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名も無き戦いの終わりに  作者: 吉幸晶
7/27

北へ

 根川のところの菅井と見習いが、ベニヤとブルーシートを治しに、三時過ぎにやってきた。昨日と同じで手際よく打ち直し、ものの三十分程で二人は帰っていった。

 その日の夕方――夕陽が浅草寺に掛かるのを頃合に、八坂は愛車のミニカのトランクスペースへ、着替えなどが入ったバックを置くと、白虎、朱雀、玄武を後部座席に乗せた。

「よいか玄武、怖がる事は無いのじゃ」

「本当ですかぁ……」

「本当じゃ。何ら怖がる必要は無いのじゃ」

「でも、今は寝ていて静かだけど、目を覚ますと、あの恐ろしい人間をも殺すほどの怪物だと、朱雀が言っていましたぁ」

「玄武は怖がりじゃな。こやつが目を覚まし動き出しても、心地よい揺れで、わし等の体を包み込んでくれるだけじゃ」

「私は白虎に包まれたいですぅ」

 そう言うと、いつも通りに顔を甲羅へ引っ込めた。

「玄武も大胆な事を言いますね。ところで、私も居る事を忘れておりませんか?」、

「朱雀、変な言い方はするな。そもそもわしは、おぬしがいい加減なことを玄武に言うたから、怖がっておった玄武を――」

「もう良いです。数珠様の呪文の邪魔になるので、静かにいたしましょう。」

 朱雀は白虎の言葉を遮り、運転席に座っている八坂を気遣った。

「何をひとり良い子になりおって、事の原因はおぬしじゃ」

「ですから車と言う代物は、集中しないと動かせない物と聞いておりますゆえ、静かにいたしましょう」

「別に呪文を唱える必要も無く、手印を結ばなくとも、キーという物を差し込めば動くのじゃ」

「本当ですか……。呪術は必要無いのですか?」

「要らぬ。キーを差し込むと、エンジンと言うこやつの心の臓が息を吹き返すのじゃ」

「呪術で魂を吹き込むのでは無いのですか?」

「朱雀もまだまだじゃな」

「はい。もっと学ばなければなりません」

「お三方、もう良いかな?」

 三人の話しを黙って聞いていた八坂が口を開いた。

「わしらは良いですが、天寿院がまだ――」

 噂をすると、天寿院が玄関から出てきた。

「おや?天寿院め、また色気付いたようじゃな」

 白虎に言われみんなが天寿院へ視線を集めた。

「本当だ。ミセスって感じだね。」

 八坂が三十路に入り、女性の柔らかさと優しさを、醸しだした天寿院を見て言った。

「どうしたの?何を見ているのかしら?」

「皆、天寿院殿が綺麗になっているのに、見取れていたのです」

「朱雀。あなたは人を誉めるのも上手ね」

「誉めるなどしておりません。本当の事を申したまでで」

「嬉しいわ。でも――」

 チラッと八坂を見た。目が合い「一葉ちゃん綺麗だよ」と照れながら小声で言った。

「移動中は黙っているのよ。いきなり大きな声を出したり、暴れたりは絶対にしないこと。」

 天寿院が助手席に乗り込み、後部座席の三人へ移動中の注意事項を教えている間に、八坂はカーナビに行き先を登録し、ETCカードをセットした。


 秋の陽は、浅草寺の裏手に沈み始めた。夕陽に照らされて浅草一体が朱の暮色に染まり始めると、東の空には夕闇が迫ってきた。

「時間だ。出発するよ。」

 八坂が車中のみんなに声を掛け、キーを回してエンジンを掛けた。

「戦うのに、安全な所へ移動する必要も有るから、妖気を感じたら早く教えてね。」

「わかりました。良いな、神経を研ぎ澄ませて、妖狐をいち早く感知するのじゃ」

「頼むよ。それでは、いざ!北へ!」

 シフトレバーをDレンジに入れ、アクセルをゆっくりと踏むと、ライトグリーンのミニカは、五人の戦士を乗せて、秋田県男鹿半島の寒風山を目指し走り出した。


 首都高の六号線を向島から乗ろうとして、言問通りに入り言問橋を渡った。

 五十日(ごとうび)と週末が重なった夕方という事もあり、一般道の渋滞を回避する事は出来ず、僅か二キロの距離を移動するのに、四十分も掛かった。ようやく首都高に乗った時には、夕闇が辺りを包んでいた。

 首都高速に乗ってからも、帰宅する車やトラックなどの営業車の交通量は多く、全般的に混んでいて、思ったようにはなかなか進まない。

「もっと早く出るべきだったな」

 長々と続く赤いテールランプの列を、八坂は恨めしそうに見ながら後悔した。

「急ぐ旅ではありませんじゃ。のんびりと参りましょう」

「はいはい」

 家を出て早や一時間、車はまだ荒川の上にいた。この先の堀切ジャンクションを左へ、その先の小菅ジャンクションをまた左。荒川沿いに走れば川口ジャンクションに出る。そこまでは渋滞していても仕方が無いと諦めてはいたものの、ここまで混んでいると、先の長い移動が、些か億劫になってきた。


「綺麗な景色ね。」

 小菅ジャンクションを過ぎた辺りから見える、東京の夜景に感嘆して天寿院が言った。八坂は渋滞で赤いテールランプが連なる風景に見飽きて、助手席へ身を乗り出し、東京の夜景へ視線を移した。

 車内では、八坂の好きなオリビア・ニュートンジョンが、『愛すれど悲し』を二人のために、静かに歌ってくれている。

 残念ながら、車窓から見える夜景と、ムードのあるB・G・Mが流れているこの雰囲気は、高層ホテルのラウンジのものと極めて似ている事すら、未経験の八坂には想像できなかった。

「本当だ。長年住んでいる街なのに、初めて見た気がするよ。」

 身を乗り出した、八坂の息遣いが聴こえるのに気付くと、自分の高鳴る鼓動が、八坂へ伝わるのでは無いかと、『二人の近い距離』に緊張した。しかしその緊張も長くは続かず、天寿院に取って運の良し悪しは別として、前の車が動き出した。

「前。動いているわよ。」

「え?あっ、ありがとう」

 そう言い前を向き、少し間隔が空いた分をゆっくりと進めた。

 後部席の三人は、車が動き出してからしばらくは、賑やかに遠足気分を味わっていたが、ほとんど変わらない景色に飽きたらしく、今は静かな寝息を立てている。

 

 予定よりも三十分近く遅れて、川口ジャンクションから東北自動車道に入ったが、その先は予想通りで、岩槻を過ぎた辺りから車の量が一気に減り順調に流れ始めた。

 八坂は栃木に入るまで、休まずこのまま進むつもりでいたが、車がスピードを上げて快適に走り始めた途端、白虎がトイレ休憩を言ってきた。もう少し先へ進みたかったが、仕方無く早めの休憩を、羽生のパーキングで取ることにした。


「ついでだから、ここで夕食も済ませよう。」

 外灯の明かりが少ない駐車スペースを選び、ミニカを停めて言った。

「みんなを連れて店には入れないから、僕が適当に食べ物を買ってくるよ。みんなは僕が戻るまでに、それぞれ用足しを済ませてね。」

 そう言うと八坂は、後部座席の三人を芝生の上に降ろして、人で賑わう、外灯が明るく照らされている方へ走っていった。

「暗いから、あまり遠くへ行かないようにね。」

「わしは砂場でないと、どうも落ち着かんのじゃ」

「こんな所に砂場なんて有るわけがないじゃない」

 白虎へ言っている天寿院の目の端に、玄武がのそのそと潅木の中へ入って行くのが見えた。

「玄武あまり離れないで、って言っているでしょ!」

「私はこれでも女性ですぅ。人前では恥ずかしいですぅ」

「あらそうね。失礼。でもあまり離れないでよ。あなた達、特に朱雀と玄武は珍しい動物だから、人間に連れ去られる事も考えて頂戴。」

「まったく、天寿院はわしらの母親にでもなったつもりか――」

「何か?」

「はいはい。すぐ済ませて戻りますじゃ」

「私も急ぎますぅ」

「私は雉の状態では、この暗がりは見難くて――」

「そうね。朱雀は私が連れて行くわ」

 そう言うと朱雀を小脇に抱え、芝生の脇にある潅木の中へ連れていった。

「助かります。しかし、用を足す時は離れていただきたい」

「雉でも恥ずかしいの?」

「いいえ。天寿院殿は女性ですので、気を使ったつもりなのですが」

「あら、ありがとう。でも、一番人間に狙われるのは貴方だから、目を離す訳にはいかないのよ。」

「嬉しいお言葉。感激でございます」

「今なら回りに人間はいないから、少し離れても大丈夫そうね。なるべく速く済ませてくれる。」

「はい」

 三人が用を足し車に戻って来た所へ、八坂も両手に大きな白いレジ袋を持って戻ってきた。

「たいした物は売って無かったから、これで我慢してくれないかな」

 八坂は袋から、食料と思しき物を出して配った。

「暖かいご飯に、山盛りおかかが乗った、数珠様お手製の食事が懐かしい」

 崩したおかかのおにぎりを、頬張りながら玄武へ言った。

「私もこのお煎餅より、いつもの大きな煮干の方が好きですぅ」

「私はこちらの七穀の方が気に入っております。あとは大根の葉などの生野菜などがあれば、申し分無いご馳走です」

「朱雀が羨ましいわい」

「あなた達は、本当に賑やかでいいわね」

「そうだね。こんな味気無い食事でも、君達がいてくれるだけで、美味しく食べる事ができるよ。」

 三人が揃って二人の方へ顔を向けた。

「……とても、美味しくいただいておりますじゃ」

 一瞬『しまった』と言う顔になったが、作り笑顔で辛うじて誤魔化した。

「向こうに着いたら、ちゃんとした食事を作るから、それまでは我慢してな。」

「恐縮でございます。本来であれば、我々が餌を取ってくれば良いのでしょうが、生憎八百年余りも狩猟をしておりませんので、餌の取り方を忘れてしまいました……」

「三食昼寝付きの、旅行だと思っていれば良いよ。その代わり、敵襲の時には――。」

「身を粉にして働きますですじゃ」

「そうです。この朱雀が、妖狐の首を必ず取って参ります」

「頼もしいね。そうと決まれば、腹が減っては、戦は出来ないと言う事だし、しっかり食べてぐっすり寝て、鋭気を養い、戦いに備えてね。」

 コンソールボックスのデジタル時計は、七時三十六分を表示していた。

(時間はまだ有る。焦る事は無いさ)

 初日の白虎、二日目の朱雀と玄武が共に襲ってきたのは、午前零時を過ぎてからであった。その事を参考にして、自分達が充分に戦える優位な戦地を選ぶ為に、零時過ぎには、東北道の山中に入っていたかったのである。

 ここから福島の郡山までが、およそ二百キロで二時間半はかかるとして、そこから仙台までは百キロ。順調に行けば恐らくその辺りで、午前零時を迎える。仙台を越えれば、東北道沿線で次の大きな街は一関になり、仙台から一関までの約百キロのその間が、戦いの場になる公算が高い。八坂はそう読んでいた。

(僕の読み通りの展開であれば、勝算は必ず有る……。頼むから、仙台や一関みたいな街だけは避けてくれよ)

 みんなと食事を摂りながらの、楽しい会話の中で、密かに八坂は願っていた。


 八坂一行を乗せたミニカは、再び進路を北に取り進み始めた。羽生のパーキングエリアを出てからしばらくの間、妖狐を倒すのは誰かなどと、盛り上がっていた後部座席の三人だったが、栃木都賀ジャンクションまでの三十分ほどで、満腹と静かな揺れが引き起こす睡魔に負け、眠りの世界へ落ちていた。

「白虎はイビキで、朱雀は寝言。玄武は岩のように静か――。寝てまでも、起きているときと性格は変わらないな」

 眠気覚ましにミントガムを噛み始めた八坂が、助手席の天寿院へ言った。

「寝ている時ぐらい、静かにしていれば良いのに。白虎は騒音の源ね」

「ははは」

 声を出して笑ったが、慌てて声を殺した。

「騒音の源とは、なかなかいい表現だよ」

「そうでしょ」と天寿院が得意気に返した。

「ところで、車を取りに出るときに、朱雀と玄武へ妙な事を言っていたけど」

「えっ?妙な事って?」

「雉弁がどうとか、簪がとか」

「あぁあれ。冗談だよ」

「そうなの?」

「だって雉弁は鶏肉がメインだし、簪や眼鏡のフレームは、亀は亀でも海亀だもの――。まさか二人とも、本気にしてないよね?」

「そうでも無いわよ。結構二人には効いたみたい。」

「それじゃ後で訂正しておくよ」

「待って。今後も使えそうだから、そのままにしておきましょ。」

 八坂は一瞬、軽い寒気を感じた。


「今夜も、来るかしら?」

 笑いと話題が途切れて、手持ち無沙汰の天寿院が訊いた。車は羽黒山の脇から、鬼怒川が流れる平地へ出た所であった。

 恐らく昼間のドライブであったなら、目の前に広大な平地が開けて見えたのだろうが、夜中での車窓には闇が見えるだけであった。

「多分ね。明日になれば朔が完全に明けて、僕達に呪力が戻る。その前に叩いておきたいと思うのが心情じゃないかな」

「青龍と阿吽、それに妖狐。一緒に襲って来ると思う?」

「いいや。奴は――妖狐は何か企んでいる様な気がする。」

「どうして?」

「最初は白虎だけで、次は朱雀と玄武。どちらの時にも、手を貸すどころか姿さえ見せなかった。何となくなんだけど、仲間の同士討ちをさせた上で、僕が持っている銀の房に、六個の勾玉が連なるのを待っていると言うか、そうさせている感じがしてならない」

「でも、たとえ同士討ちで、仲間が減ったとしても、六個の勾玉と銀の房が揃ったら、妖狐には不利になるのよ。そんなことするかしら?」

「揃えるだけでは駄目だとしたら?」

「妖狐が保徳様の手を逃れる際に、勾玉に何か細工をした――とか?」

「あるいは、力を解放する為に必要な、別のアイテムがあるのを知っている。なんて事も考えられるよ」

「そうなると、何か覚えは有って?」

「残念ながら――。」

 八坂は深い溜息と共に首を振った。


「何か別のアイテムが有るとすれば、短い母との暮らしだったけど、母から何か聞いている筈。妖狐と戦うまでに思い出さなくちゃ」

「そうね。協力できないのが心苦しいわ」

「ありがとう。でも、これは僕の使命だ。大丈夫、絶対に思い出してみせるさ。」

「期待しているわ。ところで妖狐は来ないとして、今夜襲って来るのは青龍と阿吽のどちらかしら?」

「両方だと思いますじゃ」

「盗み聞き?油断できないわね」

「別にそういう訳では無いわ。歳の所為か用足しに……」

 車は塩原のインターチェンジに差し掛かっていた。

「白虎すまないけど、少し我慢してもらえるかい?」

「わかりましたじゃ。して、どのぐらい我慢を?」

「一時間程かな。早いうちに白河を越えておきたい」

「一時間ですか……。限界まで我慢いたしますじゃ」

「ありがとう。ところで、どうして両方だと思うのかな?」

「こちらには――。わしと朱雀に玄武がおりますし、朔中じゃが、天寿院もおります。それにわし等を簡単に捕らえた、数珠様のお力。これらから出てくる答えは、青龍と阿吽の同時攻撃意外、同士討ちで数を減らせることは無いと思うからですじゃ」

「朱雀の読みは、説得力が有るわね」

「これ天寿院!今の考えはわしの考えじゃ!」

「あらそうかしら?論法はどう見ても、朱雀のそれに似ていたわよ」

 白虎は「ふん!」と顔を横に向け「どうせわしは……」といじけながら、ふて腐れて再び丸くなり目を閉じた。

「僕は白虎の考えに賛成だな」

「私も……そうだけど」

 天寿院は後部先に手を伸ばし、白虎をつまんで起こした。

「何じゃ?外見は変わっても、中身までは変わらんのじゃな」

「そうかしら?トラブタだって寝てばかりいないで、少しは手伝いなさいよ」

「どうせまた朱雀の考えだと、馬鹿にする気じゃろ。だったら、朱雀に聞けば良いのじゃ」

 白虎は完全にふて腐れていた。

「眠いところ悪いけど、青龍の能力を教えて貰えないかな」

「浅草寺の境内じゃないと、素直になれないかしら?」

「てっ、天寿院!」白虎はつままれた格好で、慌てて玄武を見た。

「協力はして貰えて?」

「青龍は、基本は攻撃型なのです。」

 休んでいた朱雀が、狼狽している白虎の代わりに答えた。

「朱雀起こしてしまったようだね」

「目は利きませんが、耳と口は問題ありませんので、私が白虎に代わってお話しいたします。」

「助かるわ。年寄りは寝ていていいわよ」

 摘まんでいた天寿院の手が、白虎から離れた。

「白虎、また天寿院に虐められたの、可哀想……」

 (ねぎ)らう玄武に、「い、いや。それほどでも。」と公園の話しを濁した。

「結局三人とも起こしちゃったね。ごめんよ。ところで、朱雀」

「はい」

「青龍のことと阿吽のこと、知っている限り教えてもらえないかな」


「わかりました」と答えた朱雀が、頭の中で青龍の情報をまとめている横で「別に、わしだけで良かったのじゃ。冗談を間に受けよって。本に朱雀は、何にでも首を突っ込む悪い癖がある。いかん事じゃ」と白虎が朱雀の耳元で邪魔をする。

「朱雀の邪魔をするなら、窓から放り出すわよ」

 天寿院が窓のスイッチを押して、助手席の窓を少し開けた。

「わしは寝る。邪魔をせんで欲しいものじゃ」

 丸くなった白虎の横に、玄武が体を寄せてきた。

「これ玄武!そんなにくっつく事はなかろう」

「朱雀の邪魔にならないよう、避けてきたのですぅ」

「二人で静かに寝ている事を勧めるわ」白虎は反論もできずに、顔を自分の腹で覆った。

「静かになったわ、朱雀始めて」

「はい。先程も少し話しましたが、基本、青龍は攻撃型なのです。しかし、私や白虎の様な完全な攻撃型ではなく、体をうまく使って防御する事にも長けています。」

「それは厄介ね」

「防御力は、玄武と同じ?」

「いいえ。玄武は妖力を使い、自分の体の周りに結界を張りますが、青龍の防御は、自分で巻いた蛇局(とぐろ)を使い、その中に入った物を物質的に守るのです」

「自分自身も守れるって事か」

「そうなります。大昔ですが、捕食した餌を人間からそうして守っていました。そこへ近付く敵を、牙で仕留めるか、冷気を吐いて氷付けにするのです。」

「守る物が無いときは?」

「早くはありませんが、彼もまた、空を飛びます。しかし、青龍のもっとも適した、得意とする戦いの場所は、水上と水中です。」

「素早く動けると言うことだね。」

「はい。そのほかの攻撃は、締め付ける事です」

「蛇特有の攻撃ね」

「昔ですが、玄武を締め付けた時、玄武の甲羅にヒビが入りました。」

「とても痛かったですぅ」

 甲羅から顔を出して、まだ僅かに残る傷跡を顔で指した。

「青龍にそんなことをされたのか!」

「でも、貞操は守りましたぁ。首に思いっきり噛み付いて、炎を浴びせてやりましたぁ」

「とにかく締め付けられたら、この車さえ耐えられないと思います」

「確かに。あっという間だろうな。」

「弱点は?」

 一番気になるところを天寿院が訊いた。

「硬い鱗に守られた背中ですが、腹部は然程硬くは無いようです。」

「切り裂くなら、腹を狙うようね。」

「出来れば、そうはしたく無い。僕の呪力が届くところまで近付いて、一葉ちゃんが勾玉を取り出す、今までのやり方が一番いいけど」

「それは危険すぎますじゃ。あやつは、体長が五間(ごけん)は超えております。数珠様の呪力の範囲はせいぜい四間程……。わしが囮になって、あやつの周りを動き回りますじゃ。その隙に、玄武に乗って数珠様が近付き術を掛けてはいかがですじゃ」

「しかし、阿吽はどうされます?」

「そうじゃった。あっちも厄介じゃ」

 白虎は、阿吽の攻撃を思い出しながら言った。


「阿吽の能力は?」

 ルームミラー越しに八坂が訊いた。

「阿吽は元々、霊獣と言う事はご存知かと思いますが、阿形は雄の唐獅子、吽形は雌の狛犬です。」

「へぇ、そうなの?どちらも同じかと思っていたよ。」

 神社縁(ゆかり)の八坂にとっても初聞きであった。

「力的には、二匹で白虎に匹敵します」

「意外と弱いのね。」

「とんでもございません!太く強靭な足で空を翔け、地を駆ける。その速さは、私ですら追いつくのに必死です。それにあの大きな牙で噛まれれば骨も砕かれます。それが二匹で、退いては出ると言う、息のあった攻撃を繰り返ししてくるのです。」

「そうなると、厳しい戦いになりそうね」

「うん。向こうは殺す気でやって来るけど、こっちは助けるために戦う」

「今度ばかりは、その考えを捨てる必要があるわね。でなければ、こちらが()られるわ。」

 誰もが『最善策』を考えているのだろう、長い沈黙が続き重い空気が車中に淀み始めた。後部座席の三人も、八坂の指示に従う決心をすでに固めていた所為か、それぞれの思いを口にはせず、八坂からの指示を待っていた。

 八坂もそれを感じ取っていた。長考の末、八坂が口を開いた。

「白虎。玄武と二人で阿吽を頼めるかな?」

「数珠様が玄武と組まれた方が、青龍に気付かれる事無く近づけるかと――」

「確かに朱雀が言う通り、昨夜の様にすれば良いのかも知れない。でも、まず一番厄介な青龍に、目を覚ましてもらう。それには、僕と一葉ちゃんに朱雀が青龍に対峙している間、阿吽の動きを封じておかなければならない。白虎と玄武は阿吽を牽制しながら、僕等の援護を頼みたい。」

「なるほど。わかりましたじゃ。お任せくだされ」

「怪我をさせても、絶対殺さないこと。それに、君達二人も死なない事――。約束できる?」

「ちょっと。そんな事では……」

「わかっている。でも、妖狐に勝つためには、青龍や阿吽を失う訳にはいかない。それに彼等三人に勝てなければ、たった一匹の妖狐にも、勝てないよ。」

「それは……」

「今、大きなハンデキャップを負って勝てれば、妖狐と戦う時の自信にも繋がる。だから、ここは是が非でも、彼等を取り戻さなければならない。」

 自分自身へ言い聞かせているかのような、八坂にしては珍しく厳しい言い方であった。

「わかったわ――。確かに負ける訳にはいかないものね。あなた達その辺を良く理解して戦うのよ」

「天寿院に言われんでも、わしらは始めからその気じゃ」

「任せて良いね」

「お任せください。阿吽を必ず取り返して見せますじゃ。」

「頼んだよ。詳しい作戦は二人で決めた方が、戦い易いだろうから、僕からは何も言わないよ。」

「御意」

「朱雀。僕らを乗せて飛べるかい?」

「是非もございません。お任せくだい。」

「頼もしいね。僕が青龍の動きを止めたら、一葉ちゃんが勾玉を取り出す。昨夜と同じ方法だよ」

「わかりました。青龍と対峙するのが空であれば、私の方が有利ですから、ご安心ください。」

「これで大筋は決まったね。後は彼等が来るまで、君達はゆっくり休んで、妖力と体力を温存することだ。」

「あのぅ……数珠様」

「なんだい?」

「用足しは……まだ?」

「あっ。ゴメン。忘れてた!次のサービスエリアに寄るから、もう少し耐えて」

「はぁ。正直なところ、すでに限界を超えたので、あまり自信ないですじゃ」

「ひぇー!」

 八坂はアクセルを一杯に踏み込んだ。ミニカのエンジンが唸り、小さな車体は加速した。車は目標であった白河インターを通過し、休憩の予定地であった、阿武隈パーキングも、たった今過ぎたところであった。次の鏡石パーキングまでの十五キロほどを、制限時速を越えて走ることになった。

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