32話 家族
いつもの日常が戻ってきて、朝から教皇の部屋で勉強をしていたアメリアのところに、嬉しい訪問者が現れた。
教皇の部屋の扉を開けて入ってきた姿に驚いて立ち上がる。
そこには両親と弟のコリン、そして遠方にいるはずの姉サラがいて、アメリアは駆け寄った。
「みんな、どうして!?」
「どうしてじゃないでしょ!?」
母はそう声を上げるとアメリアをギュッと抱き締める。そうして父が頭をそっと撫でると、そこでやっと家族が今回の騒動を聞いたのだと思い至った。
「皆さん、よくお越し下さいました。私からお詫びを申し上げます。大切なお嬢様をお預かりしておきながら、怪我をさせてしまい大変申し訳ない」
「こんな危険があるのなら簡単に手放しはしなかったですよ、猊下」
「お父様……」
席を立って謝罪をする教皇に、いつもは穏やかな父が厳しく言葉を返しアメリアは驚く。教皇は静かにその言葉を受け止めると続けた。
「これからはしっかりと守護を置いて、このようなことがないようにしますのでご安心下さい」
「娘に一生こんな危うい人生を送れと言うんですか?」
「神子様はすでに選ばれた存在です。もはや降りることは許されません」
「猊下!」
「お父様!」
父の声を遮ってアメリアは声を上げる。心配してくれているのは分かるけれど、これ以上教皇を責めるような言葉は聞きたくなかった。
「お父様、私の話を聞いて。教皇様は悪くないの。だからそんなこと言わないで!」
「アメリア、あなた……」
アメリアの言葉に母が心配そうに顔を覗き込む。教皇は微笑んでアメリアに小さく頷くと、机に広げていた本を閉じた。
「積もる話もあるでしょう。こちらの部屋を提供しますので、どうぞゆっくりと家族でお話し下さい」
「教皇様、いいのですか?」
「リオンにお茶を持ってこさせよう」
そう言って教皇は部屋を出て行った。
「アメリア!! あなたなんで私に知らせなかったの!!」
「お姉様。コリンまで来てくれたのね」
懐かしい顔を見つめてアメリアは少しだけ涙ぐむ。サラは二年前にすでに子爵家に嫁いでおり都を離れている。今は妊娠中で身重の身体に負担をかけてはいけないと、アメリアは自分の窮状を知らせることを躊躇っていた。
同じようにまだ13歳の弟にも心配を掛けさせたくなくて、詳しい話はしないようにと、両親に口止めをしていた。
「お腹の赤ちゃんは平気? 長旅で大丈夫だったの?」
「馬車に2、3日揺られたくらいでどうにもならないわよ。それよりあなたの方こそ大丈夫なの?」
「そうだよ、アミィ。あちこち包帯巻いてるけど大丈夫なのか?」
「もう平気よ。なんか包帯まみれだけど、そんなに酷い怪我じゃないの」
「そんなこと言って。女の子がそんな傷だらけになるなんて信じられない。なんでこんなことになったの?」
「事情を説明してくれるかい?」
サラとコリンに困ったような笑顔を向けて答えると、父が割って入った。アメリアはこれはしっかり説明しなければ納得してくれないだろうと全員をソファに促した。
事のあらましを説明しだしてしばらくした頃、部屋にノックの音が響いた。顔を出したのはリオンで、全員分のお茶を持って入ってくる。
「メル、シモン様が食事も用意させてるから、ゆっくりしていけってさ」
「分かったわ。あ、待って」
部屋を出て行こうとするリオンを呼び止める。立ち上がるとリオンの手を掴んで家族の前に連れて来た。
「みんなに紹介するわ。ずっと私の世話をしてくれているリオンよ」
「まぁ、そうなの。いつもありがとう。アメリアが迷惑を掛けていないかしら?」
母が朗らかな声で挨拶をすると、リオンが照れた顔をして首を振る。アメリアはその反応を笑みを深くして見つめる。いつか家族にリオンを紹介したいと思っていた。サリューンであることを話すことはできないにしても、リオンの存在を知っておいてほしかったのだ。それが実現できて今はとても嬉しい。
「リオンもここにいて」
「いいのか?」
「いいの。いて」
リオンはなんとなく居心地が悪そうだったけれど、部屋を出ていくことはせずアメリアのそばに立った。
「みんな、本当に心配掛けてごめんなさい。でも私は神子を続けていくわ。そうしたいの」
「アメリア……。いつまたこんなことがあるか分からない。逃げてもいいんだぞ?」
「そうよ。こんなお役目なんてやめて国を出ましょう」
父と母が真剣な目で訴えてくる。現実的とは思えない言葉だったが、それでも二人にしてみればそれほど今回の事件は衝撃的だったのだろう。
すべてを捨ててでも娘を守ろうとする両親の優しさが痛いほど分かって、アメリアは嬉しさで胸がいっぱいになる。
「ありがとうお父様、お母様。でも私は大丈夫」
「今回はどうにかなったかもしれないけれど、あなた、本当にずっとここで生活していけるの?」
「お母様……」
母に両手をそっと包まれて顔をじっと見つめられる。昔から嘘を見抜く時の母の目だ。
アメリアはその目を真剣に見つめ返し、しっかりと頷いた。
「私はここで生きていくわ」
「後添いのような生活でも?」
「それは……」
「神に嫁入りなんて、最初から私は納得いかなかったの。年老いた神に一生仕えるなんて、きっといつか耐えられなくなるわ」
母の言い分にアメリアは以前自分が言った言葉を思い出した。ハッとして慌てて首を振る。
「それは違ったの!」
「え?」
「えっとお爺様じゃなくて、あの、本当は、えーと……」
どこまで言ってしまっていいのか分からずしどろもどろになりながら、背後のリオンに視線を送る。リオンは素知らぬ顔でちらりとアメリアと目を合わせるだけで、助け船を出す気はないようだ。
(もう! ややこしくなったのはサリューンのせいなのに!)
恨みがましい視線でリオンを睨んだアメリアは、とにかく誤解を解いておかなければと母の手を握り締める。
「お母様、みんな。私、この結婚には納得しているの。色々あって、その……、サリューンを、好きになったの……」
こんなことを本人の前で言うなんて恥ずかしいにもほどがあるが、両親を納得させるには自分の本当の気持ちを言うしかないと思った。
「神子の仕事も、サリューンと一緒なら乗り越えていけると思うの。危険なことがこれからないとは言い切れないけど、それでも私はサリューンの妻でいたい。これからも、ずっと」
「アメリア……」
皆の目をそれぞれ見つめてアメリアは誠意を込めてきっぱりと告げると、それからしばらく沈黙が落ちた。
これで伝わっただろうかと祈るような気持ちで待っていると、最初に口を開いたのはサラだった。
「神様を好きになっちゃうなんて、あなた大物ね、アメリア」
「ホントだよ。どんな深刻な話かと思ったら、ただのアミィの恋愛話じゃないか」
笑顔でウインクしてみせるサラにコリンが続く。二人は目を合わせて笑うと肩を竦める。その様子にホッと安堵すると、続くように両親が肩の力を抜くのが分かった。
「私たちの心配は杞憂だったようだな」
「えぇ、そうね、あなた。アメリアは少し大人になったみたいだわ」
「お父様、お母様……」
自分の気持ちが伝わった嬉しさにそっと背後を見ると、リオンも嬉しそうに眼を細めて小さく頷く。
それからは事件のことに触れることはなく、それぞれが会えなかった間に起こった楽しい出来事をアメリアに話してくれた。
そうして夜になると、教皇とリオンも交えて楽しい夕食会となった。
アメリアにとってそれは久しぶりの家族団欒であり、伴侶となった人を紹介できたとても大切な一日となったのだった。




