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名も無き戦いの終わりに  作者: 吉幸晶
12/27

真相

「絶対におかしいですよ!」

「そんな事は、昨日からわかっておる事じゃ」

 社殿跡の前で留守番組は、夜通し八坂達の帰りを待っていた。

「無断外泊は、浮気の前兆とか言いますよね」

「玄武に限って、そのような破廉恥な事はせん!」

 最初は八坂達の身の心配であったが、夜明け頃から話しの殆どは、些か破廉恥なものが、主流と変わってきていた。

「数珠様は無事に契れたかのう」

「天寿院殿が相手となると……命がけですね」

 無言で三人の話しを聞いていた阿吽が、揃って南西の方をチラっと見た。

「まさか、天寿院と玄武が数珠様を取り合って!」

「ばっ、馬鹿な。玄武はそんな……」

「それとも、数珠様がお二人にお手を付けられたとか」

「朱雀!何て事を言うのじゃ!だから玄武は……」

 三人の話しの合間に、八坂達の匂いと声を吽形は感知した。

「あ、あの」

「ん?どうされました吽形殿?」

「実は――」

「吽形。ぬしは黙っておれ!今は玄武の事が大事じゃ」

 仕方なく吽形は黙ったが、阿形は気になり、吽形が言いかけた話しをそっと聞いた。

「ちょっと待たんか。白虎はさっきから、玄武の事しか言わんが」

「そうです。白虎は数珠様の心配はされておりませんよ。」


 ――「それは悲しいな。僕は白虎の事しか考えていなかったのに」

 阿吽を除いた三人は、ギョっとして辺りを見回した。

 ――「私の事を、そんなに心配しくれていたなんて、嬉しいわ」

「ですから先程」

「吽形は良い!玄武、早よう姿を見せんか!」

 白虎に呼ばれ、境内の中央付近に姿を現した。


「みんな、心配掛けてごめん」

 普段の八坂とは別人の様な、神妙な面持ちで一同に謝った。

「いつから、そこにおったのじゃ?」

「青龍の契るくだりあたりから……」

 今までの天寿院からは想像もできない程の、細く小さな声であった。

「天寿院が付いておって、何ともお粗末じゃな」

「ごめんなさい。その事は深く反省しているわ。本当にごめんなさい。」

 天寿院は皆へ、深々と頭を下げ謝った。

「違うの。元は私がいい気になって、天寿院の忠告を聞かなかった結果なの」

 玄武が天寿院の前に出て、皆からの非難を受け止めた。

「その為に、妖狐に襲われたの――。」

「妖狐じゃと!」

 白虎の声に一同が八坂の顔を見た。

「うん。話せば長くなる。その前に、玄武を治療しなければ。ちょっとだけ、待っていてくれないか?」

 今度は一同の視線が玄武へ向けられた。

「そんなに見つめられると、恥ずかしいわ」

「馬鹿な。傷の程度が気になるだけじゃ」

 八坂は玄武の妖力を封じ、皆の横を通って社殿跡の石段に座ると、小さくなった玄武を膝に乗せ、治療の印を結んだ。

 天寿院はミニカから、飲料水のペットボトル持ってくると、八坂の横に並んで座った。

 それを見て、他の者達は二人と対面する形で、半円を描き座り、八坂の言葉を待った。

「玄武の治療をしながら、皆に妖狐との事を話しておくよ。」

 全員が揃い、落ち着いたのを見計らうと、八坂はそう切り出した。


「昨日起きた事を、順番を追って話すね。まず――。上空にでて神社の北側は、一面山々が連なっているのを自分の目で確認した」

 八坂は一つ一つを思い出しながら、整理して静かに話し始めた。

「北西へ向かって進むように玄武へ指示をして、玄武は印を結んで妖気と姿を消してから、ゆっくりと進み始めた。進みだして数分でダムが見えてきた。その先に、自衛隊の駐屯基地らしき建物を確認したので、戦いには不向きだと判断して、向きを変えて進んだ。少し行った所で、一葉ちゃんが眼下に洞窟を見付けた。」

「洞窟ですか?この近くには、そのような物は無かったと、記憶しておりますが……」

「朱雀、黙って数珠様のお話しを、最後までお聞きするのじゃ。皆も良いな」白虎が全員を見回して言った。

「白虎ありがとう。では続けるね――。僕は地図上で、その場所を探していると、玄武はその洞窟から何かを感じると言った。でも、僕も一葉ちゃんも、特には感じなかった。何があるのかすごく気になって玄武へ近付くように言うと、一葉ちゃんは近付くなと言った。それでも僕は気になって、玄武に高度を下げさせた。洞窟を裸眼で確認して、地図にマークを付けようとした時、地図の下から閃光が走った――」

「玄武の印を見破ったと言うことですか!」

「そうだね」朱雀の問いに答えて続けた。

「閃光は玄武の体を突き抜けて、甲羅の上にいる僕を掠めた。正直、その時は何が起こったかなんて、直ぐには理解できなかったよ。しかし玄武は、攻撃を受けて……。飛行困難になるほどの、かなり強いダメージを受けていた。それでも玄武は薄れる記憶の中で、僕達を振り落とさないように、徐々に高度を下げてくれた。けど、その時すでに僕達は、妖狐に捕まっていた。」

 天寿院からペットボトルを貰って、水を一口飲んだ。

「洞窟の前まで連れて来られて、威圧的な、とても強い気を僕も感じた。それが『邪気』だと一葉ちゃんから教えてもらった」

「邪気ですと」白虎は天寿院を見ると、天寿院は頷いてかえした。

「それが妖狐の物だと理解するのに、時間は掛からなかったよ。僕が思った事を――。奴は僕の心の中を読んで返してきたから」

「人の心の中を読む何て事、妖狐には出来んはずじゃが……」

「本当かい、白虎?」

「すみませんじゃ。最後までお聞きするつもりでしたが」申し訳無さそうに、頭を下げる白虎へ「構わないよ」と八坂が答えた。


「我々もそうなのですが――」

 一同の同意を得て、白虎が代表して説明を始めた。

「元来、魔物や妖怪の類は、同じ妖怪同士であれば、互いに想いを飛ばし会話はできますが、意思の通じぬ人の心の中まで、読むことは出来ないのですじゃ。ですから妖狐が出来るとは、ちと合点がいきませんじゃ」

「でも確かに、僕が思った事を、妖狐は答えたよ。」

 白虎は少し考えてから「それは心を読んだのでは無く、恐らく妖怪が使う、姑息な常套手段だと思いますじゃ」と答えをだした。

「常套手段?」

「はい。つまり――。声だけ聞こえると、まず『誰』と思いますじゃ。それで一呼吸措いて名乗ると、今度は『どうして判る』と思うもの。そこで、自分に出来ないことは無いと返すと『そんなはずは』と声が出るはずですじゃ。そうなれば持ってもいない力を、あたかも持っていると相手に思わせ、恐怖心を植付ける事ができますじゃ」

「それじゃ僕は、まんまんと妖狐の、その手口に引っ掛かったってことか。情けないね――。でも、どうして洞窟から出てこなかったのか、理由が判った様な気がする。」

「お二人は妖狐の姿を、見られなかったのですか?」

 八坂の膝の上で、治療をしてもらっている玄武が、八坂を見上げて訊いた。

「そうだよ。結局、最後まで妖狐は現れなかった。今思うと、僕の心の奥底に『恐怖』を植付ける為だと思う。やはり、自分が不利になる様な事はしないよね」

「そうね。どんな容姿であっても、目の当りにすれば、その時は恐怖を持ったとしても、次に戦うまでの時間内で、戦い方を練る事も出来るもの」

「狐だけあって、ずる賢いな。」

「結果が出たようですので、お話しの続きをお願いいたしますじゃ」

 白虎は八坂へ話しの続きを催促すると、八坂は「うーん」と唸りながら深く考え込んだ。そんな八坂を見て、天寿院は寂しげな目を、仲間へ向けた。

「本当は、話すべきか、やめておくべきか悩んだ。でも戦いの中で、妖狐から言われるよりは良いと思って、皆に話す事にする。」

 八坂のその一言を聞いた瞬間、重い空気が集う皆を包んだ。


「僕は妖狐に、心の中を読まれていると思い込んでいたから、極力、能力の事は考えない様にした。その結果、妖狐に訊きたかった、僕や一葉ちゃんの家族の事を詳しく訊く事ができた。」

 ここに居る誰もが確認したい事であったが、あまりの恐ろしさで、口には出せなかった事でもあった。

 一同の視線を受けながら、八坂は静かに、言葉の一つ一つを選んで話しを続けた。

「妖狐はやはり、勾玉の使い方を知らずにいた。そこで、賀茂保憲の生まれ変わりとされる、八坂元成を京都の八坂神社で見付けて襲った。しかし、元成と元成に仕える、二人の家臣の陰陽師としての力は予想以上に強く、尻尾を犠牲にして、何とか二人の家臣を倒したが、妖狐自身も深手を負ってしまった。そして元成から受けた傷と、無くした二本の尻尾が回復するまで、妖狐は残った力で飛べる限り飛んで、京都から遠い、この八坂神社近くの洞穴に身を隠し、深い眠りに入った。」

 話しはいよいよ核心に入る。八坂は手元のペットボトルの水を、一気に飲み干し、緊張の為に渇いた口を潤した。


「元成は妖狐を追って、京都からここまでやって来た。そして妖孤討伐に備え陣を張った。やがて二百年の時が過ぎて、妖狐が目を覚ました時に、元成の用意周到さに、妖狐も驚いていた。」

「陣とは、この八坂神社の事ですか?」

「そうだよ。元成は妖狐が寝ている事を知って、君達四神獣と阿吽を配した陣形を取って、妖狐を討つ準備をした。」

「妖狐が寝ている内に討てば……」

「朱雀よ、わしらが元成様に心を開いたのは、いつのことか覚えておるか?」

「それは元成様が還暦を――。」

 朱雀は年老いた元成の姿を思い出し言葉に詰まった。

「……討つには、我らが心を開くのが遅すぎたのじゃ」

 白虎の重く深い一言で、後悔の念に囚われている一同をしばらく見ていたが、「話しを続けるよ。」と八坂が個々の思い入れから、解き放つ様に言った。


「妖狐にしてみれば、目覚めた時に、自分が欲していた物が目の前にある事は、幸運以外の何者でもなかった。元成の匂いを頼りに、ここにやって来て捕まえた」

「それは、数珠様のおじいさま……ですか?」

「そうだよ。皆も感じて知っていたかもしれないけど、妖狐も多分、祖父に微かな、元成の匂いを感じたのだと思う。祖父を襲い『銀の房』の事を知ったが、神社に居る誰もがその物を持っていなかった。そこで妖狐は、やがてそれを持って産まれてくるであろう人物を待つ為に、六個の勾玉を君達へ埋め込み……、手先に……したんだ。」

 誰もが(かたく)なに寡黙を通した。俯く者、空を仰ぐ者、じっと目の前の何かを見つめる者。八坂は、苦渋の選択を後悔しながら続けた。

「そして、四神獣と呼ばれる君達に、跡継ぎの出来る母と叔父を残した、用済みの祖父達を、喰らわせた……」

 四神獣達の絶望感が、八坂と天寿院にも伝わった。

「しかし、叔父は妖狐の予想に反して、四神獣に喰われてしまい、慌てた妖狐は、母だけを自ら守り生かした。そして君達には、いつ産まれてくるか判らない『銀の房』の主を、見張らせる為に、勾玉を植付けたままにして、手元に置いた。」

 沈黙が続いた。強く目を閉じ、むせび泣く声が、時より漏れ聞こえた。

「さっきも言ったけど、戦いの最中に、弱みは見せなれないと思った事と、いかなる時にも、僕に力を貸してくれると思って話した。僕が言う事で、妖狐から聞くより、惨い結果になってしまったけど、どんな負い目があろうと、力を貸してくれると、僕は信じている。」

 八坂の哀願するような言葉に、だれも反応する者は無く、一層の深い沈黙が続いた。

「どうしたの!目を開けて前を見るのよ!」

 生気を無くした四神獣達を見て、このままでは戦いに対しての士気が、完全に無くなると心配し、天寿院が叱咤した。

「天寿院……。ぬしが……保憲様の家族を喰ろうておっても、同じ事が言えるのか」

 苦しむ仲間を見かねて、阿形が口を開いた。

「阿形。君の言いたい事は良くわかる。だけど、一葉ちゃんの家族も、僕と同じなんだよ。」

「本当ですか」と驚きを隠せずに慌てる阿形へ、八坂は首を縦に振り肯定した。

「天寿院。申し訳ない。」

 頭を深々と下げ詫びる阿形へ「気にしないで、前を向いて」と告げた。それを受けて、八坂が無言で、俯いたままの皆へ言った。

「今すぐに前を向けとは言えないから、僕は一葉ちゃんと向こうで待つ事にする。君達が、妖狐の卑劣な所業に憤り、僕の元に戻って来てくれるのを信じている。」

 強い意志で告げると、八坂は天寿院を促し立ち上がった。

「玄武も一人になりたいだろうから、札を貼っておくね。」

 玄武を祠に置き、札を貼って二人はその場を離れた。


 天寿院をミニカの助手席に座らせてから、八坂も運転席に乗り込んだ。

「みんな……。立直れるかしら?」

「大丈夫。時間は掛かるだろうけど……僕は信じている。」

 少し前屈みになり、ハンドルに両手を置いて、正面を向いたまま八坂は答えた。


 朝帰りだったが、すでに太陽は秋空の真上まで昇っていた。車に乗ってから、かなりの時間が過ぎていた。今まで何も話さずにいた八坂が、「お腹が空いたな」と唐突に言った。

「こんな時に不謹慎な事かもしれないけど、考えてみれば、昨日の昼から何も食べていなかったよね。腹……減る訳だな。」

「何か作るわ」

 天寿院がドアノブに手を掛けた。

「その前に、水を汲んだり火を熾したりしないと――。」

 八坂は車を降りかけた天寿院を止めて、運転席のドアを開けた。

「申し訳御座いませんが、わしらの分もお願いいたしますじゃ」

 ドアを開けた足元に、白虎を先頭にして皆が揃っていた。八坂の胸に、驚きと安堵より生まれた、熱い物が一気に込み上げてきたが、ぐっと堪え「ご注文は?」と訊いた。

「わしは、ホカホカのご飯に、おかかをたっぷりと、お願いいたしますじゃ」

「わたしは、雑穀に生野菜の刻んだ物をお願いします」

「わたしは大きめの煮干がいいですぅ」

「わしは……」

「生卵と生肉だろ。注文が色々だから、みんなで手分けしようか」

「私は料理長で良いのかしら?」

 助手席から天寿院が訊いた。八坂は振り返り「もちろん」と笑顔で答えた。


「このような時に不粋ですが、先程のお話しの続きをお願いしますじゃ」賑やかな昼食の中、白虎が右の前足で、ひげに付いたおかかを取りながら八坂へ催促した。

「そうだね。食べ終わったら話すよ。皆に聞いてもらって、作戦を立てなくてはならないからね」

「でも、どうして私の結界が破られたのでしょうか?」

 煮干を食べ終わった玄武が、皆に訊いた。

「それはね、僕が原因だってわかったよ。」

「数珠さんが?」怪訝な顔を天寿院が見せた。

「そう、僕の人間特有の臭いが原因だと思う」

「さようと私も思います。」

 吽形を見ながら阿形が返事をした。

「吽形も近くまで帰ってきた僕達に、気付いていたでしょ?」

「はい。それを皆に教えようとしたのですが、白虎に止められました」

「何じゃと、それならそうとはっきりと申せば良いのじゃ」

「あの時の白虎は、玄武の事が心配で、人の話しなど利く耳を持ってはおらなんだ」

「青龍の言う通りです。ずっと玄武が玄武がと言いながら、オロオロしておりました」

「わしはじゃな」

「おしゃべりは止めて、早くたべなさい。日が暮れるまでに、数珠さんの話しを聞いて、作戦を立てなければならないの。判って?」

 天寿院の冷ややかな物言いが、一同の口を一気に封じた。

「天寿院、何故にそんなに急ぐのじゃ?」

 白虎が恐る恐る訊いた。

「今、襲われても不思議はないのよ。最低限、妖狐が襲って来た時の対応策ぐらいは、決めておかなければならないわ」

「確かにそうですね。天寿院殿の言われる通り、夜襲だけとも限りませんし。何より、妖狐に対してどのように立ち向かうか、大方の作戦は立てておく必要がありますよ。」

「そこの二人も、朱雀のような優等生であったら、余計な心配はしなくて済むのに――。」

 天寿院はそう言うと、炊き立てのご飯を一口、口に入れた。

「まぁ、皆とゆっくり食べられるのも、妖狐を倒すまではもう無いかもしれない。今はこの貴重な食事の時間を、楽しく過ごそう。」

 八坂は好物の玉子掛けご飯を頬張った。

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