12話 リオンの秘密
朝食を二人で食べながら、ついちらちらとリオンの顔を見てしまう。
(そういえば黒い瞳と黒髪ってリオンしか見たことないわ……)
アメリアの暮らすリュエナ王国出身の者は、大抵茶色の髪と明るい瞳の色をしているが、濃淡はあっても黒はない。この前教皇が話してくれた色の話が一緒に頭に浮かぶ。
(黒はサリューンの、神の色なのよね……)
だから生まれてくる子供もその色は持って生まれないのではないだろうか。そう考えるとリオンの持つ色はとても特別なものに見えた。
「おい、メル。そんなじろじろ見るなよ」
「み、見てないわ! 早く食べてしまってよ。いつまでも片付かないんだから!」
「はあ? お前が寝坊したから遅くなったんだろうが」
「ね、寝坊はしてないわ!」
朝色々考えていたら案の定支度が終わる前にリオンが来てしまった。髪を結っている最中だったので、少しの時間リオンを扉の前で待たせてしまったのだ。
「色々考えてたのよ」
「色々って?」
「色々は、色々よ」
リオンの追及にアメリアは視線を外すと下を向く。「変なやつ」とリオンは小さく呟きながらパンをパクパクと口に放り込む。それをちらりと盗み見る。
(全然サリューンっぽくないけど……)
サリューンの動作は一つ一つとても優雅でゆったりとしている。こんなに言葉も乱暴ではないし、茶化す言葉なんて一言も聞いたことはない。
初めて比べて考えてみたが、色以外共通点が何もない。顔はもはや年齢が違いすぎて判断しようがない。背が高いのは同じだが、まったく同じかなんて測りようがないし。
アメリアはそこまで考えるとつい溜め息をついてしまった。
「朝から溜め息つくなよ。なんか心配事か?」
「……違う。朝からちょっと頭痛いだけ」
「大丈夫か?」
「平気よ。ホントにちょっとだけだから」
結局リオンの心配そうな顔に、色々探るように考えていることが申し訳なくなって、アメリアは笑みを作ると首を小さく振る。
それから食事が終わるとサリューンに挨拶に向かった。
◇◇◇
神域に入りいつもように石の椅子に行くと、なぜかサリューンはそばにある木を見上げていた。
「おはようございます、サリューン」
「おはよう、メル」
「なにをなさってるんです? 鳥を見ているんですか?」
「いや、あの実を見ていたんだ」
「実?」
サリューンが指差す先、大きな木の横に張り出した太い枝に、その木とは少し形の違う小さな枝が生えていて赤い実がなっている。
「あれはなんですか?」
「宿り木だな。他から飛んできたんだろう」
「珍しいものなんですか?」
「そうだな」
見上げるサリューンの横顔を見つめて、アメリアは少し考えると木に触れる。
「私、取ってきましょうか?」
「できるか?」
「もちろん!」
アメリアは元気に返事をするとどこを足場にしようかと考える。けれどそうしている内に身体がふわりと浮き上がって驚いた。
「わっわっ!!」
「大人しくしていろ」
身体が不安定に揺れてアメリアはどうにかバランスを取ろうと両腕を広げる。そうこうしている内にあっという間に枝に近付き、足が乗るとふっと体重が戻ってくる。
慌てて幹に手を回し身体を固定させる。小さく息を吐くと下を見た。
「サリューン!」
「外を見てみろ」
「外?」
そう言われて首を巡らせると、生い茂る枝葉の緑の先に青空が広がっている。そして徐々に目が慣れてくると、雲の隙間の景色が見えてきた。
「うわあ……!」
そこには高い山々がどこまでも連なっていた。雲を突き破るほどの切り立った崖は、途中細い滝を何本も落としている。遠く空を優雅に飛ぶ尾の長い鳥は、不思議に七色の輝きを放っている。
「きれい……、サリューン!! とてもきれいです!!」
「それが冥府だ」
「これが……?」
目の前の光に満ちた景色が冥府だとは到底思えなかった。祈りの歌にあったように死者がいる世界は黒い闇の世界なのだと思っていた。それがまさかこんなにも美しい世界だなんて信じられない。
「メル、その宿り木の実を食べてみろ」
しばらく呆然と景色を見ていたアメリアだったが、サリューンに言われ膝を折ると、足元の小さな枝に付いている赤い実をひとつ指先で摘む。
言われるままに食べてみると、少し酸っぱい味が口に広がった。
「美味いか」
「酸っぱいです」
素直にそう言うと、サリューンは楽しげに声を出して笑う。そして指先をこちらに向けると、来た時と同様ふわりと身体が浮いて地面に下された。
「あの赤い実は頭痛に効く。すぐに痛みは取れるだろう」
「え……?」
サリューンの言葉にアメリアは目を瞬かせる。
なぜ自分が今、頭が痛いことを知っているのだろうか。
「サリューン、あの」
「本当に高いところが得意なんだな」
言葉を遮るようにサリューンが言ってくる。アメリアはなんとなく聞くタイミングを逃してしまい仕方なく頷いた。
「前に言った通りだったでしょう? でもそのおかげで素敵な景色が見られました。ありがとうございます、サリューン」
「いや……、うん。気に入ったようで良かった」
不器用な優しさにアメリアは笑みを深くする。引っ掛かることはあったがこの空気を壊すのが嫌で、それ以上サリューンに問うことはせず神域を後にした。
◇◇◇
教皇の部屋に行くと、地理についての勉強をした。リュエナ王国の外に出たことがないアメリアにとっては、とても興味を引く勉強だったが今日は少しだけ集中できなかった。
「どうした、アメリア。いつも熱心に勉強しているそなたが上の空だな」
昼の休憩にと中庭の散策に二人で歩いている時、教皇に言われアメリアは立ち止まる。
「あ、すみません。折角教えて下さっているのに」
「なにか悩み事でもあるのかね」
「悩み事……、ではないんですが……」
教皇の顔を見つめアメリアはどうしようかと少しだけ悩んだが、聞いてみることにした。
「教皇様はリオンを小さい頃から知っているんですか?」
「ん? リオン?」
「はい。リオンは小さい頃からここにいるんですか?」
少しだけ沈黙が落ちて答えてくれないかと思っていると、教皇はそばのベンチに座り静かに頷いた。
「リオンがここに来たのは10年前だね」
「10年前?」
「7歳の頃だ。神殿に捨てられていた」
「捨てられていたんですか!?」
驚いてアメリアは声を上げてしまう。貴族の娘にとって子供が捨てられるなど想像もできないことだ。
「寒い雪の日だった。神殿の外に座り込んでいて、どうしたんだと声を掛けたら「捨てられた」と言い張って。行くところもないと言うものだから、神殿で預かったんだ。あの時はその内誰かがいつか迎えに来ると思っていたが……」
「そんな……」
「ああ、そんな顔はしなくていい。リオンはああいう性格だ。結局ここにすっかり慣れて楽しく暮らしているんだから」
「でも、私……」
教皇に聞いてしまったことを後悔してアメリアは自己嫌悪した。人のことをこんな風に詮索して、聞かれたくないかもしれない過去を聞くなんて失礼にもほどがある。サリューンとリオンが同じ人だなんて夢みたいなことあるはずがないのに。
「あの容姿だろう? きっと異国の子なんだろうが、私には神の思し召しに思えてね。サリューン様に仕える者にとっては黒はとても特別だから。神殿の者たちも皆、リオンが特別に思えてつい甘やかして育ててしまった」
苦笑する教皇の目はまるで自分の両親と同じように見えた。困りながらもどこか嬉しそうな様子にアメリアの心が温かくなる。
「リオンは皆の子供なんですね」
「そうだな……。そういうことになるかな……」
穏やかな教皇の顔を見つめてアメリアは自分の馬鹿な妄想に苦笑した。リオンにはちゃんと子供の頃もあってここにしっかりと暮らしている青年だ。それによく考えてみれば神であるサリューンが小間使いなどする訳がない。
不思議な色々なことはきっとサリューンの魔法かなにかなのだろうと、それで納得することにした。
ひょんなことからリオンの過去を知ることになり、少し罪悪感はあったが知ることができて良かったなと感じた。
これでまた少しリオンに近付けたような気がした。




