43話 尋問
兵士に無理やり歩かされ連れてこられたのは、神殿から少し離れた建物だった。どういう施設かよく分からなかったが兵士の姿がたくさんいることから、軍事的な建物なのだろうと思った。
地下に向かう階段を降りると外の熱さが幾分和らいだ。けれどその先を見たアメリアはぎくりとして身体を強張らせた。鉄格子が並ぶ個室の奥に、明らかに拷問をするような器具が見えたのだ。
恐怖で足が竦んでしまうと、強い力で背中を押され床に尻もちをつく。
「お前、名前はなんという」
「私は……、アメリアです……」
「アメリアか。素直に答えれば痛い目に合わせることもない。いいか?」
屈強な肉体の兵士3人に取り囲まれて、アメリアはただただ恐怖で震えた。少し前にもこんなことがあったけれど、ここは異国で誰も知る者はいない。
(サリューン! サリューン助けて!!)
心の中で叫ぶけれど、この声が届くことがないことは重々承知している。神は万能ではない。この人の世界においては。
涙ぐみながら、自分でどうにかしなくてはと心を奮い立たせる。
「なぜそんな黒ずくめの厚着をしているんだ? 旅人にしても暑いだろう。なにか意味があるのか?」
「これは……、その……、これしか着てはいけない決まりで……」
外はリュエナの夏より倍ほども暑く感じた。そんな中で、こんな冬物を着てうろうろしていれば、確かに不審だろう。リュエナのようなドレスの姿をした者も二人ほど見掛けたが、皆旅の装いだったし、この暑さに合わせてかなり薄着だった。
「決まりということは、お前は女官かなにかなのか?」
返事ができずただ気まずく視線を逸らすと、兵士は答えないアメリアに鋭い視線を送る。
「ならば質問を変えよう。さきほども聞いたがどこの国から来たのだ。答えろ!」
強い語気で問われてビクリと身体が竦む。これこそ答えられないと、ぶるぶる震えながらも堅く閉ざしていると、兵士が顎を強く掴み上げた。
「お前まさか他国のスパイじゃないだろうな!?」
「ち、違います!! そんなわけありません!!」
「ならばどこから来たのかを言え!!」
(どうしよう……、素直にお師匠様のことを言えば解放してくれるんだろうか……。でもこの人たちは神殿の神官じゃないだろうし……、信じてくれるかしら……)
このままではもしかしたら拷問されてしまうかもしれないという恐怖から、アメリアは真実を言おうか迷いだす。
他国の神代が神域から渡って入国してしまうことは罪になるのだろうか。皆目見当もつかないが、言わないよりはましな気がする。
激高する兵士を宥めるように肩を掴んだもう一人の兵士がアメリアの前に膝をつく。
「お前みたいな小娘が、どうやって検問をすり抜けたんだ。誰かに手引きされたのか?」
「ち、違います……」
「ではなにが目的だ。我が国にどんな目的があって密入国したのだ」
真実を言おうか言うまいかで頭はぐるぐると回転する。自分の軽率な行動で神殿に迷惑が掛かるのではないか。いやそれよりももっとおおごとになって、国同士の問題にまで膨れ上がってしまったら。そこまで想像してしまうと、どうしても口を開くことができない。
「小娘にしては強情なようだ……。このままでは埒が明かない。少し痛い目を見た方が良さそうだ」
そう言うと、膝をついていた兵士が他の二人に目配せする。嫌な予感にアメリアが兵士を見上げると、一人が壁に掛かっていたムチを手に取った。
「アメリア、よく考えろ。今しゃべれば無傷で牢屋に入れてやる。だがそのまま口を閉ざしているのなら、お前は相当な痛みに耐えねばならんぞ」
兵士の言葉と同時に、ビシッと床にムチを叩きつける音が、狭い部屋に響く。あまりの恐ろしい音に身体中がガタガタと震える。
「ムチ打ちを甘く見ない方がいい。お前のような身体の小さい者なら、数回で死んでしまう者もいる」
更なる追い打ちを掛けてくる兵士に、アメリアの恐怖も限界だった。
もう全部話してしまおうと心が挫けた瞬間、階段の上が騒がしくなった。
「王太子殿下の御成りです!」
「なに!?」
階段から走り降りてきた兵士の言葉に、3人が驚き膝を突く。アメリアは何が起きたのかよく分からずにいると、すぐに煌びやかな衣装を纏った男性が姿を現した。
「なにやら面白そうな異国の娘が捕まったと聞いたが、それはその娘か?」
「は、はい! 王太子殿下!!」
王太子殿下と呼ばれた男性がアメリアの前に歩み寄ると、静かな目で見下ろしてくる。アメリアはその顔をポカンと見上げた。
背が高くがっしりとした体躯に、よく日に焼けた肌。肩ほどまでの緩やかな赤い髪には、白いターバンと金銀の飾りが巻かれている。アメリアを覗き込む瞳はサファイアのように青く、吸い込まれてしまうような錯覚さえ覚える。
首にも腕にも金銀の飾りを着け、腰ほどまでのマントにも宝石の装飾がされている。アメリアにとっては、あまり出会ったことのないタイプの大人の男性に目を奪われた。
「なんだ、スパイだというからもっと妖艶な美女を思い描いていたが、まだ少女ではないか」
落ち着いた低い声にアメリアはハッとする。王太子だというのが本当なら、この人に事情を話せばどうにかなるのではないだろうか。
「まだなにも話していないのか?」
「はい。なかなか強情な娘で」
「ふーん、そうは見えないが。お前のその服は、まるで冬のローブだな。どこかの神殿の女官だろう。形からすると東の方のどこかか」
王太子の言葉があまりにも的確で驚いた。リュエナとまったく国交がないはずなのに、格好だけで分かるものだろうか。
アメリアの顔をしげしげと見つめながら王太子は続ける。
「お前、不思議な瞳の色をしているな……。琥珀色も珍しいが、まるで輝いてみえる」
咄嗟に下を向こうとすると、顎を掬い上げられた。間近に顔が迫って、思わず顔を赤らめてしまう。
その様子に王太子は口の端を上げて笑う。
「初々しい反応だな。色事で悪さをするようにも見えんな。どこの国の者だ」
「そ、それは……」
ここまで来てもまだ言うことを躊躇っていると、王太子は顎から手を離し兵士を見た。
「ムチ打ち20回だ。それで口を割るだろう」
「ま、待って下さい!!」
あっさりと残酷な命令を下した王太子に、アメリアは慌てて口を開く。まだ会って間もないけれど、この人は容赦のない人だと感じた。
このままでは本当にムチを打たれてしまう。怪我をするくらいならばいいが、こんなところで死ぬわけにはいかない。
背に腹は代えられないとアメリアは覚悟を決めた。
「わ、私はリュエナ王国の神代です!! 神域を渡ってここに来ました!!」
「なにを訳の分からないことを」
「いや、待て。神域だと?」
兵士がいぶかるのを制止し、王太子がアメリアにもう一度近付く。
「お師匠様――、セス様から魔法の修業を受けているのです!」
「セス?」
王太子は強い視線でじっとアメリアの瞳を見つめる。探るような視線を真っ向から受け止め見つめ返すと、王太子はフッと笑った。
「それが本当ならば、確かに入国許可証を持っていないのも頷けるな」
「すみません。こちらの国に足を踏み入れる気はなかったのです。でもセス様が神域に来られなくて、心配で様子を見にきてしまいました」
「王太子殿下、この娘は一体なにを言っているのですか?」
まったく意味が分からないのだろう兵士たちは首を傾げるが、王太子は小さく頷きアメリアの頬をそっと撫でた。
「なるほどお前は魔法使いか。面白い。よし、手枷を外せ」
王太子の言葉に兵士は驚きながらも慌ててアメリアの手首から手枷を外す。手首が自由になるとアメリアは痛みのある手首を擦りながらまた王太子を見上げた。
「セス様はどちらにいらっしゃいますか? それだけで私の用事は終わるのですが……」
「ここにはおらん。付いて参れ」
「ジル様!? よろしいのですか?」
王太子の言葉に側近らしい男性が止めるように声を掛ける。だが王太子――ジルは手を一度振るだけでその男性を下がらせる。
「口を出すな。さぁ、立ち上がれるか?」
「は、はい……」
さきほどまで恐怖で震えていたせいか、足が萎えてしまって上手く立ち上がれない。その様子にジルは笑みを見せると、アメリアの両手を取り優しく立ち上がらせてくれる。
「恐ろしい思いをさせて悪かったな」
「いえ……」
「このような場所では話もできまい。さぁ、参れ」
自然だが強引に腰に腕を回し歩きだすジルに、アメリアは戸惑いながらも従うしかないと歩きだした。




