27話 弑逆
いつもアメリアが使う王宮の扉の前に来ると、倒れている人影があった。
リオンと慌ててそばに寄り膝をつく。そこにいたのは案内役をしてくれている男性だった。
「しっかりして下さい!!」
「う……神子……様……」
男性の周囲には血が散っている。よく見れば腹部が切られたようで、暗色の服に赤く染みができている。
アメリアが声を掛けると、どうにか目を開けて苦しそうに答えた。
「神子様は……ご無事で……ございますか……?」
「私は平気よ! なにがあったの!?」
「アルバーン公爵が……陛下……陛下を……」
それだけを言うと目を閉じてしまう。アメリアは尋常でない状況に焦りリオンに視線を送る。
「とにかく国王のところに行こう。この人はたぶん大丈夫だ」
見た限り出血はもう止まっている。それほど深い傷ではないのだろう。アメリアは頷くと男性にもう一度声を掛けた。
「すぐに人を呼んできます! 待っていて下さい!!」
「陛下を……お守り……下さい……」
「分かったわ!!」
アメリアは力強く返事をすると立ち上がり走り出す。
細い廊下を抜け表側に出ると、すぐに騎士が倒れているのが目に入った。リオンと目を合わせ足を止めることはせず先を急ぐ。
「なんで騒ぎになってないんだ?」
「陛下の私室の周辺はこの時間はまだ立入禁止なの。ご神託の日は特に人払いされているのよ」
「そうか」
階段を駆け上がりながら説明する。アメリアはふとリオンがどうして駆け付けてくれたのか不思議で訊ねた。
「リオンはどうして私を探していたの?」
「待ち合わせしただろ? あの後用事終わらせて扉の前に行ったけど、あのおっさんに聞いてもまだアメリアは来てないっていうし、心配で探してたんだよ。うろうろしてたら遠くでガラスの割れる音がしてさ、嫌な予感がしてそっちに行ったらアメリアを見つけたんだ」
「そうだったんだ……」
偶然とはいえ、リオンが気付いてくれて良かった。そう思いながら国王の私室の前に行くと、扉を守る騎士がやはり倒れている。
アメリアは何も考えず、開いた扉から中へ走り込んだ。
「陛下!!」
室内に入ると、いつも座っている大きな執務机の向こうで身構えて立っている国王と、それを囲むように抜き身の剣を持った男三人とマティアス、それからアルバーン公爵がそれぞれ驚いた顔でアメリアを見た。
「神子様!!」
「小娘!! どうやってここに」
「アメリア!?」
「剣を引きなさい!!」
大声で怒鳴るがもちろんこんな威嚇が通じるわけがなく、誰も反応を示さない。
「マティアス」
アルバーンが静かに指示を出すと、マティアスは持っていた剣をアメリアに向ける。リオンが慌てて庇うように前に立った。
「そこで大人しくしているんだ、アメリア」
「お前等、なにしてんだ。これって反逆だろ?」
低いリオンの声にマティアスが冷酷な視線を送る。
「反逆……。そう言われてしまうと悲しいな。私は私の居場所を取り戻すためにやっているんだよ」
「居場所? それは王座ということですか?」
アルバーンの落ち着いた声に国王が訊ねると、アルバーンは不敵に笑う。
「もともとそこは私の席になるはずだった」
「それはないでしょう。あなたは父の弟。どう考えても王座には着けないと思いますが」
馬鹿にしたような言葉にアルバーンの眉がぴくりと跳ねる。アメリアは状況的に追い詰められている国王が、煽るようなことを言うのをひやひやした気持ちで見つめる。
「私の王位継承順位は二位だ。お前にはまだ子供もいない。お前が死ねば自ずと私はそこに座ることになる」
「二位ですよね? 一位は私の弟だ。あなたは弟も殺すおつもりなのですか?」
「あれは病弱で地方におろう」
「だから自分の敵ではないと?」
二人のやり取りを見守りながら、これは国王の時間稼ぎかもしれないと思った。そこここに騎士が倒れていれば、いつか誰かが異変に気付くだろう。
国王はそれを待っているのだろうか。
「だいたい弑逆によって王座を奪って、それからどうするおつもりです? 臣下すべてを懐柔したとは思えませんし」
国王の言葉にアルバーンは答えない。その余裕の笑みを見て、アメリアは考え無しに部屋に飛び込んでしまったのは失策だったと後悔した。自由の身になったのなら、近衛騎士を呼ぶべきだった。そうすればたった5人くらいすぐに捕らえてくれるはずだ。
(こんな肝心な時に間違えるなんて、私ってば馬鹿なんだから……)
マティアスに剣を向けられてしまっては動けない。リオンも自分ももちろん丸腰で、武器になるようなものなど持っていないのだから。
「叔父上はずっと王座を狙っていたんですね。だいぶ長い時間待っていらっしゃったようですが、なぜいまさら実行に移されたのです?」
「それは、神子が代替わりしたからだよ」
国王の質問に答えなかったアルバーンだったが、そこだけは答えを返した。アメリアは自分のことを言われて視線を向ける。
「先代の神子は不思議に何をやっても上手くいかなかった。付け入る隙がまったく無かったのだ。だがその小娘になって事態は変わった。なにせマティアスの元婚約者。なんの変哲もないただの娘だ。操るのは簡単だった」
「なるほど。そういうことでしたか」
アメリアはアルバーンの言い様に怒りが込み上げてくる。唇を噛み締め両手を握り締める。
(私が神子になったからこんなことになったなんて……)
「ですが、それはやはり間違いでしたね。叔父上」
「なんだと?」
「この方はたぶん先代の神子様よりも、この国の繁栄に貢献して下さると思いますよ」
国王はそう言うとにこりとアメリアに笑い掛けた。戸惑うアメリアにアルバーンが侮蔑を込めたような顔を向ける。
「これが? 見た目も何もかも凡庸なただの貴族の娘だろう。現に今こうして反逆を止められずにいるのが証拠だ。こんな小娘を神子などと祀り上げて国の政治に関わらせるなど、とんな茶番だ」
「叔父上はやはり王座には相応しくないようだ」
国王があっさりと言った言葉にアルバーンの表情が険しくなる。
「この国の、いや、世界の理をあなたはなにも理解していない。無能なのはあなたです。エドモンド・アルバーン」
「大口を叩けるのも今の内だ。やれ!!」
国王の暴言に怒りを露わにしたアルバーンがそう指示を出すと、国王を取り囲んでいた男たちが剣を振り上げる。
アメリアは思わずリオンを押し退けて前に出ていた。
「お、おい! アメリア!!」
「動くな!!」
「ダメ――――ッ!!」
どうにかしなくちゃとそれだけしか頭になかった。マティアスの制止の声を聞かず、国王に走り寄ろうとした身体をリオンが捕まえる。
その瞬間、アメリアの左手から強烈な光が放たれた。視界を真っ白に染めるほどの強い光に思わず目を閉じる。
「な、なんだ!?」
複数の男たちの戸惑った声が聞こえる。アメリアは何がどうなったのか分からず、ゆっくりと目を開けると剣が弾かれる高い音が聞こえた。
「な!? 剣を持っていたのか!?」
驚くアルバーンの声に視線を向けると、国王が抜き身の剣を持っていた。
「神託は必ず国を守る。王を守る神託が下されたのなら、それはあなたではなく、やはり私が王に相応しいということなのでしょうね」
「なにを、馬鹿な……。なにをしている!! やれ!!」
アルバーンの声よりも早く国王が机を飛び越して男に切りかかる。そこからはもうアメリアにはよく分からなかった。国王の剣があまりにも早く動いて男たちを倒していく。
形勢が不利になったのを悟ったのだろうマティアスが、こちらに向かって剣を振りかざしたけれど、それをリオンが手を引っ張って上手くかわしてくれた。倒れ込む視界の中で、リオンがマティアスの腕を払い剣を叩き落とす。
それは本当に一瞬で終わったように思えた。
苦悶の表情で倒れ込む3人の男を避けて国王がアルバーンに剣を突き付ける。リオンもまたマティアスの剣をゆっくりと拾うとマティアスに向けた。
「どうやら、反逆はこれで終わりということでよろしいですかね」
まったく呼吸も乱していない国王がそう言うと、アルバーンががくりと膝をついた。口惜しげに床に拳を振り下ろす。
アメリアは床にぺたりと座り込んだまま、それを呆然と見つめた。
そして間を置かず複数の足音が聞こえてきたと思ったら、部屋に騎士たちが走り込んできた。
「陛下!! ご無事ですか!?」
「ああ。この者たちを捕らえよ」
「はっ!!」
バタバタとなだれ込んでくる騎士たちにアメリアは安堵して、詰めていた息を吐いた。まだ身体中震えている。
縄で縛られるアルバーンを見ていると、隣にリオンが腰を下ろした。
「終わったな」
「……うん」
リオンに小さく頷くと、二人は目を合わせて柔らかく微笑んだ。




