64話 再訪
「今日は神託を渡す日だっただろう? 国王陛下も心配して今こちらに来ているから、ご説明申し上げなさい」
「本当ですか!?」
やはりおおごとになっていたのだと、アメリアは申し訳なく思いながらも、自分のしでかしたことを二人の前で話すことには大分抵抗があった。
たぶん怒られるだろうなと思いながらも、それでも国同士の問題にもなりかねない事柄を黙っていることはできず、教皇の私室に入ったアメリアは二人に正直に話すことにした。
「そんなことがあったのですか……」
「私が軽率にラーンの街に出てしまったことが原因で、大変な事になってしまい本当に反省しております」
「ですが無事に戻ってきて良かった。ラーン王国はあまりにも遠いゆえ国交はまったくないが、今回は黙ってはいられませんね」
「陛下……」
「神代様だと知りながら危険に晒すなど以ての外です」
静かに怒りを表す国王に教皇も同意する。アメリアにしてみれば自分の過失が大きい気がして、国として抗議するようなことはしてほしくない。
それでもやはり国として、その威厳を保つために黙っていることはできないということは理解できる。
「国として抗議させて頂きます。後日神代様に書状を託しますので、ラーンの神子様にお渡し願いますか?」
「はい。あちらも正式に謝罪するとは言っておりました」
アメリアがそう言うと国王はそれはもちろんだろうと厳しい表情で頷く。
「それにしても神代様が魔法を使えるようになっていたとは、ありがたいことです」
「あ、いえ、まだ全然なんです。まったく制御できていないですし……」
「いえいえ、先代の神子様で我が国の魔法使いは途絶えてしまったと思っていたので、その力を受け継いで頂けたなら本当に心強い」
過度に期待されては困るとアメリアは手を振って否定するが、国王は嬉しそうに続ける。
「平和な我が国においても、魔法の守りは必要です。それに神代様ご自身を守るためにも、魔法は大切でしょう」
「そうでしょうか」
「まぁ、これ以上危険な事に自ら飛び込んでほしくはありませんがね」
「すみません……」
釘を刺されてアメリアは項垂れる。自分でも分かっているのだ。もっと物事を慎重に考えてから行動しなくてはいけないことは。
けれどどうしてもその場になると考えよりも感情が先に動いてしまう。本当に迂闊な自分の行動が、後になって響いてくる。反省しても後の祭りで皆に迷惑を掛けてしまっている。
「だいぶ反省されてはいるようですね」
アメリアの様子に優しい声で教皇が言うので、アメリアはコクコクと頷く。すると教皇は席を立ち机の引き出しから紙の束を出してアメリアの前にそっと置いた。
「神代様におかれましては、その猛省をここにしたためて頂けるとありがたいのですが」
「え?」
「では私の方にも提出をお願いできますか?」
にこにこと笑顔のままで国王も紙を数枚引き抜いて並べる。
アメリアは顔を引き攣らせながら、紙の束を見下ろす。
「今回はさすがに目を瞑る訳にはいきません。ぜひ反省文をお書き頂き、自らの行動を省みて頂きたい」
「はい……、申し訳ありませんでした……」
笑顔の二人に頭を上げることもできず、アメリアは項垂れたままそう言うしかなかった。
◇◇◇
数日後、セスからラーン王国への正式な招待状を受け取った。アメリアは国王から書状を預かり、サリューンと共にラーンの神域へ渡る。
白百合の丘で待っていたのはセスとフィーレンだった。
「お師匠様」
「ああ、随分着飾ってるな」
セスはアメリアの衣装を見て驚いた顔をする。アメリアはいつもの地味な黒のローブではなく、公式行事で着る異国風の衣装を着ていた。ラーンは暑いのでできれば着込みたくなかったが、公式な訪問ということで、教皇も国王もいつもの服では許してくれなかった。
腰帯に付いた飾りと、ティアラから落ちる宝石の飾りが身体を動かす度にチリチリと音を立てる。その飾りにフィーレンが手を伸ばした。
「美しい飾りですわね。全部、魔法が掛かっていて」
「え?」
フィーレンの言葉に驚き、後ろにいたサリューンを振り返る。
サリューンは一瞬顔を顰めてから、渋々答えた。
「用心に越したことはないからな」
「今回は大丈夫ですよ。僕もいますしね」
「そう願うがな」
アメリアはサリューンと言葉を交わすセスの額の布に、見覚えのある刺繍を見つけて小さく首を傾げた。
どこで見たかしらと記憶を探り、ふとそれがフィーレンが縫っていた刺繍だったことを思い出す。
「国王とジル様はフィーレンにきつめに叱られましたから、もう手荒なことはしませんよ」
セスはそう言うと隣にいるフィーレンと視線を合わせて微笑み合う。
(あら……、あらあら?)
鈍感なアメリアでもさすがに二人の空気に気付いて目を見開く。嬉しそうなフィーレンに、優しい視線を送るセス。その穏やかな空気にアメリアは「なーんだ」と心の中で呟いた。
(私があれこれしなくたって大丈夫そうね……)
どうやら難しい恋の橋渡しはしなくてもよさそうだとホッと胸を撫で下ろす。やっぱり自分にはそんな役はできそうにない。
そんなことよりも、まだまだ自分の悩みで手一杯なのだ。
「サリューン様も宮殿にお越しになるんですよね」
「当たり前だ。メル一人で行かせる訳にはいかないからな」
「分かりました。ではどうぞ外へ。すでに神域の前で迎えの者たちが控えていますので」
「お迎え?」
アメリアが不思議そうに訊ねると、セスはなぜか苦笑して頷く。
そうしてフィーレンを神域に残し三人でベールをくぐり、小さな部屋を出ると大歓声が上がった。
驚くアメリアが周囲を見渡すと、大勢の人が集まって人垣を作っている。
「久しぶりだな、アメリア」
「ジル様! これはどういうことです?」
道の真ん中に用意された輿の横に立っていたジルは、笑いながら近付いてくる。
「折角の正式訪問だからな。盛大に出迎えないとと思ってな。おお、夜空のような美しい衣装だな。それがお前の本来の服か?」
「ええ、着ていけと言われまして」
「死者の神も一緒か」
「リオンだ。こちらではリオンという名でいる」
すでに機嫌の悪そうなサリューンはそれだけ言うとあからさまに視線を逸らした。
ジルはそれを笑って見るだけで何も言わず、アメリアを促す。
「輿に乗れ。父上がお待ちだ」
「ええ」
街の人たちの歓声の中、馬上のジルは皆に手を振って応えている。その横顔を見つめてアメリアは声を掛けた。
「ジル様、ジル様はリオンを本当に死者の神だと信じているのですか?」
「ん? ああ、そうだな。本人がそう言ったしな」
「リオンが?」
驚くアメリアにジルは頷き、ちらりと輿の後ろに付いてくるサリューンを見る。
「まぁ、実際どうかは知らんが、あいつは私に『メルは俺の妻だ』と叫んだ。あの時の必死な様子は、嘘ではないだろう」
「それだけで信じられたのですか?」
「不思議なことは世にいくらでもある。信じぬ者はそれでもよいし、信じることも自由だろう」
そういうジルが不思議でアメリアはジルの横顔をじっと見つめた。
王族らしい振る舞いの中で時折見せる、柔軟な考え方にどこか惹かれる。おおらかなというだけでは括れない、ジルの魅力のように感じる。
「リオンがあんな口を利いても怒らないのもそのせいですか?」
「それもあるがな。最初から敬語をする気がない奴に、無理強いしても仕方なかろう。カルーファで会った美しい女性も最初から私を呼び捨てにしていたが、あれも人ではなかったのではないか?」
フィーレンのことを言われてアメリアは口を噤む。ジルの感性の鋭さに驚きながらも、その事実は伏せておこうと思った。やはり人は神の姿を知らない方が良い気がする。
「ジル様は、良い国王になると思います」
「なんだ、突然」
「いえ、そんな気がするだけです」
言葉を濁すために選んだ言葉だったが、アメリアは自分で言ってからとても納得できた。
たぶんそうなる。そんな予感がする。
アメリアが笑顔を見せると、ジルは満足げに笑い返す。
「アメリアに言われると、悪い気はしないな」
ジルは呟くように言うと市民に手を振る。アメリアはその堂々たる姿を見つめて、この国はきっとこれからもっと良い国になるだろうと思った。




