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名も無き戦いの終わりに  作者: 吉幸晶
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真の罠

 妖狐が言った、『罠』は存在した。

天国で騙されるなどと言う考えに、及ばずにいた自分の甘さを恥じた。そして刺客として選ばれた『魂』は、地獄の苦しみから逃れたい一身で、嘘の代償を予想もせずに引き受け、地獄からやって来る事を知った。嘘が暴かれなかったら、八坂に会わなければ、恐らく天国に居続けられるのであろう。

 言い方を代えれば、『哀れな魂』を地獄へ送るのは、八坂次第なのだ。八坂が相手の真意を探らなければ、あるいは本当の仲間を見分けられれば、保憲の誘い言葉通り、地獄の苦しみから開放されて、天国に落ち着き、さらに上手く行けば、転生できるのかもしれない。


 八坂の心が乱れた。


(保憲の刺客達は、僕の事を『地獄への使い』などと、噂するのかな?)


 天寿院が消滅した樫の木の前で、呆然と立ち尽くしている八坂に妖狐が近付いてきた。

「どうした?心が乱れているぞ。」

「妖狐か。ちょっとあってね……」

 妖狐は黙って八坂が話すのを待っている。

「僕の額の光は見えているかい?」

「いいや」

 一呼吸間を取ると、「今、天寿院と話しをした――。」

 八坂は手短に事の始終を話した。

「それで怖くなったのか」

「あぁ。正直に言えば怖い。」

「では止めるのか」

「それはできない!でもできる限り無関係な魂を、地獄送りにしないですむ方法があれば……」

「無関係な魂など、ここにはいない。」

 少し俯き加減で話していた八坂は、妖狐と視線を合わせた。

「無関係な魂など、ここにはいない。」と八坂の目を真っ直ぐに見て、繰り返した。

「ここに居る魂は、お前の味方か敵だけで、無関係な魂と会うことは、絶対に有り得ないのだ。」

「敵と言っても、僕に危害を加える事はしない。」

「当たり前だ。危害を加えれば自分が消滅する。奴等は、お前を騙すだけで十分なのだ。」

「騙すだけで?」

「そうだ。恐らくお前だけではなく、自分自身も騙しているなどと知る由も無く、動かされているに過ぎん。」

 妖狐は淡々と話す。

「保憲だとて、危害を加える様な単純で凶暴な魂を、天国に送り込む事はできまい。弱く、狡賢い、あまり目立たない魂を選び、天国へ送っているのだ。」

「だから、地獄へ送っても気にする事は無い。と言いたいのか?」

「そうだ。地獄から抜け出た魂を、地獄へ返すだけの事だ。」

「君が――、妖狐がやる訳では無いから、簡単に割り切れるんだよ。これが前世だったら、僕がやろうとしていることは、仲間以外は全員殺す。大量殺人のようなものだ。」

「少し頭を冷やせ。」

 そういい残し、妖狐は白虎の方へ歩いて行った。

「とりあえずあと二人だ。紋白蝶の玄武から聞けた情報以外に、何か聞けるかもしれない。仲間だと言われても、前世のことを聞かなければ、彼等も地獄へ落ちる事も無いだろう。」

 そう気を立て直し、妖狐とは正反対の方へ歩き出した。


 八坂が近付く気配を感じ、二匹同時に、顔を八坂の方へ向けた。二匹の山羊は仲良く並んで、口をもごもごと動かしている。

「天国でも、山羊の仕草は変わらないのか?でも本当に息が合っているな。自分でも阿吽と間違いそうだ。」

 八坂は明るく、「こんにちは」と二匹へ声を掛け近付いた。が、山羊は返事をするでもなく、口をもごもごと動かしているだけであった。

「阿形さん吽形さん。こんにちは、僕は八坂数珠と言います。少しお話しをお聞きしたいのですが」

「……」

「お寛ぎのところ申し訳御座いませんが……。あのう」

 二匹の山羊はまったく動じずに、並んで口をもごもごしているだけであった。

「怒らんでやってください。」

 振り向くと白虎が申し訳なさそうな顔をして、「この二人は、口を利ける状態ではないのです。」と続けた。

「と、申しますと?」

「ひょっとすると、私が早合点をして前世でも山羊で有ったのではないかと、時より思うほどに、二人は話しをいたしません。」

「言葉が理解できない。と言うことでしょうか?」

「残念ながら否めません。しかし一糸乱れぬ二人の息の合った動きが、阿吽と重なってしまい、諦め切れずに今に到ります。」

「白虎さんのお気持ち、良く判ります。一時でも仲間と感じた者を、易々と放って置いて行くなんて、できませんものね。」

「そうなのです。あの時――、初めてここで会った時、阿吽の二人だと感じたのです。しかしながら、あの時から二人は何も語ってはくれません。他の玄武や青龍、天寿院の倍、いや何十倍も話しかけて来たのですが、何も応えて貰えないのです。」

 白虎は俯き泣きだした。それを見て八坂も貰い泣きを始めた。周りが呆れるほど長い時間、八坂と白虎は抱き合って泣いていた。


「おい、いい加減にしろ」

 妖狐が見かねて二人へ声をかけた。

「でもね、僕には白虎さんの気持ちが良く判る。仲間と出会えた嬉しさと失う痛み。」

「お前を見ていれば、わしにもわかる。だがそれよりも、白虎殿へ伝える事があるのではないのか?」

「わかっているよ。」

 八坂が両肩を落とし、深く長い溜息をひとつ吐く。

 白虎は様相が変わった八坂に、少したじろいだ。一体、何を自分に話す気なのか、雰囲気的には良い話しでは無さそうなのは感じ取れた。

「誠にお話し辛い事なのですが……。」

 八坂が白虎の前に座り直し切り出した。

「白虎さんのお仲間全員と、お話しをさせていただきました。結果をお伝えする前に、お話しをして置かなければならない事があります。」

 白虎の目に不安の色が浮かんだ。

「私の仲間と貴方の仲間は、同じ名前を持っているのです。」

 白虎は目を見開き、口もあんぐりと大きく開けた。

「私の仲間の名前は、天寿院を初めに、朱雀、玄武、青龍、阿形、吽形、妖狐そして、白虎。」

白虎は溢れ出た涙なのか鼻水なのか、判別が付かないもので、顔がびしょびしょに濡れていた。

「もうお分かりいただけているかと思いますが、私達が探している仲間と、貴方が探している仲間は同じだと思われます。」

白虎の耳は、もうこれ以上は聞きたく無いと、八坂の言葉を拒むかのように後ろ下に向けられた。

「これは、どういう事を示しているのか、ただの偶然なのか、故意の事象かの詮索や追及は、お互いの為にはならないので、僕はしません。」

白虎は安堵した。今までの緊張から解き放たれ、全身の力が抜けたのか、へなへなとその場にしゃがみこんだ。

「では、結果をお伝えいたします。」

「はい。」白虎は返事と共に座り直した。

「貴方の仲間の青龍さんは、僕達が捜していた玄武だとわかりました。」

 八坂は玄武を掌に載せ、白虎の前へだして見せた。しかし、白虎は驚きもせず、ただ軽く頷く程度だった。

「また天寿院さんの事ですが、私と話しをしている最中に消滅してしまいました。」

 これには白虎も反応を示した。

「本当ですか?それは失礼をいたしました。天寿院が八坂様を騙そうとしたのですか?そうでなければ、天国から消滅すると言う、大罪による刑罰になることは無かったでしょう。」

「その様です。大変残念でなりませんでした。私が前世の事などお聞きしなければ、このまま天国に居られたのではと――。」

「何をおしゃるのですか。ここで相手を騙すのが悪いのです。八坂様がお気にされる事はまったくございません。」

「ありがとうございます。」

 八坂はほっとしたが、白虎の気持ちを察すると、些か気持ちが重くなった。

 やっと集めた五人の仲間の内、二人が抜けるのだ。残りは紋白蝶の玄武と山羊の阿吽。人数的にはまだ多いのだろうが、別の仲間を捜す旅に出るのは難しそうだ。


「ところで八坂様は、どのようにしてお仲間を捜し当てるのでしょうか?」

 少し落ちつたところで、白虎が訊いてきた。

「仲間に会うと、僕の額に勾玉の形をした光が輝くのです。」

「ほう」

「その光を見ると前世の事を思い出すようです。でも先程もお話ししましたが、本当に全て戻っているのかは、まだ訊いておりません。」

「どうしてですか?」

「皆が、全員が揃ったら色々と話しができます。白虎さんは判らないと思いますが、ミニカの狭い車の中で、大勢で騒ぎながら移動していた。あの時が僕の人生の中で、一番楽しい時間でした。」

「戻ってくるとよろしいですね。」

「はい。取り戻すために、僕はこれからも旅を続けます。」

「私も旅に出たいのはやまやまなのですが、阿吽の事がありますので、ここで誰かがやって来るのを待つしか無いようです。」

「ここでは時間は沢山ありますから、気長に待っていてあげてください。」

「そうですね。でも時間が沢山ある。とは、面白い表現ですね。」

「そうですか?ここへ来る前に加茂(かもの)保憲(やすのり)と言う人が言っていたのです。」

「保憲様なら、私もお会いいたしました。私に記憶を残してくれたのも、保憲様なのです。」

「やはりそうでしたか。私も同じです。ただ、この事は余り人に話さない方が良いと思います。」

「どうしてですか?」

「天国に前世の記憶などは、無い方が良いのです。」

 八坂は厳しい口調で、保憲の顔を思い出しながら、保憲の卑怯なやり方に憤り、吐き捨てる様に言った。

 傍で聞いていた白虎は、八坂の今までの柔らかい口調と大きく違った、厳しい言い方に驚き身じろいだ。

「もっと白虎さんと話していたいのですが、ご迷惑を掛けることになりそうなので、玄武を連れてここから離れる事にします。」

 引いた白虎を見て、これ以上の長居は無用と思い告げた。

「そうですか……。もう行かれますか」

「はい。」

「で、どちらへ?」

「先程、紋白蝶の玄武さんからお聞きした、池を見に行こうと思っております。」

 八坂の声と顔に明るさが増し、普段の優しい八坂に戻っていた。

 案内をいたしますと、紋白蝶の玄武が申し出たが、それは妖狐が低調に断った。が、「では森の入口まで」と引かず、お願いすることにし、八坂と妖狐、朱雀に玄武が加わり、白虎の基を離れた。

 

 

 樫の木の森にかなり入った所で、玄武が聞き倦んでいた事を八坂へ訊いた。

「あの白虎は本物なのでしょうかぁ?それとも偽者なのでしょうかぁ?」

「僕の額の印が光らなかったと言う事は、偽者かも知れない。」

「数珠様が思いつかれた名案とは、前世の事を聞いて本物と偽者を、はっきりさせる方法と思っておりました。問い詰めれば簡単に判り、偽者は消滅させられたのに、どうして偽の白虎をお許しになられたのですか?」

 少し不満気に朱雀が問うた。

「奴等の天寿院の末路を知っておるだろう。いくら保憲からの刺客としてもだ、奴等は自分が誰なのかを知らない。ただ地獄の苦しみから逃れたいが一身で、保憲の腕にしがみ付きここへ置かれている。ばれたら地獄へ落ちて、恐らく、最初から地獄の苦行をやり直すことになるだろう。」

「ではその様な不埒な魂でさえも、救おうとされておられるのですか?」

「確かに地獄に落ちたからには、不埒な魂だと思うけど、白虎や阿吽と名乗られては、僕には地獄へ落とす事ができない。」

「数珠様のお優しい、お心遣いですぅ」

「確かに仲間では無くても、その名を告げられれば、感情移入してしまいますし、仲間の名を騙った程度で、地獄へ返すのは忍びない。と思われる数珠様のお気持ちに賛同いたします。」

「二人から、そう言って貰えると、なんだか照れるな。」

 八坂は頭を掻いた。

「ですが、あの偽の白虎は、今後どうなるのでしょうか?」

「わからんな」

「そうだね。時期が来たら、自然と地獄へ落ちるのか、それとも天国で二匹の山羊と、紋白蝶の玄武の面倒を

見ながら、白虎として暮らすのか。」

「できれば後者であって欲しいですぅ」

「そうだね。根っからの悪者とは思えなかったしね。平和に過ごして欲しいな。」

「ところで、池はこっちで合っているのか?」

 黙々と歩いていた妖狐が訊いた。

「はい。紋白蝶の玄武様からお聞きした通りに進んでおります。が、それにしても、些か遠いような気もして参りました。」

「そうだね。蝶が飛べる距離を知っている訳では無いけど、『散歩』と言っていたから、そう遠くでは無いはずだよね」

 振り返ると、楠木どころか森の外すら見えない。四方が木に囲まれた、深い森の中に居るのだと、遅蒔きながら気が付いた。

「迷子……だ」

 八坂が右手で額を押さえて、ぽつんと言った。

「空を飛ぼうにも、こう木が茂っていては、羽ばたく事さえできんぞ」

「玄武、ちょっと木の上まで飛んで、辺りを見てきては?」

 気軽に朱雀が言った。

「私もそう思ったけど、木の上に出られてもぉ、私の声では、下の数珠様には届きません。」

「確かにそうだね。ちょっとヤバイかな?」

「別に焦る事はなかろう、草原が森になっただけの話しだ。」

「まぁ、そうだけど」

「天国で襲われる事はございません。ここは妖狐が申す通り、のんびりと池か、森の出口かのどちらかに出られれば良いかと思います。」

「それはそうだけど……」

 八坂は後の言葉を飲み込んだ。『騙された』と、この中の誰かが口にしたら、白虎の仲間がまた一人減る事を八坂は想像した。彼から最後の話し相手を取る事は、余りにも惨い。できれば穏便に済ませたかった。

「もう少し進んでみようか。」

 八坂は不安を胸に抱え、歩を進めた。

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