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名も無き戦いの終わりに  作者: 吉幸晶
5/27

疑惑

夜が明けた。結局、根川への言い訳や、青龍達との戦い方など、何の策を練る事も無く、無情にも夜明けを迎えた。

 二晩連続の戦いで、八坂の肉体は疲れのピークに達していた。それでも、自分のからだに鞭打ち、何とか文机から立ち上がった。

(五十近い体にはやっぱり酷だよな。昼は奮発して鰻でも食いに行くか)

 蒲団の上では、白虎が体を丸くして寝ている。今朝は起こさないよう、八坂はそっと部屋を出て台所へ向かった。昨日の朝食の再来を僅かに期待していたが、今朝の台所は人気の無い、普段通りの寂しい空気が漂っていた。


「おはようございます」

 突然、頭上から声が掛かった。茶箪笥の上を見ると、朱雀が陣取っている。

「やぁ朱雀。おはよう」と返事をして、ガスコンロにやかんを掛け、湯を沸かし始めた。

 居間を覗くと窓枠とベニヤにブルーシートは壊れたままで、朝日が差し込んでいる。八坂は居間に入り、窓枠を確認しに近付く途中で、足元にいた玄武に(つまづ)いた。

「御免、玄武。大丈夫かい?」

「数珠様、おはようございますぅ。私は亀ですので至って平気ですぅ」

「そうかい。良かった。でもどうしてこんな所にいるの?」

「私が壊したので、見張り番をしておりましたぁ」

「そうだったの。ありがとう」

 八坂の笑顔を見た玄武は、照れて甲羅に顔を隠した。

(早く根川への言い訳を考えないとな……)

 火に掛けたお湯が沸き、やかんの注ぎ口に付いた笛が、意気消沈している八坂を、励ますかのように、景気良く呼んだ。

「さぁてと、朝飯にしようか!」誰に言うでもなく、大きく伸びをしながらそう言うと、やかんの火を止めに台所へ戻った。


「一葉ちゃんは何処へ行ったのかな。誰か知らない?」

 朝食の支度が済み、食卓に着いて八坂が訊いた。

「昨晩から見ておりませんが。」朱雀が答えた。

「白虎がからかうからだよ」

「数珠様。私は本当の事を申したまでですじゃ」

「昔から白虎は、女心には鈍感でしたから……」

「えっ?どう言う事だい玄武」

 玄武がまた甲羅に閉じこもった。

「玄武は白虎を慕っておりました」

「朱雀!」

 白虎と玄武が同時に大きな声を出した。

「息が合っているね。意外と良いコンビじゃない?」

 今度は八坂が冷やかした。

「数珠様は白虎より意地悪ですぅ」

「そうですじゃ。年寄りをからかうものでは無いですじゃ」

 二人から同時に責められた。

「ごめん。玄武許して」

「嫌です。許しません……」

「随分と楽しそうね。」

 天寿院が壊れた窓枠から顔を覗かせると、ブルーシートとベニヤの上を通って入ってきた。

「一葉ちゃん、何処へ行っていたの?」

「色々と考えたかったし、丁度良いから外で見張っていたの」

「夜通しで?」

「えぇ」

 一葉は少し声のトーンを落として答えた。

「昨日も言ったけど、少しは休まないとからだに良くないよ」

「そうね。では私も朝食をいただくわ。良くて?」

「勿論。皆で食べよう」

 八坂が立ち上がろうとするのを、「自分でするから」と制して、仕度を始めた。

「どうしたのじゃ?」

「何がです?」

「小娘はあんなに殊勝では無かったはずじゃが?」

「本当に白虎は、いつまで経っても女心を理解できないのですね」

「では朱雀にはわかっとるのか」

「勿論。白虎と同じにしないでいただきたいですね」

「なんと!」

 いきなり上げた声に、八坂と天寿院が振り向いた。

「ん?どうしたの?トラブタ」

 一同の視線を受けて「何でもないですじゃ。では、いただきます。」八坂が用意した、ほおおのかに湯気の立つ、おかかご飯を食べ始めた。

「変な白虎だな――。まぁ良いか。それでは食べよう」

 食卓を囲む仲間が増え、昨日以上に賑やかな朝食が始まった。


「ところで一葉ちゃん。また年齢を上げた?」

 おかずのメザシを(かじ)りながら八坂が訊いた。

「えっ。どうして?」

「昨日は女子高生ぐらいだったよね。でも今朝は、女子大生かOLかって、大人の感じだから……どうしてかと思ってね。」

「トラブタから、『小娘』呼ばわりされるのが嫌なだけ。他意は――無いわよ。」

「やっぱり君の所為らしいよ」

 白虎に振ると「わしでは無く、数珠様が原因だと朱雀が言っておりますじゃ」と朱雀を見た。

「数珠様は、本当におわかりでは無いのですか?」

 朱雀が玄武と天寿院をチラッと見て尋ねた。

「何が?」

「『女心』です。」

「女心?それは僕にとっては、未知のテーマだな」

 メザシを噛みしめ、真面目に考えて答えた。

「……本当ですか?」

 呆れ顔で朱雀が再び訊く。

「うん。何せこの歳まで、母と叔母意外の女性とは、まるで縁が無かったからね。」と明るく答えた。

「数珠様。その様に、ご自慢される事では無いかと……」

「別に自慢している訳では無いけど」

「ではこれを期に、少し学ばれた方が宜しいかと」

「難しそうだな。」

「微力ながら、私がお手伝いさせていただきます。」

「朱雀は、女心がわかるのかい?」

「多少は――。少なくとも、今の当家の事でございましたら、完璧に理解し把握している積りでございます。」

「へぇ。夕べの今日でかい?凄いな。朱雀の洞察力には感服するよ」

「誰にでも分かることです。お気付きになられていないのは、数珠様と白虎だけと思われますが……」

「僕がかい?」

 八坂は予想外な事を言われ問い返すが、朱雀は自信有り気に首を縦に振って頷いた。

「朱雀がそこまで言うのなら、間違いないだろうけど。白虎も一緒に勉強するんだよ」

 振り向くと、白虎はおかかご飯をたいらげて消えていた。

「朱雀、逃げられたよ。食い逃げだな。」

「白虎は知っていて知らぬ振りをしているのか――。性格が悪いな」

「何を?」

「数珠様には難しいお話しですので、少し勉強されてから、次の機会にお教えいたします。」

 八坂は「何を怒っているのかな」と天寿院に同意を求めたが、天寿院は返事をせずに横を向いた。


 朝食を済ませ、八坂は根川に電話を入れた。

「工事はいつから入る?」

「そうだな。今日は――と」

 受話器の向こうで手帳を見ているのか、紙を捲る音が、受話器を通して聞こえてくる。

「えーと。サッシの入荷と、職人の空きから言うと――。そうだなぁ、早くて来週の木曜日の、九月十五日ってところだな。良いかい?」

「来週半ばなら、多分大丈夫だと思う」

「その口振りだと、週末はどっか行く気だな。釣りかい?」

「あぁ。秋田の方へ仕事絡みでな。」

 横で話しを聞いていた天寿院が八坂の顔を覗いた。

「いつからだ?」

「昨夜急に決まって、今日の夕方から四、五日の予定だよ。」

 朱雀と玄武も八坂の近くにやって来て、電話の話しを聞き始めた。

「ほう、羨ましいね。秋田って言うと、温泉と鍋か?」

「まさか。貧乏人はコンビニ弁当に素泊まりの安宿。って決まっているよ」

 三人にジッと見られて、話しに集中しにくいのか、八坂は三人へ背を向けた。

「土産は高級な地酒で良いぜ」

「安売りの高級地酒が有ったらな」

 朱雀と玄武が回り込んだ。

「何だったら、餞別渡すぜ」

「高く付きそうだから遠慮しとくよ」

「ところで、夕べの小火(ぼや)騒ぎはどうだ?」

「ボヤ?」

「何だ知らんのか?夜中に白い閃光の後、真っ赤に燃える火を見たって、お前の家の近くで酔っ払いが騒いだって話しだ」

「初耳だね。夕べは、今日からの出張が決まって、その支度をして――。車で行くから早く寝たからな」

(やはり白虎達を、見える人がいるのか……)

「そうか。まぁ、何も無ければそれに越したことは無いさ。ほんじゃ、気を付けていって来いよ」

「ありがとう。行きに工事代を払いに寄るよ。もし家に入るなら鍵も渡しておく」

「金は出張先で必要になる事もあるしな、後払いで良いさ。」

「持って行ったら使い込んじまうよ」

「その時は、月賦でも良いぜ」

「そうか?鍵は?」

「鍵も要らんよ。どうしてもって時は、ベニヤを剥ぐからよ」

「申し訳ない!」

 八坂はテレビドラマの様に、受話器に向かって頭を下げた。

「いきなりどうした?」

「ベニヤとシートだが、どうしても一本の皺が気になって、直そうと外から引っ張ったら、窓枠ごと家の中に崩れた」

「本当か?まいったな……。でも、しょうがねえか。サービスで直してやるよ」

「本当?」

「工事費以上に、お前から金を取れそうにも無いからな。特別だぜ」

「助かるよ」

「あとで菅井を行かせる」

「恩に着るよ」

「なぁに、出世払いだ。」

「この歳で?」

 受話器の向こうで、根川が豪快に笑った。

「わかった。じゃ。あとは頼むよ。帰ったら連絡する」

「あぁ。無事に帰って来い」

「やけに優しいな」

「高級な地酒。土産は絶対忘れるなよ。」

 根川が再び豪快に笑い電話を切った。


「一体どう言う事かしら。説明して欲しいわね。」

 受話器を置いた途端、天寿院に朱雀と玄武が加わり、三方から八坂は詰め寄られた。

「昨夜、根川への言い訳を考えていた時に、思った事が有ってね。」

 三人の勢いに押されながら、八坂は話し始めた。

「今回は自宅の窓やベニヤ程度で済んだけど、下手をしたら隣家に迷惑を掛けていたかも知れない。君達は知らないだろうけど、左隣の家には、まだ幼い子供が二人いるし、右隣は老夫婦が住んでいる。おまけに、裏の家は一葉ちゃんも面識の有る、町内会長の杉田さんの家だ。」

 三人は頷いて話しの先を待った。

「そこで、ここでの戦いは絶対に避けなければならないと思ってさ。現に昨夜の一戦も、近所の誰かに見られていたみたいだし、何て言ったって、妖狐とはどのような戦いになるか想像すら付かない。だから、この件が総て片付くまで、秋田の母の実家跡へ行こうと決めた。」

「ご実家跡……ですか?」

「そう。母が子供の頃に、家族全員が神隠しに遭った……。今は誰も住んでいない廃墟の、君達の故郷でも在る『八坂神社』へ――。」



 八坂の母、八坂深()(ゆき)の実家は、秋田の小さな村にあった。家は代々宮司を勤める家系で、父は深幸が十一歳の時に、祖父から宮司を引き継ぎ、社務所の脇に建っている、小さな家で、祖父母と両親、六つ離れた弟の六人で暮らしていた。


 あれは今から六十年程前、深幸が十二歳の誕生日を迎えた、八月二十一日の暑さ厳しい夜であった。深幸は何の前触れも無いまま、唐突に家族全員を失った。

 強盗に押し入れられた訳ではなく、一家心中や病気、事故の類でも無かった。

 誕生日の翌朝、深幸はいつも通りに朝七時に起きて、朝食を作る母の手伝いをしに台所へ行ったが、そこに母の姿は無かった。

 母が寝過ごしたと思い、両親の寝室へ起こしに行くと、部屋に敷かれた蒲団は、つい先程まで蒲団の主が寝ていたかのような、膨らみはあるが主の姿は無かった。

 祖父母の部屋も同じで、主のいない(もぬけ)(から)の蒲団が、静けさの中に並んで敷かれたままになっていた。

 様子が変だと思った深幸は、村の駐在所へ電話をした。

 

 受話器を取りハンドルを回して交換を呼ぶ。「交換です」と乾いた声が出る。すぐさま「駐在さんを」と半ば乱暴に伝えると、交換手は気分を害したのか、緊急を察したのか判断は付かないが、返事の代わりに、呼び出し音が聞こえてきた。

 一回、二回と、不安な気持ちを紛らわすように数えていると、三回目で「はい。駐在です。」と声高に駐在の奥さんが電話に出た。

「もしもし八坂です」

「深幸ちゃんかい?こんな朝早くにどうしたの?」

「私一人残して、家族みんなが消えてしまって……。駐在さんに早く家へ来てもらえませんか?」

「買い物とか、御社(おやしろ)の掃除とかじゃないのかい?」

「神社の中も外も探したけど、どこにも見当たらないの」

「そんな馬鹿な。とにかくすぐに行かせるから、待っていてね」

 電話が切れた。虚しい不通音だけが受話器から聞こえていた。


 二十分程して駐在が、神社の入口である石段まで自転車でやって来た。石段の脇に白い自転車を停め、石段を一気に駆け登った。

 息も絶え絶えに登って来た駐在を、深幸は境内で出迎えた。

「どう言う事だい?家族が消えたって――?」

 駐在は息を整える間も無く、石段の上で待っていた深幸へ訊いた。

「朝起きたら誰もいなくなっていて……。私にも良く判らないの」

 今にも泣きそうな深幸を見て、駐在もただ事では無いと判断した。

「とにかく、家の中を見せてもらうよ。」

 駐在は断りを入れてから家の中へ入った。


 一通り家の中を見て回り、二人は両親の寝室に戻ってきた。

「本当に変だな。寝ていて消えたって感じだ」

「玄関や窓などの戸締りも、ちゃんとしてありました。みんなの靴も全部揃っているし、服だって多分有ると思います。」

「不思議だな。これでは――。警察官の自分が言うのも何だが、まるで神隠しだよ」

「神隠し――ですか?」

 深幸はそんな曖昧な言葉では、納得が出来なかった。

「そんな事言わずに探してくだい。私の家族は何処へ行ってしまったのか、もっと調べてください。」

 いままで堪えていた、心細さと不安が一気に爆発した。深幸は泣きながら駐在に縋り、何度も『探して』と訴えた。



「そのまま見付からなかったの?」

 八坂は廃墟となった理由を簡単に話すと、天寿院が辛そうに訊いた。

「その後、母は母親の実家である、この家に引き取られた。」

 居間にある母と叔母の遺影を八坂が見上げた。

「申し訳ございません!」

 突然、朱雀が泣きながら大声で謝った。

「本当に、お詫びのしようも……ございません。」

 玄武も朱雀に続き泣き出した。

「二人ともどうしたの?」

「まさか……貴方達!」

 天寿院がいち早く二人の考えを察知した。

「左様でございます。恐らく私達が……」

「どう言う事?」

「お母様の家族を襲ったのは、この二人と――」

 八坂も理解し、右の掌を天寿院に向けて言葉を遮った。

「記憶は無いのですが……。我々が妖狐に襲われたのも、その頃なのです――。」

「だからと言って、君達がやったと、決め付けるのは早計だよ。妖狐一匹でも、人間五人を襲って捕食する事は容易だろ。」

「しかし、数珠様――。」

「この話しはここまでにしよう。否が応でも、妖狐と対峙すれば分かる事さ。」

 八坂はパンパンと手を二度叩いてから、朱雀と玄武を抱え込んで「僕は信じているよ」と囁き、「この事は真実が判るまで、白虎には内緒にしておいてね。」と付け足した。


「それで、どうやって移動するつもりなの?」

 話しが一区切り付いたところで、気になり天寿院が訊いた。

「電車だと白虎や朱雀、玄武を連れては大変だし、途中で襲われると大勢の人が巻き添えになる。極力危険を回避して、被害を最小限にする為には、自動車が良いと思う」

「そうね。自動車だったら道中襲われても、それなりに戦う事は出来るものね」

「でしょ」と得意気な顔を見せた。

「でも、肝心な車はどうするの?」

「僕だって車ぐらい持っているさ」

「でも」天寿院が庭の方へ目をやった。

「近所の駐車場を借りて、停めているんだよ」

「数珠様は、車と言う物をお持ちなのですか?」

「仕事用に買ったけど、この家には駐車場が作れないから、近所で駐車場を経営している友人に頼み込んでね。」

「『同級生割』ですね」

「ははは。そうだよ。出掛ける仕度ができたら、取りに行ってくるよ」

「私も一緒に行くわ」

「我々もお供いたします」

「君達は目立つから留守番だな。一葉ちゃんと二人で行くよ」

「しかし、まだ『朔』は完全に明けておりません……。」

「危険は承知の上さ。万が一の時は、昨夜の戦い方をすれば、何とかなりそうだし……。それに朱雀、君は人間に捕まると、雉弁にされちゃうよ。玄武だって、甲羅を取られて、(かんざし)や眼鏡のフレームにされちゃうかもしれない。」

「それは妖狐を倒すまでは、許していただきたいですね」

「私も……。甲羅を取られるなんて、恥ずかしいですぅ」

「そうだろ。僕だって、そんな詰まらない事で、君達を失う訳にはいかない。」

 八坂はいたずらに、わざと困った顔を作った。

「わかりました。我々はここで、数珠様の無事なお帰りをお待ちしております。」

 朱雀は玄武と共に、留守番を引き受けた。

「しかしこの大事な時に、白虎は何処をほっつき歩いているのか……」

「本当に困った方ですぅ」

「じゃ、荷物作ってくるよ。」

 二人が納得したところで、八坂は自室に戻った。


「天寿院の、機嫌の良いのが(しゃく)に障りますぅ」

 普段より明るく見える天寿院を見て、小声で朱雀へ訴えた。

「あら私は普通よ。機嫌が言い訳ではないわ。」

「そうですかぁ――?」

 玄武は疑いの目で天寿院を見ている。

「そうよ。何も変わりないわよ」

「その割には、声も顔も明るく感じますぅ」

「留守番の(ひが)みではなくて?」

「そんな事はありません。留守番も数珠様から仰せ付かった、大事なお役目ですぅ。」

「そうね。二人はしっかりこの家を守って頂戴。私はあの人を御守りするわ。」

「私だって、妖気を感じたら飛んで行きますぅ」

「その時はくれぐれも、家を壊さないようにしてね。」

 破れ壊れたブルーのシートへ三人の視線が注がれた。

「やっぱり、天寿院は好きになれません。」

「あら良かった。私も同じだから安心して」

「朱雀ぅ……。悔しいですぅ。」

「天寿院殿、あまり玄武を虐めないでください。」

「別に虐めている気は無いけど」

 天寿院は朱雀を見て答えた。

「しかし、数珠様をお守りしたいのは、我々だって同じです。その辺を汲んでいただきたいと――。」

「朱雀。あなたもうるさい様なら、雉弁にするわよ」

「なっ……。何て事を」

「私はあなた達をまだ信じてはいないの。またいつ妖狐の術中に落ちて、裏切るか分からないもの。」

「そっ、それは――」

 朱雀の苦しむ顔を、無表情な醒めた目で天寿院は見ていた。

「お待たせ!出掛けようか」

 玄関から八坂がみんなへ声を掛けた。

「はい。すぐに」と天寿院が返事をした。

「だから、私一人で十分なのよ」

「我々だって、二度と妖狐の手先などに落ちる事は有りません。必ずや、数珠様を御守りしながら、妖狐を退治して見せます!」

「その時は土下座して謝るわ。それで良いかしら?」

「はい。異存はありません。」

「朱雀。あなたはトラブタより話しが通じて良いわ」

「お褒めに預かり光栄です。」

「それでは、行って来るわね。」

 天寿院は玄関へ出た。

「お気を付けて、数珠様をお願いいたします。」

 天寿院の背中へ朱雀は言った。

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