61話 決着
激しい爆発音と振動が伝わってきて、双方共に戦いの手を止めると天井を見上げる。
「なんだ!? なにが起こった!?」
ラムディラが動揺した声を上げる間もなく、開きっぱなしだった扉から強い風と共になぜか花が吹き込んでくる。
強い風は動きを止めるほどでもないが、風に混じる花が視界を遮る。
セスは風に混じる魔力にハッとした。
「アメリアだ!」
「アメリア? これはアメリアの魔法か?」
「はい!!」
ジルに問われて頷いたものの、違和感のある魔力にセスは顔を曇らせる。
(妙だな……)
魔法修業の時にアメリアから感じた魔力に混じって何か違う感触がする。暗くて重い、圧し掛かるようなプレッシャーが風と共に押し寄せてくる。
「アメリア様……」
「フィーレン様?」
「お助けした方がいいかもしれません。この力は……」
フィーレンの呟きに顔を向けると、フィーレンは顔を曇らせて言ってきた。フィーレンはまた違う感じ方をしているのかもしれない。
とにかくこんな大規模な魔法は教えていない。どう考えても魔力が暴走しているのだろう。
「なにをしておる!! 早く始末せい!!」
棒立ちになっている兵士たちにラムディラが怒鳴ると、風が吹き荒れる中戦闘が再開される。
アメリアの元に駆け付けてやりたいが、ここを離れる訳にもいかず、セスはジルの背中を守るように立ち回った。
次々に広間に入ってくる兵士の姿にジルが舌打ちするのを見て、扉に鍵を掛ける魔法を使いたいが、兵士に囲まれた状態では扉に近付くことさえできない。
何か使える魔法がないかと考えながらも、上手く思い付かない。焦りが募る中で、フィーレンと繋いだ手の指輪に一瞬視線が行った。
「そうか!」
セスが声を上げると、振り返ったジルと目が合う。
「しばしご辛抱を!」
「分かった!」
ジルに掛けている守りの魔法を解いて集中を始める。混戦の中で大きな魔法を使うのは無謀ではあるが、これ以上良い案が浮かばない。
一か八かに掛けて魔法を編み出す。膨れ上がる魔力が実体を持って姿を現す。
「な、なんだ!?」
「きょ、巨人だ!!」
花吹雪の中からゆらりと顔が醜く潰れた巨人が現れる。ボロ布を纏って巨大なこん棒を振り上げる姿に、ラムディラの兵士たちが一斉に恐怖に顔を引き攣らせる。高い天井に頭を擦り付けている巨人を見上げ悲鳴を上げると、途端に散り散りに逃げ始めた。
「な、なんじゃこれは!? 化け物が!!」
恐慌状態の中でラムディラが叫びながらも広間の隅へと逃げる。ラムディラを守っていた兵士たちは、我先に広間から逃げようとして扉に向かい走り出した。
「馬鹿もん!! なぜ戦わぬ!! 倒せ!! 儂を守れ!!」
パニックになった兵士たちに声を荒げるが誰も聞いていない。
「敵は総崩れだ! ラムディラを捕らえよ!!」
反してジルの部下たちはまったく動揺を見せていなかった。巨人から逃げる素振りも見せず、ジルを守るように陣形を整えている。
ジルの命令に速やかに行動に移った部下たちは、邪魔な兵士たちを切り捨てラムディラを取り囲んだ。
「な、な、なぜ……こんなことが……」
ラムディラは壁に背を付けガクガクと震えながら床に膝を突く。蒼白の顔面をジルに向けてはいるが、その目はもはや戦意を喪失し、ただ恐怖に脅えているだけだ。
巨人が床を振動させながらラムディラに近付く。
「ひ、ひいいい!!」
ゆっくりと巨人がこん棒を振り上げると、ラムディラは情けない声を上げて床に蹲った。
「情けない姿だな、ラムディラ」
ジルはそう言うと、ラムディラの目の前に立つ。すでに剣を収め蔑んだ目で見下ろしている。
「セス、もう良いぞ」
「はい」
集中を解いて身体から力を抜く。ふうと大きく息を吐いている間に、巨人は霧散するように消えた。
「な、なんじゃと……?」
「あれは幻だ。セスの魔法だよ」
「魔法……」
呆然とするラムディラにジルは笑って見せる。周囲を見渡せばすでに戦意を喪失した兵士たちが、腰を抜かせて床に座り込んでいた。
「どうやらお前を助けようとする者はもういないようだな」
「なぜ……お前たちは驚かなかったのだ……」
ラムディラの悔しさを滲ませた声に、ジルは肩を竦める。
「ラーンの兵士は魔法に慣れている。セスの作る巨人は戦闘訓練で見慣れているからな。惑わされるものなどいない」
ジルの返答にラムディラは答えることもなくただ項垂れる。ジルは部下に命じるとラムディラに縄を掛けた。
「館中を探索せよ。街の門は閉鎖だ。しばらくは人の出入りを禁ずる」
ジルの命令に部下たちが散っていく。
やっと安全だと思えてセスがフィーレンから手を放すと、フィーレンはその手を胸に抱き締めた。
「ごめん、強く握り過ぎてた」
「いいえ、大丈夫。それよりアメリア様の元へ急ぎましょう」
「ええ」
フィーレンに促されて頷いたセスは、未だ強い風の吹く中ジルの元に走り寄る。
「ジル様、僕たちはアメリアの元へ行きます」
「ああ、頼む」
「はい!」
ジルの許可を取ったセスは走り出す。すぐ後ろに付いてくるフィーレンに目を向けると、右手を差し出された。
セスは笑みを浮かべると、その細い手をまたギュッと握り締めて二人は廊下を進んだ。




