死兆 もしくは救い
悪態を吐いた所で、事態は好転しない。遼に実戦の心得何て物は無いのだが、歯を剥き出して威嚇するゴブリン達はやる気の様だ。
一応、宮崎家は武道一家である。何か特殊な流派とかではなく、何でも日露戦争帰りの御先祖の方針で、精心修養の為に武道を学ぶのが家訓なのだ。かく言う遼は、親兄弟の練習合手として色々と手を出したが、何か一つと言う物は無い。しかも、現代日本だ。スポーツの延長であって、実戦的ではない。
ようするに、三十六計逃げるに如かず。脱兎のごとく全力で回れ右である。
だが、雑木林の中だ。足場も悪く引き離せない。乳酸が溜まった足は言う事を聞かず、遂に木の根に足を取られてしまう。転倒して、慌てて振り返ってみれば
「ギャギャ一!」
槍を振りかぶるゴブリン。泡を食って転がり難を逃れるも、その隙に囲まれてしまう。正に絶対絶命だった。
そんな遼を、遠くから眺める人影があった。ストレートの金髪と細い体躯、弓矢を持っている。髪からのぞく尖った耳はエルフの物だ。
「何を考えているんだ、あの人間は。この辺りは比較的安全とはいえ、丸腰で森に入るとは」
その視線は、呆れ半分侮蔑半分と言った所だ。しかし、明らかに殺されそうな者を、助ける能カがある自分が見殺しにするのは、余り気が進まない。
「仕方無い。一風よ、我が威を届けたまえ」
馴れた動作で矢を放つ。風魔法によって強化された矢は、狙い通り馬鹿な人間を襲うゴブリンの頭の1つを撃ち抜いたのだった。