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【電子書籍化】冥府の王に嫁入りします!  作者: 天宮夕奈
第一章 冥府の王に嫁入りします!
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31話 思い出

 以前と同じように木に登ったアメリアは、サリューンと並んで腰を下ろし、しばらくぼんやりと美しい景色を眺めた。湧き立つような雲の向こうに見える切り立った高い山から落ちる細い滝が、光に反射してキラキラと輝いている。

 そうしてそっと隣に目をやると、まだ少し見慣れない青年の姿のサリューンを見た。凛とした目が遠くをじっと眺めている。


(こんなに素敵な姿なら最初からそうしてくれれば良かったのに……)


 時間が経って落ち着いてくると、アメリアは少しだけ不満に思った。そしてそう思う自分が、結構な面食いであるのかもしれないと自覚した。見た目だけで好きになることなどないと思っていたけれど、サリューンが最初からこの姿を見せてくれていれば、こんなに悩むことはなかったのではないだろうかと思うのだ。

 けれど結局リオンとサリューン二人とそれぞれ接した時間がなければ、こんなにも心を許せるようにはならなかっただろうから、結局これで良かったのかもしれない。


「やっといつも通りに戻ったようだな」

「うん。王宮もピリピリしてた空気が無くなったわ。陛下はもうすっかりいつも通りだったし」

「あれはかなりの大物だ。歴代の国王の中でも相当肝が据わっているし、これからも安泰だろう」

「分かるの?」

「まぁな」


 すっかりリオンと同じような口調になったサリューンに、アメリアもまた敬語をやめて話すようになっていた。

 サリューンも緊張が解けたのか、アメリアとの会話が自然に続くようになって、本当に打ち解けたと思う。だからそろそろいいだろうとアメリアはずっと気になっていたことを聞いてみることにした。


「ねぇ、サリューン」

「ん?」

「なんで私をお嫁さんに選んだの?」


 アメリアが訊ねると、サリューンは驚いた顔をして身体を固まらせる。


「そ、それは……」

「前に聞いた時は瞳が琥珀色だったからって言ってたけど、それだけじゃないでしょ?」


 少しかわいそうかとも思ったが、ずっと知りたかったことだから、今度こそはぐらかさずにちゃんと答えてほしかった。

 狼狽えるサリューンの顔をじっと見つめていると、観念したように一度大きく息を吐きこちらを見た。


「昔、メルに会ったことがあるんだよ」

「昔? いつ!?」

「メルが7歳くらいの時」


 アメリアは驚いて思い出そうとするが、そんな記憶は一切ない。


「どこで会ったの?」

「街のはずれかな。大きな木があって、メルはそこに登ってた」

「木に!?」


 アメリアは首を捻ってそんなことがあっただろうか考える。確かにその頃はまだよく木に登っていた。母や姉には女の子なんだからと怒られていたが、父は身軽に登っていく姿を見て褒めてくれたりしていた。


「俺はその頃よく街中を子供の姿で歩き回っていたんだけど、木に登ってる女の子なんて初めて見て、思わず声を掛けたんだ」



◇◇◇



「なぁ、そこでなにやってんの?」


 見上げる先、太い枝に座って足をぶらぶらと揺らしている女の子に声を掛ける。


「お父様を探してるの」

「そこで?」

「そう」

「俺もそこ行っていい?」

「登れるの?」

「当たり前だろ」


 女の子の言葉に少しむっとして返事をすると、足場を探してうろうろと視線を動かす。


「ほら、そこに足を乗せるのよ」

「分かってるよ!」


 少年の姿でうろついている内に、子供らしくすることがすっかり板についてきていた。人の世界に興味があっていつもこうして街中を歩いていたが、こちらから話し掛けるのは初めてだった。


「あ、結構高いな」


 女の子の隣に腰を下ろすとこちらを見てにこりと笑う。それからまた視線を前に戻した。


「父親にここで待ってろって言われたのか?」

「そんなわけないでしょ。はぐれちゃったから高いところから探そうと思ったの。ここからなら遠くまで見えるでしょ」

「なんだ、迷子か」

「迷子じゃないわ!」


 女の子は頬を真っ赤に染めてむきになって答える。


「あなた、ここら辺の子? 名前は?」

「あー、えっと、サ……、リ、オン……」

「リオン? あら、なんだか素敵な響きの名前ね」

「お前は?」

「私はアメリアよ。私、7歳になったばかりだけど、リオンは何歳?」

「俺はえーと……、同じ、かな」


 しどろもどろで答えると、アメリアはふぅんと頷いて笑う。サリューンはその顔を見て、大きな瞳が琥珀色なのに気付いてじっと見つめた。


「アメリアの目、琥珀色なんだな」

「そうよ。ちょっと珍しいでしょ?」

「すごい……、琥珀そのものみたいだ」


 顔を近付けてじっと瞳の奥を見つめる。黄色に茶色を混ぜたような色味だが、光が入ると金色にも見える。


「琥珀は木からできてるんだよ。木の樹液がすごい長い年月をかけて固まったものなんだ。石とは違う、どこか温かみがあって、俺は大好きなんだ」

「へえ、リオンって物知りなのね」


 アメリアが顔を背けてしまうので、仕方なくサリューンは近付いていた身体を離すとアメリアの視線の先を同じように見つめる。


「なぁ、女の子って木に登るっけ? 俺、初めて見たんだけど」

「そ、それは……。ホントは登っちゃいけないらしいわ」

「らしいって?」


 アメリアは顔を顰めると言いづらそうに答える。


「女の子はおしとやかにしていないといけないのですって。木に登るなんていけないって言われているわ」

「じゃあなんで今登ってるんだ?」


 素朴に疑問に思ってそう訊ねると、アメリアは少し考えてからこちらを見た。


「だって私、木登り得意なの。男の子にだって負けないわ。今はお父様を探さなくちゃいけないし、ここに登ればきっと見つけられると思うの」

「怒られるんじゃないのか?」

「いつも怒られてるわ。でも、高い場所って気持ちいいでしょ? 遠くまで見えるし、風が気持ちいいし」


 アメリアは立ち上がると、大きく深呼吸する。そして笑顔で言った。


「女の子だからしないなんて、もったいないわ」


 そのきらめくような笑顔にサリューンは目が釘付けになる。アメリアは気持ちが良さそうに伸びをすると、「あ!」と声を上げた。


「お父様だわ!!」


 遠くを指差して嬉しそうに言ったアメリアはサリューンにまた笑い掛けた。


「私もう行かなくちゃ。ねぇ、また会える?」

「あ、うん! きっと!!」


 身軽に木を降りていくアメリアにサリューンは呼び掛ける。地に足を着け走り出したアメリアが振り返って手を大きく振る。


「またね!!」

「また!!」


 良い言葉も思い付かず、慌ててただ同じ言葉を返すことしかできなかった。遠ざかっていく小さな背中を見つめて、サリューンは微笑んだ。



◇◇◇



 サリューンの話の間、ずっと思い出そうと頑張ってみたが結局まったく思い出せずアメリアは肩を落とした。


「全然覚えてないわ……」

「小さい頃のことだし、一回きりだしな」


 がっかりするアメリアに、サリューンは苦笑して首を振る。


「あの後、人の世界にいれば、もしかしたらまたメルに会えるかもしれないと思って神殿に行ったんだ。シモン様には悪いと思ったけど、孤児なら住まわせてもらえると思って」

「……そんなに私に会いたかったの?」


 なんだか少し気恥ずかしくなってきてサリューンを見ずに訊ねる。

 サリューンは素直に「うん」と頷いた。


「メルみたいな子、初めてだったんだ。また会いたいってずっと思ってた。だから、新しい嫁入りの話になって、メルの名前を見つけて驚いた」

「じゃあ……、本当にサリューンが私を選んだのね」


 目が覚めるような感覚だった。もやもやとした霧が一気に晴れるような、そんな感覚が心に広がる。


「本当はもっとちゃんと手順を踏んでとも思ったんだけど急だったし、どうしてもメルを選びたくて……」


 ごにょごにょと小さな声になっていくサリューンに顔を向ける。赤い頬を隠すように手を当てるサリューンにアメリアは微笑む。


「久しぶりに私に会って、どう思った?」


 これを聞くのは卑怯かとも思ったけれど、やはりしっかりサリューンの口から聞きたいと訊ねれば、サリューンは耳まで真っ赤になった。


「そ、それは……」

「それは?」


 完全にこちらに背中を向けてしまったサリューンに、アメリアは笑いを堪える。また今度にしてあげようかと背中に手を伸ばすと、突然振り返ったサリューンがギュッと抱き締めてきた。

 ぐらりと身体が揺れて、慌ててサリューンの背中に腕を回す。


「サリューン?」


 名前を呼ぶが返答はなく、しばらくそうしていると、小さな声でサリューンがポツリと言った。


「メル、……大好きだ」


 小さな子供のような言葉だったけれど、心は満たされた。幸せで胸がいっぱいになる。

 しっかりとサリューンを抱き締めると、アメリアも静かに言った。


「私も、サリューンのことが大好きよ」


 アメリアの言葉にサリューンの腕に力がこもる。少しの間そうした後、サリューンがそっと腕を解いた。


「メル……、俺の本当の妻になってくれるか?」

「本当の?」


 顔を覗き込まれてそう聞かれ、一瞬どういうことか分からなかったが、理解した途端、今度はアメリアが顔を真っ赤にした。


「それって……」

「俺と結婚してほしい」


 両手を包み込み、真っ直ぐに目を見て言ったサリューンに、アメリアは微笑み目を潤ませる。


「はい」


 声にならない声で返事をすると、ふいにサリューンが顔を近付け、慌てて目を閉じる。

 優しく唇が触れると、アメリアの頬に涙が滑り落ちた。

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