表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新説 呂布奉先伝 異伝  作者: 元精肉鮮魚店
第三章 其れは連なる環の如く

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

56/174

第六話

 指揮系統が麻痺した戦場であっても前線を維持し続けると言う現象は、戦場ではしばしば起きうる事である。

 それはほとんどの場合、一人の豪傑が気を吐き、敵を威圧し攻勢を食い止めていると言う状況であり、呂布や関羽、張飛と言った非常識な武勇を持っていればなお良しと言える。

 李粛の軍はまさにそう言う豪傑にぶつかり、勢いを削がれていた。

 その李粛の前に立ちはだかっていたのは、張楊軍の豪傑穆順である。

 彼自身死に場所と決めていた虎牢関の戦いで生き延びてしまったと言う事もあるが、汚名返上の機会とばかりに槍を振るって李粛軍を圧倒していた。

 虎牢関でもそうだったのだが、穆順はすでに生き延びようとはしていない。

 死ぬまでに一人でも多くの董卓兵を討ち取る事だけを考えて槍を振るっているので、その結果誰も穆順に近付かなくなり生き延びていた。

 この戦場でも同じ事が起きようとしていた。

 勇猛果敢として知られる董卓軍の中で、李粛はその例に当てはまらない数少ない武将の一人であり、自身の武勇ではなく勢いと他軍との連携を頼りに戦っていたのだが、その勢いを穆順に止められ、そこから進むことが出来なくなっている。

 その惑いを見透かした様に徐州軍が李粛の側面から突撃してきて、さらに別の敵まで集まり始めた。

 こうなっては李粛では戦場を支える事など出来ない。

 元々李粛の軍は李傕や郭汜達と比べて兵力は少なく、練度の面でも呂布とは比べ物にならない。

 凄まじい攻勢をかけてきたはずの董卓軍の中で、唯一李粛の軍だけが崩壊の危機にあった。

「て、撤退だ! 撤退するぞ!」

 李粛はそう叫ぶが、岩壁に囲まれた地形では兵達もどこへ逃げていいか分からず、より大きな混乱を招く。

 その混乱を見逃さず、曹操の軍までもが李粛に攻勢を仕掛ける。

 絶体絶命の中、天は李粛を見捨てていなかった。

 李粛の軍を止めて猛威を奮っていた穆順だけではなく、そこに集まった全軍が、その足を止める。

 目の前に現れたのが、炎の様な赤い巨馬に跨る黄金の鎧の男だった。

「りょ、呂布! 呂布か!」

「……えっと、どちら様でしたっけ?」

 呂布は首を傾げる。

「ふん、その首落として周りに忘れられない様にしてくれる」

 穆順は槍を構え、呂布に向かって獰猛に笑う。

「それだと覚えられないよ」

 が、穆順は呂布にばかり注目し過ぎていた。

 呂布の脇から高順が飛び出し、穆順に斬りかかる。

 その高順の剣を穆順は槍で防ぐ。

 それこそが高順の罠であり、その隙を突いて張遼が走り込み穆順の首を一撃で切り飛ばす。

「悪いな、穆順殿」

 呂布はそう言うと、大きく息を吸う。

「穆順が討ち取られたぞ! 逃げろ! 殺されるぞ!」

「討ち取ったのは青竜刀の男だ! 一撃で首を取られたぞ!」

 呂布の言葉に続き、高順が叫ぶ。

「裏切り者だ! 裏切り者がいるぞ!」

 高順の声に、連合軍は目に見えて動揺し始めた。

 張遼が一撃で穆順の首を落としたのは間違いないが、別に張遼はこの時に青竜刀を使っていた訳ではない。

 しかし、すれ違いの一撃で豪傑の首を落とすと言う事をやってのけたのは事実であり、敵味方共にそれは華雄が討たれた時の事を思い出させるに十分だった。

 もう少しで連合軍は完全に立て直し、董卓軍とも戦える精鋭の追撃隊に戻ろうとしていたところで、高順は相互不信の種を蒔いて烏合の衆へと変えてしまった。

 この作戦は、上で見ていた時に張遼が発案した事である。

 連合軍の中でも抜群に目立つ劉備三兄弟がこの追撃隊にいない事に気付いた張遼は、李粛軍を相手に獅子奮迅の活躍を見せる穆順を討ち取り、それを劉備三兄弟の誰かに見せかける事で連合軍に対して不安を煽る事が出来る、と画策した。

 実際のところ、劉備にも関羽にも張飛にも化ける事は難しいのだから、向こうに勝手に勘違いしてもらわなければならない。

 そこで高順は関羽の名前を出さず、華雄を討った時の印象を最大限に利用しようとして、青竜刀と一撃で倒されたと言う事を声高に宣言した。

 元々劉備は連合の諸将ではなく、一客将でしかない。

 その事を張遼は知らなかったのだが、偶然にもそれが連合に対する大きな不信になっていた。

 もしかしたら、良い条件を出されて董卓に寝返ったのではないか。

 一度その疑念が頭を過ぎれば、それは一客将だけに留まる事は無い。

 連合の諸将が董卓に登用された人物が多いのは周知の事実であり、その中から再度董卓の元へ身を寄せる事を考える者は皆無である。

 と、断言出来る者はいない。

 連合に勝機が薄いとなれば、少しでも印象を良くする為に寝返る事はまったく不自然な事ではなく、ごく自然な流れですらあった。

 この追撃隊に兵を出した諸将は好戦的な人物が多く、董卓に対しても徹底抗戦の意思を示した人物達ではあるが、それだけに被害が大きかった勢力でもある。

 この戦いが終わった後、連合の諸将がこの連合の時の様に手を取り合っていけるとは限らず、そうなると兵力を減らしている分だけ不利になる。

 その時の為に、董卓に庇護を求めた人物がいるのではないか。

 そう考えてしまっては、これまでの様な連携は望めなくなる。

 それこそ曹操がもっとも恐れる事態だった。

 財宝の罠からの伏兵に対し、戦意の高さによってかろうじて踏みとどまっていたのだが、いつ誰が裏切るか分からない状況だと思い込んでしまっては、連携はもちろん期待出来なくなる上に、士気を保つことさえ難しくなった。

 追い打ちとして、戦場に呂布が現れたと言う事実。

 これに関しては誤報で無い以上、全軍に正しく伝わってしまう凶報である。

「今すぐに逃げろ! 殺される事になるぞ!」

 呂布は戟を振り回し、大弓の弦を鳴らしながらそう言って回っている。

 反撃の恐れはあるものの、実は兵を討つよりも遥かに効果の高い士気の下げ方だった。

 呂布もただ仏心で行動している訳ではなく、狙いがあった。

 総崩れとなる中で統率を保ち続ける部隊があれば、それは相当な武将の直属部隊しか考えられない。

 さらに総崩れとなる中での直属部隊の仕事と言えば、その武将を生き延びらせる事。

 つまりは退路を作る事。

 その為には戦場に残って敵の追撃隊の足を止める事が、その部隊の仕事と言う事になる。

 呂布があえて敵の士気を下げ、兵を逃げるに任せているのはその部隊を炙り出す事が目的だった。

 逃げる兵を追うフリをしながら、呂布は戦場の各所に目を配る。

 ここぞとばかりに張り切っている李粛の姿も目に付いたが、それはともかく、今は敵の動向に注目していた。

 逃げ惑う兵やどう指揮をとるべきか悩む将が多い中、明らかに統率の取れた動きを見せる一団を見つける。

「文遠! あの一角だ!」

 呂布はすぐに戟を向けて、張遼に言う。

 その一団は、突撃体勢を整えながらも巧妙に場所を移していっている。

 呂布が出て来た事によって、この一帯が退路として適さなくなった為に新たな退路を探している様な動きだ。

 この戦場で無ければ、予備戦力として優秀な動きに見えた程度だったかもしれないが、今のこの状況に置いては整然とし過ぎている。

 一切の混乱も無く、寸分の油断も感じさせないその一団は明らかに異質だった。

 例えばそれは劉備や関羽と言った異物によるものか、曹操の様な卓越した異質な存在の指揮によるものと考えられる。

 この場に劉備がいない以上、その一団を指揮しているのは曹操か、あるいは曹操並の武将と言う事になる、と呂布は判断した。

 単純に破壊力だけを考えると現時点では張遼より高順の方が僅かに勝るのだが、張遼には高順より優れた疾さがある。

 曹操、あるいは曹操並の別人がいた場合、身の危険を感じればすぐさま撤退と言う判断を下すだろう。

 こちらの動きが早ければ、相手に余裕を与えない事も出来る。

 その点で、呂布は張遼を呼んだのだ。

 張遼は、呂布の期待に応える様に走る。

 張遼の乗る馬も、赤兎馬ほどでは無いにしても選りすぐりの名馬であり、その疾さは並みの駿馬とは比べ物にならない。

 その疾風の如き疾さで戦場を切り裂く張遼に対し、突撃体勢を取る一団の中の一隊が張遼の突撃を真正面から受け止めた。

 突破出来ると思っていた張遼だったが、その一隊は想像以上に強固な守りで張遼の突撃を完全に食い止める。

「貴様、何者だ」

 張遼は指揮している将を見つけて言う。

 張遼自身、自分の一撃で全てを決めてしまおうとは思っていなかった。

 自分の本当の役割は曹操を討ち取る事ではなく、その盾や鎧を剥ぎ取る事。

 つまり曹操を護衛しているであろう武将達を、曹操から引き剥がす事こそ本来の役割であると見ていた。

 曹操陣営とは面識のある張遼だったので自分を止めに来るのは、勇名を馳せる夏侯兄弟だと思っていたのだが、張遼の前に立ちはだかったのは見た事も無い小柄な若い武将だった。

 見た目には若いと言うより幼くすら見え、張遼と同年代かあるいは少し下くらいに見える。

 少なくとも、洛陽にいた頃の曹操陣営にはいなかった人物だった。

「賊将に名乗る必要は無い」

「賊将だと?」

「いや、貴様の主、呂布奉先に至っては賊将にも劣る愚将、鬼畜の類だ。犬にも劣る畜生よ」

「……貴様は名乗らなくてもいい。その首、落として記憶から消し去ってやる」

「楽進だ。記録係をやっている」

 楽進と名乗った武将は、とことん張遼を挑発している。

 まだ若い張遼はその挑発に乗せられ、完全に楽進に対して意識を固定されてしまった。

「文官風情が、武将気取りか」

「腕が立つから、武将となった」

 楽進は鼻で笑うように言う。

 張遼が曹操陣営と面識があるように、曹操も張遼の事を知っている。

 あるいは曹操は、張遼自身より彼について詳しいかもしれない。

 張遼はその若さに似合わず数々の戦場を呂布と共に歩んだ経験があり、特に攻勢においては董卓軍の武将達さえも上回っている部分もある。

 その若さからか、張遼には多少気の短いところもあり、呂布を心酔しているところがあった。

 張遼に普段の実力を出されては曹操でさえ手を焼く恐れもあったので、早い段階で絡め取る事を画策した。

 その為に曹操は無名の楽進に兵を預け、とにかく挑発しろと伝えていた。

 名将の器を持つ張遼と言えど、頭に血が上ってはその能力を発揮する事が出来ない。

 それでも張遼を討ち取る事は難しいので、楽進には適度に戦ったあとは逃げろと曹操は伝えていた。

「文遠! 遊んでる場合じゃないぞ!」

 楽進との一騎討ちを行っていた張遼に高順が言うと、楽進の脇を抜けて曹操の本陣に迫る。

 が、そこには夏侯兄弟が待ち構えていた。

 呂布軍は曹操軍との戦いに足を止められたが、双方にとってそれは狙い通りでもあった。

 曹操軍が張遼、高順によって曹操軍の足を止めた事によって曹操を守る部隊はほとんどがいなくなったのは呂布軍の思い通り、この混戦を作り出して全軍を曹操軍に向けながら実はそれは囮であり、この隙に撤退すると言うのは曹操軍の狙い通りである。

 曹操自身は拒んだのだが、曹仁が提案して夏侯兄弟がそれに賛同した。

 知将曹仁は、董卓軍の武将は呂布を除いた他の武将達は目先の利や功を追う者が多く、撒き餌として使った財宝の回収もある以上、全軍で曹操包囲網を敷くと言う事は考えられないと予測した。

 その為、極めて高い指揮能力と広い視野、周りに対する強い影響力を持つ呂布軍の動きさえ麻痺させてしまえば、十分にこの包囲網から脱出する事が出来るはずだった。

 この曹仁の策は、他のすべての命を盾に曹操一人を逃がすと言う極端な策だったが、もはや連合の精鋭とはいえ烏合の衆であり、呂布と戦いながら再度指揮系統を統一化させる事など不可能である。

 それであれば、それとして有効に活用しようと言う事だった。

 曹仁の読みは、九割方当たっていたと言える。

 だが、知将曹仁をして、呂布と言う人物を正確に測る事は出来ていなかった。

 呂布は張遼、高順の足が止められたのを見ると自ら曹操軍に打って出る。

 はずだった。

 通常の武将であればその行動が自然であり、追撃隊を率いる曹操は董卓暗殺の容疑者でもあるので、他の首とは比べ物にならない武功となるのだからそれを見逃す武将はいない。

 と、思っていた。

 が、呂布の行動は違っていた。

 呂布は二人の足が止められたのを見ると、張遼、高順のところへ行くのではなく、他の苦戦を強いられている部隊である李傕や郭汜の援護に向かい、他の部隊との連携を強化する動きを見せたのだ。

 曹仁の誤算は、呂布がまったく武功と言うモノに興味が無いと言う異質な存在と言う事を知らなかった事だった。

 烏合の衆である追撃隊に対し、呂布の強い影響力で統率の取れる集団となった董卓軍では戦闘能力に大きな差があり、数でも勝る董卓軍に一気に飲み込まれて瓦解する事になった。

実は参戦していた楽進


三国志正史では、楽進はこの反董卓連合で曹操軍に記録係として参加していたみたいです。

が、ここで戦いに参加していたかどうかは不明です。

もちろん張遼との一騎打ちなど行っていません。

どうにも一級落ちの印象が強い楽進ですが素晴らしく優秀な武将で、魏の五虎将にも選出されてます。


この物語の中の展開もあって、という訳ではありませんが、張遼とは仲が悪いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ