28話 決着
アルバーンたちが近衛騎士によって縄で縛られるのをリオンと見つめていると、国王が近付いてきた。
「申し訳ありませんでした、神子様」
「いいえ、私こそ……、私のせいで……」
膝をついてこちらの顔を見た国王は眉を歪める。
「怪我をされたのか……。本当にこちらの不手際で神子様を危険な目に合わせてしまい、なんとお詫びしたらいいか」
「陛下のせいではありません。私の力が足りなかったから、こんなことになってしまったのです。申し訳ありません」
アルバーンに言われた言葉はアメリアの胸を深く抉った。本当は最初から自分でも感じていたことだ。なんの取り柄もないただの17歳の娘が、こんな大きな役目を担えるはずがないと。
ただそれを認めたくなかった。たくさん勉強をしてどうにかすれば、もしかしたらいつか神子という大役に見合う人になれるかもしれないと思って頑張ってきた。
「先代の神子様は魔法使いだったから、こんなことにはならなかったのです。私にそんな力はありません。本当に……出来損ないで……」
「そんなことはないと思いますよ」
俯いて落ち込んだ声でそう言ったアメリアだったが、国王は穏やかな声で否定するとアメリアの左手をそっと持ち上げる。
「あの光は神子様のお力ではないのですか?」
一瞬、強い光が確かに部屋を満たした。国王の視線の先を一緒に見ると、そこには婚姻の証として貰った黒曜石の指輪がある。
「いいえ……。きっとサリューンの、神の力だと思います。私たちを守ってくれたんだわ」
「そうでしょうか」
どこか嬉しそうな国王を不思議に思い顔を見つめると、ふいにリオンが手を出し国王の手を振り払った。
「リオン、失礼よ」
「神子にベタベタ触んな」
「言葉!」
国王に向かってなんて口の利き方をしているんだと慌てて咎めるが、リオンはアメリアの手を掴んだままふんと顔を背けてしまう。
「この者は?」
「あ、えっと、神殿の小間使いで……」
「そうか……。名前は?」
リオンに視線を移した国王だったがリオンは答えない。困ったアメリアが「リオンです」と言うと、国王は「そうか」と頷いて立ち上がった。
「神子様。怪我の手当てを致しましょう。こちらへ」
「あ、いいえ。私の怪我はかすり傷ですから。それより、これを」
アメリアはそう言うと懐にしまっていた神託を取り出した。ゆっくりと立ち上がり国王に差し出す。
「遅くなりましたが、ご神託です。お受け取り下さい」
「ああ、そうでしたね」
国王は神託を受け取り紙面に目を落とす。すぐにアメリアの顔を見ると笑った。
「“剣を携えよ”。今日が襲撃の日だと知らせてくれていたのですね」
「あの……、陛下はこれが普通の字に見えるのですか?」
「もちろんです。これは私しか読めない。国王としてサリューン様と契約していますからね」
「契約……」
自分がなぜこの中身が読めたのか不思議だったが、それ以上に国王が襲撃のことを知っていたような気がしてアメリアは訊ねずにはいられなかった。
「陛下はアルバーン公が襲撃するのを知っていたのですか?」
「はっきりとは分かっていませんでしたが、ご神託にそれらしいことが書かれていたので」
国王の言葉にアメリアは首を傾げる。神託は個人的なことは書けないとサリューンは言っていた。ではあれは嘘だったのだろうか。
「さて、私はこの騒ぎを片付けなければ。神子様は一度神殿にお戻り頂いた方がよろしいかと。今頃連絡が行って教皇も心配しているでしょう」
「そうですね」
色々な疑問はあるが今はここにいてはただ邪魔になるだけだと、退出しようとして自分が裸足だったことに気付いた。
「ああ、着替えと靴をご用意致しましょう」
「いい」
アメリアの様子に気付いた国王の言葉を、リオンがすかさず否定した。そうしてアメリアの身体を抱き上げる。
「リ、リオン!!」
「メルは俺が連れて帰る」
ぶっきらぼうにそう言ったリオンは、国王の返事も聞かず歩きだしてしまう。
廊下に出ると慌ただしく行き交う騎士がこちらを驚いた目で見つめる。それが恥ずかしくてアメリアはパッと下を向いた。
「自分で歩けるわ……」
「こんな時くらい甘えろ」
「子供じゃないんだから……」
小さく文句を言ってみたがリオンは聞く耳を持たず、どんどん歩いていく。リオンのむすっとした顔を見上げて、これはもう諦めるしかないと溜め息をつくと、大人しくリオンの肩に掴まった。
いつもは誰もいない庭園に近衛騎士が立っていて、まだ残党がいるかもしれないと思っていたアメリアは少し安堵する。
「俺が守れれば良かった……」
バラのアーチを横目に見ていたアメリアは、小さくこぼしたリオンの言葉に視線を戻す。
「守ってくれたじゃない」
「守れてない。あんな悪党に拉致されて、怪我までさせて……」
悔しそうな表情で続けるリオンに、アメリアは微笑む。
「私は嬉しかったわ。ちゃんと見つけてくれて、勇気をくれた」
「それだけじゃなんにもならないだろ」
「なるわよ。あなたが勇気をくれて、私は飛べたんだから」
「メル……」
抱き締める手に力がこもる。以前同じように抱き上げてくれたことがあった。力強い腕と温かい身体。優しさが触れる肌から伝わってくる。
アメリアは手を伸ばしてリオンの頭を優しく撫でる。
「あなたがそばにいてくれて良かった。……あなたで、良かった」
リオンの耳に囁くようにそう言うと、足を止めたリオンが苦しいほど強く身体を抱き締める。
それから少しして、アメリアが力を緩めると「帰ろう」とリオンが優しく囁いた。
神殿のそばまで来ると、神官たちが大勢外に出ていた。その中に教皇もいてアメリアが驚いていると、こちらに気付いて走り寄ってくる。
「アメリア!!」
神官たちも「神子様!!」と口々に言って走ってくる。あっという間に取り囲まれると、教皇がアメリアの顔を見て顔を歪めた。
「怪我をしたのですか!?」
「教皇様……」
「なんという……、こんなことあってはならない……」
教皇はそう嘆くと、アメリアの血で汚れた右手を両手でそっと包み額に押し当てる。
「教皇様、ご心配おかけして申し訳ありませんでした」
「いや……、無事で良かった……」
泣いているのだろう。肩を震わせる教皇にアメリアはどうしていいか分からず困ってしまう。
「シモン様、とにかく怪我の手当てをしないと。あと、サリューンに報告に行かなきゃ」
「あ、ああ、そうか。そうだな」
リオンの言葉に教皇は顔を上げる。「部屋へ戻りましょう」と歩きだした教皇の背中を見て、アメリアはリオンと目を合わせると二人で笑った。
自室に戻ったアメリアは椅子に降ろされ、やっと一息ついた。安心すると至るところが痛みだしてくる。
すぐにお湯を運んできた女官に足を洗ってもらうと、痺れるような温かさが頭の先に伝わった。
それから傷を洗うとリオンが手当てをしてくれた。
「結構あちこち切ってんな……」
一番血が出た首にまず包帯を巻いたあと、他の細かい傷にも包帯を巻きながらリオンが呟く。
「私がリオンに用事を頼んだばっかりに……」
「そんなこと気になさらないで下さい、教皇様」
「いえ。誰かしら守護を務める者を置くべきでした。先代の神子様からの慣習をそのまま引き継いでしまったのは私の落ち度です」
(ゲルトルーデ様……)
強大な魔法使いであった先代の神子は、きっと魔法によってこういう危険をすべて察知して回避していたのだろう。
ならば自分はどうすべきなのだろうか。ただ守られるだけではいけない気がする。
「みんな、反省する点はあるよな」
リオンが打たれて赤く腫れた頬に薬を塗りながら言った言葉に、アメリアは思わず笑ってしまう。
「あなたが言うセリフ?」
「だってそうだろ? シモン様も国王も俺も、みんな色々ダメだったってこと。あとあのアルバーンとかいう奴もな」
「リオン、お前の反省はなんだ?」
「俺? んー、俺は、もっとちゃんとメルを理解していないといけなかったってことかな」
「なるほど……」
リオンの返答に教皇は深く頷くと穏やかに笑ってアメリアを見た。
「リオンは、どうです?」
その質問の意味が分からず首を傾げる。
「どうやらリオンはまた一つ学んだことがあるようだ。この世界で、人のことを」
教皇の含みのある言葉にアメリアはハッとする。教皇の言葉を聞いていないのか、真剣な目で薬を塗るリオンの顔を見つめて、また教皇に視線を送る。すると子供のように楽しげに笑って人差し指を唇に当てた。
(ああ、この方は知っていらっしゃったんだわ……)
優しく笑った教皇の顔を見つめて心が温かくなってくる。今まで知りたかったことが一つずつ分かって、辛い事実もあったけれど今は満たされた気持ちだった。
「やっぱり知ることって大事ですね」
アメリアが呟くと、教皇は深く頷き微笑んだ。




