黄巾軍との戦い 第一話
第二話 黄巾軍との戦い
「考えるまでもなく不利ではあるんだけど、でも三千対三万と言っても、ようは一人あたり十人ずつ死なずに殺せば、こっちは無傷で相手は全滅出来るって事にならないか?」
「なりません。高さん、無茶にもほどがあります」
張遼が溜息をつきながら言う。
「知ってるよ。それでも俺は少しでも場を和らげようとだな」
「和らぎません。むしろ冷めます」
「それより奉先、俺が一騎打ち仕掛けていいか?」
「ダメ」
高順の申し出を、呂布は一蹴する。
「なんでだよ!」
「お前は丁原軍の正式な武将じゃないから。一番槍は俺が頂く。じゃ、行ってくる」
呂布はそう言うと、周りが反対する前に馬を進める。
大群に向かって単騎で近づいて来る呂布に、黄巾軍も動きを止める。
「俺は荊州太守丁原の息子、呂布奉先。漢に弓引く逆賊よ、今すぐに黄巾を捨てて漢の民へと戻れ。無意味な犠牲になる必要などない」
まったく恐れを抱いていない堂々たる態度と、よく通る声で呂布は勧告する。
荊州ではこの勧告だけで相手は戦意を失ったものだが、ここではそこまで劇的な効果では無かったものの、大群がざわつき始める。
ここで呂布を無視して大群で一気に突撃してくれば、いかに精強を誇る呂布軍であったとしても一瞬で飲み込まれていた可能性が高かった。
しかし、黄巾軍は圧倒的兵力差による余裕か、この近辺に広まる呂布の人物評の為か、その選択をしなかった。
ここがこの戦いにおける最初にして、最大の分岐点だっただろう。
そして、呂布の勧告に対する返答のように、黄巾の大群の中から一騎が進み出てくる。
現れた人物の異様さに、呂布は眉をよせる。
呂布もかなり長身な方ではあるのだが、現れた人物は呂布を超える巨躯の持ち主で、乗っている馬が潰れるのではないかと呂布は心配してしまう。
異常としか言い様がないほどに筋肉で盛り上がった上半身のせいで、体型は丸く見える。その上半身を支えるには、余りにも細く見える足。上半身にうもれてしまっているのではないかと思える、小さな頭と醜い顔立ち。
人と言うより、化物の類かと思いたくなる異形だった。
「貴様が呂布奉先だと? どれほどの猛将かと期待していたのだが、まるで女の様な優男ではないか。これでは役不足も甚だしいわ!」
出て来た異形の大男はそう言うと、大笑いする。
「好きでこの顔に生まれてきたわけではないのだが、ご期待に添えずに申し訳ない。それで、お前は名乗らなくても良いのか?」
「本来、貴様の如き下郎に語る名など持っていないのだが、聞かれたからには答えてやろう。我こそは大賢良師、天公将軍張角様が弟である地公将軍張宝様のおぼえもめでたき厳進将軍旗下にあって、一とは言えど二とはくだらぬ猛将、陣生なるぞ!」
「……ごめん、誰?」
呂布は呆れた様に戟を肩に乗せて尋ねる。
「知らねーぞ、ターコ!」
荊州軍でも一際声が大きい高順が響くと、荊州軍全体から笑いが起きる。
「そう言うわけだから、もう一回自己紹介してくれるか? 今度はもうちょっと手短に頼むよ」
呂布としては本心からの言葉だったのだが、当然ながらそれは挑発以外には聞こえなかっただろう。
異形は小さい頭を震えさせるほど激怒している。
「ならばその首落として、刻みつけてくれる!」
「それだと余計に覚えられないと思うから、手短な自己紹介の方が……」
呂布の言葉をもはや聞こうともせず、異形の大男陣生は腰に下げた武器を手にする。
大きな鉄球を鉄鎖で繋いだ武器、流星錘を振り回す。
陣生はその威力を見せつける為に、手近な岩を流星錘で爆散させる。
「次は貴様のその綺麗な顔がああなるぞ」
「無理だと思うけどなぁ」
呂布はそう言うと、戟を回して柄の先端を陣生に向ける。
「さて、それじゃ試してみるか」
呂布の言葉を待っていたように、陣生は流星錘を呂布に向かって放つ。
が、呂布は難なく戟の柄で飛来してくる流星錘を下から突き上げる。
一瞬で高々と舞い上がる鉄球に陣生は驚いていたが、呂布はその隙を見逃さず馬を走らせ、戟の柄で陣生の胸を突いて馬から落とす。
「おのれ……」
「文句言う前に逃げろ! 自分の武器をわかってないのか?」
呂布は陣生に向かって怒鳴るが、陣生にはその言葉の意味が分かっていなかった。
「何が……」
言いかけた陣生の小さな頭に、呂布が打ち上げた流星錘の鉄柱が落下してきた。
陣生の小さな頭とほぼ同じ大きさの鉄球を跳ね返す事は出来ず、異様に膨れ上がった上半身の中に埋没する事になった。
「だから言ったのに。自分の武器の特性をもっと詳しく知っておくべきだったな」
呂布はそう言うと頭が鉄球に変わった陣生を突き倒し、黄巾軍の方を見る。
「他に挑んで来る者は?」
呂布はまったく気負う事も無く、むしろごく自然な口調で黄巾軍に向かって言う。
一瞬黄巾軍に動揺が走ったが、二騎が突出して呂布に向かった事でそれは収まった。
「よくも兄者を!」
「偶然で勝てた事を実力と勘違いするな!」
二騎の内一騎は先ほどの陣生と瓜二つで、違いと言えば手にした武器が流星錘から大斧に変わったくらいである。
武器を持っていなければ、見分けが付かないだろう。
もう一騎の方も、呂布に劣らぬ長身なのだが、こちらは異常に細い。
ほとんど骨と皮だけにしか見えないのだが、その手には大振りの剣を両手に持った二刀流である。
「黄巾の妖術、か。こう言うのを見ると信じたくもなるな」
先に出て来た陣生だけならまだしも、さらに二人も異形が現れたのでは、呂布でもそう思いたくなる。
元はまともな人間だったモノを、妖術で改造した人間に見えるのだが、単純に身体的な特徴が著しいだけの人をそれっぽく見せているだけだ。
「行くぞ、呂布!」
陣生の弟らしい人物が吠えると、二騎が呂布に向かって駆ける。
それに対し呂布は、一度溜息をつくと繰り出される大斧を戟で払いのける。
「名乗らないのか? さっきみたいな名乗りだったら、俺は覚えられないと思うけど」
「我が名は陣生が弟、陣平なり!」
「我は李醜。我が双刀のサビとしてくれる」
「うん、名乗りはそれくらいでいいよ」
呂布は戟で大斧を持つ陣平と、双刀の李醜を相手にするが、その二人に対してさえ呂布は戟の穂先ではなく柄を向けて戦っている。
皮と骨しかない様な異常な細身である李醜だが、外見からは想像もつかない怪力であり、まともに受けてしまったら呂布の戟もへし折られるだろう。
呂布は力任せの李醜の攻撃を真正面から受ける様な愚を犯さず、外へ流していく。
双刀は長さも大きさも、さらに重量もある上に李醜の力加減の無さの為、攻撃を流されると大きく体勢を崩す。
李醜は二本の大刀を振ってなんとか隙を作らないようにしているのだが、振り回される二刀のせいで、大斧を持つ陣平は近付く事も出来ない。
「どうした、呂布奉先! 手も足も出ないか!」
「よくそう言う事が言えるもんだ。そこには感心する」
呂布はそう言って李醜の大刀を外に流し、体勢を崩す李醜との間合いを詰めると戟の柄で李醜の喉を押して馬から落とす。
すぐに李醜を助けようと陣平が来るが、大斧を振るより早く呂布の戟の柄が陣平の額を突く。
大斧を振りかぶったところだった事もあり、呂布の攻撃には力はほとんど加えられていなかったにも関わらず、大斧の重みもあって陣平は馬からひっくり返るようにして落下する。
「お前達では相手にならない。生かしておいてやるから、どこへなりとも逃げろ」
呂布は本気でそう言ったのだが、二人共少し離れたところに行ってしまった馬に乗り、改めて向かってくる。
「奉先、相手の士気を挫く為にも、殺しておけ」
「仕方が無い、か」
高順の言葉に呂布は嫌々ではあったが、戟を回転させて刃を向ける。
黄巾の二将、陣平と李醜は手にした武器を振り回しながら近付いて来る。
向かってくる二将に対し、呂布は動かず深呼吸して迎え撃つ。
切り結ぶと瞬間を誰もが見守っていたが、どう言うわけか黄巾の二将は武器を振り回すのを止めて呂布の脇を走り抜け、荊州軍の方へ力無く進んでいく。
その二将を振り返りもせず、戟の穂先を黄巾軍へ向ける。
「全軍、俺に続け!」
呂布の声に反応したかのように黄巾の二将の首が落ち、少し遅れて首の無くなった体が馬から落ちる。
「突撃!」
妖術を使うのは黄巾軍のはずだったが、妖術としか思えない様な二将の討ち方をした呂布に、黄巾軍は激しい動揺が走った。
そこへ呂布自身と極めて高い攻撃力を誇る荊州軍が突撃してくる。
まずは呂布が黄巾の大群の中に飛び込み、容赦無く戟を振るう。
戟のひと振りごとに十人近い人間が薙ぎ倒され、三度も振るうと呂布の近くに立っている者はいなくなった。
「手向かう者には容赦はしない! 死にたくなければ黄巾を捨てて逃げ出せ!」
呂布はそう吠えながら、敵陣内を駆け回る。
黄巾軍が収拾のつかない混乱に陥った時、高順、張遼の率いる荊州軍が突撃してきた。
「奉先、一人で突っ走りすぎだぞ!」
「高順か。文遠の方が早いと思ってたけど、お前もやれば出来る子だなぁ」
追いついてきた高順に、呂布は笑顔で答える。
「早かったとか言う問題じゃねえ! お前は今、総大将なんだぞ? 何かあったらどうするつもりだ。無茶しやがって」
「いや、この好機を逃したら俺達でも飲み込まれて全滅させられる。ここで多少無茶をしても黄巾軍に打撃を与える必要がある」
呂布は雑草を刈るような無造作な動きで、黄巾兵を容赦無く薙ぎ倒していく。
大混乱に陥る黄巾軍と、一方的に蹂躙していく攻撃力を見せつける荊州軍なのだが、総数で言えば一方的に攻め立てられている黄巾軍が十倍の兵力である。
混乱から立ち直り一旦退いて、冷静に兵を運用されては徐州軍が救援に来るまで戦線の維持など出来なくなる。
荊州軍がこの黄巾軍に勝利するには、徐州軍が動く事は絶対条件である。
その為には、黄巾軍が数では圧倒的に有利であっても戦いたくないと思わせるほど、敵の士気を低下させなければならないと呂布は考えていた。
「荊州軍と敵対したら、三倍返しじゃ済まないと思い知らせないとな」
「なるほど、それで暴れてるわけか」
高順は納得して、呂布に自分が持っていた弓矢を渡す。
「それなら俺もやらせてもらうが、総大将のお前は弓でその脅威を思い知らせてやれ。お前の弓なら充分非常識だ」
「その言われようは不本意だが、そうしよう。ただし深手は負うなよ。付け入られる隙になる」
「文遠を見つけたらそれを伝えておく」
「お前に言っているんだ」
呂布は高順に念を押して、呂布、高順、張遼の三隊に分かれた荊州軍は黄巾軍を蹂躙した。
陣生、陣平、李醜について
オリジナルです。特にモデルになる武将もいません。
武器は流星錘はともかく、大斧と双刀と極めてスタンダード。
ただ、黄巾軍と言うのは武装蜂起した民間人ですので、官軍のような支給品の装備も無い事を考えると大斧や双刀を準備できた事でも充分かもしれません。
ちなみに陣生の前口上に対する呂布の答えですが、三国志の一騎打ちの前口上聞いていると、大体呂布みたいな答えになると思います。
劉備が孔明を迎えに行った時、留守番していた子供が劉備に向かって言った言葉と同じようなものです。