37話 魔法修業
翌日、アメリアは溜め息を吐きながら教皇の部屋に朝の挨拶に向かった。手にしている神託を見下ろし昨日のことを思い出す。
結局あの後、セスはアメリアからグラスを取り上げ「教え方を考えておきますから、今日はもうお帰り下さい」と、だいぶ難しい顔をして言った。
(あれってやっぱり、見込みなしってことよね……)
セスの顔は明らかに落胆した様子だった。あのグラスがどうなれば合格だったのかは分からないが、とにかく花が現れるというのが不正解だということは分かる。
(ゲルトルーデ様から折角もらった魔力なのに、ちゃんと使えるようになるのかしら……)
セスが師匠になってくれると言ってくれて、これで少しはこの国のために役立つことができると嬉しくなった。身分ばかり上がって分不相応だと感じていた。降りることができない立場である以上、その立場に見合った自分になるしかない。
魔法は降って湧いた話だったけれど、使えるようになれば自分も納得できるし、周囲からも本当の意味で認められると思った。
(とにかく頑張るしかないわよね……)
努力すればどうにかなるのかは分からないが、それでも気持ちを立て直すと、教皇の部屋のドアをノックした。
「おはようございます、教皇様」
「ああ、入りなさい」
明るい声を無理に出して声を掛ける。招き入れた教皇はアメリアを見るとにこりと笑った。
「おはよう、アメリア。今日はまた随分と冷え込んだね」
「ええ、とても寒い朝ですね」
「しばらくすれば初雪だろうな」
「そうですね。あの、教皇様。ご報告があります」
「なんだい?」
アメリアは昨日の月の神殿でのことを、自分の魔法の才能のところはとりあえず省いて話をした。
神妙な面持ちで聞いていた教皇は、話が終わると小さく何度も頷いてアメリアを見た。
「月の神殿の神子は魔法使いだったのか……。それにしても神域が他の神域と繋がっているなんて驚きだ」
「私も驚きました。ですがこれで魔法の修業ができます。セス様もお忙しいので、仕事の合間を縫って教えて頂けるということなのですが、それでよろしいですか?」
「ああ、こちらは構わないよ。魔法の習得の方が大事だからね。行ってくるといい」
「ありがとうございます。ではご神託を渡しに行ってきます」
神託を渡す時間に遅れてしまうと話を切り上げたアメリアが部屋を出ようとすると、背後で教皇が呼び止めた。振り返り目が合うが、教皇は少し考えてから口を開いた。
「アメリア、魔法のことだが、まだ陛下には言わないでおいた方がいい」
「なぜです?」
「物にならなければ意味はない。せめて制御だけでもできてからお伝えしても遅くはないだろう」
教皇の言葉を一度しっかり考えてからアメリアは頷く。確かに今の状況で知らせてしまって、どうにもならなかった場合、国王を落胆させることになるだろう。
落胆程度で終わればよいが、神殿の信用にも関わってくることだ。慎重にして悪いことはない。
「そうですね。そうします」
アメリアはそう答え、教皇の部屋を出た。
神託を持って王宮に向かい国王の私室に入ると、ソファには国王と王妃の姿があった。
「おはようございます。陛下、王妃様」
「おはようございます、神代様」
二人に挨拶をされてアメリアは腰を落とす。王妃がこの時間にここにいるのが珍しく、ついそちらに視線をやってしまうと王妃はにこりと笑った。
「ご神託ですわね。わたくしのことは気にせずどうぞお勤めを続けて下さいな」
「ありがとうございます、王妃様」
ゆったりとソファに腰かけた王妃に返事をすると、国王の前に進み出る。
「ご神託です。お納め下さい」
「ありがとうございます」
国王はその場で神託を広げ中身を確認する。すぐに顔を上げアメリアを見てソファに座るように促した。
王妃がどうぞと正面のソファを勧めるので、少し緊張しながら腰を下ろす。
「王妃様、今日はとても顔色が良いですね」
「そうですの。やっとつわりが落ち着いてきたみたいで。心配させてごめんなさいね」
「ルイーゼのために祈祷をして下さり感謝します」
「いいえ、神殿の勤めですもの。サリューンも楽しみにしているんですよ」
アメリアの言葉に国王と王妃は目を合わせて微笑み合う。王妃ルイーゼはたっぷりとした金髪と空色の瞳を持つ、リュエナ王国随一を誇る美貌の人だ。国王と並ぶとその美男美女ぶりに誰もが溜め息を吐く。
それを間近で見られることになったアメリアにとっては、緊張はすれども眼福この上ない。それに政治的な結婚であった二人の、こうした仲睦まじい姿を見られることは、アメリアにとっても嬉しいことだった。
「子供が生まれたら洗礼式は神代様がして下さるのですよね。今から楽しみです」
「恐れ多いことですが、精一杯勤めさせていただきます」
「生まれるのは春だから、美しい式にしたいわ」
王妃が自分のお腹にそっと手を置いて言うのを見つめ、アメリアはまだ遠い春を思った。洗礼式のことは教皇からすべて任されている。進行は決まっているが、どういう風に行うかは自由にしていいと言われている。
(美しい式かぁ……)
この二人から生まれてくる赤ちゃんなら、きっと素晴らしく愛らしい子が生まれることだろう。国にとっても現国王の初めての子供になるから、盛大に行わなければならない。
「王妃様、楽しみにお待ち下さい。きっと素敵な洗礼式に致します」
「素敵な洗礼式か。ルイーゼ、また楽しみが増えたな」
「ええ、陛下」
そこで話を終わらせたアメリアは、王宮を出て神殿に戻った。
◇◇◇
アメリアもこの頃はそれなりに仕事があって、忙しく日々を過ごしている。今日も神託を届けた後は、祈りの間で小さな儀式をした。
昼食を挟んで午後になると、一人で月の神殿に渡った。サリューンも一緒に行きたがったが、修業に毎回付き合わせるわけにはいかないと同行は断った。
美しい百合の花畑を越えて小さな神殿に入ると、セスが出迎えてくれる。
「遅くなってすみません、セス様」
「いえ、時間通りですよ。今日はお一人ですか?」
「ええ、サリューンは色々忙しいので」
言葉を濁して答えると、セスは「そうですか」と頷きフィーレンに顔を向ける。
「フィーレン様、修業をするにはここでは不向きなので、外の東屋を使ってもよろしいですか?」
「ええ、いいわよ。何か手伝いましょうか?」
「いいえ、フィーレン様のお手を煩わせるわけにはいきません」
「そう……」
どことなく落ち込んだ表情をしたフィーレンにアメリアは気付いたが、セスはすぐにこちらに顔を向けアメリアを促した。
「案内します。どうぞ」
「あ、はい」
ぎこちない空気を感じたのだが、フォローした方が良いのか迷って、結局何も思い浮かばずそのまま部屋を出た。
先導するセスを追い掛けて百合の合間を縫って歩くと、ほどなく小さな東屋に着いた。美しい装飾のされた柱に支えられた丸い屋根が可愛らしい印象の建物で、丸いテーブルに椅子が4つあり、お茶をするには最高の場所に思えた。
セスの隣に腰かけたアメリアは、改めてセスに挨拶をした。
「これからよろしくお願いします。セス様」
「ええ、こちらこそ。でもその前に、呼び方を変えましょうか」
「呼び方ですか?」
「曲がりなりにも僕はあなたの師匠になるんですから、“お師匠様”と呼んで下さい」
「お師匠様」
「あと、面倒なので敬語はやめます。アメリアと呼んでも?」
「あ、構いません。……あの、お師匠様はおいくつなんですか?」
「僕は14歳だけど、アメリアは?」
「私は17歳です」
同じ神子として親近感を覚えていたが、年下とは思えないほどしっかりしているセスに感心してしまう。はきはきと話す様子も、フィーレンとのやり取りも自分とは掛け離れている。
「アメリアにこれを渡しておく」
セスはそう言うと、右手の中指に嵌めていた指輪を引き抜きアメリアに差し出す。受け取った指輪は銀色の三日月の形の装飾が付いている。同じ右手に嵌めてみると、不思議にそこが温かく感じた。
「これは?」
「月の錫杖だ。左手で触れてみて」
言われるままに左手の指先で指輪に触れる。するとキラキラと淡い光が溢れて、指輪が錫杖へと変化した。手の平の倍ほどの長さの杖の先に銀色の三日月が付いており、そこに細い輪が8個ついている。少し揺れるだけでシャラシャラと音がして、見た目も音もとても美しい錫杖だ。
「昨日色々考えたんだけど、アメリアにはまず自分の魔力を感じるための集中点が必要なんだと思う。これは僕が小さい頃に師匠からもらった杖だけど、これがあればどうにかなると思うんだ」
「大事なものでは?」
「いや、僕はもう杖は必要ない。それはアメリアにあげるよ」
「ありがとうございます」
アメリアが言うのと同時に錫杖がシャラシャラと鳴り、アメリアはその美しい響きに笑みを浮かべた。




