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【電子書籍化】冥府の王に嫁入りします!  作者: 天宮夕奈
第ニ章 ラーン王国 魔法修業編
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65話 オルハ

 宮殿に入った一行は、謁見の大広間に通された。玉座に座る国王を見上げてアメリアとサリューンは膝を折る。


「陛下、リュエナ王国より死者の神の神代様をお連れ致しました」


 ジルの言葉に国王は頷くと、口を開いた。


「よく参られた。この度は我が国の不祥事により神代殿には大変迷惑を掛けた。改めて謝罪を申し上げたい」

「いえ、謝罪ならばすでに王太子殿下から頂きましたので、それで十分でございます。差し出がましいようですが、その後カルーファの様子はどうなのでしょう?」

「ああ、今はだいぶ落ち着いた。オアシスの水も元の水位まで戻り、民たちも喜んでいる」

「そうですか……。あの、私の魔法で傷付いた人たちは……」

「それはあまり気に病まないでいただきたい。悪事を働いた者たちのことだ。それ相応の報いを受けるのは当然だろう」


 アメリアは国王の言葉に眉を歪める。自分の魔法でもしかしたら人が死んでしまったかもしれない。それはとても恐ろしいことだ。たとえそれが悪人だとしても、自分はそれを望まない。

 人が傷付くことなど望んでいない。もしそれが国にとって必要な力なのだとしても、まだそんな覚悟は持てない。

 ただこれ以上の追及はできそうになかった。魔法についてまだ心の整理が付いていないのだ。

 アメリアは一呼吸置くと、持っていた書状を差し出した。


「リュエナ国王より書状をお持ち致しました。どうぞお納めください」


 アメリアの隣に立っていたセスが書状を受け取り壇上に上がる。受け取った国王は羊皮紙を開くと、その場で目を通した。


「リュエナ国王にはなんと詫びていいのやら。謝罪文は送るが、他にも詫びを考えておくとしよう」

「陛下、あの者は着きましたか?」

「ああ、そうだった。カルーファに飛んでいたが、さきほど戻った」


 ジルの言葉に国王が扉を開けるように指示を出す。玉座の横にあった扉から姿を現したのは、すらりとした背の高い男性だった。

 腰まで真っ直ぐ落ちる長い髪は黒に近い茶色で、瞳も同じように暗い色をしている。

 アメリアは驚いて目を見開く。その顔がサリューンに似ているように思えたのだ。


「師匠! いつ戻られたのですか!?」

「師匠? あ、じゃあ」

「ああ、あの人は僕の師匠だよ」


 セスが声を上げると、その男性はゆっくりと歩きアメリアに近付く。

 顔がはっきりと分かると、本当にサリューンに似ていて胸がドキドキした。ラーンにはあまり見ないタイプの細身の身体で、年齢は30代ほどだろう。長いローブを着ているせいか、余計にサリューンに似ている気がする。


「初めまして、神代様。私はこの国の魔法使い、オルハ・リズと申します」

「あ、はじめ、まして……」


 見上げる背までサリューンと同じくらいで、アメリアは見つめられるとなぜか胸がドキドキしてくる。


「セス、久しぶりだな」

「師匠こそ、帰国はまだ先だったはずなのに」

「陛下に呼び戻されてね。まぁ、結局騒動には間に合わなかったが」


 笑うと目尻に小さく皺が見える。穏やかな低い声にどぎまぎしてしまう。

 なんとなく気になって背後をちらりと振り返ると、サリューンが眉間に深い皺を刻んで睨んできていた。


「神代殿にオルハを会わせたくて呼び戻したのだ。魔法修業のことはジルから聞いた。オルハで役に立つのならぜひ使ってほしい」

「え?」

「私から陛下にお願いしておいたんだ。アメリアの修業にはオルハも必要だろうと思ってな」

「ジル様」


 正式な謁見が終わり、国王が大広間から退出すると、残された者たちは外に出て美しい庭の東屋へ移動した。


「師匠、師匠がアメリアに魔法を教えるのですか?」

「お前はどう思うんだ、セス」

「僕もそれがいいと思います。今回、僕は自分がまだまだ未熟だと思い知りました。魔法はもう十分使えると思っていましたが、実戦では役立たずで。まだまだ人に教えられる立場じゃありませんでした」


 セスが落ち込んだ声で言うのを真剣な顔で聞いていたオルハは、頷いた後にアメリアに顔を向けた。


「まさかゲルトルーデ様の魔力をまた感じられるとは思いませんでした」

「ゲルトルーデを知っているのか!?」


 驚いて声を上げたのは一歩離れていたサリューンだった。

 オルハは笑いながら大きく頷き、アメリアの顔をじっと見つめる。


「ゲルトルーデ様のことは、今いる魔法使いたちは大抵知っていますよ。私も何度かは魔法の講義を受けました」

「そうだったのか……」

「私の使う未来予知もゲルトルーデ様に教わった魔法なのですよ」

「そういえばジル様が予言を受けたって」


 セスが振り向き、一人椅子にゆったりと座っていたジルに目を向ける。

 ジルは肩を竦めると、軽く頷き口を開いた。


「オルハが国を出る前に私に予言を置いて行ったんだ。今回は全部それに従ってみたんだが、まぁまぁの結果だったんじゃないか?」

「殿下。私は危険を伴うので、十分に注意するようにと申し上げたんですよ」

「どんな予言だったのですか?」


 困り顔で首を振るオルハにアメリアが訊ねる。セスも興味深い様子でオルハを見つめている。


「私がいない間に、殿下にとってとても興味深い人物に会うと。その者がカルーファの火種を大きく燃え上がらせるだろうと言ったんです。ただカルーファでの争いは流血も見えていたので、その人物にも危険が及ぶだろうと付け加えておいたんですがね」


 オルハの言葉にサリューンがじろりとジルを睨み付ける。ジルは不敵に笑うだけで口は開かなかった。

 アメリアはやっとここでなんとなく不可解に思っていたジルの行動に合点がいった。ジルから感じた妙な自信はこれがあったからなのだ。


「私もまさかその人物が、リュエナの神代様とは思いもよりませんでしたが」


 オルハは苦笑すると、アメリアの左手をそっと取った。その指にある指輪をじっと見つめてから、アメリアの瞳を間近で見つめる。


「あの……、オルハ様?」

「すごいですね。本当にゲルトルーデ様の魔力だ。だがその中に、まったく違う魔力もある」

「あ、そうだ。師匠。僕もアメリアから異なる魔力を感じたんです」


 オルハはさらに触れるほど近く顔を近付ける。アメリアはその近さに恥ずかしくなって目を伏せた。


「おい! 近過ぎる!!」

「ああ、すみません。すごい瞳で、つい」


 さすがに止めに入ったサリューンに押し退けられたオルハは、姿勢を戻して笑う。


「神代様の中の力は神の力ですね」

「神の力?」

「神代ゆえに持つ力でしょう。その存在は人の世にいる神だと聞きます。あなたの場合、ゲルトルーデ様の魔力と共に神の力もその身にあるということです。まったく稀有な存在ですね」


 オルハの感服したような言い方に、アメリアは戸惑いながら胸に手を当てる。

 ゲルトルーデの書き残してくれた魔法書にあった黒いリボンとは、神の力を引き出すものだったのだ。そこまでゲルトルーデは見越していた。


「本当にすごい魔法使いだったのですね、ゲルトルーデ様は……」

「そうですね。だがあなたもそうなれる見込みはある。これからしっかりと修業をしていきましょう」

「オルハ様が私に魔法を教えてくれるのですか?」

「いや、継続してセスが教えます」

「え!? 師匠!?」


 驚いたのはセスだった。アメリアも何となくオルハがこれから師匠になるのだろうと思っていた。


「セス、お前は今回失敗したが、それは実戦が初めてだったからだ。それほど気落ちすることではない。お前に教えることはもう残り少ない。神代様に魔法を教えることはお前にも良い経験になるし、引き続き神域で魔法修業をするといい」

「師匠……」

「神代様、なにか分からないことがあれば、私もお手伝いします。それでよろしいですか?」

「もちろんです。よろしくお願い致します」


 アメリアがそう言うと、セスは一度オルハを見てから真剣な目でアメリアに目を合わせる。


「こちらこそ、よろしくな」

「はい」


 しっかりと返事をすると、なぜかジルが一人で大きな溜め息を吐いた。


「なんだよ、ジル」

「アメリアがオルハの教えを受けないとなると、もうしばらくはこちらに来ないということだろう? つまらないことだ」

「もともと神代が神域を出て他の国に行くこと自体異例のことなんだぞ。そう何度も行かせられるか」

「過保護なことだ」


 大袈裟に肩を竦めるジルに、サリューンはふんと顔を逸らす。その二人の遣り取りに驚いた顔を見せたオルハはセスに視線を向けるが、セスは困った顔をして首を振るだけだった。

 その後、会食とパーティーに招待された二人は、金で埋め尽くされた豪奢な広間で音楽や美しい舞いを堪能し、そうして帰路に着いた。

 満天の夜空を見上げ、それから前を歩くサリューンの背中を見る。ラーンの神域でセスとフィーレンに別れを告げてから、サリューンは一言も話していない。

 ずっと機嫌が悪い様子で、手も繋がずに黙々と歩くサリューンに黙っていられず、ガラスの橋の真ん中でアメリアは足を止めた。


「サリューン! ちょっと待って!」


 こちらが止まったことに気付かず先に行ってしまったサリューンは、数歩離れた場所でハッと振り返る。


「な、なんだ? メル」

「どうしてずっと黙ってるの? なにか怒ってる?」


 ジルと相性が悪いのは分かってはいるが、これほどずっと機嫌が悪いのはなんだか違う気がしてアメリアは少し焦っていた。

 もしかして自分に原因があるんじゃないだろうかと感じたのだ。


「怒っていない。ただ……」

「ただ?」

「……メル、なんでオルハを見て顔を赤らめたりしたんだ? もしかしてあいつのこと……」

「え? あ、あれは!」


 自分の表情の変化をサリューンに見咎められていたことに驚いてつい声が裏返ってしまう。


「ジルだってそうだ。ずっとメルにベタベタしていたのに嫌がらないし。パーティーの間中、ずっとオルハを見ていただろう。なんでだよ」

「ま、待って! サリューン!! 私はオルハ様のこと、なんとも思ってないわ!! そんなこと言ったら、あなただってフィーレン様とすっごく仲良さそうにしているじゃない!!」

「は? 俺とフィーレンになにかある訳ないだろう? 妹みたいなものなのに」

「だってだって! そう見えるんだもん!!」


 なんだか上手く説明できなくて、子供みたいな言葉を叫ぶと、サリューンは目を瞬いて少し間を置いたあと、ふっと笑みを見せた。


「なんだ……。俺たち、お互い嫉妬してたのか」

「嫉妬?」


 サリューンは小さく息を吐き、手を差し伸べる。アメリアは少し気後れしながらも、ゆっくりと前へ歩きその手に自分の手を重ねた。


「すまん、不安にさせたか?」

「私こそ、ごめんなさい。オルハ様は、なんだかあなたに似ていたから、恥ずかしくなってしまったの」

「俺に? 似てたか?」

「うん。前のサリューンに似てた」

「前って、老人の姿の?」

「うん。長い黒髪がとても似てるわ。あと、雰囲気とか……」

「そうか?」


 不思議そうに首を傾げながらも安心したような溜め息を吐くと、サリューンがそっと抱きしめてくれる。アメリアも肩から力を抜くと、背中に腕を回しギュッと抱きしめた。

 こんな些細な嫉妬で、ずっとぐるぐる悩んでいた自分が馬鹿らしくなってしまったけれど、サリューンも同じ気持ちだったと知って少しだけ嬉しくなる。


「大好きよ、サリューン」

「俺も、メルが大好きだ」


 お互いの気持ちを再確認し顔を上げると、嬉しそうなサリューンの顔が近付く。

 アメリアはにこりと笑みを作ると、ゆっくりと目を閉じた。

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