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新説 呂布奉先伝 異伝  作者: 元精肉鮮魚店
第三章 其れは連なる環の如く

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第十四話

 以前の役職には復帰したものの、呂布は以前の様な多忙さは無く、むしろ閑職に追いやられたかの様に彼が担当する仕事は減っていた。

 董卓の身辺警護の責任者と言う立場は変わっていないものの、実際には董卓の警護からは外されている。

 また、以前は軍の全体の統括だったのだが、今では自身の直轄部隊に対してのみの命令権になっている為、全体の訓練などの仕事も徐栄や樊稠などの受け持ちになっていた。

 それで不遇をかこっていれば良かったのかも知れないが、呂布は自分の時間を持てる様になった事で、馬の世話などに手や口を出す様になった。

 明らかに将軍職にある者の仕事ではなく下人に任せる様な事なのだが、董卓軍の中枢は西涼軍である事に変わりなく、乱戦に強いと言っても本来の攻撃力は騎馬隊でこそ活かされる。

 董卓軍に限った事ではないが、馬の質は騎馬隊の能力に直結するので、兵の訓練などは他者に任せて騎馬の質の向上に呂布は力を注ぎ始めた。

 元々荊州でも自分で馬の世話をしてきた呂布であり、こういう事はお手の物である。

 だが、呂布自身は良くても、呂布を取り巻く環境の変化は自ずと家族にも環境の変化をもたらす事になった。

 呂布一家が率先して何かを行ってきたと言う事は少ないものの、董卓軍の古参武将達やかつての漢の重臣などからすると、呂布には立場を追われたと感じる者も少なくない。

 直接呂布に対して何か出来ると言うほどの度胸は持ち合わせていないようだが、その分陰湿なものになっていた。

 特に呂布の妻や娘には事実無根の悪評が流れ、呂布家の家人達も不当な蔑みを受ける様になってきた。

 そんな事もあり、妻の厳氏は表に出る事も少なくなり、娘の蓉は相変わらずではあるものの余計な揉め事に巻き込まれる事が多くなってきたのか、以前よりさらに私塾へ行く事を拒否する様になっている。

 李儒に相談しようかとも思ったが、妻の董氏が出産間近と言う事もあってあまり心配をかけたくなかった。

 王允殿に相談してみるか。

 呂布はふとそう思う。

 最近王允も呂布の事を気にかけてくれているので、何かと良くしてくれている。

 呂布がそんな事を考えながら歩いていると、貂蝉を見かけた。

 貂蝉は董卓の寝室の近くにある庭園の掃除をしていたらしく、箒を持っている。

 両手一杯に何か持ってすり足で歩いていない貂蝉を見かけるのはちょっと珍しい気もしたが、冷静に考えるとその状態の方が遥かに珍しいのだ。

「あ、呂布将軍」

 貂蝉が呂布に気付き、箒を持ったまま小走りにやってくる。

「大丈夫ですか? 最近なんだかご苦労されてるとか」

 貂蝉は本気で心配しているようだった。

「俺は大丈夫だけど、妻と娘がちょっと辛そうでね。根も葉もない噂だから、もうしばらくすると落ち着くとは思うけど」

「張遼将軍も気になさってましたよ? 私にも心当たりは無いかとわざわざ来られましたから」

 ……多分、貂蝉が考えてる事と文遠が来た理由は違うと思うけど。

 そう思ったが、呂布は黙っている事にした。

 生真面目に過ぎる張遼の事なので、呂布家の悪評が広まった状況から貂蝉が関わっているのではと疑ったようだが、この少女はまったくそんな事には関わっていないと言う事も分かっただろう。

 そう言う策略めいた事が出来ないからこそ、李儒も貂蝉を董卓の侍女とする事に反対しなかったのだと言う事を、呂布は知っていた。

「まあ、俺の事はなんとかするよ。それより太師の調子は? 最近体調があまり良くないと聞いているけど」

 以前であれば呂布は董卓の側にいたのだが、最近では顔も合わさない事の方が多くなってきた。

 その質問に対し、貂蝉は表情を曇らせる。

「ご多忙ですので、どうしても疲れが抜けきれていないみたいです。野菜などを食べて下さいとお願いしているのですが、太師は好き嫌いが激しくて」

 貂蝉は困り顔で言う。

 まるで母親の小言のようだな、と呂布は思っていた。

 董卓の母である悦であれば、息子に対しても遠慮する事なく思った事を言いそうな雰囲気はあるが、さすがに太師ともなると身内でも中々会う事は出来ないのだろう。

 まあ、悦の方もかなりの変わり者なので、それも董親子が会わない理由の一因かもしれないが。

「そこは貂蝉殿が気を付けて見て、もし本格的に体調不良な様なら何かしらの薬とか、そう言う健康法をお願いしたい」

「分かりました。……でも、呂布将軍」

 貂蝉は相変わらずの困り顔で、呂布を見上げる。

「殿、は勘弁して下さい。呂布将軍は天下に名を轟かせる将軍であるのに、私はただの侍女なのですから。将軍にかしこまられては、私もどうして良いかわからなくなります」

 本当に困っているみたいだが、王允との立場の違いを考えると貂蝉を呼び捨てにしていいものかは思案のしどころである。

「将軍、何か勘違いなされているみたいですけど、私が司徒王允の養女であるならば将軍は太師董卓の養子なのですよ? そう考えれば出自の上からも、将軍の方が目上に当たるのですから」

「ああ、なるほど。そう言う考え方もあるか」

 ようやく呂布は納得した。

 これまで呂布は自分と王允の差について考え、その延長として貂蝉を捉えていた。

 しかし貂蝉が言う様に、お互いに一人挟むのであれば司徒の王允より太師董卓の方が立場は上であり、その養子と言う立場で考えると呂布は貂蝉より目上として考えるのが自然な事でもあった。

「ですので、今後私の事は貂蝉と」

 と言いかけたところで、貂蝉の動きが固まった。

 あまりに唐突な事だったので、呂布は貂蝉の視線の先である自分の背後を振り返ったのだが、そこには庭園があるだけで何も無いし誰もいない。

「どうした?」

「……今、あの……」

 貂蝉は大きな目を見開いて、庭園の一角を見つめている。

 呂布もそちらの方を見ていると、一瞬何かが動いた様に見えた。

「みっ! 見ましたか、今の!」

「ごめん。見えなかったけど、何かいた?」

 呂布は正直に答える。

 何か見えたのは見えたのだが、それが何だったのかが分かるほどには見えなかったのだ。

「確かこの辺りから……」

 貂蝉が恐る恐る、呂布の手を引いて庭園の一角に向かう。

 庭園の隅の方まで行くと、今度は呂布にもソレの正体が分かった。

 どれほど気をつけても侵入してくる、招かれざる客として有名な小動物。

 そう、ネズ……。

「いいいいィィィィィやああああぁぁぁぁぁあぁあぁァァァ!」

 この世のものとは思えない絶叫を貂蝉が上げる。

 呂布の耳元で。

「うおっ!」

 さすがに耳を貫く絶叫には呂布も驚いたが、貂蝉はそれどころではなかったらしい。

「いや、イヤ、嫌ああああああ! ひぎゃあああああああああ! ピギィィィィィ!」

 もう言葉にさえなっていない奇っ怪な音を発しながら、貂蝉は手に持った箒を振り回している。

 その前の絶叫の際にネズミは逃げてしまっているので、傍から見ると貂蝉が呂布に対して箒で暴行しているようにしか見えない。

「落ち着け、貂蝉!」

 大暴れする貂蝉を何とか落ち着かせようとするが、小柄な割に力強い貂蝉を押さえつけるのは楽な事ではない。

 しかも狂乱状態では、こちらの声も向こうには届かない。

 仕方が無いので、呂布は貂蝉を抱きしめる様にしてその動きを封じる。

 いくら力強いといってもそれは同年代の少女と比べての話であり、さすがに呂布とは比べ物にならない。

 貂蝉もそこまでされてようやく正気に戻ったらしく、息を荒くしながらも呂布の方を見る。

「あ、りょ、呂布将軍」

「落ち着いた?」

 呂布が尋ねると、貂蝉は目をぱちくりさせながら庭園の隅の方を見る。

 もうネズミの姿は無い。

 しかし、貂蝉の反応はかなり意外だった。

 普段の言動から考えれば、ネズミの上手な調理法とか知っていそうな雰囲気だったし、こうすれば簡単に撃退出来るとかの仕掛けを考えてそうだったのだが。

 呂布がその辺りの事を聞いてみようとした時、董卓がこちらを見ている事に気付いた。

 先の貂蝉の絶叫が聞こえたのかもしれない。

 あの狂乱状態の貂蝉であれば相手が董卓でも暴行を加えていたかもしれない事を考えると、董卓が来る前に落ち着いて良かった。

 などと呂布は考えていた。

 どうやら董卓は寝室にいたらしいのだが、その手には短槍と腰には七星剣まで下げている。

 確かにあの悲鳴は、敵襲かと思うだろうと呂布は考えていたのだが、その董卓の殺意が自分に向けられていると分かったのは、董卓が槍をこちらに向けた時だった。

 そこでようやく呂布は、今の自分の状況が非常にマズい事に気付く。

 泣き叫び半狂乱となっていた貂蝉を抱きしめている呂布の絵は、本来であれば怖がる貂蝉を落ち着かせる為の行動だったはずが、嫌がる貂蝉を強引に抱き寄せたと見えなくもない。

 まして少女の絶叫を聞いて寝室から飛び出してきた董卓に、事の真相を告げたとしても聞き入れてもらえるとは思えなかった。

「この痴れ者めが!」

 恐れた通り、董卓は激怒して呂布に襲いかかってくる。

「こ、これはどうしたものか……」

「将軍、私が太師をお諌めしますから、将軍はこの場を離れて下さい」

 貂蝉はそう言うと、呂布から離れて董卓の元へ箒を持ったまま走っていく。

 この場から逃げると後々余計に誤解を招きそうではあったのだが、今の董卓に呂布が何を言っても聞いてもらえないのは間違いない。

 と、呂布が悩んでいると、董卓は呂布と貂蝉が離れた事を確認して短槍を呂布に向かって投げてきた。

 かろうじて呂布はその槍を避ける事が出来たが、この時にはっきりと決まった。

 よし、ここは貂蝉に任せて逃げよう。

 情けない限りではあったが、ここは止むを得ない。

 呂布はそう思ってその場から逃げ出すと、こちらへ向かってくる李儒に会った。

「おや、将軍。久しぶりですけど、何か慌てているご様子で」

「これは軍師殿。いや、ちょっとした誤解で太師から殺されそうになってまして」

「……は?」

 李儒は言葉を失っているが、確かにこんな断片の情報だけ与えられてはどれほどの天才軍師であっても、おおよそ似たような反応になるだろう。

 呂布は事の次第を李儒に伝えると、李儒はさすがに苦笑いしていた。

「それは災難でしたね。僕からも太師には誤解だった事を説明しておきましょう。普段から身持ちの固いと評判の呂布将軍が、太師の侍女に狼藉を働く様な事は無い、と」

「よろしくお願いします」

「いっその事、貂蝉殿を将軍の側室にされてはどうですか? 別に不都合があるわけでは無いでしょう? これからの事を考えると、将軍の身の回りの世話をするのが奥方お一人では大変でしょうから」

 現状では呂布は暇を持て余しているのだが、将軍職に復帰しているのだから李儒としては以前の様に軍の統括をして欲しいと思っているらしい。

 これまで漢軍の中枢にいた将軍達もすでに去り、本格的に董卓軍と漢軍の統合を行っていくには、やはり董卓四天王ではなく呂布の方が適任だと言うのが李儒の考えであり、李儒だけでなく賈詡や蔡邕なども同様に考えているらしい。

「それもこれも、太師の誤解が解けてからの話ですよ。今のままだったら、一兵卒に降格どころか死罪を言い渡されそうです」

「そんなに?」

「先ほども短槍を投げられましたから」

 それを聞いて、さすがに李儒も笑ってはいられなくなった。

「いくら王允殿の養女だからと言って、たかが女の一人でそこまでとは」

 李儒は険しい表情で言う。

 何かの策を疑っているかも知れないが、貂蝉に何かの策の気配は無かったし、単純に偶然による誤解が重なった結果だったはずだ。

「とにかく、ここは僕に任せて下さい。もし将軍に意見を聞きたいと言う事になりましたら、僕の方から案内を出します。太師には、呂布将軍から話を聞いて、例え誤解であったとしても太師の侍女に手を出したと誤解を招いた将軍が悪いと思って、自宅謹慎を言い渡した事にしますから、とりあえず今日のところはご自宅に戻って下さい」

「申し訳ございません、軍師殿。余計な手間を取らせてしまって」

「いやいや、呂布将軍がどう言う人かは太師もよく知っているはず。今は頭に血が上っていたとしても、分かっていただけると思いますよ」

 李儒はそう答えた。

 李儒の常識で考えれば、たかが少女一人と天下無双の名将とを比べるまでも無い、その程度の問題だった。

 しかし、事はそう単純な事では無かったのだ。

嫉妬


董卓と呂布が一人の侍女を取り合ったと言うのは、三国志正史にもある記述です。

ミスター物欲の董卓が「この野郎、俺のに手を出しやがって!」と激怒したそうですが、そこにはただ独り占めしたいだけの独占欲と言うより、若く将来有望な呂布に対する強い嫉妬心があったのではないか、と私は思います。


また、董卓だけではなく呂布も異民族出身である負い目から出世が遅れていた(と思われる)ので、位人臣を極めた董卓に対して強い嫉妬心があったのではないでしょうか。


その為、董卓は侍女の一人を取られたと言うだけで豪快にブチギレたり、呂布はその時に短槍(時代的に言うなら手戟)を投げつかられた事をいつまでも根に持って、董卓と袂を分かつ事になったのではないでしょうか。


ちなみに貂蝉がネズミ嫌いと言う設定は私が勝手に創作したモノで、正史にも演義にもそんな設定はありません。

本編中では説明していませんが、この作品の貂蝉は、子供の頃にネズミに噛まれて鼠咬症になった事がある為、それ以来ネズミに対して強い恐怖を持っています。

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