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名も無き戦いの終わりに  作者: 吉幸晶
22/27

刺客の最後

「玄武、やけに戻りが早いではないか?」

「はい……」歯切れの悪い返事であった。

「どうしたのだ?ちゃんと池の有る森の入口まで、ご案内をしたのか?」

「それが、一つ目の入口に着いた時に、ここで良いと言われました。ですから、『入口は、まだこの先になります、もう少しご案内をさせていただきます。』と申したのですが、『不要』と半ば強引に戻されたのです。」

「どなたにだ?」

「朱雀様にですが――。」



「おかしいですね。完全に道に迷ったようです。紋白蝶の玄武様からお聞きした内容ですと、森に入ったら近いとの事でしたが、池など一向に見えて参りませんね。出口もですが……。」

「これは、本格的に迷っちゃたみたいだね。」

「どうされますか?」

「最終手段としては、木に登って方向を確かめれば良いさ。ただ一本道だと玄武さんは言っていたんだよね。」

「はい。森に入ったら一本道なので迷い様は無い。と話しておられました。」

「入口を間違えたかな?」

「いえ。この森の入口まで、案内をしていただけましたので、間違い様は無いかと思いますが……。」

「僕も、ちゃんと聞いて置くべきだったな。」

「何を今更」と妖狐が憮然と言った。

「そうですとも、私が代表してお聞きしたのですから、迷ったのは私の所為です。しかし確かにおかしいですね。紋白蝶の玄武様が、申された通りに進んでいるのですが……。まさか騙された――。」

「まだ間に合うかも知れない。うろ覚えでも記憶が有るうちに、少し戻ってみよう。」

 八坂は朱雀の言葉を急に遮り、妖狐へ方向転換を告げて、来た道を戻り始めた。



「まさか、最初の入口を入った訳ではなかろうな」

「判りません。さっさと帰れと言わんばかりの勢いで、何処の入口に入られたのかは、見ておりませんでした。」

「厭な予感がする。」

 体中の毛が逆立つ様な、今までに感じた事の無い。とても厭な感じに白虎は囚われた。

「悪いが阿吽を見ていてくれ、私は八坂様達を追いかける。」

「わかりました。気を付けてください。」

 白虎は森へ向かい掛けた時、玄武の異変に気が付いた。

「お前の体が薄らいでいる。」

「えっ?どうして私が?」

「体が消えるということは、誰かを騙した証だ。八坂様達は玄武に騙されたと思い、玄武自信も騙したと認めなければ、このような事は起きない。」

「しかし私は、騙してなどおりません!」

「では何故に――。本当に森へ入って行く、八坂様達を見てはいないのだな?」

 玄武は問われ「はっ」と声をだした。

「いいえちらっとですが、振り返った時に、ご一行のお姿が見えなくなっておりました。」

「では何故。その時にお止めしなかったのだ!」

「私を追い返したからだと……。朱雀様が少し困れば良いなどと、詰まらない事を思ってしまいました。」

「馬鹿な……。何て馬鹿な事をしたのだ――。特に、あの辺りは木が密集しておるから、迷うと出るのに苦労すると、玄武とて承知のはず。」

「はい。ですから迷う事の無い様にと、道案内を買って出たのです。森の入口までしか付き添えませんでしたが、決して騙そうなどと、一片も思ってはおりません。」

「しかし、結果、八坂様達と玄武の間では、騙し騙される形となった。だから玄武は――。」

「白虎さん。私はどうなるのでしょうか?」

 殆ど体が消えている。

「白虎さん。助けてくだ……」

 言い終わる前に、玄武は消滅した。白虎は天を仰ぎ見た。青い空と白い雲、見飽きた景色の中、友を失った悲しみが込み上げてきた。



 数珠達は来た道を戻り始めた。ちゃんと戻っているのかも判らない、木深い森の中をひたすら歩いた。

 入った時よりも多く歩いた感じがする。肉体的に『疲労』と言うものが無い世界ゆえに、歩き疲れはしないが、精神的にはかなりのダメージであった。

 歩けど歩けど木々は密集していて、見通しの聞く所へは、なかなか出られない。とてつもない広大な草原に慣れていただけに、自分の周りをぐるりと覆われると、息が詰まる思いであった。

「やっぱり、偽の玄武に騙されたのですよ。」

 朱雀が禁句をはっきりと口にしてしまった。

「どうして、そう思うの?」

 八坂の掌に乗り、先導をしている朱雀へ聞いた。

「私にこの森の入口を教えたのは、偽の玄武です。」

「でも道に迷ったのは僕達で、紋白蝶の玄武さんの所為ではないよ。」

「いいえ。偽の玄武は、一本道なので迷わないと言っておりました。それなのに入ってみると、道と呼べるものなど殆ど無く、狭い木の間を縫って歩く始末です。これで道に迷わない訳などございませんよ。」

「朱雀はかなり不服そうだね。」

「不服と言う訳ではございませんが、ただ――。」

「ただ?」

「白虎だの玄武や阿吽、青龍まで、仲間の名を(かた)られて、大変不愉快です。」

「そうだね。確かに良い気持ちはしないな。」

「当然でございます。」

 朱雀の怒りは収まらず、矛先を八坂へ向ける。

「大体どうして数珠様は、偽者と判り切っているのに、文句のひとつも言わずに出て来たのでしょうか?」

「君には判らないかい?」

「何となくですが、生前でも白虎は別格な扱いでしたので、偽者でも別格なのかと――。」

「別に僕は皆を分けて考えた事なんか、一度も無いよ。」

「そうでしょうか?私にはその様には思えませんでしたが」

「そうだろうね。君はあの――。妖狐との戦いの中には居なかったものね。」

「何を申されます!私はちゃんと妖狐と戦い、死んだじゃありませんか!」

「もうよせ。お前が保憲からの刺客なのは承知の上だ。」

 妖狐の一声で、朱雀は焦り声が上ずった。

「なっ、何を根拠に。そのような戯言を!」

「朱雀、戯言ではないよ。大変残念なことだけど、核心だよ。」

 八坂は俯き悲しそうな声で言った。

「証拠に君の姿が、薄れ初めている……。」

「保憲に命じられて来たのか。」

 妖狐の低い声が少し(かす)れた。

「私は朱雀その者です。誰に命じられる事無く、数珠様の基へ参った次第です。」

「朱雀、君に僕の額の光は見えているかい?」

「いいえ。今は光っておりません」

 八坂は目を硬く瞑り、下を向いたまま、涙声で搾り出すように伝えた。

「玄武も妖狐にも、今、光っているのが見えているはずだよ。それなのに、どうして君には見えないのか――。」

 朱雀は慌てて、妖狐と玄武を交互に見た。光を受けているのか、目を閉じ微動だにしない。

「玄武と会った時に、君は妙な事を言った。」

 光が消え妖狐が目を開けた。八坂の掌のにいる朱雀へ視線を落とし、八坂の話しを受け継いだ。

「お前は光の名前を褒めたが、光に対しては、良く判らないと言った。」

「それは言葉のあやで、見えていない訳ではありません!」

「では今の光は?」

「私は青虫ですので――。」

「最早、言い逃れはできまいて。」

「どうして……。信じていたのに――。」

「それが……」

 抗うのを諦めたのか、朱雀がぼんやりと語りだした。

「数珠様がこの世界で、誰も信じる事ができなくなる様にするのが、私の使命でした。」

「君から聞いた話しは全て嘘だったのかい?」

「いいえ、お話しいたしました事は、全て本当の事です――。でなければとっくに消えておりました。森の入口の事は、多少端折って、お話しいたしましたので、嘘を申した事にはならなかったのです。」

「今頃、紋白蝶の玄武さんは消えてしまっているのだろうね。」

「あの者も承知の上でしょう。」

「仲間なのかい?」

「大雑把に数珠様の敵か味方かと言うのであれば――。仲間か否かは、地獄の者であれば魂が歪んでおりますので、見れば判ります。」

「僕達にも判るのかな?」

「いいえ。地獄の者の『特権』でしょうか?」

「君と出会えて、一緒に旅ができて楽しかった。できれば、ずっと仲間を捜す旅を続けたかったよ。」

「私もです。できれば最初から、数珠様のお仲間で産まれたかったです。」

「朱雀ぅ。本当の名前はぁ?」

「裏切り者には、そのような物は有りません。」

「このような複雑な事が、陰陽師の保憲にできると思えんのだが」

「私は火炎地獄で、焼かれては元に戻り、また焼かれる。それを数え切れない程――、それは、それは長い間、受けておりました。その苦しみから逃れる方法が有ると声を掛けてきたのが、保憲様でした。が、保憲様のご本意なのかは、本当のところは生憎判りません。」

「もう時間が無いね。」と八坂はとても悲しい目を朱雀へ向けた。

「これが最後でしょう。数珠様の残りのお仲間は、白虎様がご存知です。白虎様の記憶が戻れば、自ずと残りのお仲間の全員が、揃われるはずです――。嘘では御座いません。最後くらいは、数珠様の仲間として、お役に立てれば……」

 朱雀は八坂の掌のから、微塵も残さず消えた。


 後に残ったものは、短い時間であったが、一緒に旅をした想いだけであった。ほんの僅かな時間であったが、朱雀の明るい性格に、助けられていたのは事実であった。

 肩にいた玄武が、朱雀がいた八坂の掌に舞い降りてきた。

「逝ってしましましたぁ。本当の仲間ではありませんでしたがぁ、凄くぅ、悲しいですぅ。」

「そうだね。凄く悲しいね。」

「そう言ってここで止まる事はできまい。行くぞ。」

 妖狐は先に歩き出した。それでも八坂は、暫く朱雀の特等席であった、自分の掌を見つめていた。

「離れるな!迷子になるぞ」

 少し離れた所から、妖狐が声を掛けてきた。

「わかった。今行くよ。」

 八坂が朱雀との別れを終え、「それじゃ行きますか。」と玄武へ声を掛けた。

「何処へでも、お供させていただきますぅ」

 玄武の返事も寂しげな音がした。

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