17話 看病
ドレスの裾がなんだか妙に邪魔な気がして、歩きづらく思いながら廊下を進む。前にはエリザベートと後ろには友人たちがいて、ダンスレッスンから教室へ移動している最中だった。
「そういえば、アメリア。婚約の話は上手くまとまりそうなの?」
教室に入ると休憩ということもあって、めいめいにソファに座って話し始める。このところ友人たちの話の中心はアメリアの婚約のことばかりだった。
「そうね、上手くいくといいわね」
「あら、そんな弱気なこと言って。この前の夜会では二人で仲良く踊っていたじゃない。もう気持ちは固まっているんでしょう?」
「いいわねぇ。マティアス様って王族でしょ? 国王陛下の従弟よね。お顔も素敵だし、完璧じゃない」
こまどりのように話す友人たちに困ったようにアメリアは笑みを浮かべる。
「まだ正式に決まった訳じゃないんだから、他では話さないでね」
「分かってるわよ、アメリア。でも本当に羨ましいわ。マティアス様は私たちレディの憧れの方ですもの」
アメリアはこれ以上色々と聞かれても困るとソファから腰を上げ、エリザベートが座っているソファへと近寄る。いつもは部屋の中央にあるソファに座るエリザベートが、今日は隅に置かれたソファに静かに座っていた。ぼんやりと外を眺めている様子が不思議で声を掛けると、ふっとこちらを見た。
「どうしたの? エリザベート、ぼんやりして。ダンスの練習疲れちゃった?」
「そんなことないわ。ダンスは得意だもの」
「ああ、そうだった。エリザベートはダンスも得意なのよね。あなたって刺繍も詩もなんでも得意よね。苦手なものってないの?」
隣に座ると苦笑して訊ねる。エリザベートは小首を傾げて少し考えると首を振った。
「思い付かないわ」
「もう、エリザベートったら。あなたならいつどこにお嫁に行っても、絶対失敗しないでしょうね」
「……きっとそうね」
エリザベートは寂しげな目をしてまた窓の外を見つめた。この頃エリザベートは怒りっぽくなったけれど、こんな風にぼんやりすることも多くなった。
本当はマティアスのことで色々と相談したいことがあるけれど、口にすることもできずアメリアは悲しげなエリザベートの横顔を見つめ続けた。
◇◇◇
目を開けると暗い室内に白い光が見えた。
「あ、起きたか」
「リオン……」
すぐそばにリオンがいて心配そうに見下ろしている。アメリアはリオンからまた白い光に視線を戻して不思議に思った。
「リオン、あの光はなに?」
「ん?」
机の上にはランプが置いてあるがオレンジ色ではないところを見ると、違うものが光っているのだろう。リオンはアメリアの視線の先を見て「ああ」と頷く。
「白い花が光ってるんだよ。面白い花だな」
「花……」
リオンの言葉に昨日のことを思い出した。サリューンに花を貰って花瓶に活けていたのだ。
「あれだけ明るけりゃランプいらないだろ」
「……私、どうしたの?」
ここまできてやっとアメリアは自分の状況に思考が向いた。なぜベッドに寝ているのだろう。それに夜なのに部屋にリオンがいるのが不思議だった。
「なんだ、覚えてないのかよ。倒れたんだよ。シモン様はこのところの疲れが出たんじゃないかって。熱もあるから俺が看病を頼まれたんだ」
リオンはそう言うと、アメリアの額の上のタオルを取りたらいの水に浸す。
「のど乾いてないか?」
「うん……」
熱のせいだろう。顔がポカポカしてのどがとても乾いている。頷くとリオンが背中を支えて起こしてくれた。
「コップ持っててやるから飲め」
「ん……」
触れている身体から響くようなリオンの声に半ば目を閉じて頷く。唇にコップの冷たい感触が触れると、口の中に甘い味が広がる。
「甘い……」
「熱冷ましのハーブが入ってるからな。これで少しは熱も下がるだろ」
のどごしが良くて半分ほど飲むとふうと息を吐く。また横になって額に冷たいタオルを置かれると眠くなってくる。
「さっきね……、夢見てたの……」
「夢?」
「少し前のこと……。私……、友人に酷いことしてた……。知らなかったけど……酷いこと言ってたの……」
「酷いこと?」
目を閉じたまま小さく頷く。あの時、婚約に浮かれていて自分は何も見えていなかった。知らずにずっとエリザベートを傷つけていた。
「私……自分がこんな嫌な人間だって知らなかった……」
「メル……」
眉を歪めて小さくこぼすと、温かな感触が頬に触れて目を開ける。間近にリオンの顔があって少し驚いた。頬を大きな手で包まれる。
「お前は良いやつだよ」
「リオン……」
「だから安心しろ」
どうしてリオンは無条件に優しくしてくれるのだろう。いつもそばに寄り添って、励ましたり慰めてくれたりする。理由もなくそんな風に断定されても本当なら納得できないはずなのに、リオンに言われるとなぜか素直に受け入れられる気がする。
「今はなにも考えずに寝ろ。元気になったらなんでも話聞いてやるからさ」
頬を撫でる手の温かさに眠気が強く押し寄せてきて、なにも考えられなくなってくる。
「眠れ、メル」
目が開けていられずに目蓋を閉じると、額に温かな何かが触れる。けれどそれを確認することはできないまま、アメリアはまた深い眠りに落ちていった。
◇◇◇
眠りが浅くなったのか、ふとアメリアは目を開けた。まだ室内は暗いままで白い花が光っている。リオンはアメリアの枕元で突っ伏して眠ってしまっていた。
子供のような寝顔に微笑み、そっと手を頭に乗せると真っ直ぐな黒髪が闇に溶けているようだ。
「……サリューン……、ありがとう……」
「うん……」
頭を優しく撫でてひっそりと囁くと、リオンは目を閉じたまま小さく返事をした。
その声にアメリアはまた微笑むと、ゆっくりと目を閉じ朝までぐっすり眠ったのだった。




