魔王がお風呂に入る
花に傷口を抉られ、瀕死の重傷になっていたところ、またしても千草に助けられた。この者には、いずれこの国の統治者たる権力を与えたいと思っている。
「ふぅ……」
――これが風呂か。お湯につかるだけの何気ない行為だが、非常に気持ちのいいものだ。我らにこのような文化は無く、常に水浴びだったので今後はこのような習慣も取り入れたいところだ。
ボディーソープ。こうやって濡れたタオルにつけて身体に擦ると、身体が清められいい匂いがするらしい。シャンプー。これを髪の毛に使用すると髪の毛がサラサラになるらしい。洗顔。これを顔に塗りたくると、顔がサッパリとするらしい。
一通り千草から手ほどきを受けたので、苦労なく身体が清められた。
再び風呂に入って、まったりと過ごす。
「あの……魔王さん。タオルと着替え、ここに置いておくから」
そう扉越しに千草の声が聞こえる。
「ああ……すまんな」
「ねぇ、魔王さん。一つ聞いてもいい? さっきの初恋の話……結局、どうなったのかな?」
そう千草の柔らかい声が聞こえた。
「……お前は愛せるか? 親も友人も、大切な全てを奪った者を」
千草は何も言わなかった。
「わかったろ? そう言うことだ」
そう呟くと、千草の足跡が聞こえた。
再び天井を仰いで、ため息をつく。
――でも……親も友人も、大切な全てを奪われても、私の気持ちは無くなってくれないのよ
あの女が口にした最後の言葉が、脳裏に蘇って来た。
あの日の、あの夜から会っていない。いったい、あの女がどう生きて、どう死んだか……もはや知る余地は無い。




