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新説 呂布奉先伝 異伝  作者: 元精肉鮮魚店
第一章 荊州の若き武神
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第二話

 馬で野を駆ける事が好きな呂布は、居城が好きではない。むしろ居心地の悪い空間ですらある。

 よそ者であるはずの李粛に荊州城を案内されながら、呂布は城内を歩く。

 呂布が案内されたのは、無駄に豪華な中庭が一望出来る、丁原自慢の四阿だった。

「おお、李粛殿、申し訳ない。奉先、ここに座りなさい」

 呂布を呼ぶのは荊州太守である丁原、字を建陽。

 若い頃には並外れた武勇を鳴らし、軍部の中枢である何進将軍に見出され中央での仕事をこなして荊州の太守となった。

 為政者としての手腕は、よく言っても並み程度。

 そんな人物が豪華な中庭を自慢出来る城に住めるのは、律儀に中央への賄賂を収めている事と、呂布を中心とする武力の高さにより賊徒を圧倒出来ていると言う二点である。

 もっとも、それは呂布とその悪友の高順、期待の新人である張遼によるものであり、そこにあまり丁原は関わっていないのだが。

 呂布は警戒しながら丁原に勧められた席につくと、向かいにはまるで見た事がない男女が座っていた。

 人の顔を覚えるのが苦手な呂布なので、どこかで会った事があるのかもしれないが、この瞬間には少なくとも覚えがなかった。

 男の方は李粛や丁原と同じように鎧姿なので、どこかに所属している武将だと思われる。

 思われると言う不確定な表現になったのは、呂布の目にその男の鎧姿がまったく似合っていなかった為である。

 剣も鎧も新品同様で、本当に武将かを疑ってしまう。

 そのエセ武将の隣に座るのは、驚く程美しい少女だった。

 十代後半くらいと思われるその美しい少女は、その美貌に負けない美しい衣装を身にまとっている。

 なのだが、本人の顔色は凄まじく青白い上に、このまま卒倒するのではないかと思うほどに怯え、緊張している。

(なんだ、コリャ?)

 武骨者な丁原とその養子の猛将呂布、その幼馴染で多少の武勲はあっても要領の良さで立ち回ってきた李粛、これまで戦った事も戦わされた事も無さそうな武将風の男と、その連れの素晴らしい美貌を持ちながら卒倒しそうな緊張状態の美少女。

 このまとまりのない集団の中に入れられて、呂布としてはどうしていいか分からなかった。

 丁原が呼んでいると言う事だったので、また無茶な賊徒退治を押し付けられると思ってうんざりしていたのだが、どうにもそう言う雰囲気ではない。

「ど、どうも、初めまして。わ、わた、私は曹豹と申します」

 武将風の男が立ち上がって言う。

「はぁ」

 そう言われてもやはり記憶に無い名前であり、呂布としてもそんな気の抜けた返事をする事くらいしか出来なかった。

「て、丁原様と永くよしみを結びたく思い、この度、娘を献上に参りました」

 精一杯覚えてきた台詞を言ってます感が、物凄く伝わってくる。

「へえ、義父上、随分と若い嫁をもらうんですね」

「お前の話だ、奉先」

 皮肉のつもりでいったのだが、丁原は真面目に答える。

「え? 俺?」

「お前ももう嫁の一人くらいいてもおかしくないだろう。いつまでも馬番の真似をしている場合ではない」

「……俺? 俺の嫁?」

 言葉の意味が頭の中に入ってこないのだが、それが理解出来た途端に驚きの声を上げる。

「俺の嫁? え? 俺、結婚するの? 誰と?」

 驚き慌てふためく呂布に、丁原と李粛は呆れている。

「どうしたのだ、奉先。この丁原の義理の息子であり、荊州一の猛将呂布奉先が女一人に震え上がるのか?」

「曹豹殿は徐州でも実力者の家系で、そんな人との繋がりも持てるし、いい話じゃないか」

 丁原と李粛が、慌てふためいている呂布に言う。

「だ、ど、でも、こういうのはその、心の準備が出来てないと言うか、その、しかるべき段階を踏んで行うモノじゃないの? それを、こんな、初対面の方といきなりそんな、ねえ?」

 しどろもどろになる呂布を、丁原と李粛は白い目で見る。

「え? な、何? 俺、何か変な事言った?」


「……で、逃げ出してきたのか?」

 話を一通り聞いた後の高順の反応は、そういう感じだった。

「何だよ、俺が何か悪いのか?」

「文遠、お前の方から何か言ってやれ」

「将軍は純粋なんですよ。俺は将軍のそういうところ、好きですけどね」

「いや、文遠。こいつのソレは純粋さでは無いぞ。ダメな方の天然だ」

 呂布を擁護する張遼だったが、高順はそれを一蹴する。

 まだまだ幼さが目立つ少年である張遼だが、その武芸は大人を圧倒し、兵を率いる能力も用兵術も既に丁原軍では呂布に次ぐ実力者である。

 非常に勤勉である事も評判の張遼だが、幼いながらも精悍な顔立ちで、丁原から特に将来を期待されている。

 それだけに丁原としては大事に育てたいと思っているのだが、当の張遼は問題児と評判の呂布や高順と行動する事を特に好んでいた。

 今呂布達がいるのは、城の近くにある高順の秘密基地なのだが、そんなところにも自然にいるのが張遼である。

「でも、将軍は白面の美男子なのに女っ気が無いのは、そういう性格のせいですよね。でも、そろそろ嫁くらいもらっても良いんじゃないですか? 高さんにだって嫁がいるくらいなんですから」

「待て、文遠。その言い方はちょっと引っかかる」

「ところで将軍、その曹豹殿の娘さんと言う方は今どうされているんですか?」

「……さあ?」

 呂布は腕を組んで、首を傾げている。

「さあ、って何だよ、奉先」

「いや、俺逃げてここに来てるわけだし、今どうしているかと言われても困るんだが」

「……文遠、言ってやれ」

 高順は呆れ果てている。

「実際問題として、将軍はその曹豹殿の娘さんを嫁にもらうつもりはあるんですか?」

「いや、急に嫁とか言われて俺も困ってるんだよ。今日、と言うかついさっき初めて会ったんだぞ」

「それじゃしばらく預かってみたらどうです? それで気に入らなければ突き返せばいいじゃないですか。気に入ったら、改めて嫁に迎えては?」

「お、さすが文遠。良い考えだ」

 高順は即答して手を打つが、呂布は腕を組んだまま考え込んでいる。

「それは人質みたいで、なんというか可哀想じゃないか?」

「そう思うのなら、嫁に貰えばいいですよ。それよりまずは相手を知る事が大事ですから、今から戻って、その嫁さんを見てみましょう」

「お、さすが文遠。良い考えだ」

「高さん、本当にそう思ってますか?」

「思ってるともさ! おい、奉先。こんなところにいる場合じゃねえぞ!」

「待て、落ち着け、高順。お前、絶対楽しんでるだろ!」

「奉先、酒持っていくか? 嫁さんの方がお前をどう思っているのかも、気になるからな」

 高順は大喜びで、ここに幾つか持ち込んでいる酒を選び始める。

 都合が悪い事が起きた時などに使う隠れ家なので、酒の他にもちょっとした変装道具さえも用意してある。

 呂布は城内より馬の世話をしているか、ここに隠れている事が多いので、高順と張遼が集まるのもここが多い。

「高順、やめろって!」

「いやいや、荊州の若き武神の誉れ高い呂布奉先が尻尾を巻いて逃げ出した女傑だからな。是非とも一目見ておきたい」

「やめろっての! 文遠、笑ってないで止めてくれ!」

「将軍一人ならまた逃げ出しそうですからね。残念ですけど、俺も高さんに賛成です」

 頼みの綱だった張遼に見放され、高順を止める事が出来なくなった。

「でも、将軍。いつまでも逃げ隠れしているわけにもいかないでしょう? そう遠からず正面対決しなければいけないのですから、それが今日、今からであっても悪くはないと思いますよ?」

「おう、良いぞ文遠。もっと言ってやれ!」

 高順はまだ酒は入っていないはずなのに、酔っ払っている様に喜んでいる。

 呂布は納得出来ないのだが、しかし張遼の話に一理ある事はわかる。

 一人では間が持たないが、高順と張遼がいるのは心強い。

 昼間の様に丁原や曹豹などより、はるかに頼り甲斐があると言えるのだが悪乗りしないか心配でもある。

 が、結局押し切られる形となって、呂布は高順と張遼を連れて城に戻る。

「で、嫁さんはどこにいるんだ? お前の部屋で待機してるのか? この色男」

「……あ、そうだな。どこにいるんだろう」

 呂布は逃げ出した時の事を思い出そうとするが、すぐには思い出せなかった。

 あの時は逃げる事しか考えていなかったせいだ。

「……ひょっとして……」

「どこだよ、奉先。隠そうとしてるのか?」

 高順にせっつかれるからと言うわけではなく、呂布はわずかに蘇った記憶を辿る。

 あの時呂布は、ちょっと席を離れると言ってその場から逃げ出したはずだ。

 まさかとは思うのだが、呂布は見合いの席となった四阿に行ってみる。

 たしかちょっと席を外すので、と言うような言い方で離れた気がしたので、もしかすると待っているのではないかと思ったのだ。

 夜も更けてきたと言うのに、四阿にはポツンと人影があった。

 ロウソクの灯りが、素晴らしく物寂しい感じになっている。

「……奉先、アレか?」

「……たぶん」

「真っ先に逃げ出した将軍も問題ありますけど、他の人達はこの状況に疑問に持たなかったんでしょうか。いくらなんでも酷いと思うんですけど」

「そりゃ丁原オヤジと李粛だろ? てめえの手柄以外には興味無いんだろう」

「じゃ、嫁さんのオヤジさんの方は?」

「二人に媚び売るのに忙しいんじゃねえか?」

 言いたい放題な高順は、軽い足取りで四阿に近付く。

「……おい、奉先。この姫様、相当な女傑だぞ」

 高順が楽しそうに言うので、呂布と張遼もそちらに行く。

 彼女は呂布が席を外した時のまま、少女は俯き椅子に座ってた。

 大きく違う一点があるのだが、それは卒倒しそうだった彼女が、今は座った姿勢のままぐっすり眠っていると言うところだ。

「奉先なんかよりずっと肝が据わってるよ、この姫様。文遠、ちょっと明かり持って来い、明かり!」

「高さん、一言言っておきますけど、そのヒトは将軍の為に来たヒトで、高さんとはまったく無関係な、あかの他人ですから」

「わかってるよ。それより、明かりだ、明かり」

 高順はよほど少女が気になっているようで、張遼を急かす。

 張遼は苦笑いしながら、一本あったロウソクの炎を使って灯篭に明かりを灯す。

「……マジか。ちょっと奉先が逃げ出すのもわかるな。お前の手に負えないだろう」

 高順が少女の予想外の美しさに、戸惑いながら言う。

「お、良い事考えた。奉先、ちょっとこっちに立ってくれ」

「絶対くだらない事だと言う事は分かっている」

「いいから。お互いのためにも良い事だって。なあ、文遠?」

「またくだらない事でしょう」

 そういうものの、張遼は止めようとしない。

 呂布は眉を寄せながらだが、高順に言われるままに言われたところに立つ。

「よし、そこ。むしろ、そこ。絶妙にそこだから、そこから動くな」

 高順は呂布に向かってニヤつきながら言うと、その後に眠っている少女の方を強く揺さぶる。

「ひゃあ!」

 少女は飛び上がらんばかりに驚き、目を丸くしている。

「おう、姉ちゃん」

 わたわたしながら状況が把握出来ていない少女の肩を掴んで、高順が自分の方を向かせる。

「きゃああ!」

 今度は飛び上がって驚き、高順から逃げ出そうとする。

「うおわ」

「きゃ!」

 少女が逃げた先に呂布がいたため、おもいきりぶつかってしまった。

「おい、高順。これはやり過ぎじゃないのか?」

 あまりの事に泣き出してしまった少女の肩を抱きながら、呂布は高順に向かって言う。

「俺は少しでも早くダンナに会わせてやらないと、と思ったから起こしてやったんだぞ? 一発で目が覚めただろう?」

 と高順は主張するのだが、少なくとも少女の方は恐慌状態に陥っているので、会話は出来そうにない。

「将軍、優しい言葉をかけて下さい。落ち着いたら、ゆっくり話しましょう」

 張遼はからかうように呂布に言うと、さっさと席についた高順の隣に座る。

 悪知恵だけはよく働く奴らだ、と言葉には出さないが呂布は思っていた。

高順について


三国志正史では、

「寡黙で酒を飲まない」

と記されてますが、この話ではめちゃくちゃ喋ってますし、酒飲みです。

しかも紳士だったらしいですが、この話ではまったくの否紳士です。


なんでこんな真逆になってしまったのかは、私にも分かりません。

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