40話 エリザベート
しばらくぶりに会ったエリザベートは少しだけ痩せたような気がする。それでも美しさは相変わらずで、戸惑いながらも変わった様子のないことにアメリアは安堵した。
「神代様、今ちょうど客室にご案内するところだったのですが」
「あ、うん。私が案内するからあなたはもういいわ。ありがとう」
「後でお茶をお持ち致しますね」
「お願いね」
案内していた神官が廊下の角を曲がるまで、アメリアは動かずにいた。そうして姿が見えなくなるとエリザベートをゆっくりと見た。
「エリザベート、私に会いに来たの?」
「ええ」
エリザベートは短く返事だけを寄越すと口を噤んでしまう。少し困ったアメリアはとりあえずこんなところで立ち話をしていてもしょうがないと、黙ったまま客室まで案内した。
客室に入ってソファを勧めるために振り返ったアメリアは、そこで膝を突くエリザベートにギョッとする。
「エリザベート! なにしてるの!」
「謝らせて下さい。すぐに謝りに来られなくてすみませんでした。謹慎が解けて外に出ることを許されて、やっと来られました」
「エリザベート、いいから立って!」
エリザベートの腕を取って立ち上がらせようとするが、その手をやんわりと解いてエリザベートは続ける。
「本当にすみませんでした。あなたにあんな風に意地悪して、命の危険にまで晒してしまって……。全部私の嫉妬でしかなかった。どうにもならないことなのに、子供のように駄々をこねてしまって……」
「エリザベート……」
「あなたは悪くなかったのに……、私が……、私が……」
下を向き肩を震わせる姿を見て、アメリアの胸が痛んだ。もう過ぎたことだ。自分も確かに酷く心が傷付いたけれど、時間が経って痛みはずっと和らいだ。
それに本当に結果論だけれど、あのことがなければ自分とサリューンがこんなにも早く心を通わせることはなかっただろう。
エリザベートに会うまでは、心の奥底でまだ燻っている気持ちがあった。けれど目の前で謝罪されて、まったく責める言葉が浮かんでこない自分に安堵した。
自分はもうエリザベートを許しているんだと、はっきりと分かって嬉しかった。
アメリアは笑顔を見せるとエリザベートの前に膝を突いて顔を覗き込んだ。
「謹慎している間に、とーっても反省したようね、エリザベート」
明るい声でそう言うと、ゆっくりとエリザベートが顔を上げる。
「あなたはもう陛下から罰を受けたわ。それで終わりにしましょ。私に膝なんて突かないで。私たち、友達でしょ?」
「神代様……」
「やめて。私はアメリアよ。あなたの幼馴染の。そんな呼び方されると鼻がむずむずしちゃう」
アメリアの言葉にエリザベートは涙に濡れたままの目を細めて笑った。その様子にアメリアはホッとすると、エリザベートの両手を取って立ち上がる。
「私も知らない間にあなたに意地悪してた。ごめんなさい、エリザベート」
「そんなの……」
弱く首を振りまた涙をこぼすエリザベートをアメリアはそっと抱き締める。
「仲直りしましょ。ね?」
「うん……」
やっとエリザベートの涙が引いてソファに座ると、目尻を赤くしたエリザベートが微笑んだ。本当に久しぶりに見たエリザベートの笑顔にアメリアも笑う。
「アメリアはもうしっかり神代として仕事をしているのね」
「そんなことないと思うけど」
「謹慎中だったから見られなかったけど、聖婚式はとても華やかな美しい式だったんですってね。私、誤解していたわ。神殿で働くってもっと暗くて陰気な感じだと思ってた」
エリザベートの言葉に、確かに自分も最初はそう思っていたことを思い出す。けれど今は毎日楽しく過ごしている。数か月前には、こんな風になるなんて思いもよらなかった。
「聖婚式に神様が降臨したって本当? とても美しい男性の姿だったって噂で聞いたけど」
「ああ……、それは……うん……」
聖婚式のことを思い出してアメリアは頬を赤らめる。あの時は驚いていたからあまり気にしていなかったが、今考えてみるとあれほどの人数の前で、サリューンとキスしたのがとても恥ずかしく思えた。
「冥府の神って素敵な殿方なの?」
エリザベートの質問に答えられないまま、ますます頬を赤らめてしまうと、エリザベートは嬉しそうに笑う。
「なーんだ。幸せそうじゃない。それなら良かったわ」
「うん……、ありがと……」
自分の表情ひとつで察してくれたのか、安堵したように言うエリザベートにアメリアはハッと気付いた。
(そう、そうだわ……。フィーレン様とお師匠様のこと、エリザベートに相談できないかしら……)
自分よりもよっぽど人の感情に敏感だし、それに恋愛に関してはこれほど頼れる人はいないんじゃないかと思い至る。
「エリザベート! ちょうど良かった! 相談したいことがあるの!」
「相談? 私に?」
「うん!」
意気込んでそう言うと、アメリアはフィーレンとセスのことをできるだけ細かく説明した。かなりあやふやだが自分の感じたことも交えて話すと、エリザベートは細い顎に指を添えて考え込む。
「なんだか神様も大変ねぇ。神様と婚姻するって便宜上のものかと思ってたわ。ちゃんと恋愛するのね」
エリザベートの素朴な感想にアメリアも同意し頷く。アメリアはサリューンとの関係は特別なものだと思っていた。だから他の神もやはり同じような悩みをもっているのに驚いたのだ。
「これってどうしたらいいと思う? フィーレン様の気持ちは分からないでもないけど、神子のセス様はまだ14歳だし、恋愛はまだまだ早い気がするのよね」
「あら、14歳だってもう好きな人くらいいるでしょ。でもまぁそのセス様っていう神子が、月の女神を好きかどうかはそれだけの情報じゃよく分からないわね」
「そっか……」
「でも一年も一緒にそんな綺麗な人と一緒にいて好意を寄せられているなら、セス様はもう気付いているかもね」
「え!?」
「だって大人びた感じの男の子なんでしょ? なら分かってて知らない振りをしてるのかも」
アメリアはこんなに少ない情報だけで、よくそんなことを思い付くものだと感心する。
話の続きを待ってアメリアは期待を込めた目を向ける。その視線を受け止めてエリザベートは続けた。
「橋渡しって言うけど、あまりアメリアはセス様をつつかない方がいいと思うわ」
「え、なんで?」
「あなた今まで恋愛でそんな立ち回りしたことある?」
「う……、ないです……」
エリザベートの痛い指摘に思わず項垂れると、エリザベートは呆れたように肩を竦める。
「そんな恋愛下手なあなたが首を突っ込んで、上手くいくとは思えないわ」
「そう、なんだけど……、フィーレン様の悩みも分かるから、なにか手助けしたくて……」
「うーん……、そうねぇ……」
エリザベートは少し考えると、とりあえずと提案してきた。
「まずは二人をよく観察すること。あなた感性は良いんだから、きっと二人の気持ちも分かるはずよ」
「そうかな……」
「そうよ。二人がどんな気持ちでいるのか、しっかり理解してから動いても遅くはないはずよ」
「そっか……、そうよね」
急ぐ必要はないのだと言われ、アメリアは安堵した。苦手意識から焦っていたが、相談したことで少し肩の荷が下りた気がする。
アメリアは頼もしいエリザベートの顔を見つめ、にこりと笑う。
「あなたが会いに来てくれて良かった。どうしようかと思っていたの。相談できてとても心が軽くなったわ」
「助けになったなら良かったわ。……罪滅ぼしじゃないけど、あなたの役に立とうと思っていたの。こんなことくらいしかできないけど」
「そんなことないわ。昔みたいに話せただけで、すごく嬉しい」
「アメリア……」
「また遊びに来て。いつでも、待ってるから」
アメリアが優しくそう言うと、エリザベートは嬉しそうに「うん」と頷いた。
謹慎中のエリザベートのお話は、このニ章の最後に番外編を予定しています。




