帰り道
帰り道、僕は河川敷を自転車で走る。右には汚水が混ざった川が広がっていて、左には雑草で覆われた土の斜面が続いている。ゆっくりと空を見上げると、夏を思わせるかのような水色が一面にあって、迫力のあまりバランスを崩しそうになった。あちらこちらに散ってゆく象牙色の雲は、儚く、見ていてとても落ち着く。
今日はなんだか頭痛がする。相当ストレスが溜まっているのだろう。「ガタッ、ガタッ」とコンクリートの凸凹に車輪がぶつかるたび、サドルから伝わってくる衝撃がやんわりと頭に突き刺さる。
「はあ……」
僕は頭の痛みを吐き出すかのような溜息をついた後、とろとろと途方に暮れていった。
頭に痛みを抱えたまま、帰り道は中盤に差し掛かる。時計を見るともう六時半で、辺りはどんどん色付いてゆく。僕の心はその色を受け入れ、少し緩んだ気がした。
「はあ…」
さっきとは違う溜息が漏れる。
時計は刻々と時を刻み、太陽は色鮮やかに沈んでいく。
「カチャ」
僕の心の扉は開けられた。
太陽は何もかもを照らしていた。個性の無い地面、整備されていない斜面、汚水の混じった川。そして僕も。太陽はそれらをオレンジ色で照らし、染めていた。僕の心を太陽は照らす。そして染める。十七年という長い時を経て、僕の心はすっかり浅黒く染まってしまった。けれどそんな色は、太陽によってすっかりオレンジ色に塗り替えられていく。僕の心はオレンジ色に染まる。僕の心はオレンジ色に瞬く。
前方からオレンジ色のそよ風がすり抜けてゆく。危ないながらも目を閉じ、鼻から深く息を吸った。
「ははっ」
つい笑ってしまった。香りにもオレンジ色が混ざっているような気がした。
目を開けるとそこはオレンジ色の景色。右にはオレンジ色の川が広がっていて、左にはオレンジ色の斜面が続いている。僕は言いたかった言葉を呟いた。
「キレーだ」
周りに人は誰もいない。だからそんなことも言えた。調子に乗っていることはわかっている。だからいい。
軋むような痛みの頭痛はすっかりなくなって、ペダルも軽くなっていく。僕はふわっと体を持ち上げ、自転車の上で直立した。風がさっきよりあたる。カッターシャツのすき間から細かく分散した風が吹き込み、汗ばんだ僕をさっと乾かしてくれる。気持ち良さのあまり、僕は口角を十度上げた。軽くなったペダルを踏み直し、オレンジ色の河川敷を走る。
「チクタクチクタク」
時間は僕のことを待ってはくれない。
「チクタクチクタク」
これは紛れもない現実。
「チクタクチクタク」
太陽は沈んでゆく。
「キレーだ」
また呟いた。
太陽は死ぬ寸前まで輝き続けた。今は真っ赤に腫れて、ゆらゆらと燃えている。その姿が僕には、「まだ輝き続けたい」と言っているように思えた。
「チクタクチクタク……」
僕の目に映る景色は群青色に変わった。
もう太陽は目の前にはいない。群青色のそよ風が僕の体をすり抜ける。
そよ風が吹ききった後、静寂に包まれる。月明かりが僕を照らし始める中、僕は急に一人になった気がした。
太陽は僕を照らし、輝かせてくれた。太陽以外に僕を照らしてくれるものはあるだろうか。いや、ない。人は人を照らし、輝かせてはくれない。人は勝手に輝くだけ。人は自分で輝くしかないのだ。
僕に輝くことはできるだろうか。
わからない。
でも誰だって輝きたいよな……。
僕はそんなことを思いながら自分の心を覗く。まだ少し余韻が残っているようだ。
「ポッ」
灯ってる。
明日どうなるかはわからない。けれど太陽は、あんなにも勇ましく輝いた。生き抜いた。
「だから僕も生きないと」
そんな言葉が溢れ、僕の心は強く光った。
月明かりが静かに全てを照らす中、僕だけは心の中にオレンジ色の光を灯し、手応えのあるペダルを踏みしめた。
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