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新説 呂布奉先伝 異伝  作者: 元精肉鮮魚店
第一章 荊州の若き武神
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第三話

「おう、文遠。あの審配ってヤツはどうだった? ビビってなかったか?」

 高順が戻って来た張遼に言う。

「ビビっては無かったですよ。軍師を目指すって言ってた割には不器用そうですし、けっこう周りと衝突する人じゃないですかね。悪い人じゃないんでしょうけど、ただの伝令役って人では無いでしょう」

「同じように周りと衝突してる文遠だから、よく分かるんじゃないか?」

 高順の言葉に、呂布も笑ってしまう。

「そんな事より高さん、五日間五万の黄巾軍を足止めする方法が聞きたいですね。何かよほどの策があるんでしょう?」

「勝たなくても良いんだろ? だったらやりようはあるって事さ」

 高順はそう言うと、集まっている部屋の机に大小の石を並べていく。

「睨み合っている間にやる事が無くてな。せっかくだから黄巾の奴らの情報を聞き出しておいた。これが今の布陣だ」

 高順が、向かって左側の小石を指差す。

「ここに兵糧やら何やらの物資を置いた補給基地的なモノだ。合わせて五万もの大群なのに、どう言うわけか守備隊は手薄だ。手柄が立てられないから、守備隊は嫌がられるらしい。守備隊は三隊で合わせて六千前後。一隊二千程度らしいから、それはもう、狙って下さいと言っているようなモノじゃないか?」

「俺も似たような事を考えてました」

「……いや、ダメだ」

 高順の提案に張遼も賛成していたのだが、呂布は否定する。

「何でだよ、奉先!」

「狙いは良いと思うんですけど」

「狙いは良いと思う。高順が狙うのであれば、まず間違いなく上手く行くだろう。だが、そうするとどうなる? 漢軍の本隊が迫ってくる上に、食物まで奪われたら黄巾軍は本気で徐州に流れ込むぞ」

 呂布の懸念に、二人は唖然とする。

「まだ徐州を気にしてるのか? それじゃ奉先、今の大群が徐州を狙わないのはそう言う事なんだ?」

「余裕さ。戦う気の無い徐州はいつでも取れると思っているんだ。まずは小うるさい連中を潰しに来てると言う事だろう」

 呂布はそう判断しているのだが、高順だけでなく張遼も納得していないみたいだ。

「でも漢軍の大群が来たら、徐州を守りきる事は難しいですよ」

「本腰を入れて来たところからが勝負だろう。そこから三日だな」

「奉先、それこそ無茶だぞ。五万の数がやる気になったら徐州を守るどころか俺達だって三日どころか半日も持たないぞ」

 高順の言う事ももっともだ。

 歩兵に対し騎兵の方が圧倒的に有利であり、装備も練度も比べ物にならないと言っても、三千対五万の物量差はどうしようもない。

 先の接触でさえどうしようもなかったのだから、今までにらみ合いを続けてきたのだ。

「そうだ。時間を稼ぐのなら、いい考えがありますよ」

 張遼は、高順が並べた黄巾の布陣を見ながら言う。

「補給基地を狙うんです」

「文遠、お前は俺を馬鹿にしてるな。馬鹿にしてるだろう」

 高順が凄むと、張遼は首を振る。

「違いますって。狙うだけでいいんですよ。少数の陣を次から次に。とにかく弱そうなところとか少ないところを狙って、とにかく守備隊を増やすんです。それで戦う数を二万は分散させる事が出来ると思います」

「それでも三万か」

 呂布の言葉に、張遼は頷く。

「俺達も戦うとしたら、もう少し徐州寄りに戦う方が良いです。将軍もそれだったら、徐州を守りやすいでしょう」

「それだと徐州に入られないか?」

「そこは仕方が無いですよ。いい加減火事に気付いてもらわないと。俺達は荊州軍からの援軍であって、徐州を守るのは徐州軍であるべきなんです。それでも消火活動に参加しないのであれば、それはもう焼かれても良いと言う事でしょうから」

「文遠は怖い事言ってるけど、まさにその通りだ」

 高順が賛成する。

「将軍は何もかも背負い過ぎです。そんな調子ならいいように利用されて、手柄は他人に奪われて残るのは貧乏くじだけ、って事になりますよ」

「もうだいぶ前からその状態だと思うけどな」

「俺の事より、それを誰がやるかを考えた方がいいだろう」

 呂布が言う様に、その事の方が急務である。

 三人が三人共に長所と短所がある。

 まずもっとも適任と思われるのは圧倒的な武勇を誇る呂布なのだが、総大将である呂布が別働隊を率いると言うのはあまりにも危険である。

 張遼の騎乗術とその速さは呂布にも匹敵する。個人の武勇も相当な高さであることは誰もが認めるところだが、やはり若過ぎると言う問題は避けて通れない。

「高順、行けるか?」

「おいおい、元々言い出したのは俺だぞ? 最初から俺が行くつもりだったさ」

「だが、兵力も半数の千五百までしか出せない。それでも成功させ、しかも生きて帰ってくる事が条件だ。それが約束出来ないのであれば、俺が行く」

 呂布の言葉に、高順は拳で呂布の鎧を叩く。

「派手にやって良いんだよな? 難しい事は抜きで。それならやってやるさ」


 漢軍動くの報が届いたのは、審配が来た三日後だった。

「話が聞こえてきたと言う事は、もうひと踏ん張りだな」

「高さんも頑張ってますから」

 張遼が言う様に、高順は神出鬼没な遊軍として至るところに現れている。

 一日目には二千の守備兵に奇襲をかけ、守備隊の守る砦を三つも落とし、二日目には守備兵が三千に増えたにも関わらず一つの砦を落としている。

 いかに黄巾軍に油断があったとはいえ、千五百の騎兵で一万近い敵を破り、守備隊は今では一隊四千の三部隊となり、徐州へ向けられる黄巾軍の数は三万を割っていた。

 それでも呂布達の率いる荊州軍は千五百と言う事を考えると、まだ敵は二十倍近いと言う事になる。

 そこでついに黄巾軍が動き始め、荊州軍を狙ってきたのだ。

「漢軍が来るより先に、黄巾の波が来たな。文遠、行けるか?」

「行けるって、どこにですか?」

「文遠、お前は攻めてこそ活きる。先手で奴らの鼻っ柱をへし折れるか?」

「三万の敵に当たれ、と?」

 張遼はさすがに確認したのだが、呂布はそれに対して首を振る。

「当たっちまうと、俺やお前でも五千から一万は無いと戦えない。疾さを最大限に活かして、大群をつつくんだ。捕まらないように、飲み込まれないように逃げ回りながら、つつくのが目的だ」

「……なるほど、やってみます」

「兵力はどれくらいだ?」

「五百。それ以上は脱落者を出すでしょうから。将軍こそ、千で大丈夫ですか?」

「負けなければ良いんだから、やりようはあると思う」

 呂布は自然な口調で言うが、張遼はさすがに心配だった。

 いかに負けなければいいと言っても、千で三万近い敵の前に立たなければならない。

 言ったのが呂布でなければ鼻で笑って、信じる信じない以前の問題だったのだが、言ったのは呂布奉先である。

 分の悪い賭けであるのだが、呂布奉先であれば賭けてみる気になれるくらいの勝算と言えた。

 先に出た高順も、張遼と同じように考えていたはずだ。

「文遠、無理はするなよ。隙を見つけたらそこを突くだけでいい。無理に隙を作ろうとしなくても良いからな」

「わかってます」

 張遼はそう言うと、五百の騎兵を率いて出撃していく。

 呂布はまず残った千名を二部隊にわけ、片方を城の守備に置く。

 守備隊にはカカシを作らせ、少しでも兵士が多く見えるように水増しする事が目的である。

 残る五百に弓矢と槍を持たせて、呂布自らが率いて出撃する。

 呂布が拠点としている小城の付近は拓けた地形の多い徐州の入口にしては若干入り組んだところがあり、黄巾軍は大群を展開させて活かす事が出来ない。

 個々の武勇を比べるのであれば、黄巾軍と荊州軍では比べ物にならないほどに荊州軍の方が高いので、時間稼ぎを目的とするのなら充分だった。

 問題は戦い始めた当初から、物量差である。

 個々の武勇の上に地の利を得ていると言う事もあって、荊州軍は互角以上に戦っているように見えるが、集中力を切らした時点で呑み込まれる事になる。

 それを敵味方に感じさせない為にも、呂布は自ら陣頭に立って矢を射かけ、戟を振るった。

 今戦っている集団が、信仰厚い黄巾党の信者集団であれば、いくら呂布であったとしても勝目は無いどころか時間稼ぎも不可能だった。

 しかし、黄巾軍の大半は信者と言うよりはただのゴロツキに近い。

 恐るべき戦闘能力を持つ呂布奉先に対し率先して戦いたがる命知らずは少なく、太平道に命を懸けている集団ではないのだから、時間稼ぎも出来ている。

 呂布が見出していた勝機はまさにそこであり、それは九割方上手くいっていた。

 押し寄せてくる黄巾軍に対し、荊州軍は矢を射掛ける。

 荊州軍は精鋭揃いの上に、呂布奉先と言う絶対の精神的支柱もあるので、圧倒的大軍を前にしても瓦解する事は無い。

 黄巾軍の前進が止まり、荊州軍も一息つけると言う時、呂布も含む荊州軍の全てが目を疑うような事が起きた。

「将軍……」

 精鋭揃いの荊州軍であったとしても、その動揺は小さなモノではなかった。

「まさか、こんなところでこんな手を打ってくるとはな」

 呂布は馬上に戟を持った状態で、眉を寄せて黄巾軍を見る。

 完全に足を止められた黄巾軍の一軍と入れ替わりで出て来たのも、一応は黄巾軍だと言える。

 大きな違いがあるとすれば、歩みが遅いと言う事と、五体満足な者の数が極端なまでに少ないと言う事だ。

「死者の軍勢、か。噂だと思っていたが、どうやら本当に妖術師がいるみたいだな」

 呂布はそう言うと、戟を構える。

「だが、死者の軍勢が生者の黄巾軍より強いのであれば、もっと早くに現れていたと思わないか? 漢軍が迫っている今、追い詰められている黄巾軍の切り札がコレだとすれば、俺達ではなく漢軍の本隊にぶつけそうなモノじゃないか? 化けの皮を剥がしてやる」

 呂布はそう言うと、荊州兵の士気を取り戻す為に単騎で死者の軍勢へ突撃する。

 死者の軍勢は動きが重く、呂布の姿を見ても、その手にある戟の前に薙ぎ倒されて行くのを見ても、前へ前へと足を進めていく。

 手に武器を持ってこそいるが、それをただ振り回すだけで高度な技を見せるような事は無い。

 戦闘集団としての死者の軍勢は、正直に言うと話にならないほどに弱く、単純な能力差で考えれば荊州軍とは比べ物にならない。

 死者の軍勢の方が厄介なところといえば、痛みや恐怖に怯むことなく前に進んでくる事と、見た目の不気味さ故にこちらが怯む事である。

 腕を切られようと首を落とされようと、文字通り這ってでも前進を続けるその姿を見せられては、生物としての恐怖心を煽られてしまう。

 呂布は単騎で散々に死者の軍勢を蹴散らしていたが、本来ならとうに撤退している被害が出ていたとしても、死者の軍勢の歩みは止まらない。

 どんな仕掛けで動いているかは知らないが、大将を討たないと駄目か、と呂布は考えてひとまず荊州兵を城に退かせる。

「将軍!」

 荊州兵が迎えるのに対し、呂布は軽く片手を上げて応える。

「見た目には怖いが、全然大した事は無い。人形班はどれくらい作れた?」

「一人一体から二体ですので、おおよそ七百体近くです。けど、死者の軍勢に水増しは効かないんじゃないですか?」

「心配無い。こっちの兵力が増えていると勘違いしてくれれば、向こうから勝手に崩れてくれるさ」

 特に今は漢軍接近の報もあるので、遠目に人が増えているように見えれば充分なのだ。

「もし黄巾の妖術と言うのが、あの死者の軍勢だけであればまったく問題無い。こちらから打って出る。守備隊は人形を並べて留守を守ってくれ。残りは俺に続け!」

 最初は死者の軍勢に恐れを見せていた荊州軍だったが、呂布が自ら先頭に立ち無人の野を行くが如く死者の軍勢を薙ぎ倒していくのを見て、恐怖心が消えていった。

 一度恐怖を克服してしまえば、後は一方的だった。

 荊州軍は押しに押して死者の軍勢の前進を食い止める。

 数回の突撃で荊州軍にはまったく被害は出ていないのだが、死者の軍勢を操ると思われる妖術師まで届かなかった。

 だが、死者の軍勢は薄くなっている手応えはあった。

 あと数回の突撃で突破出来そうではあったのだが、その前に夜が来てしまったので呂布は小城へ引き上げる。

 黄巾軍の切り札と思われる死者の軍勢も、見た目だけの虚仮威しと分かったのだが視界が悪くなっては、あの無意味な前進を続けようとするだけのモノに対しても不測の事態を招きかねないので、呂布はその危険を避けた。

 城には人形が所々に並んでいて、それを分かっている荊州軍ならともかく、何も知らない黄巾軍には荊州の精鋭が城を守っているように見える事だろう。

 ただでさえ大軍と対峙しているのだから疲労の蓄積は早く、常に最前線に立っている呂布は一度座ってしまうと立ち上がれないくらいに疲れ切っていた。

「こんなに疲れたのは初めてじゃないかな」

 誰もいない部屋で、呂布は独り言を呟く。

 最初から十倍の敵を相手に戦っている上に、今ではその数も増え、まして死者の軍勢までも現れている。

 城に戻ってこない高順や張遼の奮戦も大きいが、この絶望的な戦況において戦線を維持し続けるどころか脱落者も出さず、被害らしい被害も出していないのは呂布の人並み外れた武勇によるところである。

 それだけに呂布の疲労は、他の兵士と比べモノにならない。

 弱音を吐く訳ではないが、体力の限界は近付いている。

 明日が四日目である事を考えると、漢軍の中でも手柄を焦る者や張遼のような速度を持つ者がいれば、場合によっては合流出来る部隊がいるかも知れない。

 しかし、その部隊が呂布達荊州軍と合流するには黄巾軍の布陣を切り裂かなくてはならない。

 その間に黄巾軍の総攻撃がこちらに向けられた場合、荊州軍もそれを跳ね除けるだけの体力は残っていないだろう。

 張遼や高順が合流してくれれば話も変わってくるかもしれないが、二人の率いる部隊も楽をしているわけではなく、連戦に耐えうる余力は無い。

 そもそもその数も多く無いのだから、黄巾の大軍を突破しろと言うのも無理な話だった。

兵力の水増し


カカシなどの藁人形で兵力が多く見えるようにするのは、三国志においては非常にポピュラーな戦法です。

あの孔明先生や曹操なども用いた戦法ではあります。

と言ってもこれは人も時も場所も選ばないので、けっこう色んな武将が戦場でカカシ作りを命じてます。

ですが、実際にカカシが活躍する(?)戦場は三国志でも中盤以降が多いです。

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