第四話
その頃、反董卓連合内は主戦論派と慎重論派の真っ二つに分かれていた。
曹操を中心とする主戦論派は、先の董卓による攻勢は罠の存在もさる事ながら董卓軍の焦りを表した行動であり、連合の足を止める為に無理をしてでも連合に被害を与えたかったと主張。
連合も被害は大きかったが、それでも今が好機であると袁紹に向かって説いていた。
一方、袁術を中心とする慎重論派はあれだけの攻勢をかけられた董卓軍の実力はもとより、連合の被害状況の大きさと国内の日和見達の動向も警戒するべきだと主張。
董卓の脅威に恐れをなした日和見武将が連合の後方から何か仕掛けてきた場合、あの董卓軍を相手に挟撃される恐れがあると、袁紹に警戒を求めていた。
主戦論派は曹操の他、孫堅や張邈、鮑信や馬騰などが主な武将でありその戦闘能力の高さは連合の中でも極めて高い。
しかし、その戦闘能力や士気の高さから被害状況も大きく、孫堅や鮑信などは私兵を集めて参戦している曹操の勢力と比べても大差無いほどにその数を減らし、張邈も虎牢関の戦いで深手を負っている為、せっかくの高い戦闘能力も万全には程遠いと言える。
その為、もし戦闘再開となった場合、余力を残した袁術や陶謙などが主力に当たる必要がある為、慎重論派も力が入っているのだ。
どちらの言い分にも理があるため、袁紹も判断に迷っていた。
「孟徳、これでは話にならないぞ!」
痺れを切らした張邈が、曹操に言う。
「時をかければ、それだけ董卓に利すると言う事をまるで分かっていない! 盟主袁紹、その器あらずではないか!」
張邈は諸将が集まる中で、堂々と言う。
この数日、会議や協議と名を変えて集まってはいるものの、やっている事と言えばまったく無為の酒宴でしかない。
主戦論派の武将達は、その事に対し強い不満を持っていた。
張邈の言葉は、その現れでもあった。
袁紹の決断次第で答えは出るのだが、袁紹はどちらの意見も聞く一方で決断を避け、今の状況を作ってしまっている。
そこを寛容と取れば大人物なのだが、この場合の主戦論派の武将達にはただの優柔不断にしか見えなかった。
張邈は曹操との付き合いは長く、そこを通して袁紹を知っていると言う程度でしかない事もあって、袁紹ではなく曹操に向かっての発言となった。
「ふん、怪我人がよく吠える事だな」
愚弄された袁紹ではなく、袁術が鼻で笑って言う。
「何を……」
掴みかかりそうな張邈だったが、鮑信に慌てて止められる。
鮑信も怪我をしていたのだが、それでも張邈ほどではない。
また、袁術や袁紹に対する非礼などは反逆行為とみなされる恐れもあった。
「今は正に攻め時、この好機を逃しては二度と董卓は討てない! 董卓の暴虐を誅し、漢を正すのでは無かったのか!」
張邈は言うが、慎重論派の武将達は立ち上がる事は無い。
それどころか、袁術以外にも張邈を笑う者もいたくらいだ。
その態度に張邈はさらに激怒したが、余りにも血が上りすぎたらしく傷に触ったのか、呻き声を上げて弟の張超と鮑信に体を支えられたまま絶句している。
「張邈殿の物言いは乱暴なところはありましたが、これは好機なのです。開戦の際、袁隗殿を始め袁家に連なる者達の無残な遺体が届けられた時の事をお忘れですか? 袁隗殿ほどの高官でさえあのような憂き目に逢うと言うのであれば、献帝陛下といえど安全では無いと言う事も諸将にはお分かりでしょう?」
曹操は袁紹に向かって言う。
徐栄によって届けられた袁家の者の遺体は数百に上り、ただその命を奪われたのではなく、生前か死後かは判別出来なかったものの散々に弄ばれた跡が見て取れた。
特に女性などは目を背けたくなる様な惨状であり、その時には袁紹も烈火の如く怒りを露にしたのだが、今ではその時の怒りもどこかへ消えてしまっている。
それを思い出させようと、曹操は嘆き口調で訴える。
気位の高い袁紹に対して、張邈の様な感情任せで高圧的な物言いはあまり効果的ではない。
袁紹との付き合いの長い曹操は、袁紹の扱い方も多少は心得ているつもりである。
その効果は覿面で、袁紹は卓を叩いて立ち上がる。
「孟徳! よくぞ……」
だが、袁紹が気炎を吐く前に幕舎に凶報がもたらされる。
「た、大変です!」
「どうした! 敵襲か!」
慌てて腰を浮かしたのは袁術である。
そんなわけがない。ここまで退いた連合軍に対し董卓軍が攻勢を掛ける理由はなく、逆に都への退路を分断されかねない。
軍師李儒がそれを考えないはずはないし、董卓も呂布も比類なき用兵家でもある。
曹操は袁術に対して、声には出さないがそう言いたかった。
「み、都が、洛陽が燃えています!」
「何?」
その報告に最初に反応したのは孫堅だったが、全員が耳を疑う事だった。
洛陽から現在の連合軍拠点まではかなりの距離がある為、ここから見えるとなると途轍もない規模の火災と言う事になる。
孫堅や曹操は幕舎から出て洛陽の方を見る。
伝令を疑っていた訳ではなかったが、十分過ぎるほどに離れた拠点だったにも関わらず、ここからでも確かに洛陽の火災が目視出来た。
天をも焦がす炎と、空を覆う黒煙はその規模の絶望的な大きさを示すモノであり、現実とは思えない光景だった。
「……董卓、ですか?」
「他に誰が居る」
曹操の言葉に、孫堅は短く答える。
「急ぎ、都の消火活動に移る! あの規模では人的被害がどれほどに登るかわからんぞ! 曹操、董卓は都を焼くほどだ。貴殿の読み通り、ああ見えて戦う余力はほとんど残っていなかったらしい。今すぐ連合を結束して、董卓を追え!」
「待て、孫堅! 出しゃばるな!」
テキパキと指示を出す孫堅に対し、袁術が怒鳴る。
「消火活動と言っても、あの炎では近付く事も出来まい。しばらく時を置いて炎の勢いが弱まるのを待つべきだ」
「ならば、お前はそこで待っていろ。各陣営から戦える者を出して曹操に委ねよ、曹操、追撃は出来るな」
「もちろん。上手くすれば、漢の正規軍とも呼応出来るかもしれません。兵は神速を尊ぶともうしますので、連合全軍ではなく精鋭のみで追撃を開始します」
曹操も孫堅に従い、すぐに行動に移る。
張邈は曹操に同行する事を希望したが、さすがに怪我の状態が良くなかった為に同行は出来なかった。
曹操と共に董卓追撃に出たのは鮑信軍より于禁、陶謙軍より陳登、張楊軍より穆順など主戦論派の武将が数名と、袁紹、袁術以外の陣営から精鋭を借り受け、二万の兵で連合の拠点を出発した。
燃え盛る洛陽を迂回している時、逃げ遅れた洛陽の住人から董卓が急に長安への遷都を言い出した事を聞かされた。
「長安? あんな何も無いところに何故?」
曹操の追撃隊に配属された中で、もっとも武の匂いのしない陳登が曹操に尋ねる。
「おそらく、何も無いからこそ董卓は城を築いたのでしょう。それによって自身の権勢を示す事にもなりますし、長安と言えば、洛陽に遷都される前の都であり漢の正当性を主張するのであれば、必ずしも悪い選択ではありません」
その人手と金がどこから出ているのかも気になるところではあったが、董卓は上洛の際にいち早く十常侍を一掃している。
その時に十常侍の財を差し押さえていたとすれば、それこそ洛陽の様な大都市を二つ三つ建設出来るだけの資金を得た事になる。
人手に関しても連合への寝返りが警戒される漢の正規軍数十万が戦場へ出せないのであれば、それを労働力に当てる事も出来るのだ。
それに曹操は董卓の近くにいた事もあるのだが、董卓四天王と言われる李傕と郭汜はよく知っているものの、後の二人とは顔を合わせた事がない。
つまり、今回の遷都はその場の思いつきや連合を脅威に感じたと言う事ではなく、最初から予定されていた行動だったのではないか。
曹操の頭の中に不安がよぎる。
前もって計画されていたとしても、遷都の途上で追撃される事は董卓としては絶対に避けたいはずだ。
だとすると、何も備えていないと言う事があるだろうか。
董卓一人に限って言えば有り得る話かもしれないが、そこに李儒や呂布が関わってきた場合、何も備えないと考える方が不自然である。
曹操も稀代の用兵家であり、借り受けているのか各諸将の選りすぐりの精鋭であった。
が、それだけに寄せ集めの烏合の衆とさえ言える。
この弱点だらけの集団で精強を誇る董卓軍に対して勝つには、手段は一つしかない。
相手が対策を講じ、それを実行する前に戦端を開きいち早く乱戦に持ち込み、そのどさくさに紛れて董卓を討つ。
何よりも重要になってくるのは疾さである。
あまりにも乱暴な戦い方であり曹操が好みの形ではないのだが、そもそも今の曹操に戦場や戦法を選り好みする余裕は、戦力的にも人材的にも時間的にも不可能だった。
それであれば、そのわずかな勝機に賭けるしかない。
曹操は全軍に全速の命令を出す。
寄せ集めとはいえ主戦派の精鋭であり、その士気は高い。
特に対呂布戦、虎牢関の戦いで遅れを取った穆順は先頭に立って馬を走らせている。
ここで面目を立てておかなければ、穆順の名は地に落ち、生き恥を晒すだけの余生を送る事になってしまうので、穆順も必死なのだ。
その穆順と競う様に走るのが、曹操軍でも随一の疾さを誇る夏侯淵である。
董卓の性格を考えると、疾さだけを求めて身一つで逃げ出したと言う事は考えられない。
おそらく運べるだけの荷物を抱えて移動しているはずであり、その足が早いとは思えないが、それだけに李儒に考える時間を与える事にもなる。
李儒は人の心の弱点を突く事が、並外れて上手い。
正直なところで言うと李儒の用いる策そのものは、さして珍しいものでも特異なものでもないのだが、その用い方とその為の前準備が天才的と言える。
そんな李儒から見れば、この曹操の追撃隊などはもっとも得意とする編成であるだろう。
李儒が用意しそうなのは、おそらく伏兵。
しかし対連合での戦いでも分かったが、西涼兵や董卓軍の将軍達は伏兵と言う戦術があまり上手くない。
が、全員ではない。
炎の様に赤い巨馬と黄金の鎧と言う異常なほど目立つ呂布本人はともかく、呂布軍の将来有望な武将張遼などは危険な存在と言える。
兵を伏せているとすれば……。
今行く道は両側を岩壁に囲まれた細い道であり、伏兵や罠を張るにはうってつけの場所である。
曹操は地形を確認しながら走っていたが、奇妙な事に気付いた。
そんな危険な場所だと言うのに、先頭集団の足が止まっているのだ。
「夏侯淵、どうした?」
「孟徳、気をつけろ。ここはもう、敵の罠の中だ」
夏侯淵は弓を手に、周囲を見回す。
まだ敵の姿は見えないが、それを確信する材料はあった。
荷が邪魔になったので捨ててあった。
と言うのなら、まだ良い。
そこに捨てられていたのは、財宝の類である。
そこで兵達は足を止められていた。
どれほど優れた将であったとしても、一度気持ちが離れた兵を再度立て直す事は想像するより遥かに難しく、どれほどの名将であったとしても至難と言える。
だが、疾さを求めて全速で走ってきた者達である。
曹操の命令がわずかに遅れた為、宝の山に兵が続々と集まってくる事になった。
こうなっては、どれほど猛将達が声を枯らすほどに怒鳴り散らしても兵をまとめる事など出来なくなる。
……してやられたか。
曹操が天を仰いだ時、崖の上に一騎の人影を見つけた。
炎の様な赤い巨馬に跨り、黄金の鎧を身にまとった戟を持つ騎影である。
「全軍、突撃ぃ!」
連合軍崩壊の兆し
作中にあった主戦論と慎重論の二分化というのは、実は演義にも正史にも微妙な表記しかありません。
というのも、実はこの反董卓連合結成の時から半数以上の諸侯がほとんど戦いに参加せず、飲んだくれていたというのが実情のようです。
このようにやる気の無かった面々にとって、焼き捨てられた洛陽というのは致命傷になる出来事で、これによって完全に戦意を失う事になります。
なので、やる気に満ちていた張邈や孫堅と、やる気ない側の代表みたいになっていた袁紹の間に深い溝が出来る結果になってしまいました。
孫堅の事はともかく、この物語的には張邈と袁紹の亀裂は後に大きく関わってくることになります。
三国志的には孫堅の事の方が大事なのですが、この物語の中では張邈の方が重要になってきます。
が、まだまだ先の話です。




