真相の入口
ここには時間的な概念が無い。腹が空いたり、喉が渇いたりといったことは勿論。当然、排泄の心配も無い。疲れることも、痛いという感覚すら無いので、好きなだけ動きまわることが可能な世界だ。
それは、『仲間を探す。』とういう、共通の目的を持っている八坂と白虎にすれば、最初は有利に思われた。しかし、景色や陽ざしさえも変わらないこの世界を、目標も無くひたすら飛び続けていると、時より、ただ浮いているだけのような、妙な錯覚に囚われ、二人は痛みを感じる事のないこの世界で、心の痛みを知った。
その痛みから逃れようと、八坂が白虎へ色々な質問を始めたが、大抵が白虎にも判断できない質問で、答えの殆どが、「判らん」であった。
訊く八坂も、「判らん」ばかりで辟易とし始め。
「白虎……。判らないばかりじゃ話しにならないよ。もう少し、真剣に考えて貰えないかな。」
少し苛立った言い方をした。
「そうは言ってもな、わしだってここへ来たのは、お前と大して変わらんのだ。判らんでも仕方なかろう」
背中の八坂を横目で見ながら答えた。
「え?僕と変わらないってどう言うことだい?」
八坂は大先輩と思っていた白虎へ訊いた。
「わしが目を覚ました時に、お前が扉から出てくるのが見えた。」
「そうすると、君との差は極僅かってことかい?その割には、偉そうに僕に説教していたよね。」
「別に偉そうにしてはいない」
「そうかなぁ。でも色々と知っていたじゃないか。昼と夜の事とか、天国のルールとかさ」
「それは――。どうしてかは判らん。判らんが、知っていたような気がしただけだ。」
「便利だね。本当は全部判っているんじゃないの?」
「そんなことは断じて無い。現にあの時だって、ここが何処なのか、自分は誰なのか。そんな事を考えていたのだ。」
「そうなの?」
「ああそうだ。しかし考えている時に、お前が寄ってきた。邪魔をされるのが嫌でお前から離れた」
「だったらそう言えばいいじゃないか」
「お前が察すれば済んだことだ。」
八坂は少しムッとし
「気が利かず、失礼いたしました。」と小声で言った。
「しかし、しつこく追ってくるので、お前に聞いてみようと考えを変えた。」
八坂は期待が外れた感を、露骨に顔に出して、「しつこくて済みませんでしたね。でもいったい、後から来た僕に何を聞こうとしたわけ?」と風に靡く鬣を片手で避けながら訊いた。
「お前が入ってきた扉が見付かれば、そこから出られるのでは無いか?とか、入ってきた理由は。とか、そんなたわいも無いことだ。」
「そうか――。」
そう呟き、落とした視線の先にある、靡く鬣を呆然と見つめた。
(白虎は僕みたいに前世の記憶がないから、不安一杯だったのか。僕はどうして気付いて上げられなかったのかな――。)
急に何かが込み上げてきた「ごめんよ。」
そういうと、半泣きの顔を揺れる鬣の中に埋めた。
「――何!よせ!わしの体に」
白虎はいきなり泣き出した八坂に驚くのと、八坂の涙やよだれ、鼻水から逃れようと、急に体をよじった。
捕まる当てと、座る場所が無くなった八坂は、当然の如く眼下にある草原へと吸い込まれていった。
「しまった!」
落とした八坂を追って、白虎も体を翻し急降下した。
間髪、間に合わず、八坂は音も無く草原に落ちた。
「痛てて……?。痛くない。」
大の字のまま落ちた八坂が、上体を起こして自分の体のあちらこちらを見た。
「さすが天国だ。怪我どころか、かすり傷も無い。凄いな!」
感動している脇に、白虎が降りてきた。
「大丈夫か?申し訳ない事をした」と気遣い侘びを言った。
「ねぇ見てよ。何とも無いよ。落ちている最中は、もう死ぬかも知れないと思ったけど、いざ落ちてみると――。これは驚きだね!大発見だよ!」
興奮して八坂は、「本当に天国に来たぞ!」と何度もジャンプしてみせた。
興奮が収まると、八坂は再び大の字で草原に体を横たえ、「折角だから少し休みを取ろう」と白虎へ言った。
「……さ……ま……」
風も無く、葉が擦れる音さえ無い。来た時と同じ様に、空の青と雲の白、木々や草原の緑。その中で止まったままのような時間。
「か……さ……ま……」
白虎と自分が動かなければ、殆ど音の無い世界。冷酷とも取れる無音の世界。
「かず……さ……ま……」
生きた人間であれば、耳が痛くなり、とても平静ではいられないだろう。しかしこの優しく暖かい光が、不思議と心を落ち着かせ、また草原の草と触れる、くすぐったい感じが、『無音の苦痛』から解放しているようで何故かとても安らいだ。
「かずま……さま……」
外敵もいないこの世界で、目を閉じ五感の全てを開放して休めるこの場所は、安堵に満ち溢れたところだった。
まさにこれが『天国』なのだと、改めて八坂は認識した。
「かずまさま」
誰かに呼ばれた気がした。
体を起こし周りを見る。
「どうかしたのか?」
遠くを見ていた白虎が、八坂へ視線を向ける。
「誰かに呼ばれた気がした――。」
そう応え、目を閉じ、耳を澄ませ、五感を集中させた。
「わしとお前以外いないのに、おかしな事を言うな。」
八坂は耳元に掌を広げて、一層集中して五感を研ぎ澄ませた。
「かずまさま……」
「誰だい?どこにいるの?」
微かに聞こえる呼び声に答えると、「ここでございます」と小さいが、確かに返事が聞こえた。聞こえた方へ目を凝らすと、なんと葉先に同化した青虫が一匹。体の半分を持ち上げて、おいでおいでをしているのに気が付いた。
「数珠様、私です。朱雀です。」
「えっ!朱雀?君があの朱雀かい?」
「はい。作用でございます。怪鳥の朱雀でございます。」
八坂は呆気に取られた。姿形は違うと保憲から聞いてはいたが、これはあまりにも違い過ぎる。朱雀の真っ赤に燃える、美しい羽を思い出すと尚更、今の朱雀が貧弱でかわいそう過ぎた。
「朱雀……。僕の為にこんな姿になってしまって、本当に申し訳無い。」
そう言いながら、朱雀が乗る葉先に向かい両手を着いて、額を地面に押し着けた。
「滅相もござません。私の方こそ数珠様のお役に立てず、誠に申し訳ございませんでした。」
恐らく大粒の涙を、幾重にも流しているのだろうと思うのだが、青虫では、表情は汲み取れない。
「でも、朱雀に会えて良かったよ。さぁここに乗って」八坂は掌を朱雀の前に出した。
「ありがとうございます。本来でしたら、私が数珠様をお乗せして、この空を飛び回るのですが、さすがにこの身では、何のお役にも立てそうにございません。」
また激流の如く溢れ出る涙を想像した。
「気にする事はないさ。僕は、朱雀に会わせてくれた事を、神に感謝するよ。」
八坂は再会の喜びを口にしたのだが、朱雀の反応がかわった。
「数珠様。神に感謝など不要の事でございます。」
上半身をピンと立て、体を小刻みに、左右に揺らす仕草から、ただ事では無い怒りを汲み取った。
「一体どういう事だい?」
再会の感動を余所に、朱雀の憤りの根源が気になった。
「私達は、神の暇潰しの為に生まれ死んだのです。私達の生涯は、神の玩具に過ぎなかったのでございます!」
朱雀の怒りは頂点に達していた。
「玩具って、どういう事なのか、落ち着いて話してくれないかな?」
怒り心頭の朱雀を宥めるように、優しい声で問う。
朱雀は八坂の気持ちが伝わったのか、ひと呼吸置くと周りを眺める余裕ができたのか、「あの……。あちらはどちら様でしょうか?」と白虎へ体を伸ばし訊いた。
「あぁ。白虎だよ。ここへきて直ぐに会った。縁だよね。」と八坂の言葉を最後まで聞かずに、「貴方様はどなたですか?」
納得ができないのか、白虎に直接問い掛けた。
「判らんのだよ――。自分が誰なのか。ただ、こいつが『白虎』と呼ぶというから、それなら白虎でも良いかと、呼ばせていただけだ。それより貴様は何故、自分の名と前世の事を知っているのだ。」
「そうだね。不思議なことだね。教えてくれないか」
「それ故、私自身、屈辱と無念で一杯でございます!」
和らいでいた怒りに再度火が付き憤怒した。
「あの扉の前の部屋で、あのような事を聞かなければ、このような怒りなど持ち合わさずに済みましたのに……」
掌に僅かな振るえが感じる。また大泣きをしているのだろうと、八坂は思った。
「あの部屋に……、保憲と名乗る男がおりました。」と話しを始めた。八坂も保憲と会っていたので肯いてみせた。
「はい。朱雀、君はここで終わりね。」
「終わりとはどう言う事でございますか?」
「終わりと言ったら、死んだってことでしょう。君、頭悪いね。まぁ、鳥だものね。仕方ないか」
「死んだ?まだまだ戦えますよ」
「無茶言ってもらっては困るよ。」
保憲は髭を弄りながら続けた。
「君は死んで天国へ行けるのだよ。妖怪の君が、人間を取って食べていた君が。天国へ行けるなど、神も御ふざけが過ぎるってものだよ。君自信だってそう思うだろ?」
「はぁ……。」
「だから、ちょっとした遊びを思いついた。君の記憶は残したまま、天国へ行って貰うよ。君が人間界でしてきた無慈悲な事を、天国で反省しなさい。恐らく地獄へ行くよりも、もっと辛い修行になるだろう」
保憲は険しい目を朱雀へ向けた。
「地獄より辛いのですか――。」
「当たり前だ。自分が誰で何をしてきたのか。あの静寂な場所で、永久に悔い改めるのだ。はっきり言って、とっても辛いですよ。気がおかしくなるかも知れない。天国の魂達は、騒々しい者が嫌いだ。当然、うるさいお前に背を向けるだろうね。いくら泣き喚いても、誰も助けてくれない。自問自答で苦しむが良い。天国から追い出されなく運が良ければ、八坂が見付けてくれるだろうが――。」
「数珠様が天国へ来られるのですか!そうだ妖狐との戦いは?」
「君には関係無いが、苦しむ事が多い方が楽しそうだから、特別に教えてあげよう。」
意気揚々と自慢の髭を撫ぜながら、眼を少し大きくした。
「八坂はあと数分で死ぬ。浄化の力とは、自分も浄化する力の事。あの男はそれに気がつかないまま、浄化の力を使う――。馬鹿な奴じゃよ。そして死んで天国へ行き、お前達仲間を探し始める。わしがそうするように仕向けるから間違いは無い!躍起になって、貴様ら六匹の妖怪と女を探すであろう。全員が見付かる確立は殆ど無いがね。広い広い天国の地。たかが六匹の虫けらと女を探すなど、大海でこの鼻糞を捜す位、無理なことだ。」そう言いながら、鼻から米粒ほどの物をほじくり出し、朱雀へ向けて飛ばした。
「良いか、貴様は天国では青虫だ、蛆虫では無かった事に感謝しなさい。天国には汚物の存在は許されないのだ。神の寛大なる御心に感謝しなさい。」
「わかりました。数珠様が天国へ来られるのであれば、いつかはお会いできるという事です。その日まで、お守りできなかった事を反省して過ごします。」
朱雀は頭を保憲の前へ出した。
「しかし、どうして私たちは、天国へ行けるのでしょうか?」
「良い質問じゃ。実に良い。聞きたいか?」
朱雀は素直に頷いた。
「そんなに聞きたいのであれば、特別に教えてしんぜよう」
保憲の顔から笑みが消え、真顔になった。
「神がね、退屈凌ぎに、私と三つの賭けをしたのだよ。」
「賭け?神様が賭けですか?」
「そうじゃよ。三つの賭けをして、私が勝ったらこの星をくれると約束したのじゃ」
朱雀は突拍子も無い話で呆然とした。
「一つ目は、お前達を魑魅魍魎と変えて、人間の世界へ送りこむと、人間を捕食するか否かじゃった。当然わしは『する』と答えた。お前達は、私の望み通りに、少しじゃったが、人間を喰いよった」と満面な笑みを見せた。
「二つ目は、強欲で常に戦いを好む人間が、親や友人の為に自分の命を犠牲にするか否かじゃった。わしは無二も無く『しない』に賭けた。そして、数おる人間の中から『八坂』を選んだのじゃ。」
「選んだ?」
「そうじゃよ。わしが続けて賭けに勝てるように、臆病で怠け者の八坂を選び、わざと不幸な人生を過ごさせようとしたのじゃが、卑劣にも神は筋書きを書き換えた!」
苦虫を潰したような顔をして、上の方を睨み付けた。
「まず神は、化け狐を用意しお前達六匹を聖人の家来とした。そして普通に生きておれば、夫婦になる筈の女を、『式神』までにした複線を作ったのじゃ。その上わしの失態で化け狐を逃がした事にして、お前達と組ませ八坂が、『正義の味方』とか『人類を救う選ばれた者』などと、出来過ぎた話しに書き換えたのじゃよ!」
怒りを露わにした。
「いくら不精な八坂とはいえ、お前達が仲間になり、妖力を持った女や八坂自身にも妖力が備われば、仇打ちぐらいするじゃろ。神のくせに卑劣極まりない!」声が荒げた。
「神として有るまじき行為だと『無効』を唱えたが、取り付く島もなく、『これで対になった、次が楽しみだ』などと一笑しおった。」
そこまで言い終えると、保憲の天を見上げていた憤怒の視線が、朱雀へ向けられた。
保憲の視線よりも、その話しに朱雀は憤りを抑えきれなかった。
目の前の保憲へ、せめて一矢をと嘴を出そうとしたが、からだが硬直して身動きが取れないのに気が付いた。
「お前はもう動けんよ。元はと言えばお前達七人が、馬鹿げた事をしようとしたからだ」怒りの矛先が、神から朱雀へ代わった。
「私たちに何かあるのですか?」
辛うじて言葉になった。
「そうか、知らんのじゃな――。お前達七人は、元々こちら側の者――。」保憲は髭を弄りながら、良からぬ事を思いついた様子で、「詳しい話しは、今は教えてやらん。」ニヤリと朱雀を睨む目が、意地悪そうな目付きに変わり、「三つ目は――」といきなり話を変えて続けた。
「三つ目は、八坂は天国でお前達と女を見付けられるか、否かじゃった」
保憲の視線は朱雀を捉えているが、保憲が実際に見ている者は、遙か後方にあった。
「当然、神は全員探せる方へ賭けられた。しかも全員が揃ったら、本当の事を全て思い出せる特典を付けて――。」遠くを睨みながらそう言い終えると、保憲はニッコリと笑い、「お前にはここまでだ。では、行ってらっしゃい」と朱雀を扉の向こうへ蹴りこんだ。
「君は青虫ですよ。この広い天国の地には、草原しか無いのだ。その中にいる一匹の青虫を見付けることなど皆無!ましてや女は別としても、六匹の虫けらなどを全部見付け出すなど、皆無の上の絶無だ。賭けは私の勝ち、神の座とこの星はやがて私の物になる。はははは!」
そう言い放ち扉に手を掛ける保憲へ、「まだ名前を聞いておりません!」と大声で問うた。
「ん。私の名前かい?」聞き返す言葉に朱雀は頷いた。
保憲は厭らしくニヤリと笑うと、「この星の神になる男。加茂保憲様と覚えておきなさい。」
そう言って扉を閉めた。
「――と言うことでございます。私達は神と保憲と言う人物に、騙されたのです。弄ばれたのでございます!」
八坂は、掌で地団駄を踏む朱雀を見ながら、呆然としていた。白虎も同じく神の戯言に愕然とした。八坂の周りに重く澱んだ空気が留まっていた。
「保憲も許せないけど、暇潰しの駒に僕らを使った神もゆるせないな。」
「はい。左様でございます。」
朱雀は毅然と答えた。
「しかし、数珠様へお伝えする一念で、一生懸命に歩き回った甲斐がございました。」
八坂は朱雀の労を労い、朱雀を掌で優しく包みこんだ。
「白虎はどう思う」落ち着いた所で訊いた。
「本当の事なら許せんな。」と重い声で返した。
「でも、どうして僕なんだろう?世界中には数えきれないほど人間がいるのに、その中から保憲が、一番不精な僕を選んだのは、神に勝つためだとわかるけど、世界中で一番不利な僕で賭けに挑むなんて、神の考えが判らないな。それに保憲は六匹の虫けらと言ったんだよね。僕には阿吽は人間で、君達全員の、人間界での記憶は全て消したとも言っていた。」
「しかし私は虫ながら、記憶は消されずにおります。些か矛盾がでておりますね。」
「そうだよ。僕は君達の後からここへ来た。保憲に会ったのも、僕の方が後だ――。」
「卑劣な企みがばれない様に、数珠様や私達への陽動が目的かもしれませんね。」
「それは否めないな。でもとりあえず、一葉ちゃんと青龍達を探せば、自ずと全てが判るはずだよね。この情報が入手できたことと、朱雀に出会えたことは幸運だよ――。」
「このまま止まっていてもしょうがないし、まずは先に進もうと思う。いいよね。」
三人が思い思いに考え始めて、どれぐらい経ったのか、時間の流れの無いこの世界では、確認のしようも無いが、長考の末に八坂自身が導き出した答えだと、二人には十分判っていた。
「皆に会って、僕の無力を謝って許して貰えたなら、それから保憲と神の仕打ちに対して、どうするかを皆で考えよう。」
「数珠様。ご安心ください。私達は誰一人として、数珠様を拒む者などおりません。」
「ありがとう朱雀。皆に謝る事が、今の僕には何よりも大事なこと。そのチャンスを保憲から貰った。これもまた事実だ。それに皆が揃えば真実が判る。一石二鳥じゃないか」
「お前はめでたい奴だな。怒りよりも謝罪が先などと――。ひとつ思い出した事がある。」
八坂と朱雀が白虎を見た。
「前世で繋がりの有る魂が呼び合うと、広い天国でもその者だけは見えるようになっている――。とか」
「本当かい?」
「判らん。ただそうだった気がするだけだ。」白虎は目を閉じ、記憶を手繰ってみたが、暫くして首を横に振った。
「とても大事なことです。しっかりと思い出してください!」
朱雀が叱咤した。
「そう言われてもな」と煮え切らない言葉と態度の白虎に、「ところで」と朱雀が続けて聞いた。
「先程もお聞きいたしましたが、貴方様はどなたですか?」
白虎は返事に窮した。
八坂と朱雀の目が白虎へ向けられた。
「わしは……。誰だ。前世でお前達と繋がりが有るから、お互いの姿が見えるはず――。」
「と言うことは、朱雀の情報から虫では無い君は、僕の親戚か先祖ってことかな?ひょっとしてお父さん……とか?あるいは元成様。まぁ、誰であっても良いさ。仲間なのは確かだから」
「数珠様、そのような安易な事ではなりません。保憲の手先かも知れませんし――。」
「神の使者かもしれない。」八坂は、執拗に警戒をする朱雀を見ながら続けた。
「保憲が僕達を手助けするなんて事は絶対に考えられない。朱雀が言う保憲の手先なら、飛ぶ力を持つ白馬を、僕の元へ送るはずは無い。そう考えれば白虎は少なくても、敵では無いよ。」
今ひとつ納得は行かない朱雀だが、八坂の言い分が理に適っていると思い、「数珠様の御意のままに」と頭を下げた。
「でも前世の記憶を持つ朱雀が、君を白虎では無いと感じている以上、このまま君を『白虎』と呼ぶのも間違っていると思う。だから当面は君を『コォ』さんと呼ぶ事にしよう。」
白馬は「その名は勘弁して欲しい」と渋い顔で返した。
「僕の父親が『耕作』と言うから、その系列かと思っただけ」
「では、『さん』無しで『コォ』ではいかがでしょうか?」
「父親を呼び捨てってのは、ちょっとね……」
「わしがお前の父と決まった訳ではかろう。わしは『白馬』でも別に構わんが」
「白は虎と決まっております。『馬』ではいかがでしょうか?」
「それはちょっと……。」些かな呼び名ではと苦笑しながら、ふと思った名前が口を吐いた。
「それじゃ『妖孤』ってのはどう?」
「前世の敵の名をお付けですか?」
「わしはそれでも構わん。『馬』よりは遙かにましだ。それに、わしが敵か味方かも分からんのだ、丁度良いのではないか?」
少し寂しそうに、白馬は答えた。
「ごめんよ。今なら時間もあるし、妖狐との事をちゃんと説明できるね。」
それぞれの疑惑を解くかのように、八坂は語りはじめた。
「あの時……最後の最後に妖狐と対峙していた、本当の最後――。僕が浄化の力を使う前に、妖孤は僕を殺せた。当然、浄化の力が働く圏外へ逃げる事もできた。」
「……」二人は沈黙を守った。
「それなのに妖孤は逃げるどころか、力を解放するまで身動き一つせずに待っていた――。僅かな時間だったけど、腹を割って話しをしているうちに、妖孤も僕達と同じ、悲しい宿命を持っているのだだと分かった。本当に悪い奴が他に居るのだと、あの時は、それは人間で、人間の都合と欲で死んで行く仲間を救おうと、仕方なくした事だったのだと、分かったような気がした。だからあの時、僕達が『善』で妖孤達が『悪』だという、概念が揺らいだのを覚えている。」
いつになく熱い語りだった。少し間を取り、自信に満ちた目を二人へ向けた。
「朱雀が言うように、この一連は保憲と神の悪戯だとしたら、妖孤は寧ろ、僕達と同じ側の者。保憲の言う、朱雀達の、七人目の仲間なのかもしれない。」
八坂は白馬の前に出て「君の前世が判るまで、『妖狐』と呼ぶよ。いいかな?」白馬は黙って頷いた。
「本来では、私や私の仲間を殺した妖狐を許す事など、得心行きませんが、本当の敵を知った今では、根源を倒すのが有事です。」と前置きをした後、「本当の妖狐かどうかも判りませんので、数珠様の御意のままに。」と承諾したた。
白馬の名が決まったところで、「天国でこんな言葉を使ってはいけないのだろうけど、神と保憲に会い、真相を確かめた結果、二人を許せなかったら、僕と一緒に戦ってくれないか?」
「是非も無い」と妖狐は即答し朱雀もそれに倣った。
「しかしながら私達は、一体誰の何を守るために戦い、死んだのでしょうか?」
朱雀が呟いた。悲しい言葉が八坂の心に響いた。
「まったくだ。数百年もの長い間、僕の先祖は誰の為に、何を守り続けてきたのか――。僕は、僕達はまだ、神や保憲の話し次第で、自分達の意に沿った形での『決着』を選ぶ事はできるけど、祖父や両親は一矢報いることさえできない。それ以前に、神の暇潰しの玩具であった事すら、知る術も無く過ごした人生って、なんだったのだろう?」
八坂は朱雀の言葉を引き継ぎ、自分に問うたとき、憤りを覚えた。
「人の一生を玩具にするなんて事は、絶対に許されない。一人一人は自分の人生を一生懸命に生きているのに。そんな事、絶対に許しちゃいけない事だよ!早く皆を探して、真相を明白にして、それ相応の罰を受けるべきだと僕は思う。たとえそれが神だとしても。」
「おまえは意外と過激だな。」
妖狐が八坂の意外な一面を見て言った。
「何の為に命を授かったのか、ひとつひとつの命が持つ意味って何なのだろう?生まれて、生きて、死んで、再生を待って、また生まれて……。神が決めた遊びの輪廻転生だとするのなら、生きる意味って何なのかな?」
妖狐の言葉には触れずに八坂は二人へ訊いた。
いくら考えた所で、正解など出るはずもない。
悩める三人の上には、不変で大きな青空が、白い雲を従えて視界一杯に広がっていた。