10話 拝謁の儀
黒のローブよりも着慣れたドレスを翻して神域から白の間に戻ると、リオンが座っていた椅子から腰を浮かせた。
「リオン、どう? サリューンに魔法で作ってもらったのよ」
「ああ、いいんじゃないか?」
嬉しくて開口一番そう言うと、なんだか素っ気ない言葉が返ってくる。もっと驚いてくれるかと思ったのに淡泊な返事が来て、アメリアはリオンに近付き顔を見上げた。
「なぁに? 似合わない?」
「そんなことないさ。似合ってる。すごい、……うん」
「すごい、なによ?」
「あー……、すごい、……きれい、だと思う」
語尾はもう聞こえるか聞こえないかの声だったが、アメリアはそれで満足するとにっこりと笑う。
「あー、もういいだろ。さ、行こうぜ。今度はパーティーだろ」
「そうね、行きましょ」
白の間を出てスカートを蹴るように歩いていると、なんだか懐かしい気持ちになった。少し前までこの面倒な衣装は日常のものだった。もう着ないものだと思っていたが、こうしてみるとやはり寂しい気持ちが滲んでくる。
(結婚して……、子供ができて……、幸せに暮らす……)
母のように、もう嫁いでしまった姉のように、自分もそうなるのだと思っていた。退屈な人生だけどそれが貴族の娘の平凡な一生だと納得していた。
今、コルセットもドレスもない生活に少しずつ慣れてきて、心穏やかに過ごせるようにもなってきた。毎日の生活は大変だけど勉強はとても楽しいし、そばにいる人はみんな優しい。それでもこの先にはもうなにも変化はない。ただ静かにここで毎日同じ時間を過ごし老いていくだけだ。
「どうした? 暗い顔して」
「あ、ううん。なんでもない……」
押し黙ってしまったアメリアを気に掛けてリオンが声を掛ける。アメリアは慌てて笑顔を作ると首を振り、今はもうそのことは考えないようにしようと前を向いた。
◇◇◇
王宮に着くと教皇が付き添いを務めてくれる。そっと手を取られて目の前の大きな両扉の前に立つ。その場所は王宮の中で最も大きなホールで、国王主催で行われる舞踏会は必ずここで開かれる。
アメリアも一度だけこの場所でダンスをしたことがある。扉が開くと記憶に鮮明に残っているきらびやかな装飾が目に飛び込んでくる。金と青とで彩られた美しいホールに、今は着飾った貴族たちが大勢集まっていた。
「すごい人……」
「拝謁は貴族階級のすべての者に許されているからね。年若い者たちも出席しているんだよ」
小声でひそひそと話しながら歩き続ける。しんと静まり返る中、前だけを見て進む。教皇の言う通り人垣の中には自分と同じ年齢の若い人も見える。もしかして知り合いがいるかもしれないと思ったが、あまりの人の多さにすぐには見つけられなかった。
ホールの最も奥には数段階段があってその上に玉座がある。教皇とアメリアが階段に足を掛けると国王と王妃が立ち上がる。
壇上へと上がると教皇は手を離しアメリアの後ろへ控えた。そうして中央に立ったアメリアへ国王と王妃が腰を折る。
「ようこそおいで下さいました、神子様。我が国の者との謁見をお許し下さいますか?」
「はい」
形式的なやり取りを行うと、国王と王妃は立ち上がって教皇と同じように後ろへと控えた。今日この場はアメリアが主役なのだ。
そうして、声高らかに名前を呼ばれ前に進み出る貴族たちの挨拶が始まった。
拝謁の儀でアメリアがやることと言えば最初の国王の言葉に「はい」と答えることと、あとは笑顔で挨拶を受け続けることだけだ。貴族たちは「ご尊顔を拝謁でき光栄に存じます」とお決まりの言葉で挨拶をする。それをアメリアは笑顔で小さく頷く。
それだけなのだが貴族はかなりの数がいるため相当な時間が掛かる。アメリアは国王や王族の大変さを身をもって知ることになった。
次々と貴族たちが挨拶する中、「アルバーン公爵!」と名前が呼ばれアメリアはハッとした。壇上に近付いてきた姿に目を見開く。アルバーン公爵の後ろにマティアスがいたのだ。
(マティアス様!!)
ずっと会えなかったその顔を見られて、アメリアはついマティアスに視線を向けてしまう。目が合うと優しく微笑まれて胸が苦しくなる。
「ご尊顔を拝謁でき光栄に存じます」
「お元気そうでなによりです」
アルバーン公爵の言葉に続くようにマティアスが発言して驚いた。今日は余計な言葉をアメリアに掛けてはいけない決まりになっている。それなのにマティアスはそれを破り話し掛けてきた。
アメリアも言葉を発してはいけないと言われていたけれど、我慢できなかった。
「あなたも」
たった一言、笑顔でそう言うとマティアスは嬉しそうに微笑む。本当はもっと話したかった。けれど胸がいっぱいで他に何も浮かばなかった。
教皇が咳払いをしてアルバーン公爵に注意を促す。それに対してアルバーン公爵は不敵な笑みを見せると後ろへ下がった。マティアスもそれに続きながらちらりとこちらに視線を送る。
意味深な視線にアメリアもずっと目を離せなかった。
しばらく時が経つと、「ランベール伯爵夫妻!」と名前が呼ばれ、ずっと物思いに耽っていたアメリアは意識を戻した。
進み出た三人の中、エリザベートをじっと見つめてしまう。
(エリザベート……)
視線の合ったエリザベートは睨むようにこちらを見上げてきている。いつも浮かべている余裕の笑みは消えて、唇は引き結ばれたままだ。
エリザベートの父と母が腰を折って挨拶するのに遅れてエリザベートも深く腰を落とす。美しいカーテシーはエリザベートの自慢だった。それを受ける側になるとは思いもよらなかった。
挨拶が次の人に進んでもアメリアはエリザベートを目で追い続けた。自分はどう思われただろうか。今までは何かあっても結局仲直りしていた。けれど今、こうなってしまってはもうどうにもならないのだろうか。
(エリザベートはマティアス様と本当に結婚するのかしら……)
それが自分にはもう関わりがないことだとしてもやはり気になる。エリザベートに言われた通り、結婚に強い想いはなかった。それでもマティアスに対して淡い想いは芽生えていたのだ。だからエリザベートに邪魔をされてとても腹が立った。
(私……なにがしたいんだろう……)
エリザベートを完全に憎むこともできない。なのにマティアスとの結婚を祝福することはもっとできそうにない。なんだか自分がとても心が狭い人間になってしまったみたいだ。
アメリアはもう人垣に隠れて見えなくなってしまったエリザベートから視線を外すと、また挨拶に進み出た貴族の顔に笑みを送った。
挨拶は順調に進み、最後にアメリアの父と母が呼ばれた。
「ご尊顔を拝謁でき光栄に存じます」
父と母が泣きそうな顔で、それでも嬉しそうに見上げてくる。アメリアは涙が溢れるのを堪えて微笑む。
「新たなる神子様の父であるイグレット伯爵に勲章を授与する」
国王が前に進み出て、金の勲章を父の首に掛けると盛大な拍手が沸き上がった。アメリアはそれを誇らしく思いながら見つめる。
悲しい思いをさせてしまったけれど、これで少しは親孝行ができたかもしれないと安堵する。
(お父様……、お母様……)
またしばらくは会えないかもしれないと二人の顔を目に焼き付ける。そうしてもうこんなことは二度とないのだろうからと、その光景もしっかりと記憶したのだった。




