47話 再会
結局何の手だてもないまま夜が明けた。静まっていた街は夜明けと共にまた動き出し、すぐに賑わいを取り戻す。人が増してきた大通りの先の門では、丁度朝の交代の時間なのだろう。門衛が複数立って話をしている。
(隙がないな……)
どこかに粗がないかと思って監視はしているが、ただの青年に何ができる訳でもない。一瞬闇雲に突っ込んでしまおうかとも思ったが、たぶんアメリアに会うこともできず牢に入れられてしまうだろう。
相当考えた末に、もしかしたら神殿に行った方がいいかもしれないと思い付く。元々はセスのことでこうなっているのだ。神殿に問い合わせて上手く言い含めることができれば、アメリアを取り戻せるかもしれない。
そうとなればここを離れて神殿に行くかと、移動しようと思い潜んでいた路地から大通りに出ると、兵士たちの人数がだいぶ多いことに気付いて足を止めた。門衛の他に、かなりの数が外に集まってきている。
そして気付いた。指輪の気配が近付いてきていることに。
慌てて路地にまた入ったサリューンが大通りに目を向けていると、大きな両開きの門が開かれわらわらと兵士が走り出してくる。
物々しい雰囲気になり、大通りの人々も何事かとざわつき始めた。
「道を空けろ! 露店は道にはみ出している荷物を片付けろ!」
槍を持った兵士が大声で怒鳴っている。その声に大通りの両端の店で商いをしている者たちが、慌てて荷物を片付けだす。道を歩いていた人たちは徐々に端に追いやられ、大通りの真ん中に空間ができていく。
露店商たちは迷惑そうな顔をしているが、足を止めて兵士たちを見ている人たちは、どこか興味深そうに兵士の動向に目を向けている。
サリューンは路地から出て目立たないように人混みに紛れると、立ち止まっている若者の隣に何気なく並んだ。
「おはよう。なんだか物々しいな。なにか始まるのかい?」
「ああ、おはようさん。なぁに、いつものことさ。王族の誰かが外に出るんだろうよ」
「王族の?」
「道を開けさせるなら、輿が通るんだよ。姫様か国王陛下かもな」
「へえ?」
「上手くすりゃ姫様の顔が見られるかもしれねぇよ」
楽しげに言った若者もたぶんそれを期待して足を止めているのだろう。子供たちもわくわくした表情で、大人たちの足元をくぐるように前に出ようとしている。
サリューンは指輪の気配が確かに近付いていることを確かめながら、開いた門を睨み付ける。
(もしかしてメルが出てくるんじゃないだろうか……)
それならばこのまま待っていれば接触することができるかもしれない。兵士の数は多いが、アメリアが気付いてくれさえすれば事態は好転する可能性がある。
サリューンは人垣のできるだけ前に陣取って待つと、しばらくして馬のいななきに顔を上げた。先導する兵士二人の後ろに白馬に乗った男が姿を現すと、わっと人々から歓声が上がる。
「殿下!! ジル殿下!!」
子供の呼び声に男は笑顔を見せる。煌びやかな装飾品が朝日に反射して眩しい。隣で妙齢の女性たちが王太子殿下と口にしているのを盗み聞き、あれがこの国の王太子なのかと遠目に見つめる。
王太子の顔をよく見ようと前に身を乗り出そうとしたが、それよりも建物の中から出てきた輿に目が行った。
屈強な男4人が肩に担いだ輿には、白いベールが掛けられて中は見えない。けれどそこから確かに指輪の気配がする。
(あの中にメルがいるのか!?)
まさかとは思ったが、気配はよく見知ったものだ。疑いようがない。
ただ輿に乗っている理由が分からない。
(もしかして指輪を奪われたのかも……)
結婚指輪は黒曜石のシンプルなものだが、宝石に変わりはない。気に入って取り上げられてしまえばそれまでだ。魔法は指輪に掛かっているもので、所有者が誰であろうと関係ない。
ゆっくりと近付いてくる輿を見つめながら、どうにか判別できないものかと思案する。アメリアならもちろん呼びかけるが、もしまったく知らない者が指輪をしているとなれば、目立った動きは兵士に怪しまれる。
ここで捕まってしまえば意味がない。
王太子は沿道で声を掛ける者たちに笑顔で応えている。そのためか一行の歩みは遅い。兵士たちは王太子と輿を囲むように配置されており、近付こうとする者を槍の柄で押し返している。
一瞬でも隙ができないかと焦る気持ちをどうにか抑えて注意深く兵士の動きを確認している内に、じりじりと輿が近付いてくる。
もう間もなく王太子の白馬が前を通り過ぎる。その少し後ろに輿が付いて来るが、ベールはしっかりと閉じられていて中は窺い知れない。けれどここまで来たならもはや何もしない訳にもいかない。
輿が横に来たと同時に声を掛けようと決断し、その時を固唾を飲んで待っていると、ふいに強い風が大通りを吹き抜けた。
その途端、輿のベールがふわりと揺れ、中にいる人物の左手が見えた。
「メル!!」
ほんの一瞬、白い手の甲と薬指の指輪が見えただけだったが、サリューンは確信して叫ぶ。
「メル! 俺だ! リオンだ!!」
ちょうど真横に来た輿に向かい声を掛ける。兵士が怪訝な顔をして近付いてくるが、サリューンはお構いなしに叫び続ける。
「顔を出してくれ! メル!!」
「なにを騒いでいるんだ!!」
兵士の一人がサリューンの前に立ちはだかり、槍を斜めに構えるとサリューンの身体を押す。
「どけ! メル! メル!!」
「捕まりたいのか!? 黙れ!!」
通り過ぎていく輿に近付こうと前に出ようとするが、兵士がそれを許さない。騒ぎを聞きつけて後ろの方を守っていた兵士まで駆け付けてくる。
(メルじゃないのか!? でもあの手は確かに……)
自分が見間違えるはずはないと押し問答をしていると、細い指がベールを捲り上げた。
「リオン……?」
「メル!!」
ベールの隙間から顔を出したのは、紛れもなくアメリアだった。サリューンと目が合うと、大きな目がさらに見開かれ、琥珀の瞳が輝いた。
「リオン!!」
「何事だ?」
王太子が騒ぎに気付いて馬を反転させる。すべての兵士が足を止めこちらに目を向ける。サリューンは焦ってアメリアに手を差し伸べる。
アメリアはそれに大きく頷くと、輿から飛び出した。わっと周囲から声が上がり、兵士が驚いて振り向く。サリューンは力の緩んだ兵士を押し退けると、宙を舞うアメリアの身体を抱き留めた。
体勢が悪くそのままたたらを踏み、地面に尻もちをつく。
「いてて……」
「嘘……、リオンだわ……、どうして?」
アメリアの声に顔を上げる。痛みに顔を歪めながら目を開けると、間近に美しく化粧を施したアメリアの顔があった。
「メル、無事みたいだな」
「ホントに……、リオンなの?」
「本当さ。メルが帰ってこないから、心配で迎えに来たんだよ。それにしても……」
腕の中のアメリアの姿をどぎまぎしながら上から下までゆっくりと見つめる。
アメリアは桃色の薄絹を纏っていた。暑い気候の土地の衣装だからか、袖もなく胸元も大きく開いた服で、下肢を隠すはずのスカートの部分は膝下に切れ目があるのか、白い膝下がすっかり見えてしまっている。
額と耳と首に揃いの金でできた花の形の飾りを、手首と足首にはその細さを強調するように金の細い輪の飾りを何個も着けていて、少し動くだけでシャラシャラと音が鳴る。
そして顔は目尻と唇に真っ赤な紅をさしていて、いつもは可愛らしいアメリアがどこか妖艶な表情に見えて、なんだかまったく違う人物に思えてくる。
「なんでそんな恰好してるんだ?」
「これは……、その……、色々あって……」
アメリアはかああっと頬を赤らめてしどろもどろになって下を向く。その恥じらった姿に笑みを見せると、頬に手を添える。
ほっとして抱き締めようとした瞬間、首筋にひやりとした感触が押し当てられた。
「貴様、何者だ?」
低い声にゆっくりと首を巡らせると、王太子が曲刀をサリューンの首に添え、冷えた眼差しを向けていた。




