60話 正義の在り処
フィーレンの手をしっかりと握り締めたセスは、廊下を走る。隣を走るフィーレンをちらりと見ながら少しだけ口許が緩んで、慌てて顔を引き締めた。
フィーレンがここまで来るなんて思いもよらなかったから心底驚いた。そんなことができたのかという驚きと、必死に助けに来てくれたことが本当に嬉しい。
「あちらですわ」
フィーレンが指差す先には、兵士が守る大きな扉がある。こちらに気付いた兵士二人が剣を引き抜くが、セスは不敵に笑うと右手を払う。
その途端、兵士は衝撃を受けて倒れ込む。
「まあ! すごい!」
暢気な声にセスは苦笑してフィーレンを見る。
「フィーレン様も魔法は使えるんでしょう?」
「人の世界では無理よ。今私が使えるのは、指輪に封じた幻惑の魔法だけ」
「そうなのですか?」
「ええ」
少しの会話を交わす間に扉に到着する。躊躇もなく扉を開くと、中は広い謁見の間だった。
「ジル様!!」
数十人の兵士の先頭にジルの姿を見つけてセスは声を上げる。弾かれたように振り返ったジルは、セスと目が合うと楽しげに笑った。
「久しぶりだな。セス」
悠長な挨拶を口にするジルの前にフィーレンと並ぶと、ジルはこちらの様子をじろじろと見てからポンとフィーレンの肩を叩いた。
「よくやった」
その行動にセスは咄嗟に手が出ていた。ジルの手を払い除けてフィーレンの前に立つ。
「この方に触れてはなりません、ジル様」
「なんだ嫉妬か、セス」
「しっ!! 嫉妬などではありません!! とにかく! この方には触れてはいけないんです!!」
ジルの言葉になぜか頬が熱くなってセスは慌てて怒鳴る。その様子にジルは含むように笑うと、視線を前に戻した。
「ということで、なぜか我が国の神子があなたの館にいたようだが、どう説明をつけるつもりかな」
一段高いところに、まるで玉座に座るように豪奢な椅子に座ったラムディラは、厳しい表情をセスに向け、それからさっと笑顔をジルに向けた。
「いやいや、なにかの間違いでしょう。神子様が勝手に我が館に入り込んだのでは?」
「なにを世迷言を。あんたはオアシスの水を館に溜め込み、不正に税を吊り上げ、民たちを苦しめている。また、部下たちから多大な賄賂を受け取り、富を肥やしている。さらに、娘たちをなかば誘拐し無理矢理我が物としている。言い逃れはできないぞ!」
セスが上げ連ねると、ラムディラは憎々しげにセスを睨み付ける。
「誰がそのようなことを。儂は領主の中でも最も民に慕われている者ですよ。なにかの間違いでしょう」
「セスが調べたことが間違いだと?」
「王太子殿下。神子様をカルーファに寄越したのはあなた様ですか? これは明らかな越権行為ですぞ。各オアシスはそれぞれの自治を許されている。勝手に調べることなぞ許されません」
表情を曇らせながらもまだ余裕を見せるラムディラに、セスは苛立ちまた口を開こうとするとジルに止められる。
「越権行為か。確かに私にはまだあなたを裁く権限はない。それがあるのは国王である父上だけだからな」
「そうですとも。殿下がどうやってカルーファに入ったのかは知りませんが、ここにいる自体、すでに越権行為なのですよ」
「それは申し訳ないな。とにかく急ぎだったのでね。ああ、そうだ。もう一人、私の連れがここに捕まっているようなんだが知らないか?」
「連れ?」
「異国の娘でな。琥珀色の瞳の娘だ」
「琥珀……」
ハッとした表情を見せたラムディラはちらりと横の兵士に目配せをする。その顔にセスは確かにアメリアがここに囚われていると確信する。
「なんのことですかな?」
「あの娘は国賓でしてね。遥か遠き国の尊い方だ。この街で何者かに拉致されてしまったようでね」
「国賓?」
明らかに戸惑った声を出したラムディラに、ジルはニコニコと笑顔を見せて続ける。
「それから、お前は越権行為だと言ったが、民に苦難を強いる者になんの権利があろうか。私がただの兵士だったとしても、お前を断罪することに躊躇はない」
ジルの言葉にラムディラが顔色を確実に変えた。それまで見せていた作り物の笑顔が消え、冷えた目でジルを睨み付ける。
「なにを申されているのか」
「セスを捕らえたこと、これだけで万死に値する。言い訳は無用だ」
「な、なにを!?」
「ラムディラを捕らえよ!」
ジルが命令を下すと、背後に控えていた兵士が一斉に剣を抜く。それに呼応してラムディラの周囲にいた兵士も剣を引き抜き構えた。
「こんなことが許されると思うのか!?」
「私は元々まどろっこしいことは嫌いだ。ごちゃごちゃするより簡単でいいだろう。セス、魔法は使えるだろうな?」
「もちろんです!」
やっと力になれると返事をすると、ジルが微笑む。
「僕の手を絶対放さないで!」
「はい!」
一斉に戦いが始まり、セスは慌ててフィーレンに叫ぶ。しっかりと頷くフィーレンの手をギュッと握り締め、意識を集中させる。
ジルも先頭で戦い始めてしまっている。守るべきは第一にジルだ。乱戦の中、自軍を傷つけないためにも大規模な攻撃魔法は使えない。襲いかかる兵士を至近距離でのみ使える魔法で弾くと、ジルのそばに近付く。
明らかに兵士の数が違い過ぎてこちらが不利だ。手練れを連れてきてはいるだろうが、それにしても多勢に無勢だろう。だがジルが賢い人だということは分かっている。何か勝算が無ければこんな無謀な戦闘はしないだろう。
(なにが狙いだ?)
入り乱れて戦う兵士を見渡し考える。自分の魔法を当てにしているのだろうか。だが自分は見習いであるし、それほど混戦で使える便利な魔法はない。
打破する何かがあるのかと、考えながら戦っていると、突然階上から爆発音が響いた。




