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新説 呂布奉先伝 異伝  作者: 元精肉鮮魚店
第二章 洛陽動乱

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第七話

 一騎討ちの最中、助太刀が入ると言う事は基本的には有り得ない。

 通常であれば助太刀に入った武将も助太刀を受けた武将も、卑怯者の謗りを受ける事になる。

 武将にとって、それは耐え難い恥辱の為に一騎討ちに乱入する者は、決して多くない。

 張飛にしても関羽にしても、それを良しとする武将ではない。

 それが助太刀に来たと言う事は関羽が口にした通り、誰に何を言われようともここで呂布を討ち取るつもりと言う事だ。

「馬を替えてこい、張飛。それまでこの関羽が引き受ける」

「構わん、兄者!」

 張飛はそう言うと蛇矛を振るが、馬が不安定であるのだからその一撃は先ほどまでの非常識なモノでは無かった。

 それでも十分過ぎるほど危険なのだが、馬が疲弊している今の張飛であれば呂布なら討ち取る事が出来る。

 問題は、それをさせようとしない関羽である。

 関羽は関羽で、極めて特殊な戦い方をすると呂布は感じていた。

 張飛はその恵まれた体躯のみを頼りに、膂力を活かす事を極めると言う戦い方を見せたが、ある意味では自然な事と言えなくもない戦法である。

 が、関羽はそうではない。

 体躯や膂力でも張飛と比べても劣らないように見えるが、関羽はそれを活かす方法として技を磨いたのだ。

 そしてその磨かれた技は、一刀目にこそ発揮される。

 関羽が華雄を一刀で切り捨てたと言うのも、華雄と関羽の間にそれだけの実力差があったのではなく、その一刀目こそが最も危険な最強の一撃だった為だ。

 猛将であればやはり攻撃に意識を向けるもので、それは慎重なはずの華雄であっても例外では無かった。

 攻撃しようとするほどに防御への意識は薄れ、武器を振る瞬間であれば防御の事など頭の片隅にも浮かばない。

 関羽の磨き上げた技は、まさにその瞬間を狙う一撃である。

 非常識な破壊力は張飛と互角であっても、疾さ、鋭さ、正確さにおいて、関羽は張飛さえも遥かに凌駕すると言える。

 しかし、狙いすました一撃である以上、それを外されると次の一撃を同じように相手の意識の外から放つ事は困難になる。

 その一刀目の危険さは、呂布であっても今後受けきれるかどうか分からないほどだ。

 だが、狙いすました一撃である為に連打が出来るような攻撃ではないので、その一撃さえ外せば関羽に勝てるかと言えば、そんな甘い事は無い。

 関羽自身が並外れた豪傑であり、そんな人物から負けない事に徹せられれば討ち取る事は困難となる。

 そして、隙を見せればあの磨き抜かれた一撃が放たれる。

 暴風雨の様な暴威を振りかざす張飛、牽制を繰り返す事で相手を崩し、出来た隙を切り裂く関羽。

 どちらか一方でも難敵であるのに、それを二人同時に相手にするとなると、いかな呂布でも手に余る。

 それでも、まだ手に負えない事態ではない。

 この関羽も張飛と同様、騎乗している馬の質が不自然なくらいに粗末と言えるほど低いのだ。

 白馬義従の異名を持つ公孫瓚軍なので良馬には事欠かないと思われるのだが、この二人がよほど騎馬術に向かないほど下手なのか、あるいは公孫瓚はその異名の割に良馬に乏しいのかもしれない。

 それだけに、関羽も張飛と同じ弱点を抱えている。

 本人は桁外れの実力者であるのだが、馬がそれについて来ない以上、全力で戦える時間は限られている。

 張飛ほど単純明快に馬を消耗させるマネはしないものの、逆に言えば関羽も自分の欠点を知っている為に、自分にかけられた足枷を意識していた。

 今の関羽であれば呂布なら討ち取れそうだが、それも一対一の話だ。

 膂力頼りの張飛、自身の武芸を極みの域まで高めた関羽の二人なので、通常であれば連携など取れるはずもない戦い方なのだが、残念ながら抜群の相性でお互いの攻撃と防御を支えあっている。

 見事な連携だ。

 主攻は張飛。だが、馬が消耗している以上、全力で渾身の一撃を連打する事は出来ないので、その攻撃には重さに欠ける。

 呂布であればその張飛の蛇矛を弾く事が出来た。

 大きく矛を弾かれた張飛の隙を突こうとするが、その苦心の末に作り出した隙を突くところを狙って、関羽の青竜刀が閃く。

 見事としか言い様がない。

 惜しむらくは、地に足が付いていない事だ。

 圧倒的技量を誇る関羽も、人間離れした膂力を持つ張飛も、それは万全でなければ能力を発揮出来ない。

 馬が消耗しては踏ん張りが効かず、必要以上にそこに力を入れる事になるため全体の力が分散されてしまうのだ。

 そしてそれは、張飛より関羽の戦い方の方が影響を大きく受ける。

 疾さ、鋭さ、正確さにおいて張飛を凌駕する関羽の攻撃だが、そこに重さが伴わなければその攻撃を弾く事は、張飛の攻撃より難度は下がるのだ。

 激しい金属音と共に、関羽の青竜刀は大きく高々と弾かれる。

 もらった!

 呂布はそう思った。

 この時、関羽の表情を見ていなければ何かも終わっていただろう。

 どれほど集中していても、広い視野を保つ事が出来ると言うのは、呂布の特技と言えた。

 それゆえに馬上であっても絶人の域の弓技を見せる事が出来るのだが、この時にはまったく違う面で役に立った。

 関羽は笑っていた。

 絶体絶命の窮地でありながら、まるで勝利を確信する笑み。

 張飛の蛇矛の返しは間に合わない。

 呂布が戟を突き出そうとした時、関羽の背後から何者かが飛び出してきた。

 完全な虚を突く一矢。

 何者かが飛び上がり、呂布に向かって矢を放った。

 その矢は、呂布の眉間を貫く。

 はずだった。

 赤兎馬が前足を折って身を低くした為、呂布の頭の位置も瞬時に下がる。

 また、呂布もわずかに頭を下げていた。

 必殺の一撃だった矢は、そのわずかな差で呂布の黄金の兜を弾いた。

「ありゃ? ダメだった?」

 矢を放った人物は馬に降りると、体勢を立て直す。

「これでダメとは思わなかったなぁ。どうしようか、関羽」

「長兄、ちょっと黙っていてくれ」

 関羽は後ろを見ずに言う。

 ……女?

 呂布は新たに現れた人物を見て、不審に思う。

 白馬に乗った女だったが、その女もさる事ながら、その白馬は公孫瓚が乗っていた駿馬ではないか、と呂布は気になった。

 確かに公孫瓚が落馬した後、呂布はすぐに馬を走らせ公孫瓚は徒歩で自軍に戻っていったが、普通その馬は公孫瓚に返すモノではないのだろうか。

 公孫瓚の馬に乗って現れた女は、関羽、張飛とは違った異相の人物だった。

 大きな先の尖った耳や、幼さと活発さと妖艶さを兼ね備えた妖しく奇っ怪な美貌、それであれほどの威力を持つ矢を射たのかと目を疑う様な袖の長い奇妙な服装と、どれか一つでも十分過ぎるほどに目を引く。

 ……長兄と言わなかったか? と、言う事はこの女が劉備玄徳か?

「だってさー、関羽も翼徳も危なかったじゃんかー。むしろ感謝されても良いと思うんだけどなー。どうよ、関羽」

「長兄、この場では何を言っても大丈夫とでも思ったか」

 関羽はそう言うと右手で青竜刀を持ち、左手で劉備の頭を掴む。

「え? いやいや、ここではさすがにマズいでしょ?」

「いや、呂布ほどの武人であれば、この隙に乗じる事は無い」

 関羽は断言するが、呂布としてはここで手を出して良いのかどうか分からないと言う方が正しい。

「二人共、遊んでいる場合か!」

 張飛が怒鳴り、二人もようやく改めて身構える。

 さらなる加勢で、呂布はこれまで以上の窮地に立たされた。

 かといえば、実はそうでもない。

 劉備の実力は定かではないものの、女の身でありながら関羽の技量、張飛の膂力を上回るとはとても思えない。

 それは単純な体型の差であり、劉備が弓以外に張飛の蛇矛や関羽の青竜刀の様に、見て分かる武器を持っていなかった事からの判断である。

 そんな人物が参戦したところで、関羽や張飛にとって足を引っ張られるだけではないかと、呂布は考えていた。

 見た目で侮ってしまった。

 呂布が狙うのは、もちろん劉備。

 戦場では弱い者を狙って頭数を減らすと言うのは、鉄則である。

 最強の者を狙って敵の士気を挫くと言う兵法もあるが、それは先手を取った状態で一人を討つ事が出来る状況での話であり、常に最善の行動ではない。

 だが、呂布にも焦りがあった。

 関羽、張飛の二人でも手に余るのに、さらにもう一人加勢されてはさすがに手に負えなくなる恐れがあるのは否めない。

 そう言う意味では、三兄弟の長兄でありながらもっとも討ち取り易そうな劉備を狙うのは常道に思えるのだが、何故劉備がこの場に現れたのかを考えるべきだった。

 呂布が劉備を狙うと言う事は、関羽と張飛に対して無防備を晒すと言う事になる。

 まして関羽と張飛と違い、劉備が乗っているのは公孫瓚の駿馬である。

 公孫瓚が乗っていた時にも素晴らしい駿馬だとは思っていたが、劉備が乗る事によって天下に有数の名馬ではないかと、これまで多くの馬を見てきた呂布の目には映った。

 そんな馬で逃げに徹するのであれば、それこそ劉備は関羽や張飛より遥かに上だ。

 呂布も関羽と張飛の攻撃に晒され、それらをかろうじて防ぐ事が出来た時、己の愚を悟った。

 その時には後手に回っていた。

 後手に回った呂布は張飛の攻撃に晒され、それらを捌いても関羽の青竜刀が閃く。

 その二人に集中する必要があると言うのに、視界の隅に目立つ白馬でウロウロしている劉備が映る。

 弓を得意とする劉備が自由に動いて回れる状況は、非常にマズい。

 三人と言うのもよくない。

 張飛、関羽は長柄の武器であるので、呂布との距離を取って戦う事が出来る。

 密着して戦う訳ではないので、劉備の誤射を期待する事も出来ず、また関羽や張飛を劉備の射線に誘導する事も難しい。

 狙う相手を間違えた事を、呂布は痛感していた。

 劉備が出て来た時、関羽は勝利を確信して笑みを浮かべていたが、あの時こそ関羽を討つべき絶好の機会だったのだ。

 兜を弾かれた時、戟で関羽を突いていれば、その首を落とす事は出来ないにしても深手を負わせる事も出来ただろう。

 関羽さえいなければ、馬が消耗しきった張飛と明らかに関羽より戦いやすいと思われる劉備が残るのだから、ここまでの窮地に陥る事は無かった。

 苦しいな。

 呂布は一方的に防戦を強いられる。

 劉備三兄弟に余裕があるのは、見ていても十分に分かった。

 張飛、関羽共に重さより疾さを重視した振りになり、一撃で両断するのではなく呂布を削る事を主としている。

 今まで通りであれば、その二人の武器を弾いて隙を作るところだが、今それをやれば劉備の弓から狙われる。

 劉備の弓、か。

 極めて危険だが、打開策はある。

「赤兎、行けるか」

 呂布は赤兎馬に声をかけると、赤兎馬は呂布の考えが分かるのか翔ぶ様に駆け出す。

 狙うは劉備。

 それは関羽と張飛の攻撃に対し無防備を晒すと言う事になりかねないのだが、赤兎馬の疾走は関羽や張飛の乗る馬に追える疾さでは無かった。

 関羽、張飛は急いで呂布を追うが、呂布が劉備を捉える方が早い。

 しかし、劉備の胆力は呂布の想像を遥かに上回っていた。

 まだ呂布は劉備を女と侮っていたらしい。

 劉備は弓を捨てると、呂布に向かって突進してくる。

 馬鹿な。

 呂布は間合いに入った瞬間に戟を突き出していたが、突き出した瞬間にそれを誘われた事に気付いた。

 劉備は呂布の戟に対し、右手の袖を振る。

 暗器でも隠しているのか、激しい金属音が響くと呂布の戟は僅かに逸れる。

 その隙に劉備は呂布の脇を走り抜け、関羽、張飛と合流を果たした。

 討ち損じたか。だが、これで弓は封じた。

 と思えるほど、呂布は楽天家ではない。

 まだ何か隠し持っているのだ。

 張飛の様な膂力も関羽の様な絶技も持っていないが、油断ならないと言う点で言えば劉備はその二人にも劣らない。

「はっ」

 声をかけて打って出たのは、その劉備だった。

「何?」

 関羽、張飛の後ろに隠れると思っていた劉備が呂布に向かってくる。

 もちろん関羽、張飛も劉備に続く。

 劉備は関羽や張飛より深く入り込んでくる。

 右手を突き出してくる劉備の攻撃を、呂布は弾く。

 煌くきっさきが袖口から見えているので、右手の長袖の奥には剣を隠し持っているのは分かったが、劉備は右手を弾かれた勢いを無理に抑える事をせずに、馬上で舞うように体を回して左手を振る。

 異様な圧迫感があったので、呂布は戟を立てて劉備の左手を防ぐ。

 そこから響く金属音。

 劉備は左手にも剣を隠し持っていたらしい。

「引っかからない、か。さすがに」

 劉備は苦笑いしながら言う。

 すぐに反撃に移ろうとする呂布だったが、劉備の背後から関羽が青竜刀をかざし、劉備の脇から張飛が蛇矛を持って駆け抜けてくる。

 劉備を討って、関羽、張飛に討たれたのでは意味がない。

 呂布は僅かに後退してまず張飛の攻撃を防ぎ、戟を突き出して関羽を牽制する。

 一瞬ではあったが、これで関羽と張飛の動きを封じて難を逃れる。

 しかし、劉備も呂布の戟の間合いから抜け出していた。

 劉備三兄弟はすかさず呂布を包囲してさらなる攻勢をかけようとしたが、その時呂布が抑えた拠点から銅鑼が鳴り響いた。

 間に合ったか。

 これ以上戦闘を続けると言うのであれば、呂布は個人の判断で撤退しようと思っていたところだ。

 無理に消耗戦を続けても劉備三兄弟には勝てそうに無いし、明らかに苦戦している呂布を見て連合の士気も高まり、一騎討ちの結果を待たずに総攻撃に出るおそれもある。

 だが、合図があったと言う事は準備が整ったと言う事だ。

 呂布は清々しいほどに反転して、一気に赤兎馬を走らせて逃げ出す。

「文遠、退くぞ!」

「もちろん、準備は整ってます!」

 張遼はそう言うと、拠点から全軍を撤退させる。

 赤兎馬の足があれば呂布は真っ先に逃げる事が出来るのだが、当然ながら殿軍を務める。

 一方、呂布を敗走させた劉備だったが、追撃しようとする張飛と関羽を引き止めた。

「関羽、翼徳、追うな」

「何故だ、兄者! 今こそ呂布を討つ好機ではないか!」

「その馬では無理だ」

 劉備は逸る張飛や関羽を諌める。

「アレは戦場で討てる様な人物じゃないよ。それより……」

 劉備は総攻撃に出た連合の中に紛れる。

「あれは敗走ではなく、我らを釣るつもりだ。自ら釣り針に掛かる必要は無い」

 冷徹な目を向け、劉備は公孫瓚軍の最後方から連合の行動に合流した。

的盧てきろについて


劉備の騎乗する馬として登場する名馬で、この作品では公孫瓚が乗っていた白馬を劉備がかっぱらった事になってます。


三国志演義では乗り手に凶事をもたらすと言ういわくつきの馬で、誰かが凶事にあえばその呪いも解けて名馬になる、と後に劉備の参謀になる伊籍いせきから言われています。


ですが、三国志演義では元々賊将が乗っていた馬で、劉備が

「あの馬、いいなー」

と呟いたところ、趙雲が賊将をぶっ殺して奪ってきた馬なので、十分過ぎるほどに主に凶事を起こしていると言えるでしょう。

つまり劉備が乗っていた時には、すでに呪いも解けた名馬だったのではないかと思われます。

作中でも公孫瓚はそれなりに酷い目にあっていますので、呪いも解けたのではないでしょうか。


ちなみに作中で呂布が関羽、張飛の馬がヘボいと言っていますが、それは公孫瓚が良い馬を持っていないとかケチだとかではなく、この二人は武将ではないので本来騎馬出来る身分ではないせいです。

二人ともただの一兵卒で、黄巾の乱の時に義勇軍を率いる為に馬に乗っていて、その時の馬がこの時の馬です。


赤兎馬とはフェラーリと三輪トラックくらいの違いがあります。

普通に走っている三輪トラックは見た事はありませんが、イメージの話です。

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