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新説 呂布奉先伝 異伝  作者: 元精肉鮮魚店
第三章 其れは連なる環の如く

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流血の都へ 第一話

第一話 流血の都へ


 脅威と言えば、これ以上の脅威は無いと言える呂布を敗走させたと言う事は、董卓政権にとって最大の支柱に楔を打ち込んだ事である。

 董卓の持つ将軍の中でもおそらく最強の武将である呂布に打ち勝ったのは、それだけで士気を逆転させる事が出来る。

 事実、連合の用意した豪傑達を打ち倒された時には士気は地に落ち、集団として機能しない状態だった。

 特に大した被害を被った訳でもないはずの王匡、張楊、孔融の三軍などは完全に戦意を失っていたのだが、連合の総攻撃が始まった時には最前線に立って遅れを取り戻そうといきり立っている。

 総大将の袁紹にとって、望ましい事だった。

 さすがに被害甚大な孫堅、鮑信軍はその出足も重いのは仕方が無いとはいえ、それ以外の諸将は我先にと突撃していく。

 袁紹が奇妙に思うのは、公孫瓚軍の出足の遅さである。

 元々あの劉備と言う武将が奇妙極まりない。

 曹操と同じく、まったく何を考えているか分からないので袁紹は理解出来ていないのだが、呂布を打ち負かした三兄弟を有する公孫瓚軍は呂布と戦っていたので、真っ先に突撃出来る位置にいた。

 そのはずだが、今では突撃する連合の中軍よりやや後ろまで下がっている。

 騎馬隊を中心とする上に、それで戦果を挙げてきた公孫瓚にしては不自然な位置だ。

 戦ってきた異民族は違うとはいえ、西涼董卓軍にも匹敵するはずの攻撃力を保持し、異民族に対して先制攻撃を旨としていた人物とは思えない位置である。

 そこから考えられる事は、そう多くない。

「待て、袁紹! これは罠だ!」

 袁紹が考えていた事を、横から曹操が言ってくる。

 おそらく公孫瓚ではなく、劉備の進言だろう。

 袁紹もそれは考えていた。

 開戦当初の予定から考えると、苦戦を強いられていると言わざるを得ない連合軍ではあるが、原因はいくつかある。

 想像以上に董卓軍が強かったと言うのが一番の誤算でもあったのだが、連合の諸将が袁紹の想像以上に打算的であり、必ずしも士気が高かったとは言えない事もあった。

 戦争において兵力と言うのは何よりも優先される重要事項の一つなのだが、士気が低ければその数を活かす事が出来ない事も多い。

 袁紹なりに分析した今回の苦戦の要因は、この士気の低さと言うモノが大きかった。

 開戦当初は高い志の元に集まった連合軍だったが、初っ端から徐栄に出鼻をくじかれて先手を打たれる事になった。

 打開する為に孫堅を先鋒に汜水関攻略を始めたが、孫堅は周りの期待や本人の大言ほど大した戦果は得られず、ただただ援軍を求めると言う凡戦ぶり。

 あげくには華雄に破れ、汜水関攻略の為の拠点をも奪われるという失態まで犯している。

 確かに従弟袁術の補給にも問題があった事は認めているので、孫堅一人に敗戦の責任を背負わせるのは酷な話なのだが、その敗戦がもっとも大きな誤算だったと言ってもいい。

 それも関羽と言う謎の豪傑の出現によって多少盛り返しはしたものの、次は呂布と言う大きな障壁が立ちはだかった。

 各陣営の誇る名だたる武将、豪傑達をものともしない別格の武勇を見せる呂布だったが、そこも劉備三兄弟の活躍によってかろうじて打破する事が出来た。

 最初に先手を取られて以降、どうしようもなく後手に回っている連合軍である。

 だが、それでも董卓軍が動員出来る兵数より、この時点では大幅に連合軍の方が兵力は上回っている事は間違いない。

 董卓が漢の相国である以上、漢軍の全てを董卓の号令で招集する事は出来る。

 そうして漢軍全軍を動員した場合、連合軍より数は多くなるのだが、現実問題としてそれを董卓が行う事は無い。

 袁紹の密偵から、そこは間違いない事を伝えられていた。

 理由は董卓が漢軍を信用していないと言う事と、漢軍には袁家の影響が非常に強く大きなモノがあると言う事だ。

 実際、董卓は袁隗とそれに連なる袁家の人間を虐殺しているが、それによって漢軍やその中心となる将達から、元々薄かった信頼を完全に失っている。

 秘密裏にではあるが、朱儁からはこちらに協力すると伝えられているくらいだ。

 もし朱儁が大軍を率いて戦場に出てくれば董卓軍を挟撃する事も出来たのだが、董卓はそれを警戒しているらしく、自身の子飼いの軍のみを動員している。

 その数は最大でも十万前後。

 連合は序盤戦から被害を出しているが、それでもまだ三十万を下回る事は無い。

 その数の差を埋める為に董卓は罠に頼っているようだが、百人対三百人などであれば策によってその差を埋める事は出来ても、十万対三十万、しかも士気の上がった三十万に対する有効な策など、そう多くない。

 しかも董卓軍の中心である西涼兵は、圧倒的かつ破滅的な攻撃力の高さを誇るものの、それほど柔軟と言うわけではなく、今回のような守勢の戦いには西涼兵の強さはあまり活かせない。

「袁紹! わざわざ敵の罠に乗るな!」

 慎重な曹操の言い分は十分に分かっている。

 それに曹操の立場上、それは必要な諫言でもある事は袁紹も理解していた。

「今ここで大打撃を受けようものなら、連合軍は瓦解する!」

 いつもは袁紹に対して一歩引いて敬語を使う曹操だったが、今はらしくないくらいに強い口調で訴えてくる。

 それは確かにそうだ。

 負けない事を考えるなら、曹操の言い分は正しい。

 だが、負けない事が目的で連合軍を結成したのではない。

 勝つためだ。

 そして、勝つためには場合によって危険に足を踏み入れる必要がある。

 呂布個人はともかく、逃げている呂布軍は演技や擬態などではなく、全力で都へ逃げている。

 少しずつ連合が呂布軍に追いついている事もあり、また用意している罠の為もあっての事だろうが、第一の関門である汜水関はすでに開放、放棄されていた。

 そこを呂布軍が潜ったあとに続くように、連合軍の諸将が走り抜けていく。

 本来であればここで盟主袁紹が最前線に出て全軍を鼓舞するべきところではあったのだが、それでは雪辱に燃える諸将の反感を買う事になる。

 特に呂布に面子を潰された王匡、張楊、孔融の士気は高く、その後方からここぞとばかりに橋瑁、張超、袁遺といった戦力を温存し続けた者や、張邈や劉岱といった戦意の高い者達も集まってきた。

 そのまま呂布を追って虎牢関を抜けようとした時には、それぞれが功を競うように雪崩込む形になっていた。

 それは士気の高さと言うより、暴走としか言い様がない猪突だったと言える。

 どれほど大きく門を開放されていたとはいえ、数万の軍が全軍一斉に突入する事など出来ない。

 それによって陣形は大きく乱れ、門から溢れ出た時には精強な軍ではなく、指揮系統の入り乱れた大きな塊と化していた。

「ようこそ、反乱軍の諸君」

 後続の部隊に押し出される形になった大きな塊は虎牢関の内側で陣形を展開させようとしたが、そこにはすでに董卓軍が待ち構えていた。

 しかもただの待ち伏せではない。

 そこには董卓自らが待ち構えていたのだ。

「これは儂からの労いの品だ。遠慮はいらんぞ」

 董卓はそう言うと、手にした剣を振り下ろす。

 それに合わせて、展開している董卓軍から一斉に矢が連合軍に射掛けられる。

 文字通り雨のように降り注ぐ矢は、連合軍の混乱をさらに拡大させた。

 露骨に分かりやすい死の恐怖を前にして、兵達は浮き足立っていたのに対し、武将達は董卓と言う最優先の標的が目の前に現れた事によっていきり立つ。

「董卓だ! ヤツを討ち取れば、この戦は終わりだぞ!」

 そう怒鳴ったのは、先の呂布戦での雪辱に燃える方悦だった。

 確かにその通りなのだが、それは誤った判断だと言わざるを得ない。

 方悦の檄に煽られた者達と、死の恐怖にさらされて浮き足立つ者の差はさらに深くなり、混乱はさらに大きなものになってしまう。

 この場に曹操がいれば混乱を収める事に注力したのかもしれないが、諸将が入り乱れる連合軍の弱点である指揮系統の乱れが、収拾がつかない状況を生み出していた。

「どうした? 歓迎の意が伝わっていないようだぞ?」

 董卓が笑いながら言うと、降り注ぐ矢の雨の勢いが増す。

 だが、戦意の高まった部隊の中には、混乱し逃げ惑う歩兵を踏み潰してでも前に出ようとする部隊があった。

 諸将の中にいる豪傑の部隊はその傾向が非常に強く、檄を飛ばす方悦だけでなく、穆順やその他、個々に立て直す部隊が現れる。

 その部隊が混乱を収める事が出来れば立て直せたかもしれないが、それらの部隊は戦意が高過ぎる為に、その場に留まって混乱を収めるというより混乱の元凶である目の前の董卓軍をどうにかしようと考えていた。

 立て直した部隊から、次々と董卓の本隊に向かって突撃していく。

 そこだけを見ると連合軍が攻勢に出たように見えるが、たんなる暴発でしかない。

 全軍での攻勢であれば董卓軍より多い事もあって効果はあったはずだが、それぞれ個別に猪突したところで戦果を挙げられるはずもなかった。

「ふははははは! 李傕よ、お前の歓迎が受けられんらしいぞ? 誠意が足りないのではないか?」

 董卓は心底楽しそうに言う。

「皆の者! 突出してくる奴らを狙え!」

「いや、構わん。それより後ろの逃げ惑う者共を射て、圧迫してやれぃ」

 李傕が狙いを変えようとしたのを、董卓は止める。

 勢いに乗って突撃してくる者を矢で射るのは難しく、それであれば後方で大きな塊となっている連合の部隊の混乱を長引かせるべきだと、董卓は判断したのだ。

 そして、突撃してくる部隊には、董卓自らが当たる。

「どれ、遊んでやろうかのぅ」

 董卓は、先頭を走る方悦の前に立ちはだかる。

 これまで騎乗してきた巨馬である赤兎馬だが今は呂布の物であるため、董卓の巨体を支える事の出来る馬がいなかったのか、大きな角を持った巨大な牛に跨っている。

 見た目の威圧感は尋常ではないが、牛は駿馬ほど自由に早く走る事は出来ない。

 方悦はそう判断して突撃する。

 それを迎え撃つ董卓は、弓を手に方悦を狙う。

 董卓が弓の使い手である事は広く知られているので、方悦は鉄刀を右手に持ちながら、左手で盾を構えて董卓の弓に備える。

 並の弓手の矢であれば、この盾で簡単に防ぐことが出来る。

 その判断自体が間違っている訳ではなかったが、方悦は董卓と言う人物をあまりにも知らなすぎた。

 董卓自身が並みの体型ではなく人並み外れた巨漢であり、その巨体を支える牛も並外れた闘牛である。

 遠近感さえ狂いそうな巨大なそびえる壁のような存在で、気の小さい者であればそれだけで逃げ出しそうな威圧感だった。

 だが、そんな虚仮威しに恐れる方悦ではない。

 豪胆な猛将でもある方悦だったが、この時には雪辱を意識し過ぎて慎重さに欠けていた。

 巨体の董卓の手にある弓は、通常の弓ではなくかなりの大弓なのだが、そこを意識していなかったのだ。

 方悦は呂布の強弓を目の当たりにしていたにも関わらず、あれほどの強弓を放つような人物はそう多くないと思い込んでいたところもある。

 董卓は巨体とはいえ肥満体であり、呂布との激戦を繰り広げた関羽や張飛のような圧倒的武威ではなく、ただデカいだけだと思ったのだ。

 思いたかったのだ。

 董卓が矢を放つのを、方悦は盾で防ごうとする。

 董卓の乗っているのは、見た目には厳ついといっても牛なのだから、矢を二回防げば方悦の鉄刀の届くところまで近付く事が出来る。

 そうすれば肥満体の董卓は逃げる事も出来ないはずだ。

 と言うのが、方悦がこの世で最期に考えていた事となった。

 董卓の放った矢は方悦の構えた盾どころか、方悦の上半身を粉砕するように貫き、豪傑方悦は原型を止めない肉塊と化していた。

 先頭を行く豪傑を失った王匡の突撃部隊だったが、董卓は容赦しない。

 董卓は左手に持っていた弓を右手に持ち替え、そのまま弓を突撃部隊に射掛ける。

 まるで曲射ちの様に董卓は右に左に弓を持ち替え、突撃部隊を削っていく。

 極端に勢いが無くなったとはいえ、僅かな数は董卓の弓の脅威を逃れて董卓本隊に届いた者もいた。

 だが、董卓はすでに大弓を近くの兵に渡し、秘宝の魔剣『七星剣』を抜き放つ。

 光り輝く刀身の剣を董卓が振ると、突撃兵は甲冑ごと真っ二つに切り裂かれる。

 七星剣が閃くたびに、突撃兵はまるでヒトではなく布キレか何かの様に切り裂かれていく。

 方悦によって支えられていた王匡軍は、完全崩壊を留める事が出来なくなっていた。

 完全に突撃兵の足が止まった時、董卓はニヤリと笑う。

「郭汜、徐栄、皆殺しにせい」

 董卓がそう言って剣を振ると、董卓本隊の中から郭汜、徐栄の率いる二将の部隊が連合軍へ突撃していく。

 驚異的な攻撃力を持つ董卓軍は、足の止まった突撃部隊を蹴散らすと、そのまま李傕の弓に苦しめられる連合軍の塊の中へ突撃して行く。

 騎馬隊の本来の強みはその機動力であり、機動力が活かせなくなるような深い突撃は、よほどの好機でもない限りは利点を失う事になりかねない。

 だが、董卓軍にはそれは必ずしも当てはまらない。

 その凶悪凶暴な攻撃力は敵陣深くに入り込めば入り込むほどに活かされ、手当たり次第に連合軍の兵士を蹂躙していく。

 初戦で徐栄は同じ状況になった時に防御の脆さを露呈したが、あれは相手に組織的な防御法を展開する事が出来た為である。

 今はその指示も指揮系統も無く、ただ混乱するだけの部隊が広がるためにその圧倒的な攻撃力を止める術が無かった。

 その最初の標的となったのが、瓦解した王匡軍だった。

 それでも郭汜、徐栄が突撃した事によって董卓の周りが薄くなったと見て突撃する軍もあったが、董卓の暴力の前に打ち倒されていく。

「と、董卓!」

「孔伷か。大人しく税金の管理でもしておけば良かったものを」

 董卓は人間離れした獰猛な笑顔を浮かべ、七星剣を孔伷に向けた。

董卓の戦闘について


演義にも正史にも、こんな戦いはありません。

もちろん董卓は牛にまたがって戦場に出たりしてません。

七星剣も戦場で使われたりしてません。


が、もし董卓が本気で戦ったらこれくらいの事は軽く出来るんじゃないか、と思って今回の話になりました。


三国志とはまったく無関係なのですが、バッファローみたいな牛にまたがった董卓ってイメージとしては結構絵になると思うのですが、それは私のセンスがおかしいからでしょうか。

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