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名も無き戦いの終わりに  作者: 吉幸晶
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嘘の顛末

 八坂は玄武に、白虎達が集う場所の道案内を頼むと、玄武は八坂の肩に止まり道案内を始めた。

 一行は歩きながら、白虎との駆け引きの話しになり、「まず一番大事なのは疑う事です。」と朱雀が言い出した。

「最初から疑うことは、天国のルールに反するよね。だったら最初から浄化の光で、本物と偽者を見極めた方が早いと思う。」

「それはどうかな?」

 横で歩調を合わせている妖狐が疑問を投げた。

「ん?」

 即答で反じた妖狐へ、八坂は不満気な目を向けた。

「保憲の手先に、我々を騙しているという自覚が無ければ、浄化の光は単なる光に過ぎんのでは無いのか?」

「どう言う事ですか?」

 今度は朱雀が真意を捉えられず問うた。

「例えばだが、自分は本物の白虎だと記憶を操作されていたら、光を浴びた後も白虎だと言い続ける。すると八坂は本物と喜んで仲間に加える。そして八坂に会ったらこれを渡せと、保憲から預かっていた物をお前に渡す。まぁ、『真実の箱』などとそれらしい名前を付けておけば、お前は喜んで開けるだろう。そしてお前が開けたら、我々が地獄に落ちて遊びが終わる――。こんな筋書きは容易に考えられるがな。」

「そんな……」

「そうでもなければ、この世界で相反する者と、巡り会う事などは無い。第一にだ、騙す行為は、ここではご法度のはず、騙せば即刻地獄へ落ちる。」

「そうだな。向こうは嘘を吐いている自覚は無いだろうな。」

 八坂が妖狐の真意を理解し同調した。

「それよりも、浄化の光がお前の意思とは別に輝いたと、玄武の時に言っていたのがわしには気になる。」

「どういう事?」

「神が勝つ為に、保憲には知られずに残した物かもしれん」

「だから僕が仲間に会っても気が付かないと、勝手に光出すのか――。」

「可能性は有りますね。」

 八坂は朱雀の言葉を素直に受け取り、そして考え込んだ。八坂が黙ると無音が皆を包んだ。


「朱雀は前世で僕との事、どれぐらい覚えているの?」

 無音がしばらく続いた所為か、唐突に訊かれた朱雀があたふたした。脇から、「私は全て覚えておりますぅ」と玄武が即答で割って入ってきた。

「私だって、数珠様と過ごした時間は、全て記憶にございます。」

 負けん気が、遅れ気味に返事をした。

「何か良い方法を見付けたか」

「うん。確実な方法を見付けたよ。」

 八坂が自信満々に答えた。


 小高い丘を過ぎ、少し左へ入った所に、下からも見えた大きな楠木が、颯爽と立っている。それを先頭に、樫の木が群生している林があった。白虎達はその大きな楠木の元に集っていた。

 

 白虎が天寿院と呼ばれる子供の人型と、言い合いをしている所へ八坂達は着いた。玄武と思しき紋白蝶が一匹、八坂の前に飛んできて、「どなたでしょうか?」と尋ねてきた。

「私が進めず困っている所を、助けていただいた上、ここまで連れてきたいただいたのですぅ」

 八坂の肩に止まっている玄武が答えた。

 八坂達に気付いた白虎は、天寿院との言い合いを一時止めて、八坂の方へ近寄ってきた。

「これは、青龍がお世話になったようで、誠にありがとうございました。」

 白虎は礼を述べ、「私は白虎と申します。そして、貴方様の目の前を飛んでおります蝶が、玄武で、こちらの人型が天寿院――。」

 天寿院と呼ばれる、十歳ほどの女の子をまじまじと見て、八坂の胸が高鳴った。

 そんな八坂の思いなどに白虎は気付かず、辺りを見回すと、視界に入った二頭の山羊を指して、「あっちにおります二匹の山羊が、阿形と吽形と申します。」と手短に、仲間全員の名前を言いながら、紹介を済ませた。

 八坂は先に玄武から聞いていた情報を、白虎の紹介と照らし合わせながら聞いていたが、白虎の話しが終わると、ひと呼吸置いて自己紹介を始めた。

「私は八坂(やさか)数珠(かずま)と申します。こちらの白馬は妖狐、そしてこの青虫は朱雀と申します。三人で仲間を捜して天国を旅しております。」

 素性を隠さず名乗ったが、『朱雀』を紹介した時、白虎の顔に少し変化が見られた。

「朱雀の名に、何か思い当る事でもありますか?」

「聞き覚えが有った気がしまして――。でも、八坂様のお連れですから、私の勘違いかと思います。どうか、お気になさらずに。」

 八坂の名と妖狐の名を聞いても、何ら変化を見せなかった白虎が、朱雀の名だけに反応したした事で、偽者なのか、本物なのかの、判断が出来なかった。

「そうですか……。」

 上手く逃げられた様な気がした。

「お仲間をお捜しと伺いましたが?どの様なご関係でしょうか?差支えが無ければ、お聞かせいただけませんか。」

「はい。簡単に申しますと、前世で生死を共にした者達です。」と八坂は白虎をじっと見て答えた。

「何と!前世と申されましたか!」

「はい。」とまったく隙無く即答した後、「あなた方のこの集まりは、どの様なものでしょうか?」と尋ねた。

「私達は――」、天寿院が言いかけたのを白虎が制した。

「奇遇ですね。私達も生前の仲間が集まったのです。」

「では、白虎さんに生前の記憶が有ると?」

「然様で。私達は悪霊と戦い、命を落としました。が、神様が特別にお計らいくださり、私だけに生前の記憶が残ったのです。」

「私と似ておりますね。」

「他の方々には、記憶は戻らないのでしょうか?」

 八坂の相槌に続き朱雀が訊いた。

「生前の記憶は、そう簡単に戻るものではありません。」

 朱雀を憐れむ様な目で見て、大げさに手を左右に振りながら答えた。

「そうでしょうか?我らの――」

 朱雀が話そうとした時、八坂はそれを止めるかの様に、「そうなのですか?」と白虎の話しの続きを促した。

「それは当たり前ですよ。でなければ、ここに居る私の仲間は、とっくに前世の事を思い出しております。」

 八坂と妖狐は頷いて見せた。

「まったくです。私も、この妖狐に説明しているのですが、未だに全てを思い出せずにいるのです。何か得策などが御座いましたら、教えていただけると助かるのですが……」

「そういった妙案がありましたら、隠さずにお教えできるのですが、長らくこの者達を説いておりますが、一向に思い出す切っ掛けすら、掴めていないのです。」

 そう言いながら、大きな溜息をひとつ吐いた。

「貴方様のお仲間の方が、思い出されておられる様ですが?」

「いえいえ、こちらも同じ様なものです。」と謙遜して、言葉を選びながら続けた。

「朱雀は根っからの、世話好きの上、相手を思いやる優しい心からか、聞くと記憶は戻っていると言ってくれます。が、正直どこまで思い出しているのかは、まだ、詳しくは聞いていないので、判りませんし、妖狐は依然自分が誰なのかすら、思い出せていないのが現状なのです。」

 朱雀は頭を上下に振り、妖狐は二頭の山羊を見ていて、こちらの話しには興味が無い振りをしているが、内心では(たいした役者だ)と感心していた。


 白虎は話すネタが尽きたかのか、少しの無言の間ができた。

「お仲間と少しお話しをさせていただけませんか?」

 八坂が様子を見ながら、白虎へ訊いた。

「心を閉ざす傾向に有るもので、短く、簡単にでしたら――。そうだ!私の方も、八坂様のお仲間と、お話しをさせていただいてもよろしいですか?」

 白虎も同じ事を言ってきた。

「勿論です。何か思い出す切っ掛けができるかも知れません。白虎様の前世のお話しを、是非してやってください。私の方も、何か判りましたら、最後にまとめて、お話しをさせていただきます。」

 情報を取る絶好の機会を得たと、にべも無く快諾したが、白虎の身内に数珠の仲間がいたとしても、『最後に話す』との約束を忘れずにした。


 八坂はまず、周りを飛んでいる、身近な玄武という紋白蝶へ話しかけた。

「玄武さんは、初めからこの丘に、おられるのでしょうか?」

「いいえ、林の奥に大きな池がありまして、その池の近くにおりました。」

「ほう。池ですか。」

「はい。澄んだ、穏やかな池です。」

「一度、行って見てみたいですね。」

「是非行って見てください。その時は私が、ご案内をさせていただきます。」

「ありがとうございます。ところで、玄武さんは、気が付かれたらその綺麗な紋白蝶だったのでしょうか?」

「そうですが、何か?」

「前の世界では、紋白蝶は幼虫から成虫になるので、ひょっとしたら、天国に長く居られるのではないかと思いましてね。」

「そうなのですか?生憎、私の記憶の限りではこの蝶の姿です。でも天国には、ここの仲間内では誰よりも長くいると思えます。」

「長く――とは、どれぐらいでしょうか?」

「そうですね……。私の仲間の阿形さんや吽形さん。それに天寿院さん、白虎さん青龍さんと全員が、ここへ入って来るのを見ておりました。ですから、皆さんよりは長く居る事はたしかですよ。」

「それは凄いですね。全員が来るところを見ていたのですか……。ひょっとして、今、言われた順番が、ここへ入って来た順番ですか?」

 八坂は妖狐に葬られた順番を思い返していた。

(まず、一葉で次が朱雀、次いで阿形、吽形、そして白虎と玄武。最後に青龍だから、まず、全員がここへ入って来るのを見られるのは、一葉だけだ)

「ええ、そうです。私はそれまで一人でずっとおりましたので、話し相手ができたと少し喜びました。」

 玄武はその時を振り返り話しを続けた。

「あの時は池からこの楠木まで、散歩に来たのです。そうしたら阿形さんと吽形さんのお二人が、偶然入ってこられましてね。ご挨拶を申し上げました。しばらく――、と申しましても意外と長い間がありました後に、丘の下に青龍さんが入られて――。」

「ちょっとすみません。青龍さんっててんとう虫の方ですよね。ここから見えるのですか?」

 八坂は丘の方を見ながら聞いた。

「正確に申しますと扉が見えただけですが、近付くと青龍さんが居られたので――。」

「そうですか。それで青龍さんと判断したのですね。その後は?」

「えーと次は確か、丘の上で扉が現れて、天寿院さんが入ってきたのです。そして樫の木の森から白虎さんが歩いて来られたのが、皆さんがここへお集まりになった順番です。」

「凄い記憶力ですね。感心いたしました。」

「でも前世の事はまったく思い出せないのですよ。私の記憶って偏っていますよね。」

「いえいえ無くて当たり前なのですから、お気にされる事は無いと思いますよ。色々とお聞かせいただきまして、ありがとうございました。」

 八坂は玄武へ礼を言ってその場から離れた。


(一葉だったらと僅かに希望を持ったけど、浄化の光が働かなかった。残念だけど、あの玄武は仲間ではないな。良くて僕の血縁縁者か、最悪は保憲の罠か――。)


 少し離れた樫の木の下に、天寿院の姿を見付けた。八坂は天寿院へ向かって歩き出す。近付くにつれ、『偽者』と理解はしているが、何故か胸が高鳴り体中に緊張が走り始めた。

 

 前世では女性に声を掛ける、いわゆる『ナンパ』など、四十八年の人生の中で一度も無かったが、死んでナンパをするのであれば、前世でも一度ぐらいはしておくべきだったと、つまらないところに拘った。

 

「あのう少しよろしいですか?」

 八坂は緊張し上ずった声で、樫の木の下に座っている、天寿院へ声を掛けた。

「はい。八坂様、お待ちしておりました。」

 八坂にも聞き取れない程の小さな声で、天寿院は返事をした。それを聞いた八坂は、驚きのあまり硬直した。が、一瞬で我に戻り

「貴方はどなた様ですか?」と小声で返した。

「私は吽形でございます。」

「どうして記憶が?」

「八坂様の額の御印(みしるし)が光っておりますゆえ――。」

「えっ?」

 慌てて、朱雀と妖狐を辺りに探したが、生憎二人の姿は見えなかった。

「恐らく私以外の者には、見えては居ないものかと推察いたしまして、八坂様が近寄られるのを、じっとお待ちしておりました。」

「吽形――。君に会えて良かった――。」

 八坂はしっかりと吽形の目を見て、込み上げる喜びを、短いが確実な言葉で伝えた。が、同時に八坂は違和感を覚えた。

「私もでございます。」

「君達を守れず亡くしてしまった事。どうやって謝ったら良いのか判らない。でも、本当に天国で会えて良かった。」

「八坂様、その事はお気になさらないでください。」

「吽形、君に聞きたい事があるんだ。」

 そう言いながら、天寿院の前にしゃがみ込むと

「初めて会った晩の事だけど――。」

 違和感の正体を確かめるかのように切り出した。

「あの日の事は良く覚えております。青龍と阿形と共に、八坂様を襲った忌わしい記憶です。」

「吽形――。残念だよ。僕は本当に心の底から喜んだ――。」

 天寿院の姿が八坂の目の前で、段々と薄らいで行く。

「なのにどうして……。」

「八坂様、何をおっしゃるのですか?私は――。」

「君は、吽形ではないと知りながら、僕に吽形と名乗った。そして知るはずの無い、あの晩の事を『忌々しい記憶』だとも言った。」

「でも御印が――。」

「光を見たと言ってから『吽形』と名乗るように、誰かに言われたのかい?」

「――。申し訳ございません。地獄の――。針地獄の苦痛から助けていただけると言われて――。」

 もう天寿院の姿は、殆ど見えない状態であった。

「誰に」と八坂は最後に訊いた。

「え……」声は、最初の一文字を残して姿と共に消えた。


 八坂にとっては幸運であった。

天寿院が消滅したところは、樫の木に邪魔され、八坂以外には見えていないようで、騒ぎにはならなかった。


(保憲!なんて惨い事をさせるんだ!)


 消えてゆく魂を見送りながら、八坂の心は痛んだ。

地獄の苦しみから逃れられる。そんな事を言われれば、藁にも縋る思いで、逃れたい一身で、引き受けてここへやってくるだろう。

名も知らぬ悲しい魂に八坂は手を合わせた。

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