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新説 呂布奉先伝 異伝  作者: 元精肉鮮魚店
第四章 彷徨える龍

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第七話

 いざ予定を立てて行動を開始しても、なかなか予定通りに進まないと言う事はさほど珍しい事ではない。

 その場合大きな問題に発展する事もあるが、ごく稀により有利な展開になる事もある。

 呂布の場合、今の戦況だけでいえばその稀有の例の方の予想外な事が待っていた。

 魏越が情報提供の条件として守ると約束した集落が敵の拠点近くであり、呂布の遊撃隊がその集落にたむろしていた賊軍を撃退して、ひとまず魏越の結んできた条件を達成する。

 それで話は終了だったばすなのだが、条件を出してきた側がまさか本当にやってくれるとは思っていなかったらしく、自分達を張燕軍から開放してくれた事を呂布達が思っていた以上に喜び、物資供給まで提案してきたのだ。

 呂布としても敵拠点近くに補給基地があれば動きやすくなるので魅力的であったが、呂布はその提案をやんわりと断り、一息つけるだけの場所を提供してもらう事にした。

 それには簡単な理由がある。

 この集落が、そこまで豊かなものには見えなかったからだ。

 遊撃隊としては少ない言っても、それぞれが数十騎を率いているので全員の総数で言えば百で済む数ではない。

 それだけの人数分の食料の蓄えが、この集落にあるとは思えなかったためである。

 この判断に集落を守ると勝手に約束してしまった魏越は感謝していたが、予想外に、と言ってはなんだが成廉や趙雲からも反対や不満の声は出なかった。

 魏越と成廉は袁術軍からは賊軍扱いを受けていたが、彼らはここの張燕軍とは違い袁術軍に参加する事をよしとしない中立勢力で敵対していた為に賊軍の認定をされていたのである。

 この集落の気持ちが分かる為、無理な協力要請や物資供給の強制をするつもりは最初から無かった。

 趙雲には相当変わったところがあり、基本的に物欲に乏しいところが見受けられるので、彼にとっての優先事項として身入りや報酬の多可より作戦の可否や自身の能力向上の方に、興味が向いているようだった。

 場所を提供してもらうと言っても、別に民家などを提供してもらうと言う訳でもなく、集落の近辺に野営地を築く事の許可を得ただけの事ではあるのだが、それだけでも山の中の野営に比べると心身共に休まるのは有難かった。

 快適に、とまではいかなかったものの、当初予想していたより十分な休養の取れた呂布遊撃隊は、いよいよ黒山賊軍の拠点に向かって攻撃を開始する。

 呂布遊撃隊の戦い方は、当初の通り。

 呂布が初手で攻撃して、魏越と成廉による波状攻撃の後、趙雲の攻撃を最後に撤退。

 非常にわかりやすく単純な攻撃方法なのだが、その破壊力はとても単純で分かりやすいものではなかった。

 袁術軍を相手に実戦経験を積んできた魏越と成廉の連携は、それぞれが独立した部隊と言うより双頭の獣かと思わせるほど息のあった動きを見せ、そこだけで言えば呂布と張遼の連携にさえも劣らないかもしれない。

 遊撃隊最年少の趙雲は、これまで袁紹軍の一歩兵であった事から少人数であったとしても部隊の指揮経験は無いはずだが、それにも関わらず自分の部隊を意のままに操っている。

 部隊長としては初陣であるが、それでも十分な実戦経験を積んできた魏越と成廉と比べても、個人の能力では何ら劣るところがなく、連携の善し悪しを別にすれば魏越より高評価を与えても良いくらいだった。

 だが、やはり何といっても呂布である。

 もはや人の域に収まりきれないその戦闘能力の高さは、文字通り一騎当千と言うにふさわしく、本人は否定するだろうが本当に一騎で千人の敵を屠ってしまえるのではないかと思わされる。

 呂布自身の人並み外れた武芸もさる事ながら、もう一つ大きな支えがあった。

 同じく規格外の能力を持った、赤兎馬の存在である。

 並外れた巨躯だけでなく最初の一歩目から他の馬を圧倒する初速の速さと、その速度が衰える事無く走り続けられる体力もそうだが、何よりの知能の高さが群を抜いている。

 騎乗する呂布もそうだが、赤兎馬も視野が広く、危険な敵や場所を避ける為の予兆を捉える能力が極めて高く、必要に応じて殺人的破壊力を持つ蹴りで反撃する事もあるのだが、それよりも目で他の馬を威圧する能力が高い。

 それによって騎馬の出足を挫く事が出来るため、呂布は賊軍の騎馬隊に対して常に先手を取り、余裕を持って撤退する事が出来るのだ。

 朝から始まった黒山賊軍の拠点に対する攻撃は、日が暮れるまで幾度も繰り返され、それによって戦いの形も大きく変わり始める。

 呂布の遊撃隊としては自分達に目を向けさせる事だけが目的だったのだが、その高過ぎる実力から必要以上の注目を集め、点在する黒山の賊軍の拠点から全軍をこの場に呼び寄せる事となってしまった。

 これによって一時呂布遊撃隊は壊滅の危機を迎える事になったが、宋憲の機転によって危機を脱する事に成功する。

 宋憲は連絡役と言う役割上、基本的に戦闘に参加しない。

 また、当初は呂布遊撃隊の痕跡を誤魔化して本隊へ誘導すると言う役割があったのだが、宋憲は見事にそれをやってのけた。

 自ら囮となって集まってきた賊軍の一隊を引きつけ、その部隊を顔良率いる本隊の近くまで誘導する事に成功したのである。

 その一隊は急遽宋憲の追撃から反転して拠点へ逃げ込んで、本隊接近の報を拠点に持ち帰る。

 それによって賊軍は呂布遊撃隊の殲滅ではなく、一度拠点に戦力を集中させて再編して本隊に備えるようにした。

 その隙に呂布遊撃隊は賊軍の包囲から離脱、ほとんど犠牲を出すこと無く再度合流する事に成功した。

「宋憲殿、ありがとうございます。助かりました」

 遊撃隊が合流した時、趙雲が宋憲に頭を下げて礼を言う。

「いや、これは自分の手柄と言うより、皆さんに何かあっては自分も助からないので自分自身が生き残る為に皆さんにも生き延びてもらわないといけなかっただけでして」

「いやいや、価千金の働きでした。さすが袁紹軍で将軍位についているだけの事はある」

 成廉も絶賛するが、褒められ慣れていないのか宋憲はしきりに照れてしまっていた。

 配置上呂布と魏越は比較的簡単に脱する事が出来たのだが、趙雲と成廉は急遽やってきた賊軍に補足される恐れがあり、その場合にはいかに能力が高くても数が違うのでそのまま飲み込まれるところだった。

「ですが、予想外に戦闘が激しく、被害状況はほぼ出ていないとは言え、矢や武器の損耗が激しいですね」

 宋憲が遊撃隊の状況を見て言う。

 実は呂布自身、そこに自分の落ち度を感じていた。

 あまりにも上手く行き過ぎていた為、勢いを押さえる事が出来なかったのだ。

 この遊撃隊は何よりも機動力を優先して編成している為、兵糧も武具も手持ちの分しかない。

 呂布もそれほど多くの矢を持っている訳ではないので、あと数回戦闘を行った場合、弓矢による間接攻撃そのものが行えなくなってしまう。

「我々も把握できていなかったのは、迂闊でした」

「いや、これは魏越や宋憲殿ではなく、単純に状況判断の甘かった俺の落ち度だ。ここは素直に本隊か別働隊から補給を受けよう」

 呂布は速やかに決断する。

 ここで補給に向かうと言う事は、これまでかけ続けた重圧が無駄になる上に敵軍に時間を与える悪手なのだが、そもそも戦う事が出来ないのでは仕方が無い。

 魏越や成廉も思うところはあるが、呂布の判断も間違っていないのは分かるので、反対意見を出せなかった。

「いや、全軍で離れる事は無いのでは? 例えば私が補給物資を受け取りに出向くと言うのはどうでしょう? そうすれば私の物資で呂布将軍は一戦に耐える事は出来ましょう。せっかくここまで追い詰めておいて、わざわざ落ち着かせる余裕を与える事はありません」

 趙雲だけは徹底抗戦を唱えて、譲ろうとしない。

「だが、それだと子龍が戦えないだろう?」

 成廉が尋ねると、趙雲は笑って首を振る。

「私が戦えないとしても、それは補給物資を受け取る片道のみ。いざとなれば逃げるだけで戦う必要無いのですから、無駄な重量になる矢や武具は必要ありません」

「いや、しかし……」

 趙雲の提案に魅力はあるものの、危険過ぎる。

 趙雲の一隊の物資を吸収すれば、確かに一戦に耐える事は出来るかもしれないが、その一戦の規模が分からない以上、ただでさえ少数の遊撃隊の一隊を無力化するのは物資不足以上の戦力低下を招く。

 しかも趙雲の一隊が補給を受ける前に敵軍に補足された場合、趙雲には戦う術が残されていない状況となり、本人が言うほど簡単に逃げ切る事など出来るはずもない。

「ご報告です! 友軍の一隊が近付いてきます!」

 物見の一人が呂布達の元へ来て言う。

「友軍? どういう事だ?」

 呂布は首を傾げるが、魏越や成廉は不思議そうに顔を見合わせるだけで、趙雲も何が起きたのか理解出来ていない。

「探しましたぞ、呂布将軍。おそらくお困りであろうと文遠からの提案で、多少なれど物資をお持ちしました」

 やってきたのは審配だった。

 文字通り喉から手が出るほど補給を受けたかった呂布の遊撃隊にとってはこの上なく有難いのだが、さすがに不可解に過ぎて敵軍の策を疑ってしまう。

 しかし、呂布の遊撃隊の全員が審配を見知っているので、全員を騙し通せるほどの偽者が偶然にも敵軍にいたとは考えにくい。

「実はこれにはワケがありまして」

 連絡役の宋憲は、呂布が敵拠点を攻撃すると決定した時、本隊と別働隊にその場所と行動指針を伝えていた。

 顔良の本隊はそれによって敵拠点に向けて進撃を開始したが、別働隊は行動の足を速めるだけではヌルいと考えたらしい。

 特に張郃がそう主張し、当初の目的地ではなくより敵拠点の近くに布陣して、敵に圧力をかけるべきだと提案してきた。

 郭図の策では別働隊は人知れず退路を断つ予定だったが、それはあくまでも賊軍の討伐の為。それであれば呂布遊撃隊が敵拠点を攻撃すると言う事だったら、あえて姿を晒して呂布遊撃隊と連携して敵軍に圧力をかける方が良いと、張郃は提案してきた。

 張遼が賛成しただけでなく、軍師である審配もそれには一理あると納得した。

 呂布遊撃隊の戦闘能力の高さは張遼、張郃の両名が太鼓判を押すほどであったが、その身軽さ故に物資の少なさが致命的である事を張遼が指摘して、もっとも足が早い自分こそが補給物資を届けるに適任だと主張したが、それには審配が反対した。

 敵軍に姿を晒して退路を断つ事は、場合によっては敵軍の全面攻撃を呼び込む事になる。

 その場合、戦闘能力の高い張遼と張郃には、戦線を維持する為に働いてもらう事になるのだから、補給物資を届けるのは戦場で仕事のない自分の役目であると審配があえて危険な任を引き受けたのだ。

 宋憲の伝令であっても進軍中で、かつ戦闘中の遊撃隊の位置を正確に知る事は出来なかったのだが、そんな中で審配は地形や戦場の情報からこの合流地点を割り出したと言う。

 確かに速度の上では張遼が審配より数倍早いが、これほど早く呂布達と合流出来たかは分からない事を考えると、審配こそが適任であったと納得させられる。

 これによって、翌日からの戦闘は大幅に様変わりする事になった。

 敵軍も見えるところで退路を断たれる動きを見せられては、それに対処しない訳にはいかないので、一見すると総力戦の様に見える戦いとなったのだが実際には総力戦どころか、より一方的な戦いになっただけであった。

 退路を断つ動きと言っても、現在では張遼の一隊のみでその布陣は極めて薄い。

 張燕でなくても、今であればあの一隊を突破すれば現状を打破出来ると考えるのは明白だった。

 その賊軍の動きに、張遼は徹底抗戦の構えを見せ、薄い陣営であっても決して退かない意志を見せる陣を敷いて賊軍を迎え撃つ。

 が、張遼にその意志があったとしても、賊軍は張遼のところまで届かなかった。

 その賊軍の背後や側面から呂布、魏越、成廉、趙雲の四隊が続々と攻撃してきたのである。

 その四隊はそれぞれが順次攻撃しては退き、わずか数十騎しか率いていないとは思えない攻撃力を見せつける。

 それは軍師審配が宋憲より緻密かつ苛烈な攻撃を指示しているからでもあったが、突撃する十数回、呂布遊撃隊は被害らしい被害も出さず、賊軍を圧倒して削り取っていく。

 賊軍の足が止まったところで、張遼の布陣に張郃が合流して退路を完全に断たれたところを見せられ、賊軍は拠点へ引き返すしかなくなって、事実上この戦いは集結した。

 その頃にようやく顔良率いる本隊が到着したものの、戦闘に参加する事も出来ずに賊軍は降伏してきた。

「馬の中で赤兎馬を超える名馬は存在せず、人の中に呂布を超える英雄はいない」

 敵味方共に、この戦いで呂布を賞賛して口々にそう言い、これによって呂布は、

『馬中の赤兎、人中の呂布』

 と称される事となった。

 が、呂布には致命的な弱点があった。


 悪意に対して無防備である、と言う致命的な弱点が。

盛りました。


この戦いは正史にもある戦いで、呂布軍が一方的に張燕軍に勝つ戦ではありますが、数十日かかった戦いです。

本編のように数日で戦いが集結したと言う事はありません。

ついでに言えば、呂布、魏越、成廉はともかく、その他の武将、特に袁紹軍の武将達に参戦の事実はありません。

まあ、この時の袁紹軍は公孫瓚軍との戦に注力している状態ですので、顔良や郭図などを派遣していたとは思えません。

ただ、公孫瓚との戦いの主力が麴義であった事を考えると、ひょっとすると張郃は派遣されていたかも。


ちなみに、ドラマ『スリーキングダム』では最初から広まっている呂布の異名として名高い『馬中の赤兎、人中の呂布』ですが、この戦でついたあだ名であり、その例えから想像を絶する戦いだったのでしょう。

厳密に言えば意味は若干違うものの、本文中ではおおよそこんな意味として使っています。

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