30話 真相
一週間後、アルバーンたちの処分が決まったという報告を受けて、アメリアは教皇とリオンと共に国王の執務室へ向かった。
王宮の入口に差し掛かると、いつも案内をしてくれる男性の姿があってアメリアは駆け出した。
「もう大丈夫なのですか!?」
走り寄り訊ねると、優しそうな笑顔を向けられる。
「はい。それほど酷い傷ではありませんでしたから。神子様もご無事で何よりです」
穏やかな返答にアメリアは良かったと安堵して息を吐く。教皇とリオンが少し遅れて到着すると、そちらに目を向けて頭を下げた。
「やあ、レスター。もう怪我はいいのかい?」
「おはようございます、猊下。おかげさまでどうにか仕事に戻ることができました」
「そうか。それは良かった」
親しげに話す二人をアメリアが見つめていると、男性はこちらに視線を向けた。
「言葉を交わすことは基本的に禁じられているのですが、ご挨拶を申し上げてよろしいでしょうか」
「あ、え?」
「レスター・ベイツと申します。国王陛下の執事をさせて頂いております」
「……アメリアです。あの、ずっとご挨拶できなくてすみませんでした。本当なら最初にするべきでした」
アメリアがそう言うと、レスターは嬉しそうに笑う。
「いえ、そういう決まりですので」
「いいえ。挨拶しないなんて、そんな決まりやっぱりおかしいわ」
その言葉に後ろにいた教皇が笑って肩を叩いた。
「アメリアがそう思うなら、そうしていけばいい」
「いいのですか?」
振り返って見上げると、教皇はリオンを見てから頷いた。
「新たな神子には新たな決まりがあってもいいだろう。なぁ、リオン?」
「俺に聞くなよ」
突然話を振られてリオンが肩を竦める。その様子に今度はアメリアと教皇が目を合わせて笑った。
「さあ、陛下がお待ちです。ご案内致しますので」
レスターに促されて歩き出す。質素な廊下を抜けて煌びやかな廊下に出ると、いつもよりも多い近衛騎士の姿が目に入った。
「さすがに人数を増やしているのです」
アメリアの視線に気付いたレスターが、同じようにそちらを見て教えてくれた。
「あまり知られていませんが、陛下は相当の剣の使い手なのです。ご本人も自負しているところがございまして、自分の身は自分で守れると、あまり周囲に騎士を置くことをよく思っていないのですが、さすがに今回のことで忠言致しました」
レスターの言葉で腑に落ちてアメリアは小さく頷く。国王の部屋の周囲に騎士があまりにも少ないと思っていた。いくら平和とはいえこれでいいのかと思っていたのだ。
そしてアルバーンに襲われた時の剣さばきの見事さはこういうことだったのだ。妙に落ち着いて見えたのも、その腕があったからだろう。
国王の執務室に入ると、中へ促された。今回はリオンも呼ばれていたので共に入ると、執務机に向かっていた国王が顔を上げる。
「ああ、お呼び立てして申し訳ありません」
「いいえ」
「どうぞ、お座り下さい」
ソファに促されて教皇と二人並んで座る。リオンは遠慮したのかその後ろに立った。
国王は一人掛けのソファに座ると話しだした。
「今回のこと、改めて謝罪させて頂きます。こちらの不手際で神子様を危険に晒したことは、大変申し訳なく思っております」
「もうそれは……、謝らないで下さい」
「陛下、事の真相は分かったのですか?」
国王に頭を下げられてアメリアが困っていると教皇が割って入ってくれる。頭を上げた国王は小さく頷く。
「アルバーンはやはり王座を狙っていました。父が王座にいる時からどうやら野望はあったようですが、上手くいかなかったようです。偶然にも新たな神子様が息子のマティアスと縁深く、それを利用して実行に移したということです。浅はかな計画ですが、まさかご神託を狙い神子様までも手に掛けるとは、王族としてあるまじき行為です」
「それで、処罰はどうなるのですか?」
「主犯であるアルバーンは極刑となります。実行犯である3人とマティアスは無期懲役です。他にも加担した者が十数名おりますが、それぞれの刑が執行されます。公爵家は取り潰しということで確定しました」
「やはりそうなりますか……」
言葉もなくアメリアは二人のやりとりを聞くだけだった。アルバーンの行いは決して許されることではないが、見知った者がこうして断罪されるのを聞くと、やはりどこかやるせない気持ちになる。
(マティアス様……)
もう以前のような感情はまったく浮かばないが、マティアスの顔が思い浮かぶと悲しい気持ちが胸に広がった。
「あの……、マティアス様は……、自分から進んで計画に加担したのでしょうか」
「マティアスは、父親が王になった後、王位継承権一位となる約束をしていたそうです。あの者もまた、王座を夢見ていたのでしょう」
「そう……だったのですね……」
もしかしたら父親に命令され、仕方なく従っていたのかもしれないと思っていた。けれどそうではなく自分の意志ですべてを行っていたのなら、同情の余地はまったくない。
アメリアは両手で顔を覆うと下を向いてしまう。涙は出なかったけれど、どうしても顔を上げていられなかった。
「メル……」
背後でリオンが名前を呼ぶと、肩にそっと手を置いてくれる。慰めるように優しく撫でられてアメリアはその手に自分の手を重ねた。
「ごめん……。私……、自分が情けなくて……」
もっと自分がしっかりしていればこんなことにはならなかった。この一週間頭を巡っていた後悔と自責の念がまた膨れ上がってくる。
「神子様に責任はありません。どうかそんなに自分を責めないで下さい」
「陛下……」
優しい国王の言葉に顔をゆっくりと上げる。振り向くとリオンが笑顔で頷いてくれた。
「それから、もう一人、罪を問わねばならない者がいるのですが」
「もう一人?」
誰だろうと首を傾げると、部屋にノックの音が響いた。扉を開けてレスターが姿を現す。
「陛下、連れて参りました」
「ああ、ここへ」
レスターの背後に隠れるように立っていた姿を見て、アメリアは目を見開いた。
「エリザベート……」
「アメリア……、なんで……」
お互いが驚いた顔で見つめ合う。けれどエリザベートはすぐに視線を外して下を向いてしまった。
「陛下、これはどういうことですか?」
「エリザベート・ランベールはマティアスと婚約していたのです。正式な婚約者ということを踏まえ、処罰を与える必要があります」
「そんな……」
「ここに神子様をお呼びしたのは、エリザベートが計画に加担していなかったか、神子様に確認を取りたかったためです。それいかんによっては公爵家と同等の処遇を考えなくてはいけません」
「私はなにもしていません!!」
国王の言葉に重なるようにエリザベートが叫んだ。慌ててレスターが諫めるがエリザベートはやめなかった。
「私はなにも知りませんでした!! ただ婚約者として屋敷に行っていただけです!!」
スカートを握り締めて必死で言い募るエリザベートに国王は静かな目を向ける。
「マティアスの自白の中には、君の名前も出ているんだよ。君が神子様を貶めようと動くはずだったと」
「そんなの知りません!! 私は……、私はただ……、マティアス様が好きだっただけ……」
エリザベートはぼろぼろと涙をこぼし言葉を詰まらせる。アメリアは見ていられなくて視線を国王に戻した。
「陛下。たぶんエリザベートはなにも知らなかったと思います。ずっとマティアス様が好きで、ただそれだけだったと……」
「神子様が何か危害を加えられるようなことはなかったということですか?」
エリザベートに打たれた記憶が頭に思い浮かぶが、アメリアは強く首を振った。
「いいえ。彼女は私の良き友であり、……ライバルでした」
「ライバル?」
「はい」
しっかりと頷くと、国王は顎に手を添え少しだけ考えてからエリザベートを改めて見た。
「分かりました。神子様がそう言うのでしたら、処罰はもともとのままでいいでしょう。エリザベート・ランベール、良く聞きなさい。すでにそなたの父であるランベール伯には、三ヶ月の出仕停止を言い渡してある。そして、そなたは今日をもってマティアス・アルバーンとの婚約を解消し、三ヶ月の謹慎処分とする」
国王のその言葉にエリザベートは顔をくしゃくしゃに歪めると、その場に座り込んで声を上げて泣いた。アメリアはその姿を見つめながら、どこか安堵した気持ちでホッと息を吐いた。
こうして一連の騒動は決着し、アメリアに平穏な日々が戻ってきた。




