全滅しました
「なあ、みんな。考えてみたんだが、一度戻らないか?」
極力平静を装い、かつこれまで人生で味わったこと無い緊張に包まれながら提案した。さすがに光のオーブ無しじゃ、勝ち目がない。
それに、何より、忘れたこと、バレたくない。
「らしくないな。今まで、どんな敵にも勇敢に戦ってきたお前が。まあ、絶対に負けられない戦いを前にして、臆する気持ちはわかるがな。世界の存亡が俺たちに掛かっている訳だしな。しかし、態勢を整えている時間はない。お前にだって、当然わかっているだろう?」
拳法家シリュウ=マダツカが不敵に笑った。拳聖と呼ばれ、大陸に数千人もの弟子を持つ大武闘家だ。
もちろん言わずもがな、骨身にしみるほどわかっていた。解読困難な古文書から断片的に入手できた貴重な情報によれば、光のオーブは一〇〇年に一度、この日にしか使用できない。そして、置き忘れてきたベルルーダの酒場にあるトイレまで、往復で最低二日は掛かる。
先ほどから足の震えが、止まらず、かつてないほどの悪寒が襲ってきた。
なんとか、ごまかさねばいけない。全滅するのは、もうしょうがない。
しかし、忘れ物して、全滅したと思われるのは、末代までの恥だ。とりあえず、少しここで考え――その時、扉が勝手に開いた。何故か。一人でに。
――なーぜーあーくーっ!
眼前には魔王レジストリア。不敵な笑みを浮かべながら、玉座でワイングラスを傾けていた。中の真紅の液体は人間の生き血だろうか。後ろには、ドラゴン、ゴーレム等屈強な魔物や魔族たちが控えている。
「ククク……とうとうここまで来たか、愚かなる人間どもよ。お前ら如きの力で、我に刃向おうなど片腹が痛いわ」
絶大な魔力が俺たちを圧倒する。凶悪な容姿に思わず戦慄を覚える。魔王と呼ぶにふさわしい姿が、そこにはあった。
ええい、やったるわい!
「みんな、行くぞ!」
そう号令を掛けた。
「お、おいアレは出さないのか?」
戦士リアンが不審そうにこちらを見た。
「馬鹿野郎! ア、アレはもっと弱らせてからに決まってるだろう! あちらの手の内もわからず使えるか! もっと考えろ!」
「す、すまん」
「いや、いいんだ」
取り繕うために、思わず口調が厳しくなってしまった。
「とにかく行くぞー!」
こうして最後の戦いは幕を開けた。




