魔王がかつ丼の誘惑に負けた
結局、先ほどの拷問部屋に舞い戻って来てしまった。
「……どういうつもり! 二度と来るなっていったでしょうが!」
そう言って先ほどの黒髪の女が机を強く叩く。
「それは、あの狂人に聞いて欲しいものだな。どうしてもその……『肉まん』とやらを食って欲しいと言っておいて、許可をだした途端抵抗するとは。とんだ詐欺師だ」
「そりゃ売りたいんだからそうするでしょ! アホですかあんたは」
わ、我に向かって阿呆だと……いつか貴様の子々孫々まで根絶やしにしてやる。
そう心に決めた所で、腹の音が鳴った。
「……なによそんなに腹減ってんの?」
女は不機嫌そうに尋ねてきた。
「そんな訳なかろう!」
敵に弱みを見せるとは一生の不覚。
「はぁ、聞いたあたしが馬鹿だったよ。交番長。ちょっと早いけどかつ丼頼みますね」
ため息をつきながら女は何やら変な板を持って独り言を言い始めた。
それから、ほどなくして食欲のそそる匂いと共に男が来た。
「お疲れ―っす。シゲさん、毎度どうも」
愛想よく言ってその男は、鉄の箱から恐らく食料であろうものを三つ持って来た。
「ねえ、食べたい?」
そう言いながら女はその食料の茶色い部分をヒラヒラさせる。
「そ、そんな訳無かろう」
――羨ましくなんてない、お腹なんか減ってない、食べたくなんかない
「はぁ、もう少し素直になりなさいよ、ホレ」
そう言って女は我の前に、食料を差し出した。
「お前らどうしてもと言うのなら仕方が無いな」
例え、憎き人間でも、差しだされた行為を無下にするなど道理に反する。
決して、食べ物に釣られている訳では、無い。
「いや、別にどうしてもと言う訳じゃ――」
言い終わる前に、その『かつ丼』とやらを鷲掴みにして口に放り込んだ。




