布陣
昼食を済ませてから、八坂は話しの続きを始めた。
三種の神器の事に触れた時、「確か元成様から、お預かりした品がありましたが」と朱雀が言い出した。
「どんな物?」
「少しお待ちください」そう言うと四神獣が集まり、各自の祠の前に立ち「数珠様、わしらの妖力をお戻しくだされ」と青龍が頼んだ。
何が起こるか判らないが、言うがままに手印を結び、彼等の妖力を返すと、八坂神社全体に結界が張られた。それを確かめ四人が揃って印を結ぶと、それぞれの祠から光が中央に向かって伸び、四つの光が交差した所に、直径が一尺程の丸い板が現れた。
八坂は近付きそれを手に取った。見ると中学時代の日本史の教科書で見覚えがある、卑弥呼時代の『鏡』に似ていた。
「これは?」
「元成様から、いずれ必要になる時が来る。その時は、これを草薙の剣の使者へ渡すように、と言われておりました。」
「草薙の剣の使者ってことは、一葉ちゃんに渡せば良いのかい?」
「そうなります」
八坂は白虎に言われ、鏡を天寿院へ手渡した。
「鏡と剣の組み合わせが判らないわね」
「とりあえず、草薙の剣を出してみれば?」
天寿院は頷いて手印を結んだ。右手に黄金に輝く剣が現れると、鏡は左腕で銀色に輝き『盾』へと変化した。それに共鳴して、八坂の首に勾玉と銀の房が七色に輝き浮かんだ。
「凄いな。三種の神器が揃った。」
「と言う事は、剣と鏡も数珠さんが正当な後継者ってことね」
「それはどうかな?もしそうだとしたら、初めから僕が持っていると思うよ。」
「でも」天寿院の言葉を止めて「元成様には何か意図があって、神器の所有者を分けた気がする。」
「意図って?」
天寿院が皆を代表する形で訊いた。
「上手く言えないけど――。勾玉を妖狐に取られた上に、時空を飛んで逃げられた時点で、先の時代で勾玉を取り返して浄化するだけではなく、妖狐自身も封じる必要がある。その為に保憲様は、三種の神器の残り二つと、勾玉の付属品を、呪術で時空の中を飛ばした。元成様はそれを受け継ぎ、鏡を四神獣に託して、草薙の剣と銀の房の使い手が同時に産まれる時期を探して、再び時間を越えさせた。」
ここまで話すと一呼吸置いた。
「使い方としては、勾玉は戦う為の物では無くて、何かを封じるための道具。剣と盾は、その力を発動するまで、その術者を守るための道具。だとすれば、二人に分けて授けなければ使えない。」
「数珠様の説の通りとすれば、天寿院が剣を持っていた事にも、納得がゆきます。」
白虎が八坂の説を肯定した。
「では数珠様が勾玉の能力を始動させるまで、われらは天寿院殿を中心に、妖狐の足をしっかり止めなければなりませんね。」
一同の視線が天寿院に集まると、天寿院はその視線をしっかりと受けて肯き、「数珠さんの説を軸に、戦略を練る事で全員一致ね」と八坂の次の言葉を待った。
「でも僕自身、勾玉の起動方法は元より、その力の内容すら知らない。このまま僕の説を軸にして、万が一間違っていると、全滅も有り得るよ。だからここはもう少し慎重にならないと――。」
「大丈夫。数珠さんのお母さんは絶対、数珠さんに発動の仕方を伝えていると思うわ。だから、きっと思い出すわよ。」
「そうですとも。我等もそう信じております」
「ちょっと待ってよ。」
八坂は慌てて、話しの流れを止めようとしたが、勢いは止まること無く、天寿院が加わり、普段のペース以上の勢いで、無情にも八坂とは無縁に進んでいった。
「では数珠様、戦略と役割をお決めになってください。」
話しが落ち着いたところで、白虎が言ったが、八坂は「うん」と返事はしたものの、大きな不安が解消できずに、なかなか本題を切り出せないでいる。
「数珠さん、まださっきの事が引っ掛かっているの?基本の役割と戦略が決まっていれば、時間は稼げてよ」
「頭では判っているけど。とても怖いんだ。僕の所為で皆が――。」
白虎達が顔を見合わせて頷くと、白虎が口火を切った。
「本来であれば、自決していたかも知れない我々が……」
「数珠様のお陰で、再び全員揃い、妖狐へ仕返しができるのです。」
「死に場所をいただけたと感謝をしても」
「無駄死になどとは決して申しません。」
「ですから、私達は最後まで数珠様の命の下で」
「数珠様と、ご一緒に戦いたいのです。」
皆からそう言われても、八坂は俯き沈黙したままであった。
「数珠さん。皆の気持ちを無駄にしないで。私達は今までと同じ、貴方が示した方を向いて戦うだけ。」
「僕が躊躇っているのは、僕達が束になって戦ったとしても、恐らく妖狐を倒す事は出来ない。あいつは……。妖狐は『封じる』事で終結を向かえるのだと、僕は確信している。だから……」
「その事はみんな承知の上よ。」
「承知している?」
八坂が一同を見回すと、各々が力強く頷いて見せた。
「妖狐を封じる時に、皆を巻き添えにするかも知れない。それなのに――」
「数珠さんだから、私達は貴方の盾となれるのよ。」
「でも僕は、誰も失いたくは無い。」
「数珠様。そのお気持ちでは、われ等は全滅となりましょう。恐らく天寿院一人すら守る事も出来ませんぞ。」
珍しく白虎が、主従を越えた厳しい言い方をした。
「散れば……、あの世とやらで、楽しく過ごせるとお考えになれば、決断もし易くなられるのでは?」
青龍がそれを受け継いだ。
「……万一、皆を失っても、勾玉の使い方を思いだせなかったら……それでも、無駄死にでは無いと言ってくれるのかい?」
「勿論です。」
一同が期待を込めて即答した。
「早く役割を決めて、勾玉の使い方を皆で考えましょう。」
八坂は目を硬く閉じて、空を仰いだ。何かをしきりに考えている様子を伺い見て、皆は八坂が奮起するのを待った。
「そうだね。こんなところで立ち止まっていられないね。みんな御免よ。慎重に成り過ぎて、臆病風に吹かれた様だ。」
予想通りの言葉で、一同は歓喜した。
「では早速、われ等の役割と、数珠様がお考えになっておられる戦略をお聞かせください。」
「わかった。ちょっと時間を貰っていいかな」そう言うと、八坂は急ピッチで作戦をまとめだした。
「まずは役割だけど、単独で妖狐へ向かうのは非常に危険だ。だから僕も含め、皆を二人一組のペアに分けようと思う」
八坂は一同の前に立ち上がった。
「阿形と吽形は、二人の息はピッタリだから、そのままペアを組んで貰うけど良いよね」
「お許しいただけるのであれば。」と二人同時に返事をした。
「さすがだね。では二人は良しとして、次は白虎と玄武のペアだ」
「依存はございません」
白虎が玄武の顔を見て、玄武の意思を確認した上で、代表して答えた。
「次は、朱雀と一葉ちゃん」
天寿院が何か言いたげな顔をしたが、敢えて何も言わず黙認した。しかし朱雀がそれを見て訊いた。
「数珠様、天寿院殿は数珠様のお傍に――。」
しかし八坂は朱雀の質問を制した。
「僕は青龍とペアを組む。」
「私に、妖狐の尻尾を切らせる為でしょ。」
「うん。奴の弱点は尻尾だとわかっている。たった二本の尻尾を無くしただけで、眠りにつかなければならないのであれば、阿吽と玄武達が撹乱しているうちに、一本でも良いから尻尾を奪取して欲しい。その為には、一葉ちゃんの機動力を上げる事が、絶対だと僕は思う。」
「そうね。私が白虎と組むと、攻撃型ではない玄武が一人では不利になるわね」
「そうかと言って、朱雀か青龍が玄武とペアを組むのも、体格的に合わない。そうなると、白虎と玄武のペアは動かせない。」
八坂と天寿院の話しで、自分の名前が出るたびに、各々がペアになる相手の顔を、無言ではあるが、忙しく見交わしている。八坂がそれに気付いて「ペアとその役割をまとめようか」といった。
「まずは、阿吽と白虎、玄武の各ペアは陽動が主で、妖狐の攻撃を仲間の誰かに、集中させないようにするのが目的だよ。」
「わかりました。必ずや、妖狐を撹乱いたします。良いな、吽形」
「任せて。私達の息の合った動きで、妖狐の動きを止めてみせるわ」
「気を付けて頼むよ」と阿吽の間に立ち、二人を優しく抱きしめた。
「私達だって、私の結界を有効に使いながら、白虎と息の合ったところを妖狐に見せてやるわ」
「そうだな。借りは倍返しが基本だ。奴の五感を、ひとつずつ奪ってやる!」
「期待しているよ」そう言いながら、やはり二人の間に入り、一人ずつハグをした。
「次は、唯一妖狐へ攻撃をする。一葉と朱雀のペアだ」
『一葉ちゃん』では無く『一葉』と八坂に始めて呼ばれ、天寿院は頬に朱が入った。
「機先を制する為。一番、危険な役割を君にさせるのが辛いけど」
「それだけ、私を信じてくれているのでしょ。嬉しいわ。」
「戦いの前に契られてはいかがですかな?」
二人の良い雰囲気を感じ取り、青龍が勢いで口を滑らせた。
「白虎の尻尾は付いた様だけど、あなたの尻尾はどうなのかしら?」
邪魔者への本気の殺気を、一同は感じた。
「わっわしは……」まるで蛇に睨まれた蛙のように、青龍は萎縮して身動きができずに、本気で怯えた。
「青龍。大戦前で運が良かったわね。」
「みっ、見逃してもらえるのか……」
「今は仕方ないから見逃してあげるわ。今はね。」
天寿院の目は、冷ややかに、そして確実に青龍を、標的としていた。
「どうやら青龍は、妖狐と戦って生き延びたとしても、天寿院に引導を渡されるな。」
「白虎、助けられないの?」
「無理だ。あの殺気は、わしの時以上の物だ。下手に間に入ったら、わしが葬られるかもしれん。」
天寿院の目が白虎の方へ向いた。
「わしは何も言うてはおらん」
白虎は条件反射で慌てて一歩退いた。
八坂が天寿院の前に来て抱き寄せた。
「えっ」
「無理はしないで、退くときは退いて欲しい。チャンスは生きている限り何度でも有る。良いね?」
初めての出来事に、天寿院は呆然と立ち竦んだ。長いハグの後に、八坂は朱雀の横に移り、やはりハグをしながら言った。
「一葉を頼むよ。朱雀に預けるのが一番安心できる。だからと言って、無理は禁物だ。君を失っても僕は悲しい。」
「ありがとうございます。数珠様の命に必ずお答えいたします。」
「最後は、青龍と僕のペアだ。青龍には悪いが、君は妖狐からの攻撃に耐えながら、僕が勾玉の能力を発動するまで、蛇局の中で僕を守って欲しい。」
「御意。わしの鱗は、如何なる攻撃も弾き返す硬さを持っておりますゆえ、ご安心くだされ」
「頼もしいな。青龍、よろしく頼むね。」
「これでペアと役割は決まりね。」
八坂のハグで、損ねた機嫌を取り戻した天寿院が、次の段階に話しを進めようとまとめに入った。
「細かい事は、それぞれのペアで決めてくれれば良いと思う。次に決めておくことは場所になるね。僕は神社から四キロほど北西に行った山中が良いと思っている。ダムや自衛隊の駐屯基地から、東に結構外れるし、民家も無い所だから、遠慮無く皆の持っている力を、出し切って戦うことが出来ると思う。」
八坂は地図を広げて、その場所を指した。
「良い場所ですね。何より、思う存分に戦えるのが良いですね」
「うん。後はどうやって、そこへ妖狐を誘い出すかだ。」
一同が各々考え倦んでいる時に、地図に見入っていた天寿院が、独り言の様に言った。
「ここって、六個の小山に囲われているのね。」
「うん。それが特徴で、自然な要塞のようでしょ。僕が陣を張ろうとしている所は、この六つの山の真ん中にある、窪んだところだよ。」
「本当ね。ここに陣を張れば、妖狐は必ず周りの山を越えて来る事になるから、動きが見えて迎え撃つには良い地形だわ」
「そう思ってここを本陣に選んだけど、いつ来るのか判らない敵を、緊張しながら待つのは、こっちだけが体力や神経を浪費する。」
「そうかと言って、完全体になるまでは、洞窟からは出てこないでしょうし……。」
「とりあえず、今からそちらへ移り、それぞれの持ち場決めも含め、今夜だけ予行練習をしたらいかがでしょうか?」
「それは良い案だけど。朱雀ってそんなにせっかちだったかしら?」
「天寿院殿、今は妖力を開放していただいておりますが、妖力を封じられますと、私は夜目が利きません。ですから、動ける時間に制約があるのです。」
「あっ。言うのを忘れていたよ。妖狐との戦いが終わるまでは、君達はそのままだよ。」
「本当ですか!」
「朱雀が一番嬉しそうだね」
「時間に関係無く動けるのです。これで、皆の足を引っ張ることが無くなります。」
両翼を大きく広げ、胸を張って言った。
「戯けが。誰もお前に、足を引っ張られているなどと思っとらん」
「青龍の言う通り。わしだって妖力の無い時は、唯の老いた猫に過ぎん。」
「あら?唯の老いた猫じゃないわよ」
「天寿院。みなまで申すな」
「自覚は有るようね」
「何の事だ?」
「白虎。顔が引きつっておるぞ……。」
朱雀の提案を取り入れ、八坂の話しが終わると、天寿院の指示の下で移動を開始した。
飛行を得意としない青龍の妖力を、一度封じて小さくし、八坂が抱え天寿院と玄武の背中に乗り込んだ。
四キロと言う比較的移動距離が短い事もあり、移動する時間は短くて済み、余った時間で実際に陣を張る場所を見ながら、持ち場を決めることになった。
本陣に当る六つの山の中央部に一度集まり、先鋒となる妖狐の棲家の方向に当る山の担当を、誰にするかで大きく揉めたが、「これが私の最善策」。だと譲らず、半ば強引に押し通した天寿院が就くことになった。その左隣の山頂には、天寿院のペアである朱雀が陣取り、本陣左手側には阿形と吽形が、そして右手側には、白虎と玄武という布陣を張って陣形を整えた。
秋の陽は釣瓶落としとして例えられるように、本陣の八坂と青龍を含め、全員が受け持つ山頂に落ち着いた時には、陽はとうに暮れ、辺りは夕闇に包まれていた。
「数珠様、妖狐はいつやってくるのでしょうか?」
蛇局の中に入れた八坂へ訊いた。
「判らない――。正直、今夜か、或いはひと月後なのか、まったく読めない。」
「わしらはこの姿であれば、飲まず食わずでも数年は大丈夫ですが、生身の数珠様はそうはゆきません。朱雀か白虎へ言って、妖狐を引っ張り出した方が宜しいのでは?」
「いいや、こっちの陣形を崩す方が危険だよ。」
「しかし狡賢い妖狐の事、数珠様が元成様の様に、歳を取られてから来る事も考えられます。」
「確かに、自分の欲望の為に、千年以上も時間を費やしたんだ、それは否めないな。」
「ではこちらから一斉攻撃を掛けますか?」
「それはもっと駄目だよ。妖狐が洞窟から出なければ、一対一での戦いになる。それは僕達が一方的に不利だ。」
「左様ですな……。」
青龍が考え込むと、静けさが辺りを支配した。八坂もこの機にと、勾玉の事を真剣に考え始めた。
(何かと出てくる『六』の数字が、ヒントになっている事は間違いないと思う。六つの勾玉が持っていた、それぞれの『文字』を印で結べば良いのかな……。でも母から『六』に纏わる事を何か教わった記憶は無い。『六』では無いとすると……)
秋の長い夜には、虫の声が良く似合う。勾玉の事を考えている内に、虫の音色に誘われた八坂は、いつの間にか眠りについた。
空には秋の月が、明るく草木を照らして、自分の存在を示していた。




