魔王が人間に解放される
不毛だった。実に不毛な言い合いを繰り返しお互いに疲弊した。恐らく敵は、我を洗脳しようとしているようだが、そんな卑怯な手には乗らない。
「無駄だ! 我は魔王、魔王なのだ。この事実は変わらん! コスプレと言う意味不明なものでも、設定とやらをしている訳でもない! 我はレジストリア。職業は敢えて言うならば魔王。年齢は300歳。住んでる所はノアシュバルト城。趣味は――」
「あんたいい加減に――」
そう女が我の胸倉を掴もうとした時、男が仲裁に入ってきた。
「わかったわかった、もういいね、花ちゃん。こんな強情なコスプレイヤー初めてだよ。もういいから。君はそのノアシュバルト城とやらに帰りなさい。いいね、花ちゃん」
そう男がこちらに笑いかける。
「……殺しもせず、嬲りものにもせず、我を解放しようと言うのか?」
「するか! 不審者なぐらいで! まあ、身元がわからないのは残念だが、こっちも事件性が無い物にいちいち関わっておられん、いいね花ちゃん」
そう言って男はドアを開けた。
「まあ……交番長がそういうなら。二度と来るんじゃないわよ!」
そう言って凶暴な女は引き下がった。
今、起こっている光景が信じられなかった。一度捕虜にされれば、待っているのは厳しい拷問、そして死だ。確かに翼も角はもがれたが、紛れも無く我の五体は無事だ。
「……恩には着ぬぞ」
「はいはい、じゃあせいぜい頑張って。あっ、この翼と角! 持ってって」
そう言って女が翼と角を我に持たせた。
「貴様……再生できぬとでも思ってるのか? 我の魔力があれば――」
「わかったから! とにかく、もう接着剤使っちゃ駄目よ、危ないから」
「今度は渋谷じゃ無く秋葉でな。その時は一コスプレイヤーとして歓迎するよ」
男は満面の笑みで親指を突き立てた。
外へ出ると、すでに雨が上がっていた。
――我は、情けを、かけられたのか。
そう実感すると、屈辱で怒りが込み上げてきた。