる事に、口を出す気は無いが。
「おい、一つ聞きたいことがある」
「なに?」
「そんな胡散臭い話、誰から聞いた? そいつとは縁を切ることを、お勧めする」
「切れないよ」
「切れないなんてことはないだろ? どんな相手だって、本音で話し合えば縁は切れる」
「切れないよ、ネットで見たやつだもん」
ネットと縁は、切れないね……帰りたい。
「おい、世界の真実を教えてやる。人間って生き物は、どこまでも無責任になれるんだよ」
「でも! 私、おんなじ人の書き込みで、魔法使えるようになったもん!」
「はあ? 魔法舐めんな。魔法使いになれるのは、三十歳まで童貞だったやつだけなんだよ」
「でも、魔法使えるもん!」
「じゃあ見せてみろよ」
すると、ガキが手のひらを上に向けて目をつむる。
【みょみ、ょみょ、みょみ】
「なんだ、その音は……」
もっと、なんか、あるだろ。
謎の音を出す魔法とか……子供だましにしても、もう少し騙す気概を見せてほしい。
何とも言えない、ぐんにょりとした気持ちに苛まれる。
「でた! ほら!」
「はあ?……えぇ」
炎、出てるし。