スターダスト コネクション Ⅲ
登場人物
ジェイ
私立探偵 元軍人で小柄ながら戦闘のエキスパート
ガブリエル
捜査1課の刑事 大柄で屈強 ジェイとは長い付き合い
メアリー
捜査1課の刑事 ガブリエルの同僚 世話好き
地球から離れること200光年余り、惑星シャングリラの首都、スターライト シティ。
春から夏に、そんな季節の変わり目である。
そんな季節とは関係なく、この街に犯罪は絶える事はない。
中心部から離れたオフィス街の一角での殺人事件で、捜査1課のガブリエルとメアリー、そして私立探偵のジェイが犯行現場に集まった。
すでに現場検証は終わったが、無数の弾痕と大量の血痕が生々しく残っている。
「見る?これが被害者の画像よ。」
メアリーは発見当初の画像を見せた。
「で、コイツは生きてるのか?死んでるのか?」
「どっちだと思う?」
「死んでる方に百ドル。」
画像の被害者は鋭利な刃物で数十回斬られた上に、数十発の弾丸が撃ち込まれており、人としての形をしていなかった。生きている可能性は全くない。
「お陰で身元確認が進まなくて困っている。」
ガブリエルがため息をついた。
DNAのデータにも該当者がなく、捜査は難航していた。
「ジェイは、どんな犯人だと思う?」
メアリーの問いに、ジェイは答えた。
「1つ目、被害者に尋常ではない恨みを抱く者。」
「うん。」
「2つ目、被害者の身元を知られたくない者。」
「うんうん。」
「3つ目、人を殺す事に快楽を感じる者。」
「イヤな奴ね。」
「4つ目、マシンガンをぶっぱなしたら、止め方が分からないうちに相手を死なせてしまった者。」
「うんうん、それはない!」
ジェイの意見は、あまり参考にならなかった。
それでも真剣に事件に当たる姿を見てメアリーは少し安心した。
初めて会った頃のジェイは、生きる事を否定するかのような人間だった。無関心で誰とも関わろうとせず、いつ死んでも構わない投げやりな生き方をしていた。
それがようやく居場所を見つけ、仕事をするようになって、少しずつ人間らしい生活をするようになった。
まだ危なっかしいところもあるが、このままちゃんと前向きに生きてくれればいいと、メアリーは願った。
「そういえば、ジェイの押しかけ美人ロボットちゃんはどうしたの?」
「アイツか……留守番している。」
「留守番?あのコ、かなり高性能よ。もっと有効利用しなさいよ。」
「必要ない。」
「もったいないわね……」
確かにケイは高性能だ。しかしケイは殺戮と破壊を目的に作られた軍事用ロボットだ。そんな物騒な代物を街中に連れ回すのは危険だとジェイは思った。
「高性能なんだから、ちゃーんと有効利用してね!」
「なっ!」
突然3人の背後に現れた女性。
軽くウェーブのかかった長いブロンドの髪、赤い瞳、黒いロングコートから見えるすらりとした長い脚、そして悪戯っぽく微笑む唇。
旧ガルティス軍が開発した歩兵用多目的汎用戦術戦闘兵器『K-6700』通称『ケイ』が立っていた。
「何しに来た……」
「何しにって、あたしはジェイのパートナーだもの!いつも一緒にいないとね!」
「俺はお前に留守番しろと言ったはずだ。」
ジェイは露骨に嫌そうな態度をとった。
「留守番なんてつまんなーい!あたしも捜査に入、れ、て!」
「帰れ!もしくは永遠に消えろ!」
「まあまあ待てよ!」
見るに見かねてガブリエルが間に入った。
「せっかくなんだから、このケイの実力を見ようじゃないか!」
「やったぁ!ガブちゃん話せる~!」
ジェイの反対をよそに、ケイは現場検証を始めた。
「うーん、犯人との距離は3メートル、発射地点から推測すると、身長160センチメートル、小柄な人ね!でも銃身がぶれない様子からして体重はありそう!」
「へぇ~!」
ガブリエルとメアリーは感心した。先程鑑識が最新機材を用いて検証した結果と合致したからだ。
戦場では武器の破壊力より、センサーの能力がものを言う。索敵と分析を瞬時にできなければ兵士の死活問題となる。兵器として優れたケイは探査能力も超一級であった。
「こりゃ大したもんだ、ジェイ、使って損はないぞ!」
ガブリエルは少し興奮しながら言った。
それでもジェイの表情は固かった。
「現場検証は警察に任せればいい。それにここは戦場でない。戦闘ロボットなど必要ない。」
正論といえば正論だが、こじつけともとれる。ジェイはケイを使うのを頑なに拒んでいる。
そんなジェイの気持ちを察したのか、ガブリエルとメアリーはこう言った。
「まあ……ケイは美人だし、連れて歩くだけでも宣伝になるぞ。」
「それに人当たりもいいし、場を和ませるのに役に立つと思うわ。」
「だったらお前らが面倒を見ろ!」
そう言うとジェイは振り向き足早に去ろうとした。
「まあ待て!」ガブリエルが制した。
「いいかジェイ、確かにケイは戦闘ロボットだ。そして武器を使いたがらないお前の気持ちも分かる。だがな、このスターダスト シティはお前が考えているよりずっと物騒で危険なんだ。」
「……」
「この戦闘ロボットが必要になる時がきっと来る。だからそれまで側に置いといた方がいい。俺が保証する。」
「俺にはこれで十分だ。」
そう言ってジェイはホルスターから拳銃を取り出し、黒光りしたS&W44マグナムをジェイは見せた。
そして現場を後に立ち去った。
「あ~ん!待ってよジェイ~!」
ケイは慌ててジェイの後を追った。
後に残されたガブリエルとメアリーのふたりは互いに目を合わせた。
「ああ見えて結構頑固だからなあ……」
「ジェイ……」
「どうした?」
いつも明るいメアリーが珍しく浮かない顔をしている。
「うん……ジェイが人間らしく生きるためには、武器に触れない方がいいんじゃないかって……」
「なるほど……」
少し考えてからガブリエルは話した。
「戦争中とはいえ、あいつは多くの人命を奪った過去があるからな……」
「ジェイが生きる事に消極的なのも、それが原因だと思うわ。」
「それに加えて、リンダの件だからな……それとメアリー。」
「えっ?何?」
ガブリエルはメアリーに尋ねた。
「メアリーがジェイにに執着するのも、何か理由がありそうだが……」
「……そうね。」
メアリーはガブリエルに向かって微笑んだ。
「近いうちに話すわ!そんなに重要な話じゃないけどね!」
「そうか……」
ガブリエルはそれ以上訊かなかった。
メアリーとガブリエルは出会ってからほんの数ヶ月だが、馬が会うのだろう。お互いに気にかけているが余計な遠慮はない。まるで数年来の付き合いのように接している。時々ケンカもするが、お互いを認め、信頼している。
ふたりはそのまま署に戻った。
ジェイは事務所に戻ってすぐパソコンを開き、今回の事件を調べた。同様の事件が3件、犯行現場は離れているが手口が共通している。いずれも被害者はミンチにされ、身元不明のままだ。
それでもわずかな手がかりを求めて詳しく調べた。
遺伝子鑑定による被害者推定、62歳男性、22歳女性、41歳男性、血縁関係なし。
被害者に共通点は見当たらない。
犯行現場にも特に共通点は見当たらないところからすると、無差別殺人の可能性もありうる。だとすると犯人の特定は困難を極める。悔しいが今は待つしかなさそうだ。
「ジェイ……」
「……」
「ねえジェイ……」
「……」
「ジェイったらぁ……」
ケイは甘ったるい声で呼びかけたが、ジェイは完全に無視している。
「はむっ!」
「うっ!何しやがる!」
ケイは後ろから抱きつき、そっと耳たぶを噛んだ。
「だってさっきから話しかけているのに、ジェイったら無視してるんだもの!」
「お前と話す事などない。」
ケイは真面目な顔でジェイに話した。
「このままでいいの?こうしている間にも、また犠牲者が増えるかもしれないのよ。」
「わかっている!」
ジェイは苛立ちながら言った。
そんなジェイの心を読んだのか、ケイは静かに言った。
「私が気に入らないのは知ってるわ。でも今、あなたがやるべき事は何なのか、もう一度考えてみて。」
普段の甘えた口調とは明らかに違う。ケイはまるで母親が子供に諭すように話した。その違いにジェイは少し圧倒された。
ジェイは麻のスーツを手に取り、外に出ようとした。
「ジェイ?」
「付いてくるな、と言っても付いてくるつもりだろう。」
「ジェイ……」
「付いて来たければ、勝手にしろ。」
ケイが笑顔で応えた。
「はーい!勝手に付いて来ま~す!」
ジェイとケイは初めの犯行現場にいた。
オフィス街の外れの小さな路地で、推定62歳男性の殺害現場だ。
ケイはタブレット端末の画面と犯行現場を見ながら検索している。
「ちょうど防犯センサーの死角から撃たれてるわね……」
犯罪の多いスターダスト シティだが、防犯センサーの設置率は低い。財政的な問題だが、戦後は特に物資の不足、財政難が深刻な問題となっている。かつてはパソコン、携帯電話の個人所有は当たり前だったのが、今では限られた企業や公的施設に限られており、個人所有は少数なのが現状だ。
警察だけが掌握しているセンサーの画像を、ケイは簡単に入手し自分のデータに取り込んだ。
「被害者はたぶんこの人ね。」
自営業の男で、事件の前後に行方不明となっている。確率は55%と表示されている。
「この男が携帯電話、もしくはパソコンを持っているか調べられるか?」
「携帯電話ならあるわ。でも利用しているサイトからは被害者に共通する手がかりは見当たらないわ。」
ここまでは警察も調べあげていた。それでもジェイは掘り下げて言った。
「裏サイトの繋がりは?」
「ちょっと待って……あったわ!これ!」
ケイが示した裏サイト『ディープタウン』、いわゆる出会い系サイトらしい。何重にもセキュリティが施されている。
そのセキュリティをケイは難なく突破していく。どうやら諜報活動も機能に組み込まれているようだ。
ジェイは顧客データをガブリエルに送るように指示した。
「行くぞ。」「おっけぇ!」
ジェイは何も言わないが、ケイはジェイがどこに行くのか解っていた。
ふたりはサイトの管理者の元に向かった。
薄暗い地下商店街の跡地にジェイとケイは足を踏み入れようとしていた。
小さな店が20件ほど建ち並んでいたが、全て閉店しており人気はない。閉鎖された空間に非常灯だけがぼんやり灯っている。
「あの一番奥の左側、あそこに管理人はいるわ。」
見るとそこにいないはずの人影が見えた。
「誰だ?」「!」
見覚えのある男女がそこにいた。
「ジェイ?」「ガブ、メアリー?」「ケイもいるのか?」
どうやらガブリエルとメアリーも狙いは同じらしい。4人はシャッターの閉まった店の前に来た。
「ここか?」「たぶんな。」
「ジェイ!」ケイが叫んだ。
とっさにジェイはシャッターに2発撃って叫んだ。
「離れろ!」「うぉ!」
メアリーを庇うようにガブリエルは出口に近い方に避けた。
バリバリッ!
シャッターは内側から十文字に斬られた。
そして中から黒ずくめの怪しい男が出てきた。
「フフフッ……いきなり撃ってくるとは、随分紳士的ですねえ……」
黒い無表情なマスクで顔は見えない。だが右手にした超高熱ブレードはかなり厄介だ。
「ジェイ!あたしを使って!」
ケイが叫んだ。しかしジェイは構わず拳銃を黒い男に向かって発砲した。
ガブリエルとメアリーも発砲したが、黒い男はまるで効かない。
「どうしましたか?それで終わりですか?」
マスク越しからも男の薄ら笑いが見えるようだ。
「おい!一旦引くぞ!」
ガブリエルは叫んだ。
「おっと!」
男は左手の銃で数発撃った。
「ぐっ!」「ガブ!」
ガブリエルの左脚に命中し、メアリーが悲鳴をあげた。
「逃がしませんよ……フフフッ!」
男とふたりの間にジェイが立ち塞がった。
「メアリー!ガブを連れて逃げろ!」
「ダメよ!ジェイ!」「やめろ!」
ジェイはさらに発砲したが、何事もないように男は近づいてくる。
「仲間を守るために自分は犠牲になる、素晴らしい!実に素晴らしいですね!」
すると突然、男は猛スピードでジェイをかわし、メアリーに近づいた。
「!」
「その勇敢な殿方に敬意を払い、殺すのは最後にしましょう……」
男の超高熱ブレードがメアリーを襲った。
「やめろ!」
「!!」
棒状の何かが宙を舞った。そしてジェイの足元に落ちた。
「メアリー!」
「フフフッ!今度は左腕を落としましょうか?」
右腕を切断されたメアリーは激痛で意識を失って倒れた。そしてメアリーをガブリエルは抱き締めた。
「どうです?仲間を守るために犠牲になるはずのあなたの目の前で、仲間が無残な死に方をするのは?」
「ジェイ!逃げろ!」
「……ふざけるな。」
「おや?どうしましたか?」
ジェイは激しい怒りを込めた眼で男をにらみつけた。
「どいつもこいつも気に入らんな……だが一番気に入らんのは……俺自身だ……」
「はあ?」
「俺のつまらん意地で、流さなくてもいい血が流れた……これほど気に入らん事はない……」
「一体何の話を……」
「貴様は黙ってろ!」
「なっ!」
ジェイの気迫に男は一瞬たじろいだ。
「ケイ、お前の力を借りるぞ。」
「やっとその気になったようね!」
ケイはそっとジェイの腕に抱きついた。
「フッ……いいでしょう、今度はあなたを無残に切り刻んで差し上げ……」
「黙ってろと言ったはずだ!このガラクタ野郎!」
「何だと……」
「ジェイ、デストロイモードの発動コードは何にする?」
ジェイは再び男をにらみつけた。
「……チェックメイトだ!」
「おっけぇ~!」
「!!!」
突然ケイの身体が光に包まれ、その光がジェイの身体をも包んでいった。
「ジェイ?」
その光が消えると、そこにはゴツい装甲に包まれた空間機動戦闘服が現れた。
対光学防御のミラーアーマーはスモークブラックでコーティングされ、禍々しい迫力があり、頭部は各種センサーが装備され、無機質な表情をしていた。
複数のロケットモーターとパワーアシスト機能で常人を遥かに超えたパワーとスピードを誇り、全身にあらゆる武器を装備したその戦闘力は計り知れない。
「ほう……そんな仕掛けがあったとは……面白い!人を殺すために我が身をサイボーグ化した私と、どこまで楽しめるか見ものですね!」
そう言って男は右手の超高熱ブレードを振り下ろした。
しかしジェイにはかすりもしなかった。右手にあるはずの超高熱ブレードは、すでに男の右手になかった。
「なっ!」
目にも止まらぬ速さでジェイは超振動ブレードで男の右腕を切断したからだ。
「こいつはメアリーの分だ。」
「くそっ!」
男はすかさず左腕のマシンガンを乱射した。
しかし弾丸は武装したジェイに当たる前に弾き飛ばされた。
「ば……ばかな?」
「なるほど……重力波防御システムか……」
ジェイは超高出力エネルギーライフルで男の左脚を撃ち抜いた。
「ぐあっ!」
「こいつはガブの分だ。」
そしてジェイはゆっくりと男に近づいた。
「く、くるな!」
マスクで顔を覆っているが、男は明らかに恐怖に震えていた。
ジェイは拳を降り下ろした。
グシャッ!
拳に装備された重力波破砕装置は、男の右脚を砕いた。
さらに左腕をつかむと、まるでガラスのように砕け散った。
「こいつは殺された被害者の分だ。」
そしてジェイは、男の頭にゆっくりと手を伸ばした。
「やめろ!やめてくれぇ!」
「俺を戦場に引きずり戻した罰を、受けろ!」
「ひぃぃぃぃー!」
「ジェイ!やめろ!」
ガブリエルは叫んだ。
ジェイの手は止まった。
「もういい……殺しはやめろ……」
一旦止まったジェイの右手は、男の頭をつかんだ。
バチッ!
「ジェイ……」
ジェイはガブリエルに向かって言った。
「脳神経に電流でショックを与えた。数時間の記憶はないはずだ。それよりメアリーは大丈夫か?」
「なんとか生きている……それよりもうじき警官隊がここに来るはずだ。お前はここを離れろ。」
「ガブ……」
「俺は何も見ていない……気絶したフリをするから大丈夫だ。」
ジェイはしばらく何も言わずにガブリエルたちを見ていたが、やがてロケットモーターを使い滑るように走り去った。
やがてサイレンの音が近づいてくると、ガブリエルは安心し、本当に気を失った。
数日後、
「何をやってる、メアリー!」
「あらジェイ!元気そうね!」
「お前ほどじゃない……」
メアリーは病院の中庭で中国拳法の型で元気に運動をしている。
「さっきガブに会ったら、メアリーはここじゃないかと言われた。それより右腕はどうした?」
「フフッ、新品よ!」
そう言ってメアリーは右腕を見せた。
「義手か?」
「そうよ!現場に復帰したら犯罪者どもを片っ端から締め上げてやるわ!」
「現場に復帰するつもりか?」
「そうよ!当たり前じゃない!」
鬼に金棒
ジェイの頭に東洋の古いことわざが浮かんだ。
「メアリー……」
「ん?どうしたのジェイ?」
ジェイは適切な言葉がなかなか出ないでいた。
そんなジェイの気持ちを察したメアリーは笑顔を見せた。
「ほらほら、そんな暗い顔するんじゃない!イイ男がもったいないぞ!」
「メアリー……俺があの時、しっかりしていたら、お前の右腕を失わずにすんだ……」
「ジェイ、ありがとう。」「?」「あの時ジェイがいなかったら、私もガブも死んでいたかもしれないわ。本当にありがとう。あなたは命の恩人よ。」
「メアリー……」
メアリーはそっとジェイを抱き締めた。そしてジェイの頭をなでた。
「あなたを見てると、ダニエルを思い出すわ。」
「ダニエル?」
「私の弟よ。生きていれば今のあなたぐらいの歳だわ。」
「似てるのか?」
「ええ……生意気でワガママで、可愛いところ……」
「……」
「あっ!メアリーさん!」
若い看護師がメアリーを見つけて走ってきた。
「お電話です。家族の方から。」
「ありがとう……あっママ?元気~!」
電話を取って数秒後、メアリーの顔が険しくなった。
「ちょっとまって!そんな……」
しばらく母親とのやり取りをした後、メアリーは別の所に電話をかけた。
「もしもし!あっ、ハンス課長……えっ!そんな……」
メアリーとガブリエルの上司、捜査1課課長ハンス ラリーと話をしているらしい。ジェイにも何となく内容は分かっていた。
「私はイヤです!」
通話は突然終わった。メアリーが機械化された右手で電話機を握り潰したからだ。
「ガブのやつ……許さない!」
早足で出ていくメアリーの後を追って、ジェイも中庭を出た。
中庭には、若い看護師が壊れた電話機を持って呆然と立っていた。
「ガブ!どういうつもり!」
「ん?メアリー?」
ものすごい剣幕でメアリーはガブリエルに食らいついた。
ガブリエルはジェイからの見舞品のバナナを頬張っていた。
「私の両親に密告するなんて!しかも課長を使って私を左遷させるとはどういうつもり!」
「左遷じゃない、転属を提言しただけだ。」
「同じよ!」
ガブリエルは今回の事件を期に、メアリーを捜査1課から外そうと課長と彼女の両親に働きかけたらしい。ガブリエルの行動はジェイにもよく理解できる。むしろ当然の行為だ。
しかしメアリーは納得しなかった。ふたりは病室である事を忘れて激しく口論していた。ジェイはただ見ているしかなかった。
しばらくして疲れたのか、お互い沈黙した。
その後、メアリーが口を開いた。
「そこまで言うなら、ひとつ条件があるわ……」
「な、何だ?」
メアリーはガブリエルに近づき、耳元でそっと呟いた。
ガブリエルの目が大きく開き、顔が真っ赤になった。
「メアリー……正気か?」
「正気よ、本気よ、マジよ!」
何の話をしてるのか、ジェイにはさっぱり分からない。
ただ、いつも余裕綽々で冷静なガブリエルが狼狽え、柄にもなく動揺しているのは確かだ。
こんなガブリエルは見た事がない。
「ちょ、ちょっと待てメアリー!」
「ううん!待たない!」
メアリーはさらにガブリエルに問い詰めた。
「それとも……イヤ?」
「だ、だからソレは……」
「……」
「……」
ガブリエルとメアリーは黙ったまま、じっと見つめあった。そして長い沈黙の後、ガブリエルが口を開いた。
「メアリー……分かった、その条件を飲もう。」
「ホント!ガブ!やったあ~!」
メアリーはガブリエルに抱きついた。
「イテテテッ!ばか!降りろ!」
その様子を見ながら、ジェイは声をかけた。
「取り込み中悪いが、説明してくれないか?」
メアリーが振り向いて言った。
「あらジェイ、いたの?」
「……」
スターライト シティの繁華街から少し離れたbar
『M.P.O 』
『Midnight.plus.one』というのか本来の名前だ。
中世のヨーロッパ風の店内は落ち着きがあり、独特の雰囲気がある。ジェイやガブリエルたちはよく利用しているが、客はあまり来ない。
そこにジェイとメアリーとケイ、そして退院したばかりのガブリエルがいた。
「それじゃあとりあえず、ガブちゃん退院おめでと~!」
パーン!
ケイが派手にクラッカーを鳴らした。
「ところでガブ、まだ詳しい話は聞いてないのだが?」
ジェイはガブリエルに尋ねた。ガブリエルは少し顔を赤くした。
「まあその……メアリーとはちゃんと付き合っていた訳じゃないんだが、何だかんだと気は合っていたし、こういう事になったのも……もしかしたらアリかなと……」
ジェイは大きくため息をついた。
「ガブ、俺は事件の事を知りたいんだが……」
「えっ!あっ!そ、そうか!そうだったな!」
こんな落ち着きのないガブリエルは初めてだ。
犯人は全身を機械化したサイボーグで、人を殺す事に快楽を感じる男だった。奴は携帯電話やパソコンで人を集め、秘密裏に人を殺すために相手を誘導し殺害を繰り返していたらしい。余罪については調査中との事だ。
「それより捜査部は犯人を再起不能にした人間を追っている。とんでもなく強い奴だからジェイも気を付けろよ。」
ガブリエルはジェイとケイに目配せすると、ニヤリと笑った。
メアリーも察しているようで、一切ジェイに尋ねたりはしない。
「それじゃあ事件の解決を祝って、おめでと~!」
パーン!
再びケイは派手なクラッカーを鳴らした。
「それにしてもケイ、お前は何者だ?普通のAIではないな……」
普段の能天気な振る舞いだけじゃない、時として妙に鋭い発言をするケイに、ジェイは怪訝な目で見つめた。
「う~ん……よくわかんなーい!」
旧ガルティス王国が開発した多目的汎用戦術戦闘兵器『K-6700』は、高度な戦闘システムである。今のところ、これを使いこなせるのはジェイだけだとケイは言った。
「それより今回のメインイベントは、何といってもガブちゃんとメアリーの結婚祝いでしょ!」
ガブリエルはメアリーの転属を望んでいた。その転属の条件としてメアリーが突きつけたのが、ガブリエルとの結婚だった。そして逆プロポーズを断りきれずにガブリエルは承諾した。
「それなんだが……」
ジェイはふたりを見つめた。
結婚というのが今一つ理解できないジェイは、まるで珍しい生き物でも見るような目付きだった。それでも一つだけ分かった事がある。
「ガブ……お前、尻に敷かれるな……」
ガブリエルは苦笑いした。
「ジェイ、お前もケイにいいように扱われてるじゃないか……」
「一緒にするな。」
そんな話をしているふたりに、ケイは背後から忍び寄ってきた。
「結婚おめでと~!」
パーン!
「うっ!お前いくつクラッカー持ってきた?大体他の客に迷惑だろ!」
「ん?他にお客さんなんかいないけど……」
「……」
「さあ!今夜はおもいっきり飲むわよ~!」
上機嫌のメアリーはバーボンのビンを掲げながら叫んだ。
今宵の店は戦場になりそうだ。
空になったバーボンを見ながら、ジェイはそう思った。
to be continue ……
どうも、スターダスト第3話です。
しかしながら順不同で書いていますので、この時点で15話分書いています。
メアリーも1話から出ているのに、初めて書いたのが10話と、書いてる本人も混乱してます。
こんなことなら、ちゃんと順番通り書けばよかったと反省してます。
書いているうちにストーリーも変わり、話の方向性も変わりつつあるので、一度大幅加筆修正。あるいは再構成しなければならないかもしれません。
その時はお知らせいたします。
この作品の根底にあるのは、
「人間」です。
人間ってなんだろう?そんな事を探求しながら書いています。
愛、友情、憎悪、命、喜び、悲しみ、争い、
そんなものを描けたらいいな、と思います。
これからもよろしくお願いいたします。