魔王が人間に自己紹介する
口の中にまろやかさが拡がり、それでいて肉の淡泊さが程よい調和を創っている。
――何たる味わい、何たる美味さ。
「この……かつ丼とやらをこしらえたのは、有名な料理人か?」
「うーんまあ、この渋谷で店出して頑張ってんだから。中々のもんじゃないのか?」
――恐るべし。このような美味な料理が『中々』とは、人間の食のレベルを侮っていた。
「ところで、あんたは今日泊まるところはあるの?」。
「……なぜ我の動向を気にする」
我を泳がせておいて、一網打尽にする気か? 中々喰えない奴だ。
「あのねぇ、見た所家出でしょ? どうせ『どうしても東京でコミケがあるんだい』とかって家出して来たとかそう言うオチでしょ。いや、いいのよ。お姉さんたちはそう言うの結構見てるんだから。でも、あなたが大丈夫だって考えても大人はやっぱり心配なのよ。ねえ、頼むから名前だけでも教えてくれない?」
その女が懐柔するような声でこちらを誘導するが、そんな手は、喰わん。
「貴様……人間と言うのは礼儀と言うモノを知らんらしいな。まず、自分から名乗るもんだ。己など、我が配下になれば無礼千万で即撫で斬りだ」
「ぐっぬぬぬぬっ……わかったわよ。仙道花、これでいい?」
そう女は自己紹介した。
「……お前は?」
そう言って、隣の男に尋ねた。
「僕は、松田茂っていいます」
やはりこちらの方が礼儀正しい。あの凶暴な女とは一味違うな。
「さあ、これでいいでしょ? あなたの名前教えて」
女は書類を書きながら尋ねてきた。
――仕方が無い。礼には礼で答えるのが魔王の流儀だ。
「魔王レジストリア」
「このガキふざけんじゃねェ―――――!」
「は、花ちゃん、落ち着いてっ!」
そう茂という男が、取り乱した凶暴な女を必死に抑えていた。




