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【電子書籍化】冥府の王に嫁入りします!  作者: 天宮夕奈
第ニ章 ラーン王国 魔法修業編
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―番外編― エリザベートの反省

 私の恋は10歳から始まった。

 父と懇意にしているアルバーン公爵が、ある日同じ年頃の男の子を連れて屋敷を訪れた。

 それが、マティアス様だった。

 13歳のマティアス様は、絵本から抜け出たような、王子様そのものだった。私は一目で恋に落ちた。

 マティアス様と結婚するために、私はあらゆる努力をした。レディとしての手習いも、ダンスも刺繍も誰にも負けないように、休むことなく学び続けた。

 父は厳しい人で、マティアス様との縁談は、私が公爵家に釣り合う完璧なレディになるまでは許さないと、了承してはくれなかった。

 だから、もっと努力した。自分に何が足りないのか、いつも考えていた。公爵家には必要かもしれないと、政治や国の歴史まで勉強した。

 そんな中、耳を疑う話を聞いた。幼馴染みのアメリアがマティアス様と縁談をしたというのだ。

 信じられなかった。アメリアは私から見ればまだ子供で、恋愛なんてまったく興味がないように見えた。レディとしての習い事もそこそこに、子供のように走り回ったり、木に登ったりしていた。

 そんなアメリアが頬を染めてマティアス様の話をするのが許せなかった。レディとしてマティアス様にも公爵家にもまったく釣り合わないアメリアが、簡単に私の最も欲しいものを手に入れるなんて、許せるわけがなかった。



 国王陛下から謹慎処分を受けた私は、王宮から真っ直ぐに自分の屋敷へと帰された。


「よくも私に恥をかかせてくれたな」

「申し訳ありません、お父様……」


 3ヶ月の出仕停止を言い渡された父は、これまで見たこともないほど怒っていた。当たり前だ。今まで家名を汚すようなことなど一度もなかったのだ。それが私のせいで出仕停止という最低の泥を塗ってしまった。


「お前の顔など見たくもない。しばらくは部屋から出てくるな。いいな?」

「はい……」


 この父に言い訳などできるわけがない。ただ素直に従い、怒りが収まるのを待つしかない。

 とぼとぼと自室に向かうと、扉の前に母が立っていた。


「リーザ」

「お母様……」


 心配そうな表情の母は、ゆっくりと近付くと優しく抱き締めてくれる。


「大丈夫?」

「はい……」

「お父様はなんて?」

「部屋から出てくるなと」

「そう……。仕方ないわ。こんなことは初めてだもの」

「ごめんなさい……」

「わたくしに謝らなくてもいいわ」


 母は慰めるように肩を撫でると、そのまま手を握り部屋の中へと促した。


「とにかくお父様のお怒りが収まるまでは、静かにしていなさい。それから落ち着いたら反省文を書いてお父様にお渡ししましょう」

「反省文?」

「そうよ。お父様もリーザがどれだけ反省しているかを知れば、すぐにお部屋から出してくれるわ」

「そうかしら……」


 そんなことで父の怒りが収まるだろうかと思ったが、やらないよりはましだろう。念押しする母にとりあえず頷くと、母は満足して部屋を出ていった。


「反省文か……」


 私の何が悪かったというのだろう。私は被害者であって、悪いことなどしていない。確かにアメリアには少し意地悪をしたかもしれない。けれどアルバーン公爵にアメリアのことを話したのは、それが公爵家のためだと思ったからだ。

 アメリアに落ち度がなければ、私はそんなことしなかった。


 そうよ。アメリアが私よりも完璧なレディだったら、私は素直に諦めていたわ……。


 両手を強く握りしめて目を閉じる。悔しくてたまらない。なぜこんなことになってしまったのだろう。

 それからいくら考えても答えは出なかった。



◇◇◇



 謹慎生活が始まって二週間が経った。机の上には未だ白紙の紙が置かれている。

 一応ペンを手に持ってみるけれど、頭の中は真っ白で書き出しさえどう書いたらいいか分からない。

 仕方なくペンを置くと、立ち上がり窓辺から外を眺める。代わり映えのない屋敷の庭を見下ろし、深い溜め息を吐いた。

 何もせずにいると、ついマティアス様のことを考えてしまう。今回の騒動の全ては、母から説明を受けた。

 母は私は悪くないと言ってくれた。巻き込まれただけだと。だから時が経てば、父も許してくれるだろうとも言っていた。


「マティアス様……」


 アメリアと縁談なんてなければ、こんな事件は起こらなかった。アメリアの存在が全ての元凶だったのだ。


「なんだ。まだあんなヤツのこと好きなのか」


 突然、背後から低い声が聞こえてビクリと肩を揺らす。慌てて振り返ると、そこには分厚いメガネを掛けた男性が立っていた。


「リュカ!」

「もう二週間以上も経ってるのに、まだぐだぐだ考えてるのか。まったく進歩のない女だな」


 心の底から呆れたような声を出してリュカは肩を竦める。

 遠縁のリュカ・ローランを見たのは、数年ぶりだった。久しぶりに見た姿は、ここ数年まったく変わっていないように感じた。中途半端に伸ばした茶色の髪と、メガネに掛かる長い前髪のせいで、緑の瞳は今は見えない。

 自分より背は高いはずだが、猫背のせいでいつも視線は近く感じる。まったく筋肉のないひょろりとした細い身体は、頼もしさの欠片もない。

 勉強だけは優秀で、幼い頃から神童と呼ばれ、その秀才ぶりを父がいたく気に入り、頻繁に屋敷に呼んでいた。一時期は屋敷に住まわせてもおり、いつの間にか家族の中に溶け込んでいた。

 現在は地方でなにやら調べる仕事をしていると聞くが、まったく興味がないので詳細などは知らない。

 私はリュカが昔から苦手だった。いつも思慮に欠ける発言で私を傷付けてくるから。屋敷に住んでいる時も、極力関わらないようにしてきた。


「なんであなたがここにいるのよ」

「リーザがなにかやらかしたって聞いたからさ」

「私は、なにもしてないわ」

「なにもしてなくて謹慎処分か。笑える話だな」


 リュカは鼻で笑うと、それまで私が座っていた椅子にどさりと座った。すぐに立ち去る意思がない様子に苛つき、けれどそれを表に出したくなくて仕方なく窓の外を睨み付ける。


「伯爵はカンカンだな」

「会ってきたの?」

「さっき挨拶してきた。お前の嫁入りも相当先になるだろうよ」


 リュカの言葉が肩に重く圧し掛かる。この一週間不安に思っていたことをずばり言われてしまい唇を噛み締める。

 父はきっと私を恥だと思い、しばらくは社交界にも出してはくれないだろう。それでもいつかは許してもらえたとして、こんな騒ぎを起こした私を妻にしようと思ってくれる殿方がいるだろうか。


「逃がした魚は大きいな」


 楽しげな声に耳を塞ぎたい気持ちでいっぱいだった。でもそれではリュカに負けたことになる。それが嫌で手を握りしめて平静を装う。


「反省文でも書くつもりなんだろ。やめとけやめとけ。どうせ反省なんてしてないんだろ。そんなヤツが書ける訳ない」

「書けるわよ! 反省だってちゃんとしてる!」

「ならすぐに書いてみろよ。僕が見てやるから」

「なんであなたなんかに!?」

「伯爵に見せても大丈夫なレベルか、僕が判断してやるよ。それともなにか? その一枚で伯爵に許してもらえる自信があるのか?」


 リュカの言葉に反論できない。何を書いたら父が許してくれるのか分からず自信がなかった。これ以上怒らせてしまったらと思うと、怖くてペンさえ持てなかった。


「明日までに書いておけよ」

「ちょ、ちょっと!」


 椅子から腰を上げたリュカは、それだけを言い捨てると部屋から出て行った。


「なんなのよ……もう……」


 一人になった部屋で肩を落として呟く。リュカは本当に何をしにきたのだろう。からかいに来ただけなら悪質過ぎる。

 昔からリュカはあんな調子で、誰もが気を使って言わないでおくようなことを、いつも直接ぶつけてきた。

 腹が立つのはそれがまったくの正論で、間違っていないということだった。

 今回も結局、図星ばかり指されて酷く傷付いた。けれどここで泣き寝入りなんてしたくない。

 怒りからか、やっとやる気が出てきて机に向かう。ペンを持ち紙面を睨み付けると、反省文を書き出した。



◇◇◇



「全然ダメだな」

「どこがよ?」

「全部だよ。よくもまぁこんな適当な文を書いたな」


 翌日、約束通り反省文を読みにリュカが部屋を訪れた。来た早々、机の上にあった反省文を読むと、肩を竦めて紙を投げ捨てた。


「適当だなんて、ちゃんと真面目に書いたわ!」

「真面目? 『私の浅はかな感情により家名を汚してしまい、心から後悔しております』がか?」

「そ、そうよ! なにがいけないっていうのよ!?」


 時間を掛けてどうにか書き上げた文を真っ向から否定されて、つい声を荒げてしまう。リュカはそれを冷めた目で見ると肩を竦めた。


「だから言っただろ。反省してないくせに、『反省した』なんて書いたって無意味だって」

「反省してるわ!!」

「『何を』反省してるっていうんだ? マティアスを好きになったことか? アミィに酷いことをしたことか?」

「そ、それは……」

「そう思うなら書けばいいじゃないか。なぜ書かないんだ」


 リュカの言葉が痛いほど胸に突き刺さる。嘘でもそう書けばよいのかも知れない。でもそれを書いてしまえば、認めてしまうことになる。

 私が悪いということを。


「明日、また読んでやる。また書いておけよ」

「リュカ!」


 押し黙ってしまった私に呆れたように溜め息を吐いたリュカは、そう言って昨日と同じように部屋を出ていった。

 静かになった部屋で、床に落ちた反省文を見つめる。その中身は上辺だけを取り繕った、誰でも書ける程度の内容だ。

 けれど他に何を書けというのか。



◇◇◇



 次の日もまた同じやり取りになった。


「昨日とあまり代わり映えしないな」

「どうしろっていうのよ……」

「お前が頭の中で考えてるのはこんなことじゃないだろ」

「あなたに何が分かるっていうのよ……」


 弱くそう言うと、リュカは持っていた紙を机の上に置き、窓辺に寄ると窓を大きく開け放った。入り込んできた風が頬を撫でて顔を上げる。すると、リュカがじっとこちらを見つめていた。


「なによ……」

「お前はアミィがすべての元凶だと思ってるんだろ」

「そ、そんなこと……」

「思ってるだろ? アミィがマティアスと婚約しなければこんなことにはならなかったって」


 何と返答すればやり過ごせるだろうかと考えている内にリュカは続ける。


「アミィが婚約しなければ、アミィが神子にならなければ、アミィが自分より上の立場にならなければ、全部アミィがいけない。私は悪くない。私はいつだって正しい」


 上げ連ねた言葉は完全に図星だった。なんでもない顔などできなかった。顔を顰め両手を握りしめる。


「いつだって自分より下だったのに。なんの努力もせずにすべてを手に入れるなんて許せない」

「やめて!!」


 我慢できず両手で耳を塞ぎ叫ぶ。聞いていられない。なぜリュカはこんなにも自分の心が分かるのだろうか。


「リーザ。お前はいつだって努力してきた。誰より努力して自分を磨いてきた」

「そう……、そうよ。私は誰より頑張ったわ! 嫌なことだってつらいことだって、無理してでも努力でどうにかしたのよ!」


 言い募る私に、リュカはけれど同情した様子もなく肩を竦める。


「でも、誰だって努力はしてる」

「そんなこと……分かってるわ……」

「本当に?」


 リュカにそう言われてしまうと、強く反論できない。リュカは机にまた近付くと、トントンと指先で机を叩いた。


「分かってるなら、それを書いてみろ」

「え?」

「今話したことをしっかり書いてみろ」


 そこまでで話は終わりだった。リュカが部屋から出て行くと、どっと疲れが押し寄せてきて大きく息を吐いた。


「今話したこと……」


 文章にしたくない。でもそれではこの問答はいつまでも終わらないだろう。言葉で攻め続けられるのは思った以上につらい。

 ぐるぐると悩んだ末、私は仕方なくペンを手に持った。



◇◇◇



「『自分ではどうにもならないことを諦めきれず、アメリアを責めてしまった』」


 昨日書いた反省文を読み終わった後、リュカはそこだけ声に出して読み上げた。


「ふぅん……。昨日の話とはちょっと違うがまぁまぁかな」

「まぁまぁって、あなた一体私になにを書かせたいの?」

「反省文だろ。で、これを書いてなにか分かったことがあったか?」

「分かったこと……」


 リュカに問われて私は俯く。反省文を書いていた時、確かに冷静に考えられた気がする。それまで意地のように考えないようにしていたことが、文を書くことによってはっきりと形になった。


「アメリアは……、きっと大変だったと思う……」

「どんな風に?」

「突然神子に選ばれて……」

「そうだよな。お転婆なアミィが神子なんて、相当戸惑っただろうな」


 そう、そうだわ。女学院で過ごすのでさえ、窮屈そうにしていたアメリアが、神殿勤めなんてきっと大変だったと思う。


「アミィはマティアスのこと好きだったのか?」

「好き……、だったと思う。縁談が進んで、とても嬉しそうだったもの」

「そんな相手に裏切られた」

「私も、裏切られたわ……」

「もし簒奪が上手くいっていれば、お前は王太子妃だったかもな」

「え?」

「そうだろう? お前はあの時、マティアスと婚約していたんだから」


 そうか。そうなるのか。言われて初めて気が付いた。そして胸に嫌な気持ちが広がった。


「それは嫌だわ……」

「だろうな」


 あっさりと頷いたリュカに驚いて見つめると、リュカが笑って二度驚いた。久しぶりに会ってから、皮肉やからかい以外の笑みを初めて見た。


「なんでそう思うのよ」

「お前のプライドは天より高いからな。そんな卑怯な手段を使って奪った座なんて嬉しくもなんともないだろ」


 リュカの言葉に目を瞬かせる。褒められたような気もするが、けなされたような気もする。判然とせず視線だけを向けていると、リュカはまた笑った。


「アミィの、神子という立場が理解できるか?」

「分からないわ……」

「なら調べてみることだな。勉強は得意なんだ、簡単だろ?」


 そう言ってリュカが部屋を立ち去った後、メイドが三冊の本を持ってきた。リュカから持っていくように言われたと渡された本は、死者の神に関するものだった。

 なんとなくリュカの思い通りになるのが気に入らなかったが、中身が気になり結局机に座ると本を開いた。

 本には神子の成り立ちからどんな存在なのか、どんな役割があるのかが詳細に書かれている。私はのめり込むように読み続けた。

 そうして昼から読み始めて、気付くと室内が暗くなりだしていた。


 アメリアがやっていけるのかしら……。


 まだ半分ほどしか読んでいなかったが、一度顔を上げるとそう思わずにはいられなかった。

 日々の仕事や季節ごとの儀式、王侯貴族を前にした大規模な式典もある。そんな大変な役目をあのアメリアが間違えずに果たしてやっていけるのだろうか。

 今までマティアスを介してしかアメリアのことを考えていなかった。そのことに今さら気付いた。


 私……、マティアス様のことしか見えていなかったのね……。


 自分が馬鹿みたいでつい笑ってしまった。笑った自分に驚いた。

 もう笑える日なんて来ないと思っていたのに。

 少しだけ心が軽くなった気がする。それから、頭の中の霧が晴れたようにも感じた。

 アメリアはマティアス様との縁談を幸運だと言っていた。だから腹が立った。でも本当は知っている。縁談が決まってから、アメリアは色々なことに努力していた。あまり気にしたことのない外見に気を配ったり、ダンスや所作の稽古も身を入れて頑張っていた。

 マティアス様と釣り合おうと必死だったのはすぐに分かった。けれど見ないようにしていた。

 アメリアの努力を認めてしまうことは、負けを認めてしまうことと同じだった。

 けれど、今考えてみれば、それこそ醜い悪足掻きだった。


 私、恥ずかしいわ……。

 なんであんなに酷いことができたのかしら……。


 アメリアへの仕打ちは私の単なる嫉妬に過ぎない。単純にただそれだけだったのだ。

 やっとまっすぐ向き合うことができた。


「反省文……」


 本の下に置いてあった紙を引き抜きじっと見つめる。リュカはたぶんこれを書かせたかったのだろう。

 ゆっくりと手を伸ばすと、ペンを取る。

 そうして一度も手を止めることなく、長い反省文を書ききった。



◇◇◇



「書けたわ」

「書けたか」


 次の日、午後になって部屋を訪れたリュカに、私は自ら反省文を差し出した。

 ソファに座って読み出したリュカを、その場に立ったままじっと見つめる。

 今まで心の奥底に隠してきた、私の醜い心を全部書き出した。

 とてもすっきりした気持ちだった。リュカに読まれても羞恥心は沸いてこない。


 リュカは幼い頃から知っていたんだわ。本当は醜い私の心を……。


 リュカに昔言われたさまざまな言葉を思い出していると、読み終わったリュカが顔を上げた。

 そうしてにこりと笑い立ち上がる。


「爽快なほどの反省だな」

「なによそれ」

「よく書けてるって意味さ。客観的に自分の悪いところを見つめて、認めた上で反省してる」


 反省文を返されながら言われた言葉に戸惑う。リュカに真正面から褒められるのは、これが初めてかもしれない。


「アミィが羨ましかったんだな」

「ええ、そう。羨ましかった。ただそれだけだった」

「アミィに謝れるか?」


 静かに問われて、私は少しだけ考える。


「謝りたいわ。ちゃんと会って謝りたい」


 今なら素直に謝ることができると思う。アメリアは私になんてもう二度と会いたくないかもしれない。

 それでも謝らなくちゃいけないと思う。


「うん、そうしろ。謹慎が解けたら、会いに行けばいいさ」

「でも、アメリアは私に会いたくないかも」

「アミィはそんな子じゃないだろ?」


 優しく言われて、俯いていた顔をリュカに向けると、なぜか頭を撫でられた。


「なに?」

「リーザも良い子だよ」

「子供扱いしないで! それに私は良い子なんかじゃない。人と比べてばかりの嫉妬深い女よ」

「おお、なかなか的を得ているな」

「茶化さないで!」


 リュカは楽しそうにくつくつと笑いながら手を引く。


「僕から見たらリーザもアミィも良い子だよ。リーザは慎重で努力型。アミィは天然で猪突猛進型だな」

「変な分析をしないでよ」

「当たってるだろ?」

「まぁ、ね。それより、これで反省文は合格? お父様に渡しても大丈夫かしら」

「ああ、及第点だな。でもこれは渡さなくていい」


 リュカが私の手にしている反省文を指差して言うので、首を傾げる。


「どういうこと?」

「伯爵に渡すなら一番最初に書いたのを渡しな。あれが一番良い」

「意味が分からないわ。今日のが一番良いんじゃないの?」

「本当の反省文ならこれが一番さ。でも伯爵はこれを読んだって許しちゃくれない」

「それは……」

「ま、建前の方がやっぱり綺麗に見えるものさ」


 リュカの言葉に私は複雑な気持ちになりながらも、きっとその通りにした方がいいんだろうと納得することにした。


「分かったわ。そうする」

「ああ」


 話に区切りができたからか、リュカは扉に向かおうとする。

 その背中を見て、私はなぜか呼び止めていた。


「リュカ!」

「ん?」


 振り返ったリュカの顔を見つめて、慌てて言葉を探す。


「えーと……、お茶でも、飲む?」

「お茶?」


 キョトンとした顔で聞き返されてしまい、頬が熱くなってくる。変な風に誘ってしまったと後悔していると、リュカはまじめな顔で聞いてきた。


「チェリーパイ、あるか?」


 その言葉で、一瞬の内に子供の頃を思い出す。私とアメリアとリュカと三人で、よくチェリーパイを食べた。

 私とアメリアが一つ食べ終わる前に、リュカはもう二つ目を食べ終わっていた。


 懐かしい思い出――。


 私は晴れやかに笑うと「もちろんあるわ」と頷いた。


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